終章・群青の鮫

キャバッローネの拠点に、スペルビ・スクアーロが単身で訪ねてきたのは、あまりにも突然の事だった。
少し窶れた様子の彼女を、駆け付けたディーノが抱き締める。
いつもなら、嫌がって殴るなり、恥ずかしがるなりの反応を見せるのに、今日は疲れたように、されるがままになっていた。
ディーノの部屋に通され、二人きりになってようやく、彼女は口を開いた。

「ザンザスが、死んだ」
「……っ」
「バカだよな……オレなんかの事、助けて、それで死にやがった」
「……」
「ディーノ」
「……どうした」
「少し、甘えても、いい……?」
「……当たり前だろ」

スクアーロは、黙ってディーノに抱き付く。
声は出なかった。
だが、その瞳から、ボロボロと涙の滴が落ちていく。
痛いほど強く抱き付いて、黙って泣き続ける彼女を、ディーノは静かに抱き締め続けた。
そうして、少し時間が経って、ようやく落ち着いた彼女を椅子に座らせ、ディーノは紅茶を淹れてやる。
スクアーロと、自分の前にカップを置くと、珍しく、スクアーロからレモンを要求された。

「お前、いつもストレートじゃなかったか?レモンなんて、今まではほとんどつかわなかっただろ?」
「レモン入れた方が、頭、スッキリしそうで、な」
「ああ、そうか……」

簡易キッチンに戻って、レモンを切って戻ってくる。
スクアーロが紅茶にレモンを入れて、一口、二口と流し込む様子を見ながら、ディーノは自分も紅茶に口を付けた。

「ザンザスは、オレを庇って、あのブラックホールに飲み込まれた……」
「そう、だったのか」
「だが、ブラックホールの中で、ザンザスは思いっきり暴れたらしい。命を代償にした、ドでかい炎……。それも内側からの攻撃で、あの装置は要領オーバーを起こして、破壊された」
「まさか……お前っ!!」

命を代償にした炎を、内側から燃やす。
そうすることでブラックホールを破壊できると、スクアーロはそう言った。
つまりそれは、誰かが犠牲にならない限り、あのブラックホールは壊せないと、言うことになる。
ディーノはカッとなって立ち上がる。
今にも掴み掛かってきそうなディーノを見上げ、スクアーロは穏やかに笑う。

「ここに来る前、元アルコバレーノ達に話を聞いた。ヴェルデも、あの装置を色々調べたそうだ。あの装置には、スイッチも何もない。一度起動したら、壊れるまで動き続ける。奴らは、実験体を犠牲にして、オレ達を殺した後に、あれを壊すつもりだったんだろうな……」
「他に、壊す方法くらいあるだろ!?」
「あれは、物理攻撃も、炎による攻撃も、全て吸い込み、消滅させる。唯一の弱点である、内側からの攻撃も、並大抵のモノでは効果はないそうだ。……ヴェルデ曰く、それ以外に、方法はない、とのことだ」
「今は見付かってねぇだけだ!良いか?絶対に、自分が犠牲になってあの装置を壊すなんて、言うな!!」
「……ディーノ」

スクアーロが何を考えているのか、わからないほどバカじゃないし、付き合いだって短くない。
息を上げて、語気を荒げて、怒り心頭に発する、といった様子のディーノに、スクアーロはただ、困ったように笑いかけるだけだった。

「お前は、そう言うと思ってた」
「当たり前だろう!!一人で背負うな、と、一人で頑張るな、と、今までずっと、言ってきただろ!?絶対に、他に方法はある……!!」

立ち上がって、スクアーロの肩を掴むディーノのその手を、スクアーロは優しく撫でた。

「ディーノ、まだ、言ってなかったことが2つある」
「……なんだ?」
「まず、あのブラックホールは成長する。人や炎を、食えば食うほど、攻撃力や、攻撃範囲、スピードが増していく」
「なっ……!」
「奴らは、あの機械を止めたくば降伏せよと、そう言ってきている。長い期間かけてドーピングした実験体でもない限りは、あれを破壊できる命の炎を使えるのは、オレや、お前や、元アルコバレーノ級の人間だけだ。……オレ達にはそれは出来ないと、敵はそう踏んでいる」

そんな、バカな……。
ディーノは頭がクラクラと揺れるように感じて、思わず抱え込んだ。
残り9ヶ所、どこのブラックホールも、もうだいぶ、成長している事だろう。
決着は、急がなければ、ならない。

「それと、もう1つ」
「次は、なん、だ……?」
「お前、眠くなったり、してないか?」
「……は……?」

言われた途端、体がぐっと重たくなった。
ああ、レモンだ。
あの時、レモンを取りに行った隙に、紅茶のカップに、何か薬を……。
膝がガクリと折れて、倒れ込んだディーノの体を、スクアーロが受け止めて、ソファに座らせる。

「まさ、か……、薬を……!?」
「ただの、睡眠薬だ。ディーノ、アルコバレーノ達と話して、決まったことがある。オレ達はそれぞれ、各地のブラックホールに向かい、破壊する。アルコバレーノの7人、それに、オレと、骸……。ユニには、白蘭が着いていく」
「ま、て……!そん、な……の……っ!!」
「皆、言っていた。死ぬ気はない、と。あれを壊して、生きて帰ると。でもきっと、それは叶わない。だから、最期にお前に会っておきたかった……、話して、おきたかった」
「い、や……だ……!!最期なんて……スペルビ……!」
「ディーノ」

手を伸ばし、必死に薬に抗うディーノの頬に触れる。
ディーノはその手を掴み、スクアーロの体を引き寄せた。
スクアーロは逆らわず、そのままディーノの胸に飛び込む。

「い、……く、な……!!」
「ディーノ、オレはお前の側にいられて、幸せだった」
「なっ……で……!?」
「お前の事、お前らの事、守りたいんだ。……ディーノ、愛してる」

名残惜しげに、体を離す。
ディーノの手が、それを追い掛けたが、それは虚しく宙を切って、ソファの上に落ちた。

「ス、ペル……ビ……」

気を失う直前に、呟かれた名前。

「オレは、幸せ者だな……」

嬉しそうに微笑んだスクアーロは、ついに眠ってしまったディーノに、口付けを落とす。
睡眠薬に加えて、雨の炎も注入した。
目覚めるのは、明日の昼頃だろうか。
ディーノの体に毛布を掛けてやり、テーブルの上に封筒を置く。
そしてスクアーロは、己の髪を大雑把に後頭部で纏めると、持っていたナイフで、ブヅリと切った。
髪をリボンで纏めて、封筒の横に置く。
ザンザスが死んだ今、髪を伸ばし続ける必要もない。
形見、ではないけれど、きっと、あのブラックホールに入れば、塵一つなく消えてしまうのだろうから、自分が生きた証を、残しておきたいと、らしくもなくそう思ったのだ。

「……行ってきます」

最後にもう一度、眠るディーノの姿をしっかりと目に焼き付けて、スクアーロは部屋を出た。
キャバッローネの拠点の建物の中には、スクアーロの雨の炎が満ち満ちていた。
誰も、もう起きてはいないだろう。
キャバッローネファミリーは、そのほとんどが拠点に集まっていた。
もうすぐ、日も落ちる。
敵の動きも弱まるだろう。
夜の内に片付ければ、静かな中で逝けるだろうか……。
どちらにしろ、彼らとの約束はイタリア時間の零時だったから、もう時間を選んだりは出来ないのだけれど。
だが少なくとも、今日の夜は晴れのようだ。
それだけは、嬉しい。
敵のアジトに向けて、スクアーロはゆっくりと、歩みを進めていった。
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