鮫、目覚め
「ずっと考えていた。」
スクアーロは、落ち着いた柔らかな声で空気を揺らした。
その顔は影になってしまっていて、表情を窺い知ることは出来ない。
「答え、出た」
「……そ、か」
「そんで、ずっ……と、代理戦争終わったら、返事しようと思ってた」
風が二人の頬を撫でる。
ディーノが束ね損ねた後れ毛が、風に揺られてうなじを擽っている。
スクアーロは、自分の髪を結っている背後の存在を確かに感じながら、震える喉で大きく息を吸い、吐く。
「代理戦争の後、言おうと思っていたことは、『もう、二度とオレに、近付くな』」
「……」
その言葉に、ディーノの手は再び止まることになった。
手の中から、髪がさらりと零れていく。
『近付くな』それは、つまり……そういうこと、なのだろうか。
離れそうになる手を引き戻そうとするように、スクアーロはまた、言葉を進めた。
「勘違い、しないでほしいのは、別にお前が嫌いでこんな風に言いたかった訳じゃないって、ことだ」
「え……?」
「オレは暗殺業だし、その上こんな身の上で……。きっと、オレみたいな奴が近くにいたら、迷惑になるし、不幸になるだろうって」
「そんなことっ!」
「恐かったんだよ」
「っ……」
「自分の存在が誰かを傷付けるんじゃねえのか、って思うと、堪らなく恐い。何か、情けねえよな、オレ」
「情けなくなんか、ねえよ」
取り零した髪をまた掬って纏める。
髪を3つの束に分けて編む自分の手が、まるで別人のもののようだ。
機械的に動く自分の手を見ながら、ディーノはそんなことを考える。
思考が自分の体を離れて、フワフワと宙に浮いているような気がしていた。
「でもよぉ、今のオレは、たぶんもっと情けない。今度は自分が傷付くのが恐くなっちまった。オレは、女らしくなんか出来ないし、体とか、すっげぇ傷だらけだし、腕なんて、片方なくて、それ見て、拒否されたら、嫌だって思った」
短くなってしまった腕を、胸に抱き込む。
スクアーロの言葉は、いつもよりもごちゃついていて、だからこそ、そのままの気持ちを伝えようとしてくれているのだと、思えた。
ディーノの手は、止まることなく順調に髪を編んでいく。
絡み合う3つの毛束が、まるで交錯する想いを表しているようだった。
「でもずっと、迷ってたんだ、オレは。本当の気持ち、言おうか、どうしようか」
「本当の、気持ち……?」
「……まだ、恐いけどよ、お前の言葉、信じてみようと、思う」
三つ編みを、結び終わる。
ディーノの手が離れた。
二人の間に、また少し、距離が開く。
「ディーノ、オレは……お前のことが、好きだ。こんな、オレで良いのなら、もう一度、好きと、言ってほしい」
相変わらず、目も合わせずに、その言葉は放たれたけれども、ディーノはその耳が赤く染まっているのを確かに見た。
「好き」と言う言葉が、ゆっくりと、脳に浸透してくる。
好き、好き、好き……。
その言葉は、今度こそ、自分に向けて放たれた言葉であった。
一歩、ディーノは前に踏み出す。
背中から、スクアーロの首に腕を絡める。
目の前にある細い肩が、ピクッと跳ねるが、その腕が拒否されることはなかった。
力を込めて、しっかりと抱き締める。
「オレも……」
声が、情けないほど、震えてしまっていた。
浅く息を吸い込んで、今度こそ、しっかりと言う。
「オレも、スクアーロのことが、好き。大好き。すんげー好き。何回だって言ってやる。お前のことが、大好きだ」
近付いて見えたスクアーロの横顔は、可笑しなくらい、赤かった。
遠くの車内では、歓声があげられていた。
スクアーロは、落ち着いた柔らかな声で空気を揺らした。
その顔は影になってしまっていて、表情を窺い知ることは出来ない。
「答え、出た」
「……そ、か」
「そんで、ずっ……と、代理戦争終わったら、返事しようと思ってた」
風が二人の頬を撫でる。
ディーノが束ね損ねた後れ毛が、風に揺られてうなじを擽っている。
スクアーロは、自分の髪を結っている背後の存在を確かに感じながら、震える喉で大きく息を吸い、吐く。
「代理戦争の後、言おうと思っていたことは、『もう、二度とオレに、近付くな』」
「……」
その言葉に、ディーノの手は再び止まることになった。
手の中から、髪がさらりと零れていく。
『近付くな』それは、つまり……そういうこと、なのだろうか。
離れそうになる手を引き戻そうとするように、スクアーロはまた、言葉を進めた。
「勘違い、しないでほしいのは、別にお前が嫌いでこんな風に言いたかった訳じゃないって、ことだ」
「え……?」
「オレは暗殺業だし、その上こんな身の上で……。きっと、オレみたいな奴が近くにいたら、迷惑になるし、不幸になるだろうって」
「そんなことっ!」
「恐かったんだよ」
「っ……」
「自分の存在が誰かを傷付けるんじゃねえのか、って思うと、堪らなく恐い。何か、情けねえよな、オレ」
「情けなくなんか、ねえよ」
取り零した髪をまた掬って纏める。
髪を3つの束に分けて編む自分の手が、まるで別人のもののようだ。
機械的に動く自分の手を見ながら、ディーノはそんなことを考える。
思考が自分の体を離れて、フワフワと宙に浮いているような気がしていた。
「でもよぉ、今のオレは、たぶんもっと情けない。今度は自分が傷付くのが恐くなっちまった。オレは、女らしくなんか出来ないし、体とか、すっげぇ傷だらけだし、腕なんて、片方なくて、それ見て、拒否されたら、嫌だって思った」
短くなってしまった腕を、胸に抱き込む。
スクアーロの言葉は、いつもよりもごちゃついていて、だからこそ、そのままの気持ちを伝えようとしてくれているのだと、思えた。
ディーノの手は、止まることなく順調に髪を編んでいく。
絡み合う3つの毛束が、まるで交錯する想いを表しているようだった。
「でもずっと、迷ってたんだ、オレは。本当の気持ち、言おうか、どうしようか」
「本当の、気持ち……?」
「……まだ、恐いけどよ、お前の言葉、信じてみようと、思う」
三つ編みを、結び終わる。
ディーノの手が離れた。
二人の間に、また少し、距離が開く。
「ディーノ、オレは……お前のことが、好きだ。こんな、オレで良いのなら、もう一度、好きと、言ってほしい」
相変わらず、目も合わせずに、その言葉は放たれたけれども、ディーノはその耳が赤く染まっているのを確かに見た。
「好き」と言う言葉が、ゆっくりと、脳に浸透してくる。
好き、好き、好き……。
その言葉は、今度こそ、自分に向けて放たれた言葉であった。
一歩、ディーノは前に踏み出す。
背中から、スクアーロの首に腕を絡める。
目の前にある細い肩が、ピクッと跳ねるが、その腕が拒否されることはなかった。
力を込めて、しっかりと抱き締める。
「オレも……」
声が、情けないほど、震えてしまっていた。
浅く息を吸い込んで、今度こそ、しっかりと言う。
「オレも、スクアーロのことが、好き。大好き。すんげー好き。何回だって言ってやる。お前のことが、大好きだ」
近付いて見えたスクアーロの横顔は、可笑しなくらい、赤かった。
遠くの車内では、歓声があげられていた。