鮫、帰らず

「おいバカアーロ!!強さ証明したいなら王子達と戦いな!!」
「貴様など10分も掛からずにボコボコにしてやるがな!!」
「そのネジ曲がった根性叩き直してやるわよオ゙ラァ!!」
「声が戻ってるよルッスーリア」

4人に声を掛けられて、魂の欠片はゆっくりとその視線を彼らに戻す。
真っ黒な目玉と口が、こちらを向く。
一瞬の静止の後、地面を覆っていた黒い液体が吸い込まれるようにして欠片の体に戻る。
体ごと4人に向き直った欠片が、左手に大剣を構えた。



 * * *



「……もっとレベルを落とさないと」

ゆりかごが起こるよりも前、まだスクアーロもベルもヴァリアーに入り立ての頃。
剣帝を倒したその腕を買われて、スクアーロは隊員の教育係を命ぜられていた。
その教育の合間合間に、何度も呟いていた言葉に、ある日ベルが不思議そうに訪ねた。
レベルを落とすとはどういうことなんだ、と。

「奴らに合わせて力を落とさねーと、差がありすぎて教育にならねぇだろぉ」

その頃のベルには、何を言ってるのかよくわからなかったが、結果的にスクアーロは教育というのを成功させていたようだし、ベルもそんな言葉は記憶の彼方に追いやってしまっていた。
だが過去のスクアーロと向き合ったこの時、その言葉がベルの頭に鮮明に蘇ってきた。
思い返してみればどうだろう、ヴァリアーでの時間が経つに連れて、スクアーロは隊員達に合わせて力を抑制していっていたように思う。
もちろん、ゆりかごでの戦いで、本気で戦おうとしていたのに間違いはないのだろうが、ヴァリアーで極限まで制御し鈍ったその腕で、その本領が発揮できたかどうかは、疑わしい。
ボンゴレで働いていた時はどうだろう。
アクーラとしてのスクアーロは、無敵を誇っていた。
いや、無敵どころか、恐らくその姿を見たものだっていないはずだ。
切り替えのハッキリとした人だから、アクーラとして働く時は、能力の全てを出しきれていたのかもしれない。
ヴァリアーの、スクアーロの直属の部下以外で、アクーラとしての彼女の仕事を見た者はいない。
つまり、魂の欠片と成り果て、力を制御する気のなくなった彼女の、本気の本気を見るのは、ヴァリアー幹部の彼らでも久々……下手をすれば、初めての事になる。
目の前で悪鬼のごとくに暴れまわるスクアーロを見て、ベルは身震いした。
敵に回すとこんなに恐ろしい奴だったとは。

「ちょっ!!このスクちゃんは14歳当時の実力なんじゃないの!?」
「14歳当時でこれだけ強かったって事だろ!?その証拠に僕の幻術は多少効いているみたいだし!!」
「だがこちらの攻撃は全て無効になっているではないか!!どうすれば倒せるのだ!!」
「しし、なんて無理ゲー?」

今はまだ、4対1という数の利のお陰で戦力は拮抗しているが、一人でも欠けたら形勢は一気に傾くだろう。
頭の数ミリ上を大剣が薙ぎ、ベルの髪を何本か切り取っていく。
体勢を崩したベルに、すかさず鉄板入りの安全靴が飛んでくる。
それがベルの腹に届く前に、マーモンの幻覚の触手がその脚を絡めとる。
スクアーロはその触手を剣で引きちぎると、今度はルッスーリアに向かっていく。

「動きがマジで人間じゃねーっての!!」
「体に穴を開けてもすぐに塞がるとはどういうことなのだ!!」
「知らないよ!!魂だからじゃないの!?そんなことよりちゃんと前見てないと殺されちゃう!!」

そんな激しい攻撃を受けながらも会話を続けられるのは、流石のヴァリアークオリティーである。
欠片はルッスーリアが距離を取ると、今度はベルに襲い掛かってきた。
剣を使い、火薬を使い、暗器を使い、時には手を、脚を使い、容赦のない攻撃を繰り出してくる。
そして、欠片が付き出した拳をマーモンの触手が捉えた瞬間、その触手を引き裂き、欠片の腕から刃が飛び上がった。

「なっ、鉄爪を隠してたの!?」
「逃げてベル!!」
「クッ……!」

マーモンが叫んだが、床に倒れ込んだベルは逃げられず、両腕を交差させてガードを作る。
そんなガードなど、鋭い鉄の爪の前では気休めにもならない。
迫る爪に、死を覚悟したベルは目を瞑る。
爪が、風を切る音が聞こえる。
その音はすぐに肉を裂く音に変わるだろう。
だが、ベルの予想は裏切られる事になる。
鉄が石を削る耳障りな音。
その音が耳のごく近くから聞こえてきて、ベルは肩を竦めて身を丸めた。
鉄爪は、ベルの耳の真横に突き立てられていた。

「っぶな……!!」
『……ぅ、ぐぅ……!!』

地面に突き立てられた鉄爪が、ガチガチと音を鳴らす。
欠片の動きは止まってしまっていて、ベルは転がるようにして逃げ出した。
十分離れてから、前髪の下に隠れた目を見開いて欠片を凝視する。
何故、突然攻撃を中断したんだ?

『ちがっ……違う……こんな……違う……、オレは、こんなの……こうじゃない!!こんなんじゃ……!』
「ど、どうしたっていうのよ!?」
「ム、突然動きが止まったよ!!」
「……一体、何が『違う』のだ?」

困惑を露にして、全員が欠片の様子を窺う。
欠片は既に鉄爪をかなぐり捨てていて、両手で頭を抱え込んでいた。
声はくぐもっていて聞き取れない。
全員が少しの間、不思議そうにそれを見ていたが、最初に我に返ったのはベルだった。
今なら捕まえられる。
ワイヤー付きのナイフを手に取り、欠片の背に向けて投擲した。
したはずだった。
だが投げたナイフは全て石の床の上に転がっていて、そして自分の背中側から、背筋をゾクリと舐めるような殺気を感じた。
避けることは出来なかった。
防ぐことも出来なかった。
振り向いたその瞬間に、ベルの肩を、大剣の刃が抉っていた。
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