鮫、帰らず

「SHOT!!」

コロネロのライフルが火を吹いた。
女の子2人に向かっていたスクアーロを、弾丸が弾き飛ばす。
もちろん元アルコバレーノであるコロネロの攻撃が当たれば、ただでは済まない。
スクアーロの右肩が糸屑のようなモノを撒き散らして弾けたが、しかしそれはすぐに元に戻る。

「っ!」
「ス、スクアーロさん……なんで!!」

助けられた2人は腰を抜かしてしまったようで、地面にヘタりこんでただ答えの返ってこない疑問を投げ掛けるばかりであった。

「殺しても死なねーなら、いくらでも攻撃できるぜコラ!」
「心臓から避けられてたけどな」
「お前も避けられてただろ、リボーンコラ!!」

コロネロの攻撃を切っ掛けに、どんどんと戦いが激化していく。
そこから脱け出してきた風が京子とハルの前に来た。

「京子さん、ハルさん、2人はここから一刻も早く逃げた方が良い」
「で、でも!」
「ここにいては危険です。いくら我々が強くても、不死身を相手に最後まであなたたちを守りきれると確約は出来ないのです」
「でも!ここにいたいんです!!」

2人の目は必死だった。
ほんの数瞬前、2人には迫る鈍色の切っ先が、歪む口元が、鋭い眼光が見えていた。
刹那の時間だったにも関わらず、その一つ一つがスローモーションのように見えた。
それは確かに恐ろしかったし、2人は身の竦むような思いをした。
だが彼と相対してわかったのだ。
特に、未来で太猿と遭遇して、強い殺気に晒されたことのある京子は。

「ツナ君!!この人はやっぱりスクアーロさんなんだよ!!」
「ハル達、未来で少しお話ししただけですけど、わかるんです!!」
「あのスクアーロさんからは怖い感じがしなかったの!!スゴく……苦しそうだった!!」
「ツナさん、助けてあげてください!!
スクアーロさん、きっとこんなことしたくないんです!!」

太猿のような、背の内側に冷たいものが伝うような恐ろしさはなかった。
歪む口元は笑っているというよりも、苦しみを押し込めているような不自然さがあった。
斯くして、2人の叫びは、魂の欠片と戦う綱吉の耳へと、確かに届いたのだった。

「わかった。絶対に、助ける!!」

その力強い言葉だけで、2人は安心することが出来たのだった。



 * * *



「さて、2人にはああ言ったが、出来るのかツナ?」
「……わからない」

手のつけられない猛獣のように暴れるスクアーロの剣をマントで無効化し、綱吉は眉間に深い皺を刻む。
京子やハルの言ったような不自然さは、綱吉も薄々と感じ取っていた。
殺気を放っていない、わけではない。
だが放たれる殺気が全て、自分達を通り越して、どこか見えない遠くに向かっているように思えてならない。
彼が何を見ているのか、綱吉はわからず、故に説得のための言葉が見付からないのだ。

「スクアーロ、男になるとこんな戦いづらくなんのか!!オレそろそろ、腕の感覚なくなってきたのなー……」
「恐らくこれが魂だからでしょう。こうありたいという思いが、そのまま現実に反映されているのです」

仲間達も、だいぶ疲労の色が濃くなってきている。
焦りばかりが募り、攻撃も単調になってくる。
そんな彼らを見かねて、リボーンが口を開いた。

「ツナ、余計なことを考えすぎだぞ。攻撃が雑になってる」
「わかってるけど……戦うだけじゃどうにもならないだろ!?」
「戦ってわかることもあるぞ。オレが手伝ってやる。直に拳を組み交わしてこい」

リボーンは山本がスクアーロの剣を受け流したのを見ると、間髪入れずに3発の銃弾を放った。

『っ!!』

銃弾が当たったのはスクアーロの左手首。
3発ともが手首をぶち抜き、そのせいで脆くなった手首が、括り付けられた剣と一緒にゴロリと落ちる。
なくなった手首は生えてこない。

「さ、再生しない!?」
「よく見てみろ、アイツの手の傷口を」
「あ……あれは、義手!?」

傷口から覗くのは、粉々に砕かれた金属の断面だ。
何故義手なのかなど、考える時間も惜しんで、綱吉は飛び出した。
彼の全身の細胞が、超直感が、今だと叫んでいる。
腕を引き、がら空きになった鳩尾に、拳を叩き込んだ。

『ぐゔっ!!な、にしやがる、クソガキがぁあ!!』
「お前を倒して、引きずってでも連れて帰るんだ!!みんながそれを待ってる!!」
『知るかっつってんだろうがぁ!!あの体に戻れば、オレはどうなる!?偽者の女に戻ってまた弱くなるんだぁ!!オレは男だぞ!!生きて!男として生きて!!誰にも負けねー強さを手に入れる!!』
「うぐっ!!」

鳩尾に減り込んだ拳を掴み、使えなくなった義手を振り回して綱吉を殴る。
綱吉も負けずに、拳を組み交わす。
リボーンの図った通りに、2人のタイマン勝負となったのだ。

『オレは強さを望む!!誰にも、XANXUSにも負けることのない、絶対の強さだぁ!!そのためには、あんな軟弱な体は邪魔でしかない!!』
「女の子を真っ先に殺そうとするのが強さなのか!?死なないことが強さなのか!?そんなの強さじゃない!オレ達の知ってるスクアーロの方が、ずっと強かったし、カッコ良かった!!」
『ちがう!!アレは弱い!!アレはオレの望むモノとはかけ離れている!!あんなものはっ!強さなんかじゃあっ!!断じてねぇ!!』
「強さは力なんかじゃない!!他人の事を想えることがっ!誰かを想って戦えることが強さなんだ!!お前のそれはただの暴力だ!!」

綱吉の拳がスクアーロの頬を直撃する。
その勢いで地面に突っ込んだスクアーロを追い掛けて、綱吉は彼の上に馬乗りになった。
それを嫌がるように暴れ、叫びだしたスクアーロを、調和の炎が押さえ付ける。

『暴力でもなんでもいい!純粋な力が全てだろ!?力が……力がなけりゃ……!!オレは、何のために……!!』

声が掠れる、歪んでいく。

『力のないスペルビ・スクアーロになんの意味がある!?弱いオレに、価値があるのか!?強くなければ、求められない!!強くなければ、守れない!!強くなければ、生きていけない!!なのに、なんでお前たちはそれを否定する!オレには、それしかないのにっ……!!』
「……スクアーロ?」

荒く息を吐いて叫ぶ。
最後の方は、酷く苦しそうに、湿っぽい声で絞り出すように叫んでいた。
泣いているのだろうか。
手のひらに隠されて、その顔は窺えない。

「……なんで、強さしかないなんて、そんなことを言うの?」

綱吉は炎を消して、問い掛ける。
魂の欠片も、彼の腕を振り払うことも、攻撃することもなく、項垂れているだけだった。

『強くあることを、男であることを、望まれていた。いや……それ以外は許されなかった』

綱吉が殴った頬は、回復しないまま解れていき、少しずつ欠片が姿を変えていく。
そこでようやく、綱吉はわかった。
この糸は、繭だったのだ。
解けた繭の中から現れたのは、まだ幼い……自分達よりもずっと幼い子供だった。

『とうさんはっ、おれのことをずっときらってたんだ……!!でも、強さをしょうめいできたとき、男らしく、あれたとき、とうさんはおれを、ほめてくれたから……。ただ、ただ、おれは、みとめてほしかった、だけなのに。あいして、ほしかっただけなのに。なんでみんな、それをひていする?おれは、もう、いらないの?』

それを見ていたリボーンは思い出す。
チェッカーフェイスは、心が引き裂かれるような出来事があると、その度に魂も引き裂かれて分かたれると、そう言っていた。
この魂も、引き裂かれたのか。
こんなに幼い頃に、ただ切実に愛を望んだ心は引き裂かれ、繭の中に閉じ込められて、眠るように死んでいったのだろうか。

「要らなくなんか絶対にないよ。言ったでしょ?みんな待ってるって。もう、強くなくて良い。もう無理して強がらなくて良いんだよ。オレ達みんな、スクアーロがそこにいてくれれば良いんだ。強さも、男らしさも、望まないよ。一緒に笑おう。一緒に戦おう。それだけで良いんだよ」

綱吉のその言葉を聞き、欠片は目からボロボロと滴を溢す。
後から後から溢れて止まらない涙を拭うこともせず、欠片は綱吉を見上げた。

『……おれ、は、必要?』
「これだけ多くの人が助けに来てくれてるのに、必要とされてないと思う?」
『ほんとうに……?』
「本当にだよ」

大きく頷いた綱吉を見て、欠片はやっと、嬉しそうに笑った。

『よかった。……ありがとう』

微笑む顔が、小さな体が、はらはらと解け、消えていく。
後には糸屑ひとつ残らなかったが、彼らの心には確かに、その言葉が届いていた。
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