鮫、目覚め

その頃、二人を監視するユニ達は、慌ただしく動き回っていた。

「今のは……一体誰の仕業でしょう」
「情報が少なすぎます。何より、何故この場所がバレたのかもわからない。我々アルコバレーノとヴァリアーが、総出で隠しているというのに……」
「僕達と真6弔花は付近を見回ってくるよユニちゃん♪」
「お願いします、白蘭」

頭を下げるユニの顔は苦々しい。
先程、スクアーロとディーノを襲った謎の風、そして開かなくなった扉。
それはユニ達の仕業ではなく、その事態を起こした人物が誰なのかすらわからない。
しかも不味いことに、部屋に閉じ込められた当人であるスクアーロは、これをユニ達の仕業だと思っているようで、動かずに待ちの姿勢に入ってしまった。
まさか簡単にやられることはないだろうが……。

「……直ぐにでもお二人を救出し、この怪事を起こした犯人を一刻も早く捕まえましょう」
「ユニちゃん!やられた!!屋敷全体にバリアの様なものが張られてる!!これじゃ中には入れない!」
「なにっ!?」
「バリア……!?どういうことですか白蘭!!」
「わからないよ!でも大空七属性の炎ではあるみたい!固いけど、僕なら開けられる。問題は……、」
「あなたの攻撃では屋敷まで吹き飛びかねませんね……」

風が1度目を閉じ、深く考え込む。
そしてもう1度開くと、風は強い意思を込めて、声を放った。

「バリアを発生させている元を壊し、二人を救出します。動けるものは皆、バリアの根本を探してください。ユニ、私は助けを呼びます。その間あなたはモニターを監視していてください。異変があったらすぐに知らせること。良いですね」
「わ、わかりました……!」

ユニが屋敷の様子に目を戻す。
外の様子を知らない二人は、どうやら昼食をとろうとしているようだった。



 * * *



「……アイスクリーム」
「あんな小型の冷蔵庫に、しっかりとした昼飯なんてあるはずないだろうがぁ」
「……ですよねぇ」

シャク、とスプーンでアイスを掬う。
美味しいが……空腹時はもっとガッツリとしたご飯が食べたい。
切ない気分になってアイスをつつくディーノを見ながら、スクアーロはぼんやりと考えていた。
先程の風、閉じ込められたこの状況。
ディーノもスクアーロも、揃ってリングを持っていない故、脱出が叶わず、こうして大人しく待っていることしか出来ないが……。

「何がしてぇんだか……」
「何か言ったか?」
「いや、別に」

奴らが自分達を閉じ込めて何をさせたがっているのか、さっぱりわからない。
まさか二人っきりにして、何か如何わしいことでもさせようと……?
いやいや……いやいやいや、それこそ何がさせたいんだって事だろう。
ゴホン、と1つ咳払いをしてから、もう一度思考を進める。
それにしても、自分達を閉じ込めた先程の風はなんだったのだろう。
自然のものではない。
リング争奪戦の時、ベルと獄寺との戦いで使われていた、あの装置と似たものだろう。
だが、そんな装置は近くにはなかったし……。
なら自分達が部屋に戻ってから、近くに持ってきたと言うことか?
……あいつら、近くにいるのか?

「……まさか、見られてた?」
「え、何が?」
「いや、何でも」

閉じ込められたとかより、そっちの方が不味いんじゃないだろうか。
何か、こう、自分の尊厳的に。
ひそかに全員が帰ってきたらマーモンを呼んで記憶を消させるかどうか検討するスクアーロだったが、突然感じた異変に、ハッと顔を上げた。

「おい、変な臭いしないか?」
「臭い……?」

スンッと鼻を鳴らしたディーノの顔を片手で覆う。
これは、ヤバい臭いじゃないだろうか。

「吸うな」
「む、むぐ!むぐぐぐぅ!」
「とりあえず下がるぞ」
「んむ!」

部屋の奥にあるベッドルームにディーノを押し込む。
少し遅れてスクアーロも中に入った。
この部屋には小さいが開く窓があるし、他の部屋よりは密閉性が高い。

「ぶはっ!スクアーロ……もしかして、」
「……ああ、毒だろうな。吸ってねぇな?」
「たぶん平気だけど……スクアーロは大丈夫なのかっ!?」
「オレはほとんどの毒は効かねぇ」
「でも、万が一って事も……」
「……今のところは異変はない。安心しろぉ」

スクアーロが、ヴァリアーに勧誘された頃のことである。
剣帝がまだピンピンしていた頃のことだ。
彼はスクアーロに言った。
『暗殺者なら毒くらいに負けるのは素晴らしくおかしい!毒を克服した時にはこのオレ様が貴様と戦って見せよう!!』と。
言葉遣いが素晴らしくおかしいことになっていたが、スクアーロはその偉そうな態度にムカついて大方の毒は克服してしまったのである。

「剣帝もワケわからないけど、お前もワケわからねぇ!なんで素直に毒克服してるんだ!?」
「うるせぇな、そんなことはどうでも良いだろうがぁ!そんなことよりさっさとここを脱出する。ここだって直ぐに毒が回ってくるぞ」

言うと、スクアーロは部屋に唯一ある窓に目を向ける。
逃げるとしたら、そこから以外に道はない。
だがあんな小さい窓からでは、人一人通り抜けて出ることは不可能だろう。
部屋を見渡す。
ベッド、サイドテーブル、小さな棚、使ってない化粧台、鏡、椅子、人間一人(ディーノ)。
それから……。
スクアーロは棚の引き出しからとあるものを取り出す。

「……ナイフ、縄、ワイヤー、警棒、スタンガン、って武器多!」
「今使うのはそっちじゃねえ。……これだ」

スクアーロが棚の奥から取り出したのは、黒く四角い箱のようなもの。
プラスチック爆弾であった。

「まさか、壁爆発させて脱出する気か!?」
「それしかねーだろ?窓に仕掛けるから、ベッド動かして壁作っとけ」
「壁?」
「オレ達を爆発から守る壁だぁ」
「ああ、なるほど」



 * * *



「……風おじさま、やはり屋敷の中に術士がいるようです。先程から誰も見えないのに物が動いていて……、お二人の部屋の前で煙が上がったりしています」
「煙……毒でしょうか?」
「かもしれません。お二人は今部屋から脱出しようと試みています……あ、今壁を爆発させて脱出したみたいです!」
「やることが派手ですね……」

二人のいる屋敷に張り巡らされたバリアは、今だ解ける様子はない。
人を呼びはしたが、駆け付けるまでは、まだ時間が掛かるだろう。

「どうか無事に、生き残れると良いのですが……」

風の珍しく不安そうな声が車内に響いたのだった。
14/23ページ
スキ