リング争奪戦

夢は、あまり見ない。
忘れているだけ、なのかもしれないけれど、夢を見たのに忘れてしまった、という感覚はない。
いつも、目を閉じて暗闇の中に落ちて行き、次の瞬間、水面に浮き上がっていくような感覚とともに目覚める。
今日も一緒。
パッと目が覚めて、しかしいつもと違う体のダルさと、鈍い痛みに呻き声を洩らした。

「!起きたのか!!」
「ぐ、ぅ……、っ!」

喉がカラカラに渇いていて、思うように声がでない。
なんだ?ここはどこだ?
瞬きを数回して、霞む景色をハッキリさせようとする。
眼球がパサついている。
オレは、一体いつから寝ていた?
側に人がいるのに、気付かずに寝転けていたなんて、いつもなら考えられない。
知らない白い天井。
オレを覗き込む白衣の男。
側にいる奴は、……医者か?
じゃあここは、病院……?
……少しずつ、思い出してきた。
確かオレは、雨のリング争奪戦で、山本武と争って、そして、何とか勝って、その後に、落ちて、鮫に食われて、死んだんじゃあ?

「お、れは……?」
「鮫に食われそうだったところを助けられたんだよ。我々はキャバッローネの者だが、君を傷付けるつもりはない。安心してくれ」
「っ……!!」
「無理に喋ろうとしてはいけない!まずは水分をとって……落ち着いてから話しなさい」

医者は、キャバッローネと聞いて起き上がろうとしたオレをベッドの上に押し戻し、白湯を口に含ませる。
苦労して飲み込み、少しだけ潤いの戻った喉を震わせて、疑問を口にした。

「争奪戦は、どう、なった?ザンザスは……!?」
「落ち着いて……、今は雲戦が終わった頃だ。ボスから話は聞いているよ……。9代目の弔い合戦として、大空戦が行われるそうだ。君たちの、目論見通りにね」
「そ、ぉかぁ……」

医者が苦々しげに吐いた言葉に、力を少し抜いた。
オレがいなくても、ザンザスは上手くやったんだ……。
そりゃあ、アイツは頭が良くて、一度決めたことは必ずやり遂げる男だから、な。
当初の予定通りに、9代目を閉じ込めたモスカは破壊されたのだろう。
ザンザスはまだ、無事なのだろう。

「9代目は、生きてるのかぁ」
「……生きているよ。瀕死の重傷だがね」

もたらされた情報に、少しずつ頭が回り出す。
そうか、あのジジイ、生きているのか。
ジジイの入ったモスカを壊したのは、きっと沢田綱吉だろう。
ブラッドオブボンゴレのお陰で、殺すまでには至らなかったのだろうか。

「運の良い、ジジイだな……」

幹部に、同盟相手に、子供に守られて、無様にもまだ生きている。

「き、貴様っ!」

頭に血が上ったのか、男は勢いよく立ち上がって拳を振り上げる。
殴られるのだろうか。
頭の片隅を、影が掠めていく。
きっと、痛いんだろうな。
酷く他人事のような気分で、そっと祈るように目を閉じた。
このまま、殴り殺されたら、絞め殺されたら、オレはどうなるんだろう……。
だが拳が当たるよりも前に、横からにゅっと腕が伸びてきて、医者の手を掴んだ。

「おっ、と。いくらムカつくこと言われたからって重症患者に手を上げるのは感心しねーな」
「あ、ボス……!」
「……跳ね、馬」

医者を止めたのは、金髪の細身の男。
跳ね馬のディーノ。
キャバッローネファミリー10代目ボス。

「よう、スペルビ・スクアーロ。うちのもんが悪かったな。……だが、さんざ世話になった9代目のじいさんにその言い方はねーんじゃねーか?」
「……なんで、」
「うん?」
「なんで、殴るのを止めたんだ?」

この男が尊敬するボンゴレを、あんな風に言って、あんな風に扱って。
気に食わないに決まってる。
なら殴らせておきゃあ良いのに。
アイツ、何でそれを止めたんだ?
じっと見詰めると目を逸らされる。
ざわざわと、背筋が粟立つ。

「言っただろ、重症患者だからって」
「……本当に、それだけ、か?」

違うと、思った。
態度が何となく違うような気がした。
不審な点があるわけじゃないが、違う理由があると思った。
長年の勘、というものだろうか。

「それは……、」
「なぜ……?」
「お前が怪我人であり、それに、女の子だから、だ。何より、尊敬する9代目を貶されたからって一方的に暴力を振るうのは、オレの矜持に反する」

女、と、バレてしまったのか。
そ、か……。
鮫に食われかけたんだったしな。
手術とかしたんだろうし、バレてて当然、だよな。

「スクアーロ、お前……」
「な、んだぁ」
「変な顔してる」
「変……って」


他に言い方があるんじゃないだろうか。

「てめぇ、オレが女だからって、変に気ぃつかうんじゃねぇぞ……」
「な、なんでだよ」
「なんでも、だよ」

男じゃないスペルビ・スクアーロに、存在価値なんてないのだから。

「ざ、んざ……す……」
「……スクアーロ?」
「……」
「寝たのか……」

ザンザス、オレはまた、死に損ねたようだ。
生き残ったからには、またお前の隣に戻るから。
待ってろよ、すぐに、行くから……。
急く気持ちとは裏腹に、意識は急激に、微睡みの中へと、滑り落ちていった。
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