リング争奪戦
何が起きたのか、わからなかった。
山本が八の型篠突く雨を放った時から、スクアーロが吹っ飛んだその時から、流れが変わったと、山本が勝つんだと、そう思っていた。
いや、事実、この試合は山本が勝ったも同然のように見える。
スクアーロの手元に剣はないし(さっき後方にぶん投げてたから)、山本はスクアーロに向かって刀を降り下ろしている。
なのに、何で?
なぜ、山本の攻撃はスクアーロの数センチ手前で止まってしまっているんだろう?
「あーあ、こりゃ決まったな」
「スクアーロ、本当に本気出しちゃったんだね。まさかこんなところで……彼の本気が見れるなんて」
ヴァリアーの奴らが驚いたように言った言葉に、獄寺君が突っ掛かった。
「どういう意味だ!!何で野球バカの攻撃が止まってんだよ!?」
「お前ら、何か知ってるのか?」
ディーノさんもそれに便乗して質問する。
モニターの中の二人は、未だ動かない。
いや、どちらかというと動けないって感じに見える。
「しし!お前らが跳ね馬から何て聞いたかは知らねーけど、どうせ勘違いしてるんだろうから教えてやるぜ。スクアーロは、今まで一度も、自分から剣士って名乗ったこと、ないんだよね」
「……は?」
「スクアーロは外からはこう言われてる。最強の剣士と。でも本人は剣士のつもりはないし、少し一緒にいれば嫌でもわかる。ヴァリアーの一部の人間からは、スクアーロはこう呼ばれている『人間凶器』ってね」
人間、凶器……?
スクアーロは、剣士じゃない?
それってつまり、どういうことなの?
「それともう1つ。オレは、ヴァリアーに入るまではナイフしか使って来なかったんだよね。ヴァリアーに入ってから、ワイヤーを使うようになった」
ワイヤー、というと単語に、昨日の戦いを思い出す。
見えない凶器、直線に切れる皮膚、そして、不自然に動きを止めた獄寺君。
「ししっ、スクアーロは、オレのワイヤーのせんせーってワケ!」
「なっ!!?」
山本の頬に、一筋の線が出来る。
赤い切り傷。
そこから流れる血。
そして、不自然に止まった動き。
「山本は今、ワイヤーで動きを止められている!?」
「そんな!剣だけでも強いのに、加えてワイヤー!?」
「このままでは山本殿が!」
モニターの向こうで、スクアーロがにたりと笑う。
その顔に、全身の血の気がザアッと音を立てて引いた。
『お前は強いぜぇ、山本武。オレが剣士なら、てめぇの勝ちだったなぁ』
『これ、は……!!』
『ワイヤーだ、昨日ベルが使っていたのとおんなじな。気付かなかったかぁ?オレが手に巻いていたことを』
スクアーロの手には黒い革の手袋。
あんな濡れて滑るところで、ずっと革手袋を外さないでいたのは、スクアーロがワイヤー使いでもあったから、だったのか。
よく切れるワイヤーをそのまま手に巻いて使ったら、使用者自身が大怪我してしまうから。
『ちょっと狡くねぇ?』
『ルール無用の殺し合いだぜぇ?狡いも何もねぇだろぉ』
スクアーロがくいっと指を動かす。
途端、山本が背後の柱に叩きつけられた。
山本にワイヤーを絡ませて、それを柱や瓦礫に引っかけて後方に引っ張ったのか。
コンクリートに叩きつけられた山本は、小さな呻き声を上げてずるずると床に崩れ落ちた。
「そんなっ!山本ォ!」
山本は動かない。
叩きつけられた衝撃で、気を失ったのか?
そしてスクアーロはワイヤーを使って雨のハーフボンゴレリングを手に入れる。
かちり、と安っぽい音がして、雨のボンゴレリングが完成した。
完成、してしまった。
『オレの勝ちだぁ』
「ム、最後は酷くあっさりしたものだったね」
「つぅか、剣士相手にワイヤー使うとか相当ギリギリだったんじゃね?」
「念には念を、だろ。彼はプロの暗殺者だ。剣の次に得意なワイヤーで殺すことは、確実性を求めた結果なんじゃないかな」
勝利を宣言する声も、ヴァリアーがこの戦いを分析している声も、全部遠くに聞こえる。
山本が負けた?
そんな馬鹿な……。
じゃあ、このままじゃあ、山本はスクアーロに殺されるの!?
「ご、獄寺くん!!山本を助けにいかなくちゃ!」
「!はいっス10代目!!」
倒れたまま動かない山本を助けようとオレ達が走り出そうとしたとき、目の前の道をチェルベッロが塞いだ。
「お待ちください。今、アクアリオンに入るのは危険です。規定水深に達したため、獰猛な海洋生物が放たれました」
「!!そんな……!」
水門が開き、見たこともないほど大きな鮫が入ってくる。
目の前が真っ黒に染まった。
早く助けないと、山本が鮫に食べられちゃう。
『……ゔお゙ぉい、こいつはどうすんだぁ』
「山本氏は敗者となりましたので、生命の保証はいたしません」
『……だろうなぁ』
スクアーロは冷たい目で山本を見下ろす。
そして何故か、山本の腕をつかんで、引っ張りあげた。
え、何で!?
「な、あいつなんで!?」
『……』
周りの驚きの声にも、スクアーロは答えず、山本を重たそうに担ぎながら歩き出した。
「何やってんだし先輩。あんな奴ほっときゃ良いのに」
「というかふらふらの癖に、ここまで担いで来れるのかい?」
ヴァリアーサイドも怪訝そうな声をあげている。
あんなに殺すだのなんだのと言っていたくせに、どうして突然こんなことを……。
『くそ、血の臭いで寄ってきたかぁ』
「ああっ!鮫が近くまで!!」
「で……でけえ!!」
鮫が二人の近くまで寄ってきていた。
水深もかなり上がってきている。
今はまだ平気だけど、早く逃げないと!!
ヒヤヒヤしながら見ていると、ぐらりと画像が揺れた。
カメラの異常じゃない、鮫が柱に体当たりしたんだ!!
体当たりの衝撃で床に亀裂が入り二人の立つ部分が、崩れ落ちて下の階に落下した。
『っ……ぐ!』
「山本ー!!!」
そこからはまるでスローモーションのように見えた。
落ちる二人。
山本の腕を掴んだスクアーロ。
宙に放り投げられた山本の体。
山本は2つ上の階まで飛んで、コンクリートの床に叩きつけられる。
スクアーロはそのままバランスを崩して、崩れ落ちたコンクリートの瓦礫に墜落する。
ベキリという嫌な音が聞こえた。
『……くはっ!』
呻き声がする。
山本のか、スクアーロのか、わからないけれど、山本は意識を取り戻したようだった。
『ん、ここは……?』
「や、山本っ……!」
これで山本は大丈夫だ!
そんなこと思って、胸を撫で下ろしたことを、後のオレは拳つきで叱りたくなった。
『ゔお゙ぉい、ガキ……。てめぇ、才能があるぜぇ。あとはその、甘さを捨てることだぁ』
『え?スクアーロ?』
スクアーロが流す微量の血の臭いに、鮫が寄ってくる。
そして、
『……わりぃな、ザンザス』
派手に上がる水飛沫。
水上に現れた鮫の大きな体。
鋭い牙。
『スクアーロ!!!』
一瞬にして、スクアーロの体は水中に引きずり込まれ、後には僅かな気泡と、どす黒い血の色が広がるばかりだった。
山本が八の型篠突く雨を放った時から、スクアーロが吹っ飛んだその時から、流れが変わったと、山本が勝つんだと、そう思っていた。
いや、事実、この試合は山本が勝ったも同然のように見える。
スクアーロの手元に剣はないし(さっき後方にぶん投げてたから)、山本はスクアーロに向かって刀を降り下ろしている。
なのに、何で?
なぜ、山本の攻撃はスクアーロの数センチ手前で止まってしまっているんだろう?
「あーあ、こりゃ決まったな」
「スクアーロ、本当に本気出しちゃったんだね。まさかこんなところで……彼の本気が見れるなんて」
ヴァリアーの奴らが驚いたように言った言葉に、獄寺君が突っ掛かった。
「どういう意味だ!!何で野球バカの攻撃が止まってんだよ!?」
「お前ら、何か知ってるのか?」
ディーノさんもそれに便乗して質問する。
モニターの中の二人は、未だ動かない。
いや、どちらかというと動けないって感じに見える。
「しし!お前らが跳ね馬から何て聞いたかは知らねーけど、どうせ勘違いしてるんだろうから教えてやるぜ。スクアーロは、今まで一度も、自分から剣士って名乗ったこと、ないんだよね」
「……は?」
「スクアーロは外からはこう言われてる。最強の剣士と。でも本人は剣士のつもりはないし、少し一緒にいれば嫌でもわかる。ヴァリアーの一部の人間からは、スクアーロはこう呼ばれている『人間凶器』ってね」
人間、凶器……?
スクアーロは、剣士じゃない?
それってつまり、どういうことなの?
「それともう1つ。オレは、ヴァリアーに入るまではナイフしか使って来なかったんだよね。ヴァリアーに入ってから、ワイヤーを使うようになった」
ワイヤー、というと単語に、昨日の戦いを思い出す。
見えない凶器、直線に切れる皮膚、そして、不自然に動きを止めた獄寺君。
「ししっ、スクアーロは、オレのワイヤーのせんせーってワケ!」
「なっ!!?」
山本の頬に、一筋の線が出来る。
赤い切り傷。
そこから流れる血。
そして、不自然に止まった動き。
「山本は今、ワイヤーで動きを止められている!?」
「そんな!剣だけでも強いのに、加えてワイヤー!?」
「このままでは山本殿が!」
モニターの向こうで、スクアーロがにたりと笑う。
その顔に、全身の血の気がザアッと音を立てて引いた。
『お前は強いぜぇ、山本武。オレが剣士なら、てめぇの勝ちだったなぁ』
『これ、は……!!』
『ワイヤーだ、昨日ベルが使っていたのとおんなじな。気付かなかったかぁ?オレが手に巻いていたことを』
スクアーロの手には黒い革の手袋。
あんな濡れて滑るところで、ずっと革手袋を外さないでいたのは、スクアーロがワイヤー使いでもあったから、だったのか。
よく切れるワイヤーをそのまま手に巻いて使ったら、使用者自身が大怪我してしまうから。
『ちょっと狡くねぇ?』
『ルール無用の殺し合いだぜぇ?狡いも何もねぇだろぉ』
スクアーロがくいっと指を動かす。
途端、山本が背後の柱に叩きつけられた。
山本にワイヤーを絡ませて、それを柱や瓦礫に引っかけて後方に引っ張ったのか。
コンクリートに叩きつけられた山本は、小さな呻き声を上げてずるずると床に崩れ落ちた。
「そんなっ!山本ォ!」
山本は動かない。
叩きつけられた衝撃で、気を失ったのか?
そしてスクアーロはワイヤーを使って雨のハーフボンゴレリングを手に入れる。
かちり、と安っぽい音がして、雨のボンゴレリングが完成した。
完成、してしまった。
『オレの勝ちだぁ』
「ム、最後は酷くあっさりしたものだったね」
「つぅか、剣士相手にワイヤー使うとか相当ギリギリだったんじゃね?」
「念には念を、だろ。彼はプロの暗殺者だ。剣の次に得意なワイヤーで殺すことは、確実性を求めた結果なんじゃないかな」
勝利を宣言する声も、ヴァリアーがこの戦いを分析している声も、全部遠くに聞こえる。
山本が負けた?
そんな馬鹿な……。
じゃあ、このままじゃあ、山本はスクアーロに殺されるの!?
「ご、獄寺くん!!山本を助けにいかなくちゃ!」
「!はいっス10代目!!」
倒れたまま動かない山本を助けようとオレ達が走り出そうとしたとき、目の前の道をチェルベッロが塞いだ。
「お待ちください。今、アクアリオンに入るのは危険です。規定水深に達したため、獰猛な海洋生物が放たれました」
「!!そんな……!」
水門が開き、見たこともないほど大きな鮫が入ってくる。
目の前が真っ黒に染まった。
早く助けないと、山本が鮫に食べられちゃう。
『……ゔお゙ぉい、こいつはどうすんだぁ』
「山本氏は敗者となりましたので、生命の保証はいたしません」
『……だろうなぁ』
スクアーロは冷たい目で山本を見下ろす。
そして何故か、山本の腕をつかんで、引っ張りあげた。
え、何で!?
「な、あいつなんで!?」
『……』
周りの驚きの声にも、スクアーロは答えず、山本を重たそうに担ぎながら歩き出した。
「何やってんだし先輩。あんな奴ほっときゃ良いのに」
「というかふらふらの癖に、ここまで担いで来れるのかい?」
ヴァリアーサイドも怪訝そうな声をあげている。
あんなに殺すだのなんだのと言っていたくせに、どうして突然こんなことを……。
『くそ、血の臭いで寄ってきたかぁ』
「ああっ!鮫が近くまで!!」
「で……でけえ!!」
鮫が二人の近くまで寄ってきていた。
水深もかなり上がってきている。
今はまだ平気だけど、早く逃げないと!!
ヒヤヒヤしながら見ていると、ぐらりと画像が揺れた。
カメラの異常じゃない、鮫が柱に体当たりしたんだ!!
体当たりの衝撃で床に亀裂が入り二人の立つ部分が、崩れ落ちて下の階に落下した。
『っ……ぐ!』
「山本ー!!!」
そこからはまるでスローモーションのように見えた。
落ちる二人。
山本の腕を掴んだスクアーロ。
宙に放り投げられた山本の体。
山本は2つ上の階まで飛んで、コンクリートの床に叩きつけられる。
スクアーロはそのままバランスを崩して、崩れ落ちたコンクリートの瓦礫に墜落する。
ベキリという嫌な音が聞こえた。
『……くはっ!』
呻き声がする。
山本のか、スクアーロのか、わからないけれど、山本は意識を取り戻したようだった。
『ん、ここは……?』
「や、山本っ……!」
これで山本は大丈夫だ!
そんなこと思って、胸を撫で下ろしたことを、後のオレは拳つきで叱りたくなった。
『ゔお゙ぉい、ガキ……。てめぇ、才能があるぜぇ。あとはその、甘さを捨てることだぁ』
『え?スクアーロ?』
スクアーロが流す微量の血の臭いに、鮫が寄ってくる。
そして、
『……わりぃな、ザンザス』
派手に上がる水飛沫。
水上に現れた鮫の大きな体。
鋭い牙。
『スクアーロ!!!』
一瞬にして、スクアーロの体は水中に引きずり込まれ、後には僅かな気泡と、どす黒い血の色が広がるばかりだった。