鮫、目覚め
「お前ホント……いい加減にしろ……ケホッ!」
「ごめん!」
今回こそはだいぶ辛かったのだろう。
スクアーロはへなへなと壁に寄りかかって怒鳴る。
ディーノのへなちょこはいつものことだが、今日はそのドジが全て、本人かスクアーロのどちらかに回ってくるのだ。
スクアーロは既に命の危機さえ覚えている。
というか先程殺されかけた訳なので、スクアーロは相当お冠である。
「死ぬかと思った……!」
「無事でよかった!」
「お前が殺しかけたんだろうがぁ!!」
「本当ごめん!!」
頭を上下にブンブン振って謝るディーノに、スクアーロはため息を吐いて、もういい、と言う。
一体今日だけで、どれだけため息を吐いたことだろうか……。
ディーノは叱られた犬のようにションボリしながら、もう一度頭を下げる。
……が、その拍子に転がっていたマトリョーシカ(小)を踏む。
そして、へなちょこディーノなら当然の結果なのかもしれないが、ディーノはまたスクアーロの方に転んでいった。
「うぇえ!?」
「またっ……うわっ!」
「へぶっ!」
ディーノは咄嗟に、近くに迫った『何か』を掴む。
ビッという鈍い音、そして顔面に柔らかいモノを感じ、ディーノは思った。
これはまた、何かをやらかしてしまったのではないだろうか、と……。
恐る恐る、目を開ける。
ディーノの視界に映ったのは、ある意味予想通りの光景であった。
「っ……!っ!!」
「………………」
ディーノが掴んだのは、自分の貸した上着とスクアーロのシャツだった。
顔面に感じた柔らかいモノは、スクアーロの冷えきった素肌だった。
頬を通して、トクトクという柔らかな鼓動が伝わってくる。
その鼓動が速まってくるのを感じて、ディーノは思った。
ああ、やらかした……、と。
「は、……ぁ……なっ、に……」
「……スクアーロ、落ち着いて、聞いて、ほしいんだけど、良いか?」
「ぅ……な、……み、見て……」
「あの、スクアーロさん?」
もう言葉が意味をなしていないスクアーロを、ディーノは一度離れて見る。
ディーノがしがみついたせいで、シャツが破けて右肩からずり落ち、胸元がだいぶ大胆に開いている。
しがみつかれた本人は、思考が追い付いていないのか、呆然としてディーノを見ていた。
ディーノはまず、ずり落ちたシャツを直してやり、その上からしっかりと自分の上着を巻き付ける。
先程触れたスクアーロの肌は、かなり冷たくなっていた。
風邪を引かせないためにも、一刻も早く着替えさせてやるべきなんだろうが、それよりも前に、ディーノは深く、それはもう地面に付きそうなほど深く頭を下げて、そして叫んだ。
「スクアーロ、ごめん!」
「っ!?」
「本当にごめん!!嫌だったよな!?いきなり服破られたりしたら誰だって嫌だし、ましてや女の子なんだもん、怖かったよな!?本当にごめん!!スクアーロに不快な思いさせるつもりはなかったんだけど、本当、ごめん!!」
「……わ、わかった。わかったから、顔、上げろよ」
「でもっ!」
「もう、大丈夫だから……な?」
「……おう」
宥めるような、だが、いつもより少しばかりか細い声でそう言われ、ディーノは顔を上げた。
スクアーロは、そんなディーノを困った顔で見詰めていた。
「その……少し、驚いただけで……。お前に、悪気が無いことも、しっかりわかってる、つもりだ……」
「それでもっ、嫌じゃなかったか?」
「……嫌、なんてこと、ない。それより……、」
「それより……?」
「…………、いや、良い。オレも、悪かったな。庇ってくれて、ありがとな」
何か言いかけて、だが結局、何も言わずに、スクアーロはすたすたと歩いていく。
ディーノは通りすぎていこうとする腕を、思いっきり引っ張って止めた。
「……わり、今日何回目だろうな、お前のこと引っ張ったの」
「っ……んなこと知るかよ」
「ハハ……ホント悪い。でも、これだけは、言っときたくて」
「……なんだ」
「思ったこと、ちゃんと言ってくれ」
「……」
「オレ、頭悪いからさ、ちゃんと言葉にして伝えてくれないと、全然わかんねーんだ。スクアーロの気持ちも、思いも、悩みも、ちゃんと聞きたい。どんな下らないことでも良いから、ちゃんと話してほしい……!言ったろ?オレ、スクアーロの全部が知りたいんだ……!全部、隠さず、教えてほしいんだ」
スクアーロは、振り向かなかった。
ただ、酷く静かな声で、ディーノに聞いた。
「オレの、右胸の、さ」
「え?」
「右胸の傷跡、見た……か?」
「傷跡?」
傷跡と言われてディーノは改めて思い出す。
言われてみれば、色が違く、少しざらつく場所があった気がする。
ただ、ディーノも相当パニックになっていたので、言われてみれば、というような感じだった。
「言われてみれば、見た、かも?あ、でもよくわかんなかったぜ?そんな余裕、全然なかったし!」
「……、なら、もう一回、見て……」
「は?……は!?」
クルリと振り向き、スクアーロはディーノに一歩詰め寄った。
驚いたディーノが一歩後退る。
またスクアーロが一歩詰め、またディーノは後退し、それを繰り返すうちに、ディーノは廊下の壁に追い詰められる。
ディーノを追い詰めたスクアーロは、無造作に自分のシャツを握ると、バサリと、自分の右の胸元をさらけ出した。
「……!」
ディーノが目を見張る。
心臓の、少し右、ちょっぴり上、その位置に、大きな傷跡があった。
恐らく、イェーガーに胸を貫かれたときに出来た傷だろう。
チェッカーフェイスの力でも、その痕を治すことまでは出来なかったようだ。
痛々しく残る傷跡を見せて、スクアーロは聞いた。
「こんな、こんな醜い傷跡があっても、まだ、オレのことを好きだと、お前はそう言ってくれるか……?左手なんて、もっと酷い。これでも、好きだなんて、言えるのか……?それが、それが怖くて、隠しきれるもんじゃねえが、それでも、見られるのが……オレは、怖く、て……」
その声は、低く囁く男の声のようでもあり、か細く震える幼子のようでもあった。
ディーノを覗き込む瞳には、恐怖の色が見え隠れしている。
怖いと言うのは、この事だったのか。
ディーノは、その事に納得し、そしてしっかりと相手の目を見定めた。
「痛そうだ。……痛むのか?」
「……そんなに、は」
「舐めたら治るかもしんねーぜ?」
「……お前、頭打ったのか?」
「いや、打ってねーし。つーか酷くないか?」
「でも、……こんなの、気持ち悪い、だろ?」
「傷跡なんて見慣れてるし、人の目の前で腕切り落とすような奴なんだから、元々予想はしてたって。別に気持ち悪いなんて、思わねぇ。むしろ傷跡ってちょっとヤらしい感じがして、良いと思うぜ」
「変態」
「……なんだろうな。なんか一周回って、詰られるのが嬉しくなってきた気がする」
ディーノが危ない扉を開きかけていることは置いておいて、ヤらしいとまで言われてしまったスクアーロは、とりあえず服を正し、ディーノから一歩離れる。
そして呆れた目でディーノを見た。
「お前さ、本当にバカなんだなぁ」
「……確かに自分でバカって言ったけど、幾らなんでもあんまりじゃねぇか?」
「ずっと怖がってたオレまで、バカみてぇじゃねぇか……」
スクアーロはまた踵を返して、ディーノに背を向ける。
だが今度は、ディーノの手首をしっかり握って、引っ張っていた。
「お前、体冷えてるぜ。さっさと着替えた方が良い」
「……そうだな!スクアーロも冷たい。早くシャワー浴びて着替えちゃおうぜ」
「うん」
「あ、でもスクアーロは、一人ではいるの危ないよな。タオルで拭くだけで大丈夫か?」
「一人でも平気だ」
「ダメだって!何かあったらオレ、お前が素っ裸だろうが気にせず入ってくからな」
「……はあ、タオルだけで良い」
ディーノが自分の手首を掴むスクアーロの手を一度引き離し、今度は指を絡めて、手を繋ぐ。
いわゆる恋人繋ぎをして、二人はやっと、タオルと着替えの元へたどり着いたのだった。
「ごめん!」
今回こそはだいぶ辛かったのだろう。
スクアーロはへなへなと壁に寄りかかって怒鳴る。
ディーノのへなちょこはいつものことだが、今日はそのドジが全て、本人かスクアーロのどちらかに回ってくるのだ。
スクアーロは既に命の危機さえ覚えている。
というか先程殺されかけた訳なので、スクアーロは相当お冠である。
「死ぬかと思った……!」
「無事でよかった!」
「お前が殺しかけたんだろうがぁ!!」
「本当ごめん!!」
頭を上下にブンブン振って謝るディーノに、スクアーロはため息を吐いて、もういい、と言う。
一体今日だけで、どれだけため息を吐いたことだろうか……。
ディーノは叱られた犬のようにションボリしながら、もう一度頭を下げる。
……が、その拍子に転がっていたマトリョーシカ(小)を踏む。
そして、へなちょこディーノなら当然の結果なのかもしれないが、ディーノはまたスクアーロの方に転んでいった。
「うぇえ!?」
「またっ……うわっ!」
「へぶっ!」
ディーノは咄嗟に、近くに迫った『何か』を掴む。
ビッという鈍い音、そして顔面に柔らかいモノを感じ、ディーノは思った。
これはまた、何かをやらかしてしまったのではないだろうか、と……。
恐る恐る、目を開ける。
ディーノの視界に映ったのは、ある意味予想通りの光景であった。
「っ……!っ!!」
「………………」
ディーノが掴んだのは、自分の貸した上着とスクアーロのシャツだった。
顔面に感じた柔らかいモノは、スクアーロの冷えきった素肌だった。
頬を通して、トクトクという柔らかな鼓動が伝わってくる。
その鼓動が速まってくるのを感じて、ディーノは思った。
ああ、やらかした……、と。
「は、……ぁ……なっ、に……」
「……スクアーロ、落ち着いて、聞いて、ほしいんだけど、良いか?」
「ぅ……な、……み、見て……」
「あの、スクアーロさん?」
もう言葉が意味をなしていないスクアーロを、ディーノは一度離れて見る。
ディーノがしがみついたせいで、シャツが破けて右肩からずり落ち、胸元がだいぶ大胆に開いている。
しがみつかれた本人は、思考が追い付いていないのか、呆然としてディーノを見ていた。
ディーノはまず、ずり落ちたシャツを直してやり、その上からしっかりと自分の上着を巻き付ける。
先程触れたスクアーロの肌は、かなり冷たくなっていた。
風邪を引かせないためにも、一刻も早く着替えさせてやるべきなんだろうが、それよりも前に、ディーノは深く、それはもう地面に付きそうなほど深く頭を下げて、そして叫んだ。
「スクアーロ、ごめん!」
「っ!?」
「本当にごめん!!嫌だったよな!?いきなり服破られたりしたら誰だって嫌だし、ましてや女の子なんだもん、怖かったよな!?本当にごめん!!スクアーロに不快な思いさせるつもりはなかったんだけど、本当、ごめん!!」
「……わ、わかった。わかったから、顔、上げろよ」
「でもっ!」
「もう、大丈夫だから……な?」
「……おう」
宥めるような、だが、いつもより少しばかりか細い声でそう言われ、ディーノは顔を上げた。
スクアーロは、そんなディーノを困った顔で見詰めていた。
「その……少し、驚いただけで……。お前に、悪気が無いことも、しっかりわかってる、つもりだ……」
「それでもっ、嫌じゃなかったか?」
「……嫌、なんてこと、ない。それより……、」
「それより……?」
「…………、いや、良い。オレも、悪かったな。庇ってくれて、ありがとな」
何か言いかけて、だが結局、何も言わずに、スクアーロはすたすたと歩いていく。
ディーノは通りすぎていこうとする腕を、思いっきり引っ張って止めた。
「……わり、今日何回目だろうな、お前のこと引っ張ったの」
「っ……んなこと知るかよ」
「ハハ……ホント悪い。でも、これだけは、言っときたくて」
「……なんだ」
「思ったこと、ちゃんと言ってくれ」
「……」
「オレ、頭悪いからさ、ちゃんと言葉にして伝えてくれないと、全然わかんねーんだ。スクアーロの気持ちも、思いも、悩みも、ちゃんと聞きたい。どんな下らないことでも良いから、ちゃんと話してほしい……!言ったろ?オレ、スクアーロの全部が知りたいんだ……!全部、隠さず、教えてほしいんだ」
スクアーロは、振り向かなかった。
ただ、酷く静かな声で、ディーノに聞いた。
「オレの、右胸の、さ」
「え?」
「右胸の傷跡、見た……か?」
「傷跡?」
傷跡と言われてディーノは改めて思い出す。
言われてみれば、色が違く、少しざらつく場所があった気がする。
ただ、ディーノも相当パニックになっていたので、言われてみれば、というような感じだった。
「言われてみれば、見た、かも?あ、でもよくわかんなかったぜ?そんな余裕、全然なかったし!」
「……、なら、もう一回、見て……」
「は?……は!?」
クルリと振り向き、スクアーロはディーノに一歩詰め寄った。
驚いたディーノが一歩後退る。
またスクアーロが一歩詰め、またディーノは後退し、それを繰り返すうちに、ディーノは廊下の壁に追い詰められる。
ディーノを追い詰めたスクアーロは、無造作に自分のシャツを握ると、バサリと、自分の右の胸元をさらけ出した。
「……!」
ディーノが目を見張る。
心臓の、少し右、ちょっぴり上、その位置に、大きな傷跡があった。
恐らく、イェーガーに胸を貫かれたときに出来た傷だろう。
チェッカーフェイスの力でも、その痕を治すことまでは出来なかったようだ。
痛々しく残る傷跡を見せて、スクアーロは聞いた。
「こんな、こんな醜い傷跡があっても、まだ、オレのことを好きだと、お前はそう言ってくれるか……?左手なんて、もっと酷い。これでも、好きだなんて、言えるのか……?それが、それが怖くて、隠しきれるもんじゃねえが、それでも、見られるのが……オレは、怖く、て……」
その声は、低く囁く男の声のようでもあり、か細く震える幼子のようでもあった。
ディーノを覗き込む瞳には、恐怖の色が見え隠れしている。
怖いと言うのは、この事だったのか。
ディーノは、その事に納得し、そしてしっかりと相手の目を見定めた。
「痛そうだ。……痛むのか?」
「……そんなに、は」
「舐めたら治るかもしんねーぜ?」
「……お前、頭打ったのか?」
「いや、打ってねーし。つーか酷くないか?」
「でも、……こんなの、気持ち悪い、だろ?」
「傷跡なんて見慣れてるし、人の目の前で腕切り落とすような奴なんだから、元々予想はしてたって。別に気持ち悪いなんて、思わねぇ。むしろ傷跡ってちょっとヤらしい感じがして、良いと思うぜ」
「変態」
「……なんだろうな。なんか一周回って、詰られるのが嬉しくなってきた気がする」
ディーノが危ない扉を開きかけていることは置いておいて、ヤらしいとまで言われてしまったスクアーロは、とりあえず服を正し、ディーノから一歩離れる。
そして呆れた目でディーノを見た。
「お前さ、本当にバカなんだなぁ」
「……確かに自分でバカって言ったけど、幾らなんでもあんまりじゃねぇか?」
「ずっと怖がってたオレまで、バカみてぇじゃねぇか……」
スクアーロはまた踵を返して、ディーノに背を向ける。
だが今度は、ディーノの手首をしっかり握って、引っ張っていた。
「お前、体冷えてるぜ。さっさと着替えた方が良い」
「……そうだな!スクアーロも冷たい。早くシャワー浴びて着替えちゃおうぜ」
「うん」
「あ、でもスクアーロは、一人ではいるの危ないよな。タオルで拭くだけで大丈夫か?」
「一人でも平気だ」
「ダメだって!何かあったらオレ、お前が素っ裸だろうが気にせず入ってくからな」
「……はあ、タオルだけで良い」
ディーノが自分の手首を掴むスクアーロの手を一度引き離し、今度は指を絡めて、手を繋ぐ。
いわゆる恋人繋ぎをして、二人はやっと、タオルと着替えの元へたどり着いたのだった。