鮫、帰らず

「さて、まずは彼女の武装を取り上げてしまいましょう」

骸が手を一振りすると、ガットネロを拘束していたスライムがムニムニと動き出す。
ヘルメットや、コート、安全靴になっているブーツを脱がしていった。
ヘルメットを取り上げた途端に銀色の髪がブワリと広がる。
その髪は肩甲骨に被るくらいの長さで、腰まで届く今の長さから比べるとまだ短い。
長めの前髪の下から、仄暗い瞳が覗いた。

「……全然抵抗しないのね」
「張り合いねーびょん!!」
「あんま、張り合いあっても、ちょっと困りますよー犬にーさん」

彼らの言う通り、ガットネロは抵抗する気もないようで、ボンヤリと自分の武器と防具が取り上げられていくのを見ている。

「クフフフ、無様ですねガットネロ。足掻くこともせず、見ているだけとは……。諦めたと、そういうことですか?」
『……』
「答える気もないのですか。まあ良い。僕達はあなたを連れてあの部屋に戻るだけですからね」
『……、……』

一方的に話す骸に、目を合わせはするものの、口を開くことはない。
ほとんど動くこともなかったが、体に纏わり付くスライムが気持ち悪いのか、少しだけ身動ぎをした。

『……っ……』
「骸様、これ、解かないんですか?」
「クフ、何故解かねばならないのです?」
「骸ちゃん、楽しそうね……」
「いじめっ子の顔してるびょん……」
『ん……、……』
「この針で最後ですか。随分と大量の武器を持っているのですねぇ。これら全てを使いこなすことが出来るとは……、化け物染みてます」

取り上げた武器をつまみながら、蔑むようにそう言った骸を、睨み返すでもなくただ見返すガットネロは、無表情のままで、モゾモゾと動いた。
その口が薄く開く。

『これ、気持ち悪い』
「それは何よりです」
『……ん、服の中、入ってくる』
「骸ちゃんの変態っ!!」
「コイツが武器を至るところに隠しているのが悪いんです!!不可抗力じゃないですかっ!!」
『気持ち悪い』
「五月蝿いですよガットネロ!!」
「骸様、この人のこと、出してあげて」
「な、クローム……!?」

骸が衝撃を受けて固まっている間に、M.Mとクロームがガットネロを引きずり出す。
どうやら、女子として見逃せなかったらしい。
一応クロームが幻術で縄を出して、その手首を後ろ手に縛る。

「骸ちゃん最低よ!!あんた大丈夫?変なとこ触られてない?」
『……?』
「ってヤダあんた!ちゃんと食べてんの!?腕ほっそ!!脚も……!っていうかあんた縮んだ?」
『?……?』
「あの、混乱してるみたい」

M.Mのマシンガントークに気圧されている様子の彼女を見て、クロームがやんわりと指摘する。
それにようやく気付いたらしいM.Mは、ムッとして口を閉じた。
クロームの言う理屈はわかるが、大人しく聞き入れるのは不服であるらしい。

『……お前ら、誰だ』
「え?」
「誰も何も、あんたと骸ちゃんって知り合いなんじゃないの?」
『……?知らない。お前ら、敵か?』
「ん?は?どーゆー事なのよ骸ちゃん!」
「し、知りませんよそんなこと」
『お前らは、敵か?』
「いや、だからー。ミー達はおねーさんのこと、迎えに来たんですー」
「敵、ではないと思うけど」
「なんでそんなこと気にすんのよ」

骸以外の人間の、不思議そうな瞳がガットネロに向けられる。
ガットネロもまた、不思議そうな顔で彼らを見つめ返した。

『命令、されて』
「命令?」
『ボンゴレに、敵を殺せって。だから、敵を殺さねーと、いけないと、思って』
「……ああ、ガットネロはボンゴレの掃除屋、というのは、本当の事だったのですか。自分の巣を守るために忌々しいマフィアの言いなりになっていたのですね。全く愚かな……」

依然、ボヤッとした表情のまま、そう言った彼女を、やはり骸は冷たく見下ろした。

「考えることを諦め、無気力に、流されるままに生きてきたと、なるほど、そう言うことなのでしょう」
「いや、それは違うぞ」
「!……ヴェルデ博士ではありませんか」

軽蔑の目で彼女を見て、そう言う骸の言葉を遮ったのは、ヴェルデだった。
骸の肩に飛び乗ってきたヴェルデが、ガットネロを観察する。

「少しだけチェッカーフェイスに話を聞いてきたのだ。どうやらこの魂の欠片達は、スペルビ・スクアーロ本体が切り離した……つまり捨ててきた心の一部とも言えるようだな」
「……つまり」
「つまり、今ここにいる魂の欠片は、奴が切り捨てた選択肢だと言うことだ。ただ流され生きる楽な道を捨てて、怠惰に甘える心を捨てて、あの女は自分を取り巻く世界に抗い生きた。そう言うことなのだろう」
「……」
「これはその捨てた心の残滓、または心残り、そう言えるものかもしれん」

骸は言葉を発さず、苦々しげな顔を浮かべていた。

「ところでヴェル公ー、どうやってこの部屋に入ってきたんですー?」
「は?ごく普通にドアから入ってきたが?」
「え、でもさっきまであのドアびくともしなかったのに」
「今なら開くんらねーの!?」

犬がドアにダッシュで近付き、ノブに飛び付いて思いっきり引く。
だがドアはやはり、びくともしなかった。

「……外からは、開くみたいだね」

千種の声が空しく響く。
彼らは再び、出られないと言う絶望に顔を曇らせたのだった。
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