鮫、目覚め

この屋敷には様々なモノがある。
大量の本が所蔵されている図書室。
一流レストラン顔負けの厨房。
バーカウンターが備え付けられた遊戯室。
地下室には大きなワインセラーがあるし、屋敷中の色んな場所に隠し部屋がある。
屋敷から出れば、テニスコートやら、かつては高級車が並んでいたのだろう巨大な車庫やらと、様々な施設があった。
二人はそれらを通り過ぎ、屋敷から少し離れた場所を歩いていた。
向かう先は、昔、庭園だったところだ。
今はもう、花も木も枯れてしまい、忘れ去られたように崩れかけたアーチや、寂れたベンチが立つのみである。

「へぇ、こんなところもあったんだな」
「昔はな、花がたくさん咲いていて、スゲー綺麗な所だったんだぁ……」
「そっか……」

目を細めて、寂しげなその場所を見やるスクアーロ。
幼少時、この場所でどんな風に過ごしたのだろう、誰とここを訪れたのだろう。
懐古に沈む彼女の表情からは、何も読み取ることが出来なかったが、その顔は酷く優しげなものだった。

「ここ、スクアーロにとって大事なところだったんだな……」
「……あ゙あ」

花壇の前、アーチの下、ふらふらと歩いたりしゃがんだりしながら、ここには薔薇が咲いていた、とか、ここには蘭が植わっていた、とか、そんな思出話をして、二人で庭園を廻り時間を潰す。

「スクアーロは、花が好きなのか?」

ディーノがふと思い立った疑問をそのままに伝える。
それにスクアーロは首を傾げた。

「あ?あ゙ー……、どうだろうなぁ」
「えー?なんだよそれ。嫌いって訳じゃないんだろ?」
「ん……じゃあ、好き」

枯れて、裸になっている木を見上げながら、何とはなしに放たれたその言葉に、ディーノは思わずドキリとする。
好き、好き、好き……。
その言葉が自分に向けられたものではないとわかっていても、もう一度、あと一度だけでも良いから、聞きたいと思ってしまう。

「そっか、好きか」
「たぶん、好き」
「じゃあ、さ」
「ん?」
「ここにまた、花植えて、もう一回綺麗な庭園、造ろうぜ!」
「……そう、だな」

明るく言ったディーノに、スクアーロは一瞬驚いた顔をしたが、やがて仄かに微笑みを浮かべながら、ゆっくりと頷いた。

「そうしたら、今度は……」
「……今度は?」
「……いや。跳ね馬、ちょっと座ろうぜ」
「ああ」

不自然に言葉を切って、背を向けて歩き出したスクアーロの背を追って、ディーノもベンチへと向かう。
ベンチは錆びれていたが、まだ座る人を確りと支えてくれている。
並んで腰掛け、ぼんやりと景色を眺める。
二人の間には、微妙な間隔が開いている。

「跳ね馬」
「んっ!?な、なんだ?」

その間隔の意味を考えていたディーノは、突然話しかけられて動揺しながら裏返る声で返した。
パンツのポケットをごそごそとまさぐりながら、スクアーロは目を合わせないまま言葉を続ける。

「髪、結んでくれるかぁ?」
「え、髪?」

そう言って渡してきたのは、髪ゴムだった。

「良いけど……、普通に一括りにすれば良いのか?」
「……」
「スクアーロ?」
「三つ編み、が良い」
「え、三つ編み!?」
「出来ないのか」
「い、いや、出来るけど……」

らしくないな、と思った。
とは言えず、ディーノは言われるがままに、彼女の後ろに回って手で髪を梳き始める。
サラサラとした指通りの良い髪。
陽に照らされた銀色の髪は、少し青みがかって見えている。

「髪、サラサラだな……。ユニに洗ってもらってるのか?」
「……ん゙」
「…………スクアーロ、さっきから何か変だぞ?どうかしたのか?」
「……」

スクアーロは俯いて、ずっと何か考えている様子だった。
話し掛けても、反応が芳しくない。
ディーノが髪を梳く間、ずっと無言でいたスクアーロだったが、暫くして、ポツリと言葉を落とした。

「ずっと、返事しようと思ってたんだ」
「……返事、」
「コクハク、の、返事」

次は、ディーノの手がピタリと止まった。
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