鮫、帰らず

「肉体に返った……のか?」

自分以外誰もいない寂れた部屋。
机やら、椅子やら、箪笥やら、ありとあらゆる物が詰め込まれ、そのまま忘れ去られてしまったような、寂しげな部屋だった。
先程までは気付かなかったが、小さな窓の下の文机に、ノートの切れ端のような紙切れがあった。

―― 許してくれ

それが、誰に向けられた言葉だったのか、誰が書いた言葉だったのか、知る者はいないが、ディーノはその言葉を読むと、少し悲しげに笑った。

「アイツが素直じゃないのは、血筋なのかもな……」

彼がそう呟いた瞬間だった。
ミシリと軋む音と共に、轟音が鳴り響いた。
ドガン、ともバゴン、とも言えるような派手な破壊音がして、驚いたディーノが振り返ったその時、木製のドアが粉々に砕けて吹き飛んだ。

「ボス!無事か!?」
「ディーノ殿!!魂の欠片はどうなりましたか!?」
「おい、跳ね馬!状況はどうなってる!?」
「ちょっと、君達の攻撃のせいで僕の制服が汚れたんだけど」

木の破片と共に飛び込んできたのは、ロマーリオ、バジル、ラル、ヒバリの四人。
どうやら四人掛かりで、無理矢理ドアを壊して入ろうとしたらしい。
何が起こったのか、すぐに察したディーノは、苦笑いを浮かべながら、四人にのんびりとした返事を返した。

「オレは無事だぜ、ロマーリオ。そんで魂の欠片ってのもたぶん無事に返ったみたいだ」
「僕と戦うより前にいなくなるなんて、生意気だ」
「キョウヤお前……戦うつもりだったのか?言っとくけど、オレ別に戦った訳じゃねーからな?」
「そうなの?なんだ、つまらないな」

ヒバリは相変わらずのゴーイング・マイ・ウェイぶりだったが、いつもと変わらないその様子に、ディーノの肩から力が抜ける。
時計を見れば、タイムリミットまでは、後1分を切っていた。
安心と、疲労のため息を溢して、ディーノは手に持ったままだった紙切れを机の上に置き、踵を返した。

「さっさと戻ろうぜ!今ごろ、きっと全部の魂が戻ってるはずだからな」



 * * *



「……ああ、良かった。どうやら間に合ったようだね」

チェッカーフェイスは、最後の魂の欠片が戻ってきたのを感じ取り、安堵の息を吐いた。
ダルそうに立ち上がり、だいぶ顔色の良くなった彼女の頬を撫でる。
これならば、大丈夫そうだ。

「さて、最後の大仕事と参ろうか」

ベッドの下の籠を持ち上げて、チェッカーフェイスはおもむろにその扉を開け放った。
その瞬間、中にいた人形のような小さな少女が光って消える。

「後は、君次第だよ。スペルビ・スクアーロ……」

祈りを捧げるように両手を合わせて、チェッカーフェイスはゆっくりと瞼を伏せた。
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