鮫、帰らず

『その重力の攻撃、手を使わねぇでも使えるとか、聞いてねぇ』

銀髪の少年は、むすっとした顔で拗ねたようにそう言った。
その体は肩まで底無し沼に浸かってしまっていて、身動きは全くとれない。
攻撃手段も体の自由も奪われて、やっと大人しくなった欠片は、半眼になってシモンの面々を睨み付ける。

「わざわざ教えてやるバカはいねーっての!観念したんなら、さっさと自分の体ん所に戻るんだな」
『……ヤダ』
「はあ?」

プイッとそっぽを向いたスクアーロを、ジュリーが苛立たしげに爪先でつついている。

「結局惨敗しておいて何が嫌なのだ!?負けたなら大人しく戻れ!」
『負けたら戻るなんて約束、してねぇ』
「……確かに、その通りだが」

当たり前のように欠片が戦いを挑んできたから、彼らは勘違いをしていたのだが、魂の欠片は納得するまで返ることはない。
この欠片も、体に戻る気は更々ないらしく、そっぽを向いたまま、口を固く閉ざしてしまった。

「えっと……何で戻りたくないの?」
『……ふんっ』
「おいスクアーロ!!炎真が聞いてるんだからさっさと答えろ!!じゃないとこうだぞ!!」
「いじめちゃダメだよスカル!!」

スカルが彼女の頭を足で蹴り飛ばすと、彼女は物凄く嫌そうな顔のまま話し出した。

『今まであの体は、自分の役割のために生きてきた。目的があって生きてきた。でもこれからは、役割も目的も失っちまう。目的もなく生きる人生なんて、死んでるのも同じだ。オレは、そんな風に生きたくない』
「……生きるのに、目的がほしいの?」
『……』
「目的を探すために、戦うの?」
『……』

黙って頷いた欠片に、炎真は少し、苦笑を浮かべた。
なんだか、今までとても大人びて見えていたのが、急に子供っぽく見えてくる。

「目的がなくったって楽しく生きてる人なんてたくさんいるよ?それに、戦えば目的が見付かるって言う考え方、僕にはちょっとわからないよ」

今度は、欠片が少し、困ったような顔をして、話し出した。

『……オレには、戦い以外に自分の居場所が見つからない。それに、人を殺しておいて、ただ目的もなく生きるような、無駄な生き方をするのは、殺した相手に、失礼だと思う』
「人を……殺した?」
『殺した』
「誰を……?」
『剣帝を』
「……いつ?」
『この間……、ああ、でも、オレの体は、もう20を越えているんだっけか?なら、14歳の時。オレは、それまでずっと、どれだけ強いやつと戦っても、殺さないようにしていたけれど、剣帝は加減ができなくなっちまって、殺した』

淡々と言ったスクアーロに、炎真は視線を投げ掛ける。
その視線から逃れるように目を伏せた欠片は、もうあの体に帰る気はないと話した。

『たくさんの命を奪ったんだ。どうせろくな死に方しないだろうことは、良くわかってた。だが、魂だけでも生きなけりゃならないって言うのなら、この罪悪感だけが形をもって世界に放り出されたのだから、オレは、理由がほしい。理由もなく生きるなんて、殺した奴に申し訳が立たない。生きるために生きるのでもまだ足りない。何かの目的の元に殺されたのなら、まだ死んだ奴らも、浮かばれる』

まるで、侍やら武士やらといったような頑固で古臭くて、つまらない台詞だと、何も言わずに聞いていた炎真はそう思った。
それと同時に、卑怯だと思った。

「君、それは、卑怯だよ」
『……何故だ?』

キョトンとして首を傾げる彼女に、真っ直ぐな視線を向ける。
炎真は欠片の目を見据えたまま、繰り返す。

「卑怯だよ。君のそれは、殺しっていう残酷な真似を、『目的のために仕方なく殺した』って言って、殺してきた命の重さから逃げてるだけだよ」
『……逃げてる、だけ』
「人を殺したら、その殺した人の命を抱き締めて、その人に顔向けできるように、カッコ良く生きなきゃいけないんだよ」
『カッコ良く、って……どうやってだよ』
「え?えーっと……たぶん、殺してしまった分、たくさん助けて生きれば良いんじゃないか、な……?」
「良いとこなのにグダグダじゃーん、炎真ー」

一番良いところでわたわたと慌てる炎真にジュリーが茶々を入れる。
にわかに、シモンの全員が吹き出して、笑い声が重なりあう。

「と、とにかくっ!殺した人に申し訳なく思うんなら、そんな自分を責めたりしないで。殺したことを後悔しないで。そんなことされたら、それこそ死んだ人達は悲しむだろうから」
『……』
「ちゃんと生きて、ちゃんと死のう。その為にも、早く戻ろう」

炎真の差し出した手を、欠片は黙って見詰めている。
戸惑っているというより、困っている様子だった。

『……手ぇ掴めねーよ』
「あ、そっか……」

単純にどうすれば良いかわからず、困っていただけらしい。
彼女を沼から出そうとSHITT・P!に指示を出そうとする炎真を、だが欠片は呼び止めた。

『このままでも沼の外でも、体に返るのに支障はねえ』
「!返ってくれるんだね!!」
『……お前のこと、気に入った。だから返る前に、少し話してやるよ』

顔を振って髪を払うと、彼女は頭の中で言葉を整理しながらゆっくりと話し出す。

『この世界のスペルビ・スクアーロの魂は、全てで8つに別れた。1つはこの魂の大元となる原初の人間の魂。それ以外の7つが、スペルビ・スクアーロの人格を形成していた魂だ』
「ちょっと待て、『形成していた』?
なぜ過去形なの?」
「その前に、行方不明の魂は6つじゃなかったの?」
『……逃げた魂は6つだ。1つはあの部屋に隠れていたから除外したんだろうぜぇ。そして、逃げた6つの魂のそれぞれは、どれもスペルビ・スクアーロの切り捨てた記憶から構成されている』
「え……つまり?」
『例えばオレは、初めて人を殺めた時に切り捨てられた感情だぁ。お前の言う通り、オレは苦しくて、自分を責めて、逃げていた。そんな傷を負った部分を切り離して隠すことで、現実のスペルビ・スクアーロはキッチリ死んだ奴らの命を抱えて、『カッコ良く』生きてたんだ』
「切り離して、捨ててしまったから、形成して『いた』魂、なのね」
「他の魂も、そうなの?」
『他の5つの魂全部、オレよりも大きな傷を負って切り離された奴らばかりだぜ。……いいかぁ、オレがこうして、お前らとまともに話が出来ているのはなぁ、オレに押し付けられた要らない感情……まあ、逃げの感情が少なかったからだ。他の奴、特に地下に行ったのと2階に行ったのは暴れんだろうなぁ。大分感情を押し付けられてたから、理性を失っちまってて手がつけられねぇだろうぜぇ』
「地下と2階……と言えば、」
「結局ヴァリアーと六道一味だな!!」

ぎこちない動作でそれに頷いた欠片は、更に付け足す。

『だがぁ、一番厄介なのは、最上階だぁ。溜まりにたまった暗い感情を一番多く留めているせいで、ろくに攻撃もできんがぁ、体には中々戻らないだろうぜぇ』
「君は……なんで、そんなことを教えてくれるの?」
『……お前、カッコわりーからさ』
「え゙」
『なんか、毒気抜かれた。気持ちが、楽になったんだぁ。その、お礼の、つもりで……』

恥ずかしそうに伏し目がちになって言った欠片に、炎真は優しく笑いかける。

「ありがとう」
『……オレは、戻る』
「うん」
『ありがとな、炎真』

最後に炎真の名を呼んで、光の粒になって弾けた欠片。
炎真は少しだけ寂しそうな顔で、それを見送ったのだった。

「最後の方ちょーっと可愛かったなー♪」
「ジュリー!!」
「わわっ!悪かったってアーデルー!」
「だが恥じ入る姿は結局心を奪われ……い、いや!これは気のせいだ!!結局間違いない!!」
「あんな生意気な奴、全然可愛くないぞジュリー!!」
「わーかってねーなスカルー。生意気なのにたまに素直になんのがグッとくるんじゃねーか」
「いい加減にしろジュリー!!」

シモンファミリー達の間で、何か新たな諍いが生まれていたことを、炎真は知らない。
21/37ページ
スキ