鮫、目覚め

―― ドドォオン!!

「ゲッホ!ゴホッ!ちょっと!やりすぎなんじゃねーか!?」
「ゴホッ!ケホッ!仕方ねーだろ!!こんだけしなけりゃあ、壁なんてそう簡単には壊れねーんだからよぉ!!」

凄まじい爆発音と共に壁が破壊される。
その爆発で出来た穴から脱出した二人は、舞い上がる粉塵に噎せながら早足に移動する。

「明らかに攻撃を受けてる!誰の仕業だかわかんねぇが、直ぐにでも屋敷から離れた方が良さそうだなぁ!!」
「ああ、そうだな!でも一体誰がこんなこと……」

スクアーロは、既にユニ達の仕業、という考えは捨てているらしい。
閉じ込めた後の毒ガス。
どう考えても命の危機を感じる攻撃だった。
先程の爆発で二人の居場所……中庭に居るということは割れてしまっているだろう。
ならば狙われる前に、早くここから移動しなくては。
屋敷から離れて、広い場所に出れば敵も自ずと姿を見せるはず。
中庭から玄関前の庭へと続く小路を進もうとした時だった。

「っ!待て!止まれ跳ね馬!!」
「は?ぐえっ!!」

足元を見てスクアーロが叫び、ディーノの首根っこを掴んで止める。
そのせいでディーノが潰れた蛙のような声で呻いたが、それは無視して、ディーノが先程足を踏み出そうとした場所をじっくりと見た。
透明なワイヤーが張られている。
上を見上げれば、死角となる場所で鋭い刃がギラリと刃を光らせていた。

「罠だな」
「なっ……!」
「屋敷全体に仕掛けられてそうだな。おいへなちょこ、気を付けて進めよ」
「へなちょこ……、いや、言うことはわかるんだけど、へなちょこ……」
「行くぞ」

凹むディーノはさておいて、トラップを解除したスクアーロは警戒しながらもさっさと先に進む。
トボトボ着いてくるディーノを気にしながらも、上下左右、様々な方角に気を張り巡らせ、慎重に歩いていった。

「……跳ね馬、そこ、頭下げて通れよ」
「……ああ」
「変だな、罠ばかりで、本体は全く仕掛けてこねぇ……」
「……おう」
「様子でも窺ってんのかぁ?」
「……どうだろうな」
「……なあ跳ね馬、オレの顔に何かついてんのか?」
「へ?いや、そうじゃないけどさ」
「じゃあ何で、さっきから人の顔ジロジロ見てんだよ?」
「……オレ、足引っ張ってないか?スクアーロの役にちゃんと立てるか?」

二人の足が止まる。
情けない顔でそんなことを言ったディーノに、スクアーロは容赦なくデコピンを食らわせた。

「て、いってぇ!」
「端からてめぇにオレと同等の働きなんて期待しちゃいねぇ」
「言葉もいてぇ!」
「お前のへなちょこもドジも別に気にしやしねぇよ。ただ、」
「うん?」
「そこにいてくれれば、オレは、それだけで満足だ」
「……!」

ちょっと目を泳がせてそう言われ、ディーノは嬉しそうに目を輝かせる。

「ふへへ……」
「何笑ってんだよ……」
「スクアーロはオレのこと大好きなんだなぁー、って思って?」
「……」
「ふふふー!そんな可愛いこと言われるなんて男冥利に尽きるなーなんてぇー」
「いい加減黙らねぇと、オレがテメーをトラップに引っ掛けるぞ」
「あ、すんません」

うってかわって、ニヨニヨと笑いだすディーノに舌打ちをして、スクアーロはまた前を見詰める。
さて、このお荷物(ディーノ)を持ったまま、どうやって屋敷を、この罠の森を抜けるか……。
それに、ここを出れば庭だが、開けた場所に出た瞬間に狙い撃ちされてはたまらない。
敵の姿が分かりやすくなると言うことは、自分達の姿も明らかになるということ。
もし相手が狙撃という手段を取ってきたりなんてしたら、最悪だ。
正体不明のまま殺される可能性だってある。
なんとか二人揃って罠の道を通り抜け、目の前に現れた庭を注意深くながめる。
スクアーロは右手に巻いていたワイヤーを取り出し、その先端につけた重りを、思いっきり庭に投げた。
ワイヤーは庭に立っているモニュメントに絡み付き、スクアーロはそのワイヤーをピンと張るようにして、こちら側の端っこは壁に突き立てたナイフの柄に結んだ。

「跳ね馬、服貸せ」
「服?」
「いいからとっとと脱げ」
「その台詞は追い剥ぎみたいだぞ?」

ぶつくさと文句を言いながらもシャツを脱ぎ、それをスクアーロに手渡す。
受け取ったスクアーロは、ワイヤーにそのシャツを吊るす。
そしてそのまま巧みにワイヤーを操り、シャツを庭の真ん中に引っ張り出した。
その瞬間。

―― タァン! バスッ

「ああー!オレのシャツ!」
「シャツは犠牲になったんだぁ。可哀想にな」
「スクアーロが犠牲にしたんだろ!?」
「犠牲になったのが、オレ達じゃあなくて良かったな」

するするとシャツを引き戻して、取り外し見てみると、シャツの左胸の辺りに、銃弾がつけたのだろう真っ黒な焦げ跡が付いている。
確かに、あのまま出ていったら心臓を撃たれて死んでいただろう。

「一体どこから……。近そうではあったよな?」
「ああ、音が玉より先に聞こえたしな。そう遠くはねぇ。が、もう移動しただろうな」

相手も、自分が囮を撃ったことに気付いているはず。
なら既にこちらが不用心に出てくる可能性は見限って、狙撃犯本人がディーノ達二人に襲われる可能性を恐れて場所を移っているはず。

「チッ、仕方ねぇ。ここからは無理だろうし、中に入って先に犯人どもを潰すか。それが無理でも、何かしら見付けられれば儲けもんだ」
「確かちょっと前に窓があったな」
「よし、戻るぞ」
「わかっ」
「オレが先に行くからなぁ」
「う……わかった」

先程までと同様に、スクアーロが先頭に立って道を戻る。
直ぐに現れた大きな窓は、リビングスペースのような場所に通じている。
だがそこは素通りして、スクアーロは次の窓、食堂の窓に向かった。

「そっちに行くのか?」
「オレ達が戻ることは奴らだって予想してんだろぉ。罠があるかも知れねぇ。だから見付からねぇようにもっと頭下げろ!アホ馬!!」
「ぶわっ!」

ヒソヒソ声で怒鳴るという器用なことをしながら移動し、漸く着いた食堂の窓をスクアーロがディーノから剥いだ……ではなく借りたシャツで覆い、その上から軽くナイフの柄で叩いて割る。
最小限まで押さえられた音が鳴り、割れた窓から鍵を開けて、食堂に侵入した。

「……誰も、いねぇな」
「跳ね馬、気を付けて入れよ」
「おう」

窓の中の様子を窺うが、誰かが居る様子はない。
安心し、ディーノが窓から足を踏み入れ、続いてスクアーロが入ろうと足を床に着けたときだった。

「!避けろっ!!」
「ぐっ!!」

スクアーロの足に向けて、銀色に光る輪が飛んできた。
ギリギリでそれを避け、そのせいで転びかけたスクアーロの体をディーノが支える。
銀の輪はシルシルと空を切って、Uターンしていく。
その戻っていく先には、顔を仮面で隠した人物が構えていた。

「キヒヒ、ヒヒヒハハ!!情けないじゃあねーのさあ、スペルビ・スクアーロォォオオ!!キヒッ!ヴァリアーの有能な幹部がぁ、こぉんなところでぇ、片腕無くして弱点だらけになってるとはねぇぇえ?しかも何?ナニナニナニ?そこにいんのってぇ?跳ね馬ディーノちゃんじゃあねぇのぉ?もしかしてあんたらアレ?男同士でデキちゃってる感じぃぃい?」
「てめぇ……スクアーロのどこがおムガ」
「ゔお゙ぉい!誰だてめぇはぁ!!」
「いっやぁぁあん!覚えてないのぉ?」

うっかり『どこが男に見えるんだ』何て言いそうになるディーノの口を塞いで、スクアーロは腹の底から声を出す。
何処かで見たことのある仮面を着けた、見るからに怪しい、女……だろうか。
キヒキヒと笑う敵を観察しながら、用心深く会話を投げ掛ける。

「テメーみてぇな下品な話し方の女は覚えていねぇなぁ?」
「ああ゙?誰が下品だぁ?この変人白髪野郎がぁあ!!アタシのことをぉお?覚えてねぇってぇのかぁあ!?」
「ゔおっ!?」

女は再び銀の輪を取り出す。
それは輪刀、チャクラムなどと呼ばれる武器であるのだが、そんな名前を思い出す間もなく、輪刀はスクアーロの頭に向けて飛んできた。
体を捻って避ける。
だが女は次から次へと輪刀を取り出し、二人に向けて投げ付けていく。
スクアーロはナイフを取り出し、ディーノを背後に庇いながら輪刀を次々と弾き飛ばしていった。

「ちょっ!スクアーロ、オレもやる!!」
「へなちょこは黙ってろぉ!!」
「へなちょこじゃねーって!」

鞭を取り出そうとするディーノを蹴って遠ざけ、スクアーロは走って女の懐に飛び込んだ。
近付いてくる輪刀は全て叩き落とす。
そしてスクアーロが女の鳩尾に拳を叩き込むまで、ほんの数秒の事だった……。

「さ、さすが……」

呆然とするディーノの言葉が、寂しく響いた。
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