鮫、帰らず

『ク、ククク、クヒヒ、ヒハハハハハハ!!ぬるいなぁ、オイクソガキ、そんな生温い攻撃が俺に当たるとでも思っていたのか?』
「るせえ!大人しくっ!殺されろぉ!」

剣での攻撃が聞かないことを悟ったスクアーロは、ならば死ぬ気の炎なら効くだろうと、あらゆる武器と炎を駆使して攻撃を繰り返していた。
だがその攻撃は目の前の少女に掠りもせず、ただ悪戯に自分の体力を消費していくだけだった。

『クフフ、ウフフフフフ。なあオイクソガキ、どんな気分だよ。憎い奴にどれだけ攻撃しても当たらない気持ちは、なあ?自慢の攻撃が全て避けられてしまう気分は?なあ?』
「黙れっつってんだろうがぁ!!……あ゙?」

意地悪く問い掛けるアルトに、攻撃をし続けていたスクアーロは、彼女の言葉に引っ掛かりを感じ、はたとその動きを止めた。
突然止まったスクアーロに釣られるようにして、アルトも止まり、首を傾げた。

『ん?どうしたクソガキ?諦めたのか?そろそろ死ぬか?』
「いや、死なねえよ」

至って冷静に、と言うよりは冷たく否定したスクアーロは、不思議そうに眉を顰めて、アルトに言葉を投げ掛けた。

「……オレは、別にテメーを憎んじゃいねえぞ?」
『……はあ?』
「そりゃ、オレのこと操ってたんだとか勝手に役目だかを終わらせて死のうとしたりだとか、ムカついてるし、一、二回殺したって構わないんじゃねーかとは思っているが」
『普通は、一度殺せば二度と殺せないだろうが』
「お前は一度殺したくらいじゃ死なねえだろうよ」
『クッ!まあ否定はしないさ』

警戒したままニヤニヤ笑うアルトを睨み付け、スクアーロは話を続けた。

「テメーが勝手にオレの体で役目だかを果たそうとしたことはムカつく。だが、テメーのお陰でかは知らんが、ザンザスも、ヴァリアーの仲間達も、跳ね馬も、……沢田達も、生きているし、オレ自身も、生き残ることが出来ている。その点においては、オレはお前に、感謝して…………な、くも、なくも、なくない」
『素直に感謝したらどうなんだ?文字通り、往生際の悪い。そしてさっさと、お前も死んじまえばいいのさ』
「うるせぇ」

ふんっと鼻を鳴らしたスクアーロは、それまで話ながらも油断なくアルトに向けていた切っ先を下ろし、ストンと腰を下ろした。
完全に戦意は萎えてしまったらしい。
胡座をかいて、スクアーロは苛立たしげにアルトを見上げた。

「つか、よく考えてみりゃあ、お前のせいでオレにどんなメリットデメリットが発生したんだかよくわからねえよ。今さら実は全部自分の仕業でしたなんて名乗り出てこられても、どこからどこまでがそうだったのかも、どこをどう責めりゃ良いのかもよくわかんねぇよ」
『ふぅん、まあ、手前に俺が何をしたのかなぞ、数え上げれば切りがないがな。それならなぜここに辿り着くまで、お前の魂どもは逃げ隠れしていたのだ?』

アルトの言う通り、彼女を恨んでいないのなら、むしろ感謝すらしていると言うのなら、なぜスクアーロの魂達は逃げ回り、死にたがったのだろうか。

「……お前がオレの中にいて、今までオレがスペルビ・スクアーロの代役でしかなかったと分かった途端、オレは自分の全てが紛い物のような気がして、絶望した。その時はきっと、お前のことを恨んでもいただろうな」
『じゃあ先ほどの言葉は嘘か。厭らしい奴め』
「だからその時は恨んでたんだぁ!今は別!仲間、達に、説得されて、肉体に戻った時、ふと思った。本当に全てが全て、作り物だったのか、ってな」
『作り物だぞ。貴様の全てはスペルビ・スクアーロの紛い物でしかないのさ。やることなすこと、貴様の全ては、俺の意のままだったのだ』
「本当にそうか?」
『そうだと言っているだろう?』
「本当に?」
『……本当さ』

真っ直ぐアルトを見詰める一対の瞳に、気付けばアルトは気圧され、視線を反らしていた。
アルトの中で、苛立ちが火種となっていく。
沸々、沸々と、苛立ちが怒りに、憤怒へと変わってきている。

「何度も、何度も生まれ変わってきたお前に、人一人の人生全てを乗っとる力は残っているのか?オレが抱いた感情も、願いも、本当に全てがお前の作り出したモノだったのか?とにかく!元は紛い物でも、オレは、生きている!オレの想いを、オレが殺してきた命を、オレが拾い上げた命を、お前に否定されたくない!!」
『……』
「お前がなぜ、役目を終えたら死のうとするのか、オレにはわからねえ。もうこの際、お前がオレにしたこととかもどうでもいい!つうかそんなこと知るかぁ!オレは生きたい!生きたいんだよ!!」
『煩いぞクソガキ』
「っ!!?」

生きたいと言うスクアーロの言葉を、アルトは途中までは黙って聞いていた。
だが突然、ドスを聞かせた声でそう言ったアルトは、あっという間に、自分よりも大きいスクアーロの体を押し倒し、その首をキリキリと締め上げていた。

「ぐぅ……、カハッ!」
『俺に作られた偽物の分際で、何が「生きたい」だ、クソガキ。全く、さんざ歪みを埋めて回って、ようやっと手前で最後、安らかに眠れると思っていたと言うのに、何が生きたいだ。悪いが俺は今すぐにでも死にたいのだよ。手前なんぞのワガママのためにこれ以上面倒くさいことこの上ない人生とやらを続けなければならないなど、真っ平御免だな。生きたいならいっぺん死んで生まれ変わってそこで生きろ。人形でもまあ生まれ変わりくらい出来るんじゃないのか?未来がどうなるかなど、セピラではないし、俺には知るよしもないがなあ?んん?』

無表情で、スクアーロの首を細腕で絞めるアルトは、異様な空気を纏っている。
狂気すら感じるその気迫に、スクアーロは目を剥いて声もなく見詰めることしか出来ない。
アルトは、白魚のような指を喉に食い込ませて、濁った瞳に驚くスクアーロの顔を反射させながら話を続けた。

『あのバカが貴様を助けようなぞしなければ、こんな余計な手間が掛かることはなかったと言うのに。チェッカーフェイスとか名乗っていたんだったな。奴は何を考えているのだ?セピラの子孫以外の同族が死に絶え己一人が残ってしまった事への罪滅ぼしか何かか?ん?あの腰抜けらしい愚かな考えだなあ?クククッ、だがそんなのは無用だ。もし俺の事を思うならこのまま素直に死なせてほしかった』

感情が昂っているのか、変化の少ない表情からはなかなか読み取ることが出来なかったが、その声に、その言葉に、痛いくらいの怒りを感じた。
アルトは、死にたがっていた。
それは、全てを終わらせたがっていた、と同義なのだろう。
永くを生きて、疲れきっているのだろう。
ペラペラと捲し立てるアルトの声には、どこか疲弊の色が感じられたから。
首に掛けられた手に、やっと抗い始めたスクアーロは、掠れる声で必死に訴えかける。

「作り、物でも、オレは生きてる……!勝手に、ころ、すなよ!オレは生きてぇ!まだ生きて、あのバカ達と、一緒に、いたい!」
『貴様の意見は悉くすべからく端から端まで全て却下だ。偽は黙って処分されろ』
「ふっ、ざけんなぁ!死にたいならオレがお前だけ死ぬ方法死ぬ気で探してやる!だからオレまで道連れにすんじゃねえぞこのドカスがぁ!!」
『却下だ却下。そもそも俺だけ死ぬ方法など何千年と前から知っている』
「じゃあテメーだけ死ね!」
『断る。なぜ私が死んで私の作ったお前だけ生き残るんだ納得がゆかん』
「てめ……それが本音かゔお゙ぉい!」

何とか首を絞める腕を外して、ごろりと転がりアルトの下を抜け出したスクアーロは、そのまま武器も持たずに素手で殴りかかる。
二人のやり取りは、最早、話し合い所か戦いとさえ言えない、ただの取っ組み合いと化していた。

「死ね!お前だけ死ね!」
『嫌だな。お前も一緒に来い』
「だからなんでオレまでッ!!」
『そんなもの……っ!』

お互いがお互いの髪を引っ張りあって痛みに悶えると言う訳のわからない姿勢のまま、突然カッチリと動きは止まってしまった。

「……『そんなもの』、なんだ?」
『ええい煩い!手前はさっさと地獄へ落ちろ!』
「ぜっっっってぇ嫌だ。テメー一人で勝手に逝け!」
『嫌だ!なぜ俺だけ、何もなかったみたいに一人寂しく逝かなければならんのだ……はっ!』
「……ほう?」

今度は、スクアーロがニヤニヤと笑う番だった。
口を押さえて、やってしまったと顔に出しているアルトに、嬉々として問い掛ける。

「そうか、テメー自分一人で逝かなきゃならねーのが寂しかったんだなぁ?」
『……誰が寂しいなど。俺は俺の作ったものがこの世に残って、俺本人が死んでしまうことに納得がいかないだけだ』
「へぇ?なんだよ、寂しかったんなら先に言えばいいだろうが」
『寂しくない!俺は寂しいなどとは思わない!』
「はいはい」
『聞いていないだろうこのクソガキ!!』
「聞いてるぜぇ?だが本当に寂しくないのなら、一人でも死ねるよなぁ?」
『だから俺は……』
「一人で死ねないんだろ?やっぱりお前ただの寂しがり屋か」
『違う……!』

このやり取りはアルトが疲れきった顔で首を縦に振るまで、延々と続けられることになったのだった。
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