鮫、目覚め

スクアーロが眠りから覚めた時、部屋の中には人気がなく、しんと静まりかえっていた。
目を擦ろうとして、持ち上げた左手をハッとして見詰める。
左手は包帯が巻かれていた。
そしていつもよりもだいぶ長さが短くなっている。
そうか、左手を切り落としてもらって、そのまま気絶したんだったか。
血は既に止まっているようだ。
気絶する間際、チェッカーフェイスが言っていた、『血止めはサービスだよ』という言葉は本当だったらしい。

「……ん、いって……」

動かしたせいで、包帯が傷口に擦れたのか、チリチリとした痛みに顔を顰める。
これからこの痛みとずっと付き合っていかなければならないのかと考えると、自然と溜め息が出てきた。
左手を降ろし、もう一度周りを確認する。
そしてやっと気付いた。
自分の寝ているベッドの端に、誰かが突っ伏して寝ている。
その金色の頭を見て、スクアーロは思い当たる名前を口にした。

「跳ね馬?」

自分の右手を抱き込むように寝ているのは、間違いなく跳ね馬ディーノその人である。
右手にぐっと力を込める。
右手を握る自分のよりも大きな掌が、それに応えて握り返す。
その温もりが嬉しくて、思わず頬が弛んだ。
絡んだ指を丁寧に外し、手を引き抜く。
嫌がるように呻いたディーノの頬を、指でそっと撫でる。
擦り寄ってくるその姿が、小動物か何かのようで可愛らしい。
あやすように頭を撫でてやる。
金色の髪は思っていたより柔らかかった。
しばらくその柔らかさを堪能した後、ようやくスクアーロは重たい体を起こした。

「……なんで何にも着てねぇんだ?」

治療のために服を脱がされていたことを、ここで初めて知ったらしい。
近くにあった毛布を被って、適当に体を隠し、部屋の中の棚を片っ端から探す。
一番大きなクローゼットの中にシャツとパンツが、引き出しの中に下着があった。
サイズは全てピッタリである。
もしかしたら誰か……チェッカーフェイス辺りが用意したモノかもしれない。
片手で何とか服を身につけ、不要になった毛布はディーノの背に掛けてやる。
それだけの事で、体が怠い。
ソファに腰掛けて、深く息を吸って、吐く。
だいぶ体が鈍っているらしい。
体力が回復したら、またしっかり体を鍛えなければ。

「……」

だが、鍛えたところで、オレは再びヴァリアーに戻ることは出来るのだろうか。
そんな考えが頭を過る。
腕はない。
今回の事で、だいぶ迷惑も掛けた。
次期ボス候補まで巻き込んで、ボンゴレに、捨てられたっておかしくはない。

「これから、どうすっかなぁ……」

例え捨てられたとしても、例えこれ以上関わるなと罵られたとしても、ザンザスが自分の主であることは変わらない。
それだけは絶対。
だが、自分には、それ以外には何もない。
どこに行こう、何をしよう。
それは希望に溢れてるようでいて、底無し沼に飛び込むような甘い恐怖を孕んでいる。

「……なんて、馬鹿馬鹿し」

ただ、これから先の途方もない未来に恐怖を感じているのは確かで、その恐怖を抑え込むかのように、自分の腕を、抱き締めた。

「どうすっかなぁ……」

もう一度呟くスクアーロの視界を、影が覆った……。



 * * *



ふと、暖かいものが体を覆った。
微睡んでいた意識が浮上する。
オレは確か……スクアーロの様子を見ていて、眠っちまったんだったっけ……?
右手をベッドについて……ってあれ?
確か、右手でスクアーロの手握ってたはずなんだけど……。
ディーノは寝ぼけ眼を擦りながらベッドの上を見る。
もぬけの殻になったベッド。
寝起きのせいか頭が働かず状況が把握できないが、兎に角そこにいるはずの人がいないということだけはわかり、のそのそと動いて部屋の中を探す。
そしてソファのところに目当ての人を見付けたその瞬間、ハッと立ち上がり、駆け寄った。

「どうすっかなぁ……」

そんな呟きが聞こえてくる。
ディーノは背中に毛布をくっ付けたまま、その呟きに覆い被さった。

「うわっ!?」
「スクアーロ……!」

腕の中に閉じ込めて、ぎゅうぎゅうと抱き締める。
消毒液の匂いが鼻腔を満たした。
怪我してるし、前より窶れたような気がするが、それでも、生きて、自分の前にいる。
嬉しさのあまりに、力の限り抱き締め続けていると、自分の胸元から息も絶え絶えな声が聞こえてきた。

「むぐ……く、くるし……、はなせ……!」
「え、あ!ゴメン!」

肩で息をするスクアーロをパッと放してやると、相当苦しかったのか、ぐったりとディーノの肩にしなだれかかり、荒い息を整えた。
いつの間に着ていたのか、白いシャツの肩が上下する。
今度は苦しくないように、なるべく優しく、その肩を抱き寄せた。

「病み上がりの人間に、あんな思いっきり抱きつく奴が、あるかよ……!」
「ほ、本当に悪いっ!痛いとこねーか?大丈夫か?」
「……別に、ねーよ」

脱力して、ディーノの肩に顔を埋めたスクアーロは、目の前のシャツをしっかりと掴んだまま動かない。
その体はいつもよりもだいぶ体温が高い。
傷のせいで熱が出ているのだ。

「オレ、どれくらい寝てたんだ……?」
「2日……。みんな心配してたぜ」
「みんな……」
「おう、ツナたちとか、ミルフィオーレの奴らとか、あとシモンの奴らとか……。アルコバレーノも何人かまだここに残ってるぜ。今は……たぶん飯の準備でもしてるんじゃねーかな?」
「……」
「あ、ヴァリアーの奴らは先に帰ったぜ。治ったら早く戻ってこいって……」
「……そ、か」

服を掴む力が強くなった。
嬉しかったのだろうか。
戻ってこい、と言われたことが。
ディーノは形の良い頭を撫でながら、その耳元に、口を寄せた。

「スクアーロ……」
「っ……!な、んだよ」

ビクリと肩を震わせて、それでも強気に聞き返すスクアーロが、少し可愛い。

「ありがとな」
「は……?」
「いや、さ。代理戦争の最後の日、お前オレの事庇ってくれただろ?結局、お礼言えないままだったからさ。だから、ありがとう……な」
「……今更」
「アハハ……、でも、しっかり言っておきたかったんだ。ありがとうな。んで、ちゃんと帰ってきてくれて、ありがとう……」
「バカ、かよ……」
「え゙えっ!?」

それっきり黙り込んでしまったスクアーロを、あたふたしながらディーノが揺さぶる。
それでも顔を上げないスクアーロが、やっと口を開いた時だった。

「あ……」
『スクアーロさんまだ寝てますかねー?』
『さっきディーノさん寝ちゃってたけど、大丈夫かな?』
『スクアーロもディーノさんも起きてると良いのなー!』
『二人とも寝てたら、そっとしておいてあげようね!』
「……っ!!」

外から、声が聞こえた。
胸の辺りを強く押され、気付けばディーノは床に転がっていた。
ガチャっとドアが開き、入ってきた綱吉たちと視線が合う。

「……ディーノさん、何してるんですか?」
「いや、オレも、よくわかんねー」
「え、あ、あれ!?スクアーロ起きてる!?」
「はひ、ホントです!!スクアーロさん起きてます!!」
「お、おう……」

ソファの上に蹲った状態で顔を引き攣らせながら、片手を上げて挨拶をしたスクアーロに、子供達がわらわらとより集まる。

「もう痛いところありませんか!?」
「腕平気なのな!?」
「もう起きないんじゃないかと思ったよ!」
「スクアーロさんが無事で本当に良かったです……!!」

突如として賑やかになった事に呆然としながらも、スクアーロは律儀に返答を返す。
彼らの勢いに気圧されているスクアーロを見てケラケラ笑っているのは白蘭だ。
誰にも助け起こされずに、仕方なく自力で起き上がったディーノにニヤニヤ笑いながら話し掛けた。

「ふふ、ディーノ君もしかしてスクアーロちゃんに突き飛ばされたのかい?」
「え゙、なんでそれを……はっ!」
「やっぱりそうだったのかぁ~♪
まあ、じゃないとなかなかあんな転び方は出来ないもんね♪
もしかしてソファに押し倒したとか……?」
「なっ!んなわけねーだろ!!
ちょっと……抱き付いただけで……!!」
「そっかぁ抱き付いたのかぁ~。
それじゃあ恥ずかしがり屋なスクアーロちゃんは突き飛ばしちゃうよね♪」
「~っ!!からかうのもいー加減にしろ白蘭!!」

顔を赤くして怒るディーノと、笑いが収まらない様子の白蘭を後ろから見詰めるのはアルコバレーノ達だ。
安心したような顔で、風が息を吐いた。

「良かったですね、目覚めて」
「このまま目覚めなかったらどうしようかと思ってたぜ、コラ……!」
「やっと肩の荷が下りたぜ……」

そんな彼らに囲まれて、スクアーロはホンの少しだけ、優しく微笑んだ。
帰ってきたのだと、ようやく実感が沸いたのだった。
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