鮫、帰らず

『…………楽しそう、だなぁ』

フツッと、彼女の口から、そんな言葉が落とされた。

「え……?」
『……ボンゴレ、に、言われるがままに、動いてきたが、すると、誰とも繋がりを持てなかった』
「つ、繋がり?」

なんだか着地点の見えない話し方だったが、ゆっくりと、でも、彼女なりに、必死に伝えようとしているようだった。

『オレ、は、殺すばかりで、奪うばかりで、誰かと、繋がることも、誰かを救うことも、出来なくて』
「……」
『自分の存在が、スゴく、無意味に感じて、だから、戻ってもきっと、意味なんて、ないんじゃねーか、って』
「……言っている意味が、よくわかりませんね」
『……、え、と、戻った所で、オレは、邪魔、だろ?』

流されて、ただ無意味に生きるだけの存在は、必要ない。
そういう意味らしかった。
骸は今まで以上に顔を歪めて、停止している魂の欠片にツカツカと歩み寄る。
徐に手を上げ、そのまま、彼女の頬に振り下ろした。
バチンという、軽い音。
彼女が、よろけてタタラを踏む。
その胸ぐらを掴んで、骸は近くの瓦礫に、彼女を押し付けた。
喉がクッと音を漏らす。
空気の塊が絞り出されたのを間近に感じた。

「邪魔、などとは、それはわざわざお前を連れ戻しに来た僕達に、失礼なのではないですか」
『だ、が……事実、だろ』
「いいえ、邪魔などではない。流されることも、時に必要なのです」

不思議そうに自分を見上げる彼女の頬をなぞる手は、思いの外優しげで、丁寧で、骸は自分自身のことなのに、意外に思った。

「……沢田綱吉の前に膝をついた、あの時まで、僕達は脇目も振らずに走ってきた。だが復讐者に捕らえられ、その足を止めざるを得なくなった時、僕は自分の心が、少し軽くなったように思えた。マフィア殲滅を、諦めた訳ではない。歩みを、完全に止めるつもりもない。それでも、一度動きを止める、ただそれだけで、楽になった。……あなたは、いつも根を詰めすぎなんだ。たまには、流されるべきなんです。マフィアの癖に、バカ真面目に働きすぎなんですよ。本当に、ムカつく」
『んぐ……』

むぎゅりと彼女の頬を潰して、渋面のまま、言い放った骸は、やっと胸ぐらから手を離す。
頬を潰されたガットネロは、キョトンとした後、不意にふにゃりと破顔した。

『んへへ』
「な……何笑っているんですか、気持ちが悪い」
『お前みたいな、良い奴がいるなら、戻っても、良い、かもしんねー、なぁ』
「は……?」

戸惑う骸の、手を捕らえて、きゅっと握る。
また、二人の視線が重なった。
彼女の瞳はもう、ただのガラス玉ではなく、うるりと涙を湛えた銀色が、鈍い光を灯していた。

『戻ったら、お前のわがままに、付き合わせてくれよな』
「……わがままではなく、八つ当たり、です」
『どっちでも良い。こんな何もない所より、オレはそっちに加わりたいなぁ』

泣きそうな顔でへにゃりと笑って、彼女は骸に抱き着いた。

「え、」
『あったか……、い』
「えっ、」
『元に戻ったら甘えてくれていーんだぜ』
「はあ!?」

勝手なことをツラツラ述べると、欠片はフワリと解けて消えた。
後に残されたのは、呆ける骸と、その仲間達だけである。
欠片も、瓦礫の山も、降り続ける雨も消えて、その場は壊れたビリヤード台やルーレット台などで散らかる、ただの遊戯室に変わる。

「な、なっ!!何様だあの女っ!!」
「六道骸、それが本性か?」
「なんか、変わった奴なのね、あいつ」
「オレ、今からあいつ殺っれくるびょん!!」
「はあ……めんどい」
「ししょー、終わったんなら帰りましょうよー」
「ちゃんと戻れたか、確認しなくちゃ」

それぞれがそれぞれの言葉を口にし、キャラ崩壊して叫ぶ骸を先頭にして彼らもまた、元の部屋に戻っていったのだった。
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