鮫、目覚め

『……なっ!オイ!!オレはそんな服着たくねぇって……っ!?ぬ、脱がすな!!』
『観念してくださいスクアーロさん!ハル達は本気ですよ!』
『顔は余りいじらない方が良さそうね』
『あ、私ヘアメイクします!』
『本気だか何だか知らねぇがとにかく放せって……ゔぉ!?ちょ、どこ触って……!』
『大丈夫、……怖くない』
『いや、怖いとかじゃなくて……くっ、ま、待て……!サラシを取るなっ……!!』

廊下で立って部屋の中の音を聞きながら、綱吉達はそれぞれ微妙な表情を浮かべていた。
だがシャマルとリボーンの二人だけは、至極楽しそうである。

「……オレの部屋、なんだけどな」

綱吉の呟きが切なく漂った……。



 * * *



「皆さーん!出来ましたよ!!」
「よっしゃ」
「あなたは出入り禁止よシャマル」
「何だと!?」

数分後、部屋から声を掛けられ、全員が揃ってひょこりと部屋の中を覗く。
そして全員があんぐりと口を開けた。
そこにいたのは、魂の抜けた表情でへたり込んでいるスクアーロだった。

「スクアーロさんはかっこいいから、パンツの方が似合うかと思ったんだけど、折角だからミニスカートにしてみたの!」
「スースーする……」
「お肌がとっても白くてビューティフルなので、黒ベースでもっと際立つようにしてみたんです!」
「こんなんじゃ動けねぇ……」
「シンプルだけど、それなりにレディらしくなったんじゃないのかしら?」
「こんな服じゃ武器仕込めねぇ……」

黒いニットのトップス、オフホワイトのタイトスカート、ニットの下にはキャミソール、他にもネックレス、ブレスレットを身に付けたスクアーロは瀕死の重症である。
髪の毛も丁寧にカールを当ててあり、片方の肩に纏めて下ろしている。
肩や脚が露出しているが、それがイヤらしく見えない、シンプルだがバランスの良いコーディネートなのではないだろうか。
だがスクアーロは不満そうである。

「なんで女って、こんな無防備な服を好んで着たがるんだよ……」
「その台詞完全に男の台詞だぞ……」
「てかけっこう似合ってんのな!!」
「そうそう!スクアーロ凄い似合ってる!」
「似合ってると言われてオレが喜ぶと思ってんのかクソガキども……」
「おいテメーらそこどけ!オレにスクアーロちゃんの姿が見えねーだろーが!スクアーロちゃ~ん!オジサンに可愛い格好見せて~♡」
「絶対に嫌だ」

項垂れて部屋の隅に蹲り、断固拒否の姿勢をとるスクアーロが女らしくなることは、当分の間は無理かもしれない。
誇らしげな女性陣や、騒ぐシャマル、楽しそうな仲間達を横に、綱吉は心の中でスクアーロに向けて静かに合掌した。



 * * *



「つ、疲れた……」

その後、散々着せ替え人形にさせられたスクアーロは、やっと元の服に戻り、ダラリと綱吉のベッドに寄りかかった。
ヴァリアーで仕事をしていたのが、何週間も前のことのように感じる。
どうしてこうなった……、って、リボーンのせいか。
そのリボーンは目の前にいるが、報復をする気力などもうなく、スクアーロに出来ることはと言えば、気の抜けた声で飲み物を要求することぐらいであった。

「はい、スクアーロ、お茶」
「沢田……助かる」
「いや、リボーンのせいでなんか悪いことしちゃったみたいだし……」

一気にお茶を飲み干し、プハッと一息つく。
満身創痍のスクアーロを余所に、ワイワイと騒ぐファミリー達を見ながら、二人はのんびりと世間話を始める。
折角もらった休暇だと言うのに、結局精神的に物凄く疲れることばかりだったスクアーロが、やっとゆっくり出来た瞬間である。

「……テメーも大変だな、沢田ぁ。毎日あの暴力家庭教師にシゴかれて、よく平気だよな」
「あはは……なんかもう慣れた……かな?」
「慣れ、ねぇ……」
「でも確かに毎日大変で大変で!今日だってスクアーロが来る前には、ネオボンゴレのボスにする!なんて言われて……。オレ、マフィアになんかなりたくないのに……、なんでそこまでオレをボスにしたがるんだか、ワケわかんないよ……」
「……」

沢田綱吉がマフィアを嫌がっている事も、マフィアのボスになど向いていないことも、よく知っている。
だが9代目やリボーンが、彼をボスに推す気持ちも、よくわかっているつもりだった。

「沢田、そこのイケスかねぇ赤ん坊と違って、オレはお前が将来どうしようが興味はねぇがなぁ。これからはただ、マフィアのボスを否定するだけじゃなく、テメーがどうしていきたいか、しっかり考えるべきだと思うぜぇ……」
「……でも、ダメツナなんて呼ばれてるオレみたいなダメダメな奴、どうせ何したってダメだし」
「……」

またそれか、なんて、ウンザリ顔の綱吉に、スクアーロははぁ、と大きな息を吐き出す。

「ダメダメでもよぉ、別に良いじゃねーか。……オレは何をどれだけやったって、認めてもらえることは無かったが……、テメーは認めてくれる家族も、助けてくれる仲間もいるだろう」
「それ、は……そうだけど」
「本当はオレも、テメーにはボンゴレ継いでもらいてぇと思うがな」
「スクアーロもっ!?」
「別に強制したりはしねーよ。だがな……、テメーがボンゴレ継がねぇってことは、ボンゴレはここで途絶える、つまり、なくなるってことだ。……ザンザスには、ボンゴレは継げねぇしなぁ。因みに、なくなることで職を失った荒くれ者が溢れて、そいつらの対処に奔走するのはオレ達だろう。クソほど面倒くせぇ」
「あ、ああ……そうだよね」
「ま、それは半分冗談として、」
「半分……?」
「ボンゴレがなくなれば、裏社会が荒れることは確かだろうぜ。その余波は、間違いなく表まで出てくる」
「オレが……継がなかったら、誰かが死ぬって、こと……?」
「……お前だけのせいじゃねえがな。だが、復讐者どももアルコバレーノのおしゃぶりを管理するために、これからはマフィアの取り締まりが出来なくなってくる。この先、お前がどうしようとも裏社会が荒れることは確かだぁ」
「そんな……じゃあ、スクアーロとか、父さんとか、ディーノさんとかは、どうなるの!?」
「……さあなぁ。まあ、後始末は自分達で着ける。お前らはんなこた気にせずに、好きにやってりゃ良いのさ。元々一般人なんだしなぁ」
「……なんか、罪悪感が」
「お前らだって無理矢理巻き込まれただけなんだからよぉ、別に気にすることねぇだろ。……だが、リングだけはテメーらのもんなんだから、しっかり守れよ」
「それは……、もちろんだよ!でも、スクアーロ達のことを、見て見ぬふりしてオレ達だけ楽しく過ごすなんて、無理、だよ……」

少しでも自分達のことを考えるのなら、マフィアになってほしい。
スクアーロには、どうしても、その考えを捨てることは出来ない。
マフィアは確かに、法に触れるようなことを平気でする集団の集まりだが、それでも、その中に守りたいモノがたくさんあるのだ。
強制するつもりがないと言うのは本心だが、本音はやはり、なってほしい。
……だが、スクアーロにはもうひとつ考えがあった。
綱吉が落ち込んだ顔をするのを、少し口角を上げて見ながら言った。

「欲張りだな、テメーは」
「なっ!そんなことないよ!!」
「それなら、一度原点に戻って、自警団として活動してみたらどうだ?」
「……自警団?って、初代みたいに?」
「ああ、今だと、民間の警備保障会社っつった方が良いのか?」

会社、では自警団とはまた少し違うのかも知れないが、これならまるく収まるんじゃないだろうか。
会社の開業資金なら、ボンゴレ9代目に出させれば良いわけだし。

「……ええ!会社!?」
「金は9代目が出す」
「出してくれるもんなんですか!?」
「出してくれるかは関係ねぇだろ。出させるんだよ」
「悪っ!顔悪っ!」
「経営とかも獄寺辺りに任せりゃ良いだろ。アイツなら喜んでするぜ」
「それは……そうだけども!」
「まあ、考えるだけなら自由だろ」

それだけ言って、スクアーロは立ち上がる。
御手洗いにでも行くつもりなのだろうか。
だが、彼女が見せた隙を見逃さない男が一人いた……。
シャマルである。

「スックアーロちゅわっはぁ~ん!!ちゅ~♡」
「ゔお!?」

突然飛び付いてきたシャマルを避けきれず、二人縺れるようにして床に倒れる。
それと同時に部屋のドアが勢いよく開いた。

「ツナ!スクアーロ来てるか……、っ!?」

飛び込んできたディーノと、倒れたスクアーロの視線が合う。
部屋の空気が、ビキンと音を立てて凍った。
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