鮫、帰らず

肩が痛い。
肩だけじゃない、頭も、心臓も、肺も、お腹も、足も痛かった。
切られたからじゃない。
肩の傷口からいろんな感情が流れ込んできて、自分の中身をぐちゃぐちゃに掻き回しているようだった。
その感情が重すぎて、最初は何がなんだかわからなかったけれど、次第にイメージを伴って、その感情が露になってきた。

『なんで……?』

何故、こんなにも大事になってしまったんだろう。

『うそだ……』

大切なのはザンザスだけで良かったのに、いつからこんなにも多くの奴らを守りたいと思っていたんだ。

『弱い、くせに……』

自分に、たくさんのモノを守る力なんてないくせに、全員、全部を守りたいなんて。
傲慢だ。
不遜だ。
でも、死んでほしくなかった。
オレに掬い上げることの出来る命なら、掬ってやりたかった。

『赦してくれ……』

どうか赦してくれ。
この傲慢を、この不遜を、お前らの命に対するこの無礼を、高慢を。
せめてオレは、強くいるから。
強くなって、いつかこの傲慢にも見合う人間になるから。
だからどうか、赦してほしい。

『強くあれ……』

でもいつからだろう。
強さが、強くあることが、周りの人間達に死を運んでいるような気がしていた。
怖い、怖い恐いこわい……!
行かないでくれ、行かないでくれ、行かないでくれ。
強さなんて要らないものだけ残して、オレをおいていかないで。
一人は辛い、一人は淋しい。
一人にならないためなら何だってする。
言うことを聞こう。
求めることをしよう。
責任をとろう。
求める以上のものを与えよう。
次第次第に、自分がどんどん薄くなっていくような気がした。
自分が求めるものは何?
自分が望むことは何?
違う、違うんだ。
誰かに貢献したい訳じゃない。
言うことを聞くだけの人形じゃない。
見てほしい、オレを、オレ自身を、見てくれ、見て、しっかり見て。

でも、でも見てほしくない。
こんな自己顕示欲の塊のような、汚く醜い自分を、見ないでほしい。

相反する葛藤。
心は疲弊して、気付けば引き裂かれて、バラけて、圧し固められて。
そして押し殺された傲慢(プライド)の塊が、体の死を前にして解き放たれ、形を持ってしまった。



 * * *



「…………な、なんだしソレ」

剣が肩を抉って、引き抜かれるまでほんの一瞬のことだった。
その一瞬の内に、自分の中に流れ込んできた感情の奔流を飲み込み、ベルは噴き出す血にも構わず、呆れたようにそう言った。
呆れたと同時に、腹の底からふつふつと怒りが沸いてきた。
怒りに任せて目の前の腕を掴む。
結果、肉を切らせて骨を断つ、魂の欠片を捕まえることに成功していたが、ベルにはもうそんなことはどうでもよくなっていた。

「しし、王子実はずーっとスクアーロのこと中々やる奴だと思ってたんだよね」
『……?』
「でも違った。お前実は、王子よりずっと子供じゃん!!何だよ、淋しいからあんな色々頑張ってたのか!?アホなの!?バカなの!?死ぬの!?」

掴んだ腕をギリギリと握り締めながら一言一言の間に頭突きやら足蹴りやらを交えて激昂するベルを、周りの者達はただ茫然と見詰めることしか出来ない。
殴られている当の本人が、一番ポカンとしているのがいっそ笑える。

「うししっ!!バッッッカじゃねーの!?オレ達別に都合が良いだけのカスとか求めてねーし!!今オレ達がスクアーロを助けよーとしてんのは、ただ単純にスクアーロの事が好きだから助けよーとしてるだけだろ!!何だよソレっ!!キモッ!!お前王子達の何を見てたんだよ!!本気で殺しにいくのもナイフ向けんのも全部お前が死なねーってわかってるからだろ!?オレ達がお前のこと嫌いになってどっか行くわけねーじゃん!!何っ!?王子が1から説明しないとわかんねーの!?もうお前いっぺん死ねっ!!そんでさっさと生き返ってこいよカスっ!!そんで今度は王子が殺すっ!!」
「ちょっ!!落ち着いてベル!!スクアーロがボロボロになってるから!!」

マーモンが慌てて引き剥がす頃には、彼女の体はベコベコに凹んでいた。
ソレもすぐに治ったが、欠片は凹んだことも治ったことも全て無視して、ポツリと1つ呟いた。

『オレは、余計なこと、してたか?』

殺気は消えていて、どこかしょんぼりとした様子で問うた彼女に、ムスッと頬を膨らませたベルが不機嫌そうに答えた。

「ゆりかごの責任とか取るのはマジ余計!!……カスアーロは王子の遊び相手にでもなってりゃいーんだよバーカ」

ゆりかご以外にも様々なところで問題を起こすベル達の尻拭いを、いつもスクアーロが走り回ってしているわけだが、そんなことは棚に上げて、ベルは鼻を啜りながら答えた。
こんなにも感情的に叫んだのは久々で、もう自分が怒っているのだか泣いているのだかよくわからない。
前髪と涙のせいで、目の前のスクアーロがどんな顔をしているかは見えなかったが、何となく、雰囲気が優しくなったような気がした。

『……嬉しい』

その一言が耳に届いた。
言葉を追うように突風が吹き荒れ、反射的に4人が目を瞑り、開けた時、目の前には誰もいなかった。
場所も、ボンゴレの地下室ではなくなっていて、ただの小さな石壁の小部屋になっていた。
床がキラキラ光っているのは、散らばった宝石のせいだろう。
ぐるりと周りを見回して、ベルはキョトンと呟いた。

「……しし、終わり?」
「最後は呆気なかった、ね……」

しばらく突っ立っていた彼らだったが、やがて釈然としない顔のままで元いた部屋へと戻り始めた。
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