鮫、目覚め

「……さてユニちゃん、来たね」
「ふふ、来ましたね白蘭」
「恒例の!」
「お着替えイベント!!」
「解説の風さん、お願いします」
「スクアーロ氏がどう対応するのかが見物となりますね」
「ハハン、なるほど。ディーノ氏と違い若干状況を把握しつつあるスクアーロ氏がどのような行動を起こすのか、注目したいところですね……ってそうじゃないでしょう!!あの人精神的に死にますよ!!」
「テメー桔梗、お前が一番ノリノリだったじゃねえかバーロー!」
「ねーえー!ブルーベル疲れたー!ここ狭いよー!!」
「僕チンもっ。お、お腹、減った」
「お黙りなさい!今我々が帰っていったりしたら、それこそ恥ずか死しますよ!」

世界を滅ぼそうとした悪魔と、アルコバレーノ7人の内二人が揃って、やることはこれか……!
桔梗が頭を抱えるなか、彼らいわく「恒例」らしいお着替えイベントとやらが迫ってきていた。



 * * *



「あり?」
「……次はどうかしたのか」

ようやくウォークインクローゼットにたどり着き、タオルで体を拭きながら、ディーノが不思議そうに声を上げた瞬間に、スクアーロは警戒モードに入っていた。
散々訳のわからない罠に掛かってきたのだ。
次は何をされるのか、予想もつかない。

「いや、なんか着替え探してたんだけどさ」
「ねぇのか?」
「いや、あるんだけど……」
「じゃあそれ着りゃあ良いだろ?」
「オレのは良いんだけどな?」
「……オレのは?」
「スクアーロの、女物しかないヨ?」
「……」

スクアーロは黙りこくって、ディーノの手元を見る。
男物の服、上下に下着合わせて一人分。
女物の服、クラシカルなワンピースドレスに下着、合わせて一人分……。
辺りを見回すが、置いてあるのはユニの替えの服だったり、ブルーベルの置いていった人形だったり、明らかに自分よりもサイズの大きい服だったりと、他に着れそうなものは、ない。

「オレ、」
「ん?」
「タオル被って服乾くの待ってる……」
「それは、風邪引くからやめような?そもそも、オレが破いちゃったからどっちにしろ着替えねーと」
「……女物の服なんて絶対に嫌だ」
「じゃあオレが服乾くまで待ってるから、スクアーロがこっちの服着て待ってるか?」
「……お前が風邪引いたらどうすんだよ」
「…………」
「……」
「よし!じゃあ二人裸で暖め合おう!!」
「女物で良い」
「そこ即答するのか!!」

下心見え見えの提案をバッサリと切り捨てて、スクアーロは仕方なく服を受けとる。
だが受け取ったあとも微妙な顔をして服を眺めている。
着たくないという心の声が、あからさまに顔に出ている。

「……やっぱりこっちの服着るか?」
「男に二言はねぇ、こっち着る」
「いや、男じゃねーだろ?……つかそれ以前にさ、それ、一人で着れるのか?ちょっと面倒な構造してそうだよな?」
「……!」
「あと、下着、着れるか?」
「……!!」

片手で着れるような簡単な服ではないし、更に言えば、普段晒しを巻いてるスクアーロが片手で下着を着けるのは少し難しいのではないのか。
ディーノの指摘にスクアーロはハッとして固まる。
ユニや白蘭の陰謀通り、こうして二人の『お着替えイベント』が始まったのであった。

「……やっぱりこっちのにしろ。オレはタオル被ってるからさ」
「……は、跳ね馬!」
「でも下着はちゃんと着てくれ」
「わかった……!」

……始まった、と言っても、結局スクアーロが女物の服を着ることはなかった。
白蘭と風が舌打ちするのを聞いた桔梗は、完璧にドン引きしている。
ディーノの提案に頷いたスクアーロは、上着をディーノに返す。
ディーノは、それを受け取ってから後ろを向く。
ゴソゴソという布の擦れる音を聞きながら、ディーノはそれを聞かないように考え事をしながら、ため息を吐いて目を閉じる。
ワンピース姿のスクアーロ、見てみたかったな……、なんて、少し残念な気持ちになっていたりする。
古風なモノだったが、きっと似合っただろうに、勿体ない。
つらつらとそんなことを考えながら、ボーッと佇んで、待つ。

「跳ね馬……」
「んぁ?どうした?」
「し、下着、やっぱり着れねぇ……」
「あー、やっぱり?」

下着、まあつまり、ブラジャーを着けるには、両手をつかって背中でホックを止める必要があるわけで、片手しかないスクアーロには難しい。

「えーと、とりあえずそっち向いて良いか?背中だけなら見ても大丈夫?」
「……その、じゃあ、う、後ろ向いてるから、ホック、止めてくれ……」
「……なんか、いや、わかった」

何なんだこの状況はっ!!
二人の思いはこの一言に尽きる。
ディーノが振り向くと、スクアーロは丸めた背中をこちらに向けて蹲っていた。
『もうどうにでもなれ』という、投げ槍な感情が背中越しに伝わってくる。
シャツは胸を隠すように抱え込んでいて、ホックの外れたブラと、白い背中が剥き出しになっていた。
ディーノは心の中に質問を落とす。
先生、これは誘っているんですか?
いいえ、これは天然でしょう。
いや、スクアーロだって、通常時ならもう少し工夫なり何なりしようとしただろう。
だがこの状況、混乱したって何らおかしくはない。
ディーノはまず、ゆっくりと深呼吸をする。
落ち着けディーノ、男ならここは余裕をもってさらっとこなさねばならない。
男に必要なのは度胸愛嬌包容力である。
ここは包み込むような優しさで、全て丸く収めるんだディーノ……!
深呼吸をする僅かな間に、そこまでを考えたディーノは、意を決してキッとスクアーロの背を見据えた。

「……つ、ける、ぞ」
「頼む」

ホックに手を伸ばす。
ずっと思っていたが、この下着は何故黒いんだろうか。
一体誰が、こんなもの用意したんだろう。
良い趣味して……じゃなくて、もっと着やすいスポーツブラとかにすれば良いのに!

「……っと、出来た」
「ありがと、な」
「むしろこっちがありがとう」
「え?」
「いや、こっちの話だぜ」

うっかり役得眼福でした、なんて口走りそうになるディーノだったが、慌てて話をそらす。
少し離れようとしたその拍子に、ふと、肩甲骨の間に目を引かれた。
先程見てしまった、胸の傷の反対側。
イェーガーの手が貫通した後ろっ側。
やはり、その傷跡は目立って見える。

「やっぱりさ、痛そうだな」
「……傷?やっぱり、汚い、よな……」
「馬鹿、汚いなんて思うもんか。オレはスクアーロの背中、好きだよ。……本当にもう痛くねーのか?」
「あ……痛くはねぇけど、少し引き攣るなぁ」
「そうか……」

少し赤みがかっている傷跡。
よく見れば、それを取り囲むように切り傷やら火傷の跡やらが付いている。
これまで、沢山戦ってきた、その痕跡。
スルリと撫でると、スクアーロの肩が跳ねた。

「あ、痛かったか?」
「……そうじゃ、ねえけど。触られるの、嫌だ。ゾクゾクする」
「何それエロい」
「……」

ムッとした顔でスクアーロがディーノを睨み付ける。
体制的に自然と上目遣いになるので、ディーノはとりあえず心のシャッターを連打する。

「くっ!!ご馳走さまです……!」
「何言ってんだお前は。服着るんだから向こう向いてろよ」
「わかった……!」

ゴソゴソと服を着るスクアーロの後ろで、ディーノはホクホク顔である。
そのままスクアーロに声を掛けられるまで幸せそうな顔をしていたが、二人で部屋を出た瞬間、大きくくしゃみをした。
上着とシャツは脱いでいたが、まだパンツは履いたままであったし、体が冷えてしまったらしい。

「ふぇっくしっ!!」
「……体冷えちまったか?」
「ちょっとな」
「シャワー浴びて暖まってこいよ。服、その間に乾かしておいてやるから」

この屋敷をスクアーロが相続してからは、ヴァリアーの施設としても使っている。
その為、人が過ごすのに必要な設備はある程度整っているのだ。

「うん、じゃあ頼んで良いか?」
「わかった」
「ふっ……なんだか新婚さんみた」
「頭かち割られてぇのか」
「すぐにシャワー浴びてくる!」

逃げるようにシャワールームに去っていったディーノを見送り、スクアーロは疲れたようにため息を吐いた。
今日一日で、一週間分以上疲れたような気がしている。
乾燥機はシャワールームの隣。
スクアーロもまた、ディーノの後を追って歩いていった。
まだ半日以上あることに、スクアーロのため息は止まらない……。
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