鮫、目覚め

―― ドガッ
「ぐふぅっ!」

これはシャマルが蹴っ飛ばされた音である。

―― ガタン ダダダッ
「なっ!!ゔっあだ!?」

これは、スクアーロが首根っこを掴まれて、連れ去られていく音である。

「……今の、ディーノさん?」
「なんつータイミングの悪さ……。つかシャマルてめぇ、いい加減懲りたらどうなんだよコラ!」
「ふざけんのにも限度があるよな?」
「サイッテーです!女の人に突然飛び付いて押し倒すなんて!酷いです!!」
「可愛い女の子にチューすることの、何が悪いんだよ!?」
「手当たり次第しようとするのがダメなのよ、このエロ親父」
「スクアーロさん大丈夫かな?」
「よくわからんが平気だろう!」
「でも、あの人、怒ってた……」
「へなちょこディーノのことだから、どうせ大したことにはなんねーと思うぞ」
「いつも以上に雑だなぁ……」

窓から黒塗りの車が走っていくのを眺めながら、全員で暖かい目をしてそう話し合った。

「なあ、リボーン」
「どうかしたか?」
「オレさ、やっぱマフィアにはなれない」
「……」
「でもさ、オレはマフィアじゃないままで、皆の事を守っていきたいと思う」
「……そうか。ま、オレはお前の事をねっちょり教育するだけだけどな」
「ねっちょりヤだー!!」



 * * *



「いってぇ!何すんだっ、跳ね馬!!」
「……」

部屋から半分引き摺られるようにして連れていかれ、車の中に放り込まれたスクアーロは、無言で自分の上にのし掛かるディーノを見て文句を言う。
だがディーノはそれには答えず、ハンドルを握るロマーリオに声を掛けた。

「ロマ、このままオレ達の泊まるホテルまで戻ってくれ」
「……あいよ」
「おい、跳ね馬!!何だよいきなり!」

静かに走り出した車の後部座席で、ディーノに押さえ付けられろくに動けないまま、スクアーロはモゾモゾと抵抗する。
だがディーノは全て黙殺して、ただ前をジッと見ているだけだった。

「おい跳ね馬!!お前なんでこっち来てるんだ!?大体なんでオレが押さえ付けられてんだよ!?」
「良いから、静かにしててくれ」
「んっ!」

口を押さえられ、話すことも出来なくなる。
ディーノの声は、いつもよりも低く、冷たく、酷く怒っていることがわかる。
何故だろう。
シャマルに抱き付かれてたから?
でもあんなの不可抗力だし、あれだけでそこまで怒るとは、思えないのだけれども……。
スクアーロは必死で理由を考えるが、なかなか思い付かなかった。
確かに最近は、何となく恥ずかしくてディーノが抱き付こうとしてくる度に殴ってたけど、ザンザスなんて日に最低10回は物を投げてくるわけだし、そんなのは大したことじゃないはず……。
むしろディーノが一人で訪ねてくる度に、彼のドジに巻き込まれているわけだから、お相子と言っても過言じゃない……はず。
ますます頭がこんがらがってきて、スクアーロは不安げにディーノを見上げる。
部屋を出てから、ディーノは1度も視線を合わせてくれない。
いつもなら、しつこいくらいにじゃれついてくるのに、それもない。
ただジッと動かず前を見ている。

「んーん、んんぅー!」
「……」
「んー、んぅ!ん゙ー……」
「……」

全く返事もしてくれないディーノに、不安ばかりが増してゆく。
嫌われてしまった?
このまま別れを切り出されたり?
そんなの、そんなのは……嫌。

「ボス、着いたぜ」

スクアーロが悶々と悩み続けている内に、車はホテルに到着する。
駐車場に入り、車がゆっくりと停車した。

「ぷはっ……」
「……黙って着いてこい」
「っ……」

口を塞いでいた手は外されても、スクアーロは声を出せなかった。
腕を引かれて、エレベーターホールまで歩かされる。
誰もいないガラリとしたホールで、エレベーターを待つ間、誰一人、口を利かなかった。
エレベーターが着く、明るい音が鳴ってドアが開く、乗り込んで、エレベーターが音もなく動き出す。

「……跳ね馬…………」
「……黙っててくれ」
「……」

やっと絞り出した声は、冷たい声に押し殺されて、そのまま重たい沈黙が続く。
エレベーターが目的の階に着くまでの長い長い時間、スクアーロはずっと俯いていた。
やっと……やっとエレベーターの扉が開く。
また手を引かれて、部屋に連れられていく。
ディーノの手は、痛いくらいにキツくスクアーロの腕を掴んでいる。
やっぱり、怒っているんだ。

「じゃあオレはこっちで待ってるぜ」
「ああ、ありがとな、ロマーリオ」

一番奥の部屋まで連れていかれ、扉を閉めたディーノは、ようやくスクアーロの腕を離す。
そしてそのまま、強く壁に押し付けられた。

「スクアーロ……」
「い゙っ」

肩を掴まれて、思わず呻く。
それのせいかは分からないが、手の力が少しゆるまった。
ディーノを見上げると、やっぱり怒った表情をして、強く歯を食い縛っていた。

「跳ね、馬……。オレ、何か、悪いこと、したか……?」
「…………え?」
「オレの、こと、嫌いになっちまったのか?オレ、何しちまったんだ……!?」
「え……いや、スクアーロが何したって、言うか……」
「オレっ……悪いことしてたなら、謝る。嫌なとこあったら、直す……。だ、だから……オレのこと、……す、捨て、ないで、くれ……!!」
「スクアーロ……!?」

話す内に、頬をポロポロと滴が伝う。
急に、一人取り残されていくような気がして、怖くなった。
スクアーロは、ズルズルと座り込んで蹲る。

「オレっ、何した!?ほ、ホントに、嫌いになって……くっ、うっ……オレ、直す……からぁ……!!」
「えっ?えっ!?泣いてんのか!?ス、スクアーロ!!悪い!!悪いっ!!そういうつもりじゃなくて……っつか別にスクアーロ何も悪いことしてないし!オレが勝手に怒ってただけだし!!大丈夫だから!な!?ほらっ、泣くなってば!!ちょっ、ほんっ……ゴメン!」
「うっ……あ?」

頭の中がメチャクチャだった。
もう自分が何を言ってるのかもよくわからないまま、スクアーロはボロボロと涙を溢し、しゃくりあげる。
だが慌てた様子でディーノに肩を揺すられて、キョトンとして顔を上げた。

「何も……してない……?」
「い、いや、スクアーロが突然いなくなったってヴァリアーから聞いてさ……。色々探して、日本にまで探しに来たのに……見付けたらシャマルなんかに抱き付かれてて。は、初めてキスしてから……スクアーロなんか冷たいし、殴られるし、……二言目にはXANXUSだし!そんで、ホントはスクアーロ、オレのこと好きじゃ無いんじゃないかって、思って、で、……ついカッとなっちまった、訳で……」
「……は?」
「泣かせるつもりでも、怖がらせるつもりでもなくて!本当はどう思ってるのか、聞けたらそれで良かったんだけど……。ご、ゴメン!怖がらせたよな?本っ当にゴメン!」
「……」

スクアーロの顔が、キョトン、から、ポカン、に変わっていく。
と、言うことは、なんだ……?
つまり、不安だったのはお互い様で、お互いがお互い、怖がってて、変なところで、切れてしまった……と。

「うそ……だろ……」
「ごめん、マジ」
「……オレ、バカみて……!」
「……まだ、泣いてるか?」
「オレは別に泣いてなんかねぇよ!」
「いやさっき大号泣だっただろ……?」
「泣いてない!」
「あー……ならそれで良い。とりあえず、ごめん。そんで、スクアーロに直してほしいところはすぐに殴るところかな。あと、XANXUSばっかり優先させんの止めろよな。もっとオレに構って。でも直んなくても、好きなんだもん、別に捨てたりなんてしねーから、な?」
「お、れも……ごめん。なるべく殴らないように、する。でも、ザンザスのことは、出来るかわかんね……。あと、仕事中は、あんま構ってやれねぇ。それで、オレ、お前のこと、好きじゃなくなんか、ねぇよ……」

二人共が、気まずそうに視線を逸らしながら和解をする。
絵に描いたような擦れ違いっぷりだな、と考えて、ディーノは思わず、ぷっと吹き出す。
不思議そうに自分を見上げたスクアーロの顔が、涙で濡れているのを見て、更に笑いが込み上げてきた。

「スクアーロ、顔グシャグシャだ」
「っ!見んなっ!!」
「好きな子泣かせちまうなんて、オレもまだまだダメダメだなぁ……」
「泣いてねぇ!」
「あはは、そうだったなー。でも、顔拭いて、ちゃんと冷やさねぇと、目、赤くなるぜ。ほら、拭いてやるから、隠すなよ」
「…………ん」

ディーノがハンカチを取り出す。
言われたスクアーロは、渋々、といった様子で顔を上げ、目を閉じた。
その顔がキスをねだってるみたいに見えて、思わずムラッとしてくる。
その顔はズルい……。
心の中で文句を垂れながら、ディーノは優しく涙の跡を拭ってやる。
いつもならこんな風に世話を焼くのはスクアーロの方で、自分は世話を焼かれる方で。
新鮮なシチュエーションに、心が浮わつく。
拭き終わったその頬に軽くキスをすると、スクアーロの目がパッと開いた。

「……いま、」
「ん?なんだ?」
「…………」
「いっててててでで!!?ほ、ほめん!はうはっはっへ!」
「何言ってんのかわかんねぇ」
「ごめん!悪かったって!」
「バーカ」
「ちぇー、良いじゃねーかほっぺチューぐらい」

唇を尖らせブー垂れながらも、ディーノはスクアーロに手を貸して立たせてやる。

「それにしても、なんで突然ヴァリアーからいなくなったんだ?お前が何も言わずにいなくなるなんて滅多にないって、隊員の奴らも言ってたぜ?」
「あ゙ー……、チェッカーフェイスに、拉致られた?」
「はあ!?」

ようやく、二人はいつもの調子に戻る。
部屋から出てきた二人を見て、ロマーリオはこっそりと胸を撫で下ろしたのだった。
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