鮫、目覚め

スクアーロが目覚めたその日から、屋敷を沢山の人々が訪れていた。

「もう!危なっかしいことばかりして!私達がどれだけ心配したかわかってんの!?」

スクアーロの友達を名乗る、美粧の女性。

「隊長ォォォオオ!!ご無事ですかぁぁああ!!!??」

彼女を慕うヴァリアーの部下達。

「ししっ、スクアーロどーお?元気なったか?カラス連れてきてやったぜ」
「ちょ!おい止めろバカ王子!!」

突然来たと思えば、部屋の中に大量のカラスを放ったベルフェゴール。
スクアーロと共に仕事をしたことがあると言う暗殺家業の男、古い知り合いだと言う壮年の女性、命を助けられたと言う青年、果てには復讐者のイェーガーまで。
ありとあらゆる人間が訪れていた。
学生達や仕事のある者達が帰った後、屋敷に残った風やユニ達は驚きながらも、それを嬉しそうに眺めていた。
今日もまた、その屋敷には客人が訪れる。

「じゃあもう、義手、作り始めてるんだ」
「この間、義肢屋が色々、採寸していったから、たぶんそうかからねぇと、思うが……。早く出来上がらねぇと、リハビリもなかなか、進まなくなっちまうし……あっ!」
「うっし!オレの勝ち!!」

ディーノが訪ねてくるのは何度目になるだろうか。
しょっちゅう訪ねてきては、その度に散歩や運動と称して二人で軽い手合わせをしているようだが、今日は拳銃を使った的当てをしていたらしい。
話しながら順々に的を打ち落としていた二人だったが、最後の最後でスクアーロが的を外してしまった。
最後の的をディーノが撃ち抜き、得意気な顔でガッツポーズをした。

「やっぱり片手じゃ上手くいかねぇな」

負けたスクアーロは、そう言って疲れたようにベンチに座る。
もともと左利きで、尚且つ片手での勝負でここまで張り合えたのだから、むしろ誇っても良いくらいのはずだ。
それでも本人は納得いかないようで、もう一度立ち上がって的当てを始める。
二人はまるで、仲睦まじい『友』のようであり……、残念ながら、『恋人』のようにはとても見えない。
そんな二人を端から見ているものがいる。
風とユニ率いるミルフィオーレの暇を持て余した者達(白蘭と真六弔花)である。

「ディーノクンもとろとろしてないでさっさと押し倒しちゃえば良いのにね♪」
「白蘭、無理矢理女性を襲うのはいけませんよ」
「その通りですよ。ですが確かにあれは、見ているこちらがヤキモキしますね……」
「びゃっくらーん!跳ね馬はアイツの事好きなんでしょ?」
「そうだね、ブルーベル」
「じゃあアイツは跳ね馬の事どう思ってんの?嫌いなの?」
「ん~、好きなんじゃないかなぁ?スクアーロちゃんは結構ディーノクンと一緒にいる時間多いしね♪」
「いいえ白蘭様、時間以前に、顔を見れば一目でわかります。間違いなくアレは恋する乙女の顔です!!」
「桔梗お前、何熱くなってんだ?」
「で、でも、なんで好きなのに、あの人はそうい、言わないの、かな?」
「それは……彼女が、迷っているからではないでしょうか?」
「にゅ?迷ってる?」

ユニの言葉に全員の視線が集まる。
ユニは、あくまで自分の推測であることを前置きして、説明し始めた。

「スクアーロさんはこれまで、女である自分を捨ててきました。というより、未だ彼女を知る殆どの人が、彼女を男性だと思っているはずです。
その上、巨大マフィアボンゴレの暗部を背負い、恨まれることや憎まれることも多い立場にあります。対して、ディーノさんはボンゴレよりは格下と言えども、イタリア屈指の有力マフィアのボス」
「立場の違いとか、体面上の問題とかを気にして、素直に感情を告げるべきか迷っている……、そう言うことですか」
「はい……。ですが何より、スクアーロさんはご自分を卑下する癖があるように思うのです。彼女は、なぜディーノさんが自分『なんか』に好意を抱いてくれているのか、理解できずに戸惑っている、とも思うんです」
「相変わらず、面倒臭いんだねスクアーロちゃんは♪」

やれやれと言わんばかりに肩をすくめた白蘭に同調して、ユニも小さく溜め息を吐く。
やはり人間、ホンの数日で劇的に変わることは難しいようだ。
これまでずっと、誰にも頼らず生きてきたスクアーロは、突然目の前に現れたディーノという謎だらけの生物を、未だ受け入れられずにいるらしい。
失うことや、傷付ける事を恐れて、肝心の一歩が踏み出せずにいる。
難しい顔になってしまったユニを元気付けるように、風が明るい声で提案をした。

「ユニ、私に少し考えがあります」
「?なんですか?」

風はユニに耳打ちをする。
話を聞いたユニの顔が、パアッと明るくなった。
例えるならそれは、最高の悪戯を思い付いた子供のようであった。

「ぜひ、やってみましょう!!」

ユニの一声で、作戦の実行が決定されたのであった。



 * * *



「え?みんな出掛けるのか!?」
「そうなんです、私達全員に用事が入ってしまって……」
「申し訳ありませんが、今日一日、スクアーロさんについていてもらっても構わないでしょうか、ディーノさん」
「もちろん、構わねーぜ」

翌日、ユニ達に呼び出されたディーノは、突然の頼みに二つ返事で頷いていた。
風達の作戦は簡単なものだ。
ディーノとスクアーロを二人っきりにさせて良いムードにしてしまおう、と言うだけのもの。
まずは第一関門を突破して、ユニは心の中で万歳をする。

「スクアーロさんにも事情は説明してありますから。今日一日よろしくお願いします!!」
「おう!任せとけ!」

ちなみに屋敷に来たのはディーノ一人だけである。
彼がドジを踏むことは確実。
本来なら絶対に任せたくないが、今回に限ってはそのドジは大歓迎である。
『盛大にドジってToLO○Eる顔負けのラブパニック起こしてほしいよね』とは白蘭の談だ。

「それでは行ってきますね!」
「じゃーねディーノクン♪」
「よろしくお願いしますディーノさん」
「おーう、いってらっしゃーい」

手を振るディーノに見送られ、全員が屋敷を去る……と、見せ掛けて、少し離れた位置にある車に乗り込んだ。
屋敷中に仕掛けた監視カメラのモニターを積んだ特別製の車である。
8人が乗ってもまだ広い。

「さて、それではモニタリングを始めましょうか」

風が、あくどい顔をして放った言葉で、『ドキ☆馬と鮫をくっつけちゃおう大作戦(命名白蘭)』が始まったのだった。
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