鮫、帰らず

「ちょっ!?何なんだよコイツらぁ!!」
「おい!お前らオレらに協力するんじゃなかったのか!?」
『ひぅ!!し、します!自分はします!だから痛いことしないでくださいぃい!!』
「誰がするか!!オレが犯罪者みたいだろうがやめろ!!」

スクアーロの魂の欠片……の、分身達。
彼女達は言っていた、『捕まえることに協力は出来ない』と。
だが、その態度はあくまで協力的ではあったはずだ。
だが始めに出会った分身以外の者は、1つの例外もなく、本体を探す彼らを見付けると、襲い掛かってくるのだった。

「きっと私達に協力できる個体はごく少数なのでしょう」
「こんなんじゃ本体を探すなんて出来ねーよぉ……!アニキ、どうしよう!?」
「どうするもこうするも、とにかくコイツらを倒して先に進むだけだ!!」

わらわらと群がる分身たちを、自慢の剛力で薙ぎ倒していく太猿だったが、いくら倒しても絶えない分身に、少しずつ疲れを見せ始めていた。
このまま本体を見付けられずに偽物たちに倒されて終わるのでは?
そんな疑念が彼の心を掠める。 だが、幸いなことにその疑念が現実となることはなかった。

「!アニキ、霧が薄れてきたぜ!」
「分身達も動きが鈍くなってきた!」
『だ、誰かが本体を見付けたのかも、知れないですっ!』
「皆さん!あれを見てください!!」

ユニが指差す先、そこには2つの人影があった。
片方がもう片方を押し倒しているらしい。
だが押し倒している方の人影には、少し違和感があった。

「バーロー!!ありゃあ白蘭様じゃねーか!」
「ザクロ!」
「ハハン、どうやら霧が解けて集合できたようですね」
「ぼばっ!桔梗!」
「姫、無事か!?」
「γ!それにブルーベルも!私は大丈夫です!二人も無事で、良かった……!」

暫しの間、再開を喜ぶ。
だがすぐに、全員が白蘭に顔を戻した。
押し倒された白蘭は、困惑したように自分の胸の上に伸し掛かる人影を見上げていた。

「スクアーロクン?どうしたんだい……?体、グニャグニャ、じゃないか」

霧の薄れた、その真ん中。
白蘭の上に乗る人影は、白蘭の言葉の通り、輪郭が曖昧になっていた。
もはや、男か女かどころではない、人かそうでないかすら判別しがたい形になっていた。
グニャグニャと動いて、大きくなったり、小さくなったり、丸くなったり、細くなったり。
そしてそれは確かに白蘭の胸の上にいるはずなのに、重さがなく、幽霊でも乗せているかのようだった。

『やりたいことなんて、知らねーよ』
「?」
『ずっと、望まれるままに生きてきたから、わかんねーんだよ……!自分のやっていることは、本当に自分で望んでしていることなのか!?』
「え、だって……」
『男であることは父に望まれた事だった!クーデターを起こしたのはザンザスの為だった!でもどちらも、オレがソイツらのためにしてやりたいと思ってしたことだと思ってた!!……だが!オレが世界の歪みを埋めるために生まれた存在だっていうのなら、オレが今までしてきたことは全部、オレの意思と関係なく、全てそうなるように決められたことだったんじゃないのか!?オレは、今まで本当に、自分の意思で生きてきていたのか!?』
「!!」

スクアーロが、世界に必要不可欠なピースだったのだとしたら、その行動が、世界が望むままに動かされてきたものだったのだとしたら、それは、確かに自分で望んできたとは、選んで生きてきたとは、断言できない。
白蘭は何も言い返せないまま、そっとその顔を覗き込んだ。
輪郭がどれだけ曖昧になっても、その銀色の瞳だけは変わることなく、ボンヤリとした光を宿して、白蘭を見詰めていた。
そこに、涙の滴は見れなかったが、白蘭には、彼女が泣いているように思えた。
手を伸ばし、その頬に触れようとする。
だが手は、呆気なく打ち払われた。

『もう、良い。生きていたって、苦しいだけなら、死んでしまった方が、ずっと、良い』

死ぬ、とは、つまり、この場から出ないで、自分の肉体には戻らないで、ここで全てを、諦める、そういうこと。
全員の前から姿を消すつもりなのだろうか。
少しずつ、少しずつ彼女の姿が薄れていく。
まるで、この部屋に満ちる霧のように……。

「死んだ方が良いなんて、……そんなわけないじゃないですか!!」

彼女が消えるその寸前、その腕を掴んだのは、ユニだった。
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