鮫、目覚め

「うわっ!?なんで水が……?」
「……グショグショだぜチクショウ」

犬、幻覚、水……奴らが何をしたいのかさっぱりわからない。
スクアーロは帰ってきたら白蘭だけは必ず殴ることを心に誓い、顔に張り付く前髪を払い除けた。
スクアーロの目の前では、ディーノが頭をブルブルと振って水滴を払っている。
その姿はまるで大型犬のようだ。
ディーノが撥ね飛ばした水滴を手で避けながら、スクアーロはため息を吐いて言った。

「タオルどこにあったっけ?さっさと拭かねーと風邪引くだろ」
「ん……あ、おう。そうだな……」
「……どうかしたか?」
「い!いや、何でもねぇって!さっさと体拭いて着替えようぜ!」
「?……おう」

スクアーロに話し掛けられて、顔を上げたディーノが一瞬固まった。
その後も、目が泳いでいるし、返事も歯切れが悪い。
首を傾げながら、先を歩くディーノの隣に並ぼうとしたスクアーロは、更に首を傾げることになる。
隣を歩こうとすると、途端にディーノが歩調を早めて先に行く。
何度もそれを繰り返し、5度目でいい加減にスクアーロがキレた。

「何なんだよお前は!」
「いや、本当何でもないからっ!!」
「何でもなくねーだろ!」
「あ、ほらオレの上着貸してやるよ!!寒いだろそのままじゃ!」
「あ、ありがとう……じゃねぇだろぉ!何なんだよ突然!!」

全く目を合わせようとしないディーノの肩を引っ張って、強引に自分の方を向かせる。
そしてディーノの目がスクアーロに向いたとき突然、ディーノが目を隠して蹲った。

「っ……!」
「なっ!!お前どうしたんだよ突然!!」
「ス、スクアーロ……の、バカ!!」
「はぁ!?」
「ふ、服……!服が、透けてる……!!」
「え、……はっ!?」

ディーノの指摘に、スクアーロはハッと自分の体を見下ろす。
水に濡れたシャツが体に張り付いていて、確かに、透けている。

「っ……!!」
「う、上着!貸すから着てくれって!!」
「ぅあ、あり、がと……」
「その、なんか、ごめん……!」
「い、いや、オレこそ、すまん……」

ディーノの上着を受け取り、スクアーロがそれを着たところで、ようやくディーノが視線を合わせる。
ディーノの手の隙間から見えた目元や頬が真っ赤になっていて、スクアーロはまた赤くなった顔を引きつらせた。

「顔、赤いぞ……」
「……スクアーロのせいだろ」
「ぅ……ごめん……」
「あ、いや……。と、とりあえず着替えよう!な!」
「お、おう!」

二人とも顔を真っ赤にして、気まずそうに顔を逸らしていた。
そっと襟を掻き寄せて、スクアーロがちらりと隣の様子を伺う。
だが同時にディーノも、スクアーロの様子を伺おうとしていたらしく、二人の視線がばちりと合った。
慌ててお互いに視線を逸らす。
既にスクアーロの脳内では、帰ってきた白蘭をタコ殴りにすることが決定していた。
絶対奴らのせいだし、絶対に許さない。
上着の襟を強く握って掻き寄せ、ディーノの隣を何も言わずに歩く。
ディーノも、袖でずっと鼻を啜りながら、スクアーロの隣を歩く。
別に自分だって、初な少年、と言うわけではないが、男らしすぎるほど男らしいスクアーロに、明確な女らしさを感じてしまえば、動揺もするし、赤面もするし、何より素っ裸じゃなくて透けて見えてるっていうのがポイントで、いや、ポイントとかじゃなくて、つまり何が悪いかってあんなところにバケツを置いた奴が悪いのだ。
いやしかしそれにしても、白いシャツに肌色が透けるのは堪らなくエロい、もう恋人同士なんだからこのまま押し倒してしまっても良いんじゃないのだろうか。
いや待てディーノ、ここで押し倒したりなんかしたら自分が簡単に理性を飛ばしてしまうただの獣みたいじゃないか、落ち着けディーノ自分は紳士だ、変態じゃない変態という名の紳……じゃない紳士なんだ!
脳内で葛藤を続けているディーノに日本人として言葉を送るなら、『据え膳乙wwww』だよね、なんて事を白蘭が口にしているなどとは露知らず、ディーノは必死でスクアーロから視線を逸らして歩みを進めた。
タオルのある部屋まではもう少し。
だがそんなところで、またも二人を、奴等の罠が襲うのだった。

―― プツンッ

「え?今の音なん、だ……」

―― ゴロゴロゴロゴロ……!!

「後ろだ跳ね馬!!」
「なっ、次は何だよ!?」
「あれは……え、ま……マトリョーシカ?」
「なんでマトリョーシカっ!?」

プツンという音は、トラップのワイヤーを足で切った音。
ゴロゴロというのは、階段の上からマトリョーシカが転がってくる音……。
なんでマトリョーシカなのかは、仕掛けた本人のみが知るところである。
因みに仕掛けたのは再びのデイジーだ。
彼の思考はボスたる白蘭でさえ読めない。

「なんか痛そう!!スクアーロこっち来い!」
「……ああ」

一瞬、間を開けてから、ディーノと共に廊下の端による。
だってへなちょこディーノだろ?
うっかりドジに巻き込まれたら嫌だし、躊躇ってもおかしなことは全くないはず。
微妙な顔付きをしながらも、素直に従ったスクアーロを不思議そうに見るディーノは、だが直ぐに気持ちを切り替えて、迫ってくるマトリョーシカの大群に備えてスクアーロを庇い壁に張り付く。
直後、ディーノの背にマトリョーシカが襲いかかってきた。
壁に張り付いたと言えど、ぶつかってくるマトリョーシカはゼロではない。
スコンスコンと背中に当たるマトリョーシカに眉をしかめながらもなんとかやり過ごす。
そしてディーノが壁から離れると……

「ぐっ!げほっごほっ!!はっ……!おしつけ、過ぎだ……!この、ドカス!!」
「うわっ!ごめん!!」

スクアーロは窒息しかけていた。
壁とディーノの胸板に押し付けられ、息が出来なかったらしい。
やはり被害を被るのはスペルビ・スクアーロだったのか、と桔梗が遠い目をしていたのはまた別の話である。
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