終章・群青の鮫

その情報を聞いた時、誰もが耳を疑い、もう一度聞き返した。
『誰が戦死したのか?』と。

「XANXUSが……戦死!?」

ディーノの元にその情報が回ってきたのは、ヴァリアーが戦場から撤退して、まだそう時間の経っていない時だった。
キャバッローネファミリーは、ヴァリアーのいた戦地に一番近い、別の戦地を任されていた。
だがいくら攻撃しても壊れない武器に、減らない実験体達。
このままでは埒が開かないと、一時撤退を決断し、自分達の拠点に戻ってきた、そんな時に、報せは届いた。

「そんな……じゃあヴァリアーは皆……!?」
「いや、それがXANXUSはあのブラックホールみてぇな機械と相討ちになったらしい」
「相討ち……ってあれを破壊したのか……?なら、他の奴らは皆、無事なんだな!?」
「ヴァリアーの被害は、XANXUSだけだったらしい……。だが……、大きな痛手だな」
「ああ……」

ディーノの脳裏に浮かんだのは、白銀の髪の、あの人で、無事で良かったと思うと同時に、XANXUSが死んだことで一番ショックを受けているのは彼女だろうと、確信にも近い推測を立てる。
バカな考えを、起こさなければ良いが。
そんなことを考えている自分は、XANXUSが死んだ、というのに、薄情だろうか。
だが、例え薄情と罵られようとも、やはり気になるのは自分の愛しい人の事で、すぐに携帯電話を手にして、彼女の元へ発信する。
何度か呼び出し音が鳴った後、電話は留守電に切り替わった。

「出ねえ……、まさか、もう……!」
「ボス、アイツだって立派なマフィアだ。簡単に無駄死にしたりなんざねぇさ。……なあ、ボス。酷な事を言うようだが、今は……」
「わかってる!でも……、いや、わかってる、つもりなんだ……!!ただ……、心配で……」
「ボス……」

一組織のボスとして、今は私情を持ち込むべきで無いことなど、わかっている。
それでも、不安や心配を圧し殺して動く事は、ディーノには難しかった。

「アイツがどれだけXANXUSを慕っていたのか、オレはちゃんと知っている……。だから、怖い……。アイツなら、仇を取りに単騎で乗り込むくらい、しちまいそうだからな」

力なく笑うディーノに、ロマーリオは苦々しげに顔を歪めた。
彼にも愛する者がいて、もしその人が苦しんでいたのなら、全てを捨ててその人の元へ飛んでいっていたことだろう。
ロマーリオは血が滴るほど強く握られた、ディーノの拳を解いてやりながら、出来るだけ落ち着いた声で話す。

「少なくとも、ボス、あんたに何にも言わねぇで死にに行くほど、薄情な女じゃねぇだろ?」
「……ああ」
「大丈夫さ、だから、一度力を抜いてみろ。な……?」
「……ああ」

強く目を閉じ、心の中で祈りを捧げる。
どうか、どうか彼女の心が、少しでも和らぎますように。
少しでも、彼女が無理をしないように。
目を開いたディーノは、立ち上がって部下達に指示を出し始めた。
その顔からは、不安も、恐怖も、哀しみも、一切感じ取ることは出来なかった……。



 * * *



「……」

XANXUSが死んだ。
精鋭部隊が撤退し、第2部隊が残党の後始末に出掛けた後、ヴァリアーが拠点として使用している屋敷は、静寂に包まれていた。
自分の部屋に閉じ籠り、出てこなくなったスクアーロに対して、部下達は声を掛けることが出来なかった。
ただ時折、部屋の前で立ち止まり、聞き耳を立てて、そしてゆっくりと歩き去ることを繰り返す。
泣き声は聞こえなかった。
聞こえるのは、ほんの微かな物音だけ。
だが一度だけ、誰かと話す声が聞こえた。
電話でもしているのだろうか。
一体誰と?
聞いた者は、気になりこそしたが、直接聞く勇気はなく、やはりそのまま、そこを歩き去っていった。
彼女が部屋に籠ってから、二時間ほどが経っただろうか。
唐突に、部屋の扉が開く。
偶然近くを通った部下が、すぐに近付き、その様子を確かめる。
顔色が悪い。
だが、思った以上に、スクアーロは普段通りの様子であった。

「隊長……御加減は?」
「……ああ、平気だ。心配かけたな。すまん」
「そ、んな……滅相もありません」

返答も、いつもと変わらない。
それが逆に、怖かった。

「何を、されていたのですか?」
「……まあ、少しな」

それ以上、何か言う気は、無いらしかった。
部下は、スクアーロの様子が少し意外に思えていた。
古参幹部の中で、一番取り乱すのは彼女だと思っていたからだ。
だが、スクアーロは落ち着いた様子で、話にもしっかりと応じている。
それが逆に怖いわけだが、でも、他の古参幹部達のように、泣きわめいたり、ピリピリと苛立ちを露に殺気をばら蒔かれるよりは良い。
このまま、落ち着いた状態のまま、少しの間、しっかり休んで、ボスの死に向き合っていけば、きっと、この人なら、立ち直れる。
そう思ったのだった。

「まだお休みになられていた方が……」
「いや、少し、出る」
「え!?」
「キャバッローネの元へ、行く。あのブラックホールの装置を破壊できたのは、今のところここだけだ……。ならば、その様子を少しでも見ていたオレが、伝えなけりゃ、ならないだろ」
「そんなこと!電話で伝えれば事足ります!!なんなら他の者に伝言させれば良い!!無茶をしないでください!」
「無茶じゃねぇよ」
「無茶です!!そんなにボロボロなのに……、もし途中で敵と遭遇したりしたら!!」

部下は必死で止めた。
やはりこの人も、完全に正気と言う訳ではなかったのだ。
仕事に逃げて、敵を倒そうとすることで、現実を少しでも忘れようとしているんだ……。
だが、止めようとする部下に、スクアーロは静かに、頭を下げた。

「なっ!何を……!?」
「頼む、行かせて、くれ」
「そんな……!兎に角顔を上げてください!!」
「……無茶言ってるのも、馬鹿なこと言ってるのも、わかっている。本来なら、お前らを纏めて、指揮するのが、オレの役目だ。だが……動かないと、狂いそうだ……!せめて、アイツに、逢うだけでも……」

その言葉に、部下は頷くしかなかった。
無理はしないように、と、ただそれだけは執拗なほどに言い含める。
そして去り際、スクアーロはこう言った。

「ベル達が落ち着いたら、伝えておいてくれるか?」
「は……何をですか?」
「留守の間は任せる、と」
「畏まりました」

恭しく頭を下げる部下に背を向けて、スクアーロは早足に歩き去っていった。
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