鮫、帰らず

ディーノは終始無言のまま、走り回って屋敷の中を探していた。
4階の廊下を、脇目も振らずに走り抜ける。
彼の胸には何か、確信めいた思いがあった。
スクアーロはこの屋敷の最上階、その最も奥まった部屋に潜んでいるに違いない。
理由もない考えだったが、ディーノは間違いないと考えていた。
長い長い廊下の果て、そこには寂れた木のドアがあった。
他のどのドアとも違う、粗末な造りのドア。
物置部屋だろうか。
開けると、埃が舞い上がってキラキラと光った。

「ボス、ここにスクアーロの魂の欠片があるのか……?」
「……ああ、いる」

やっと、ディーノが声を出した。
その声は埃を吸ってしまったせいか、少し掠れていて、心許ない。
部屋に踏み入ったディーノの足音は、分厚い埃に消されてしまい、静かな部屋には、微かな衣擦れの音だけが聞こえていた。
ディーノが部屋に入ったのに続き、ロマーリオも踏み込もうとする。
だがロマーリオのそれは、未遂に終わった。

―― キ…… バタン……
「!ロマーリオ!!どうした!?」
「突然ドアが……!ボス、そっちは大丈夫か!?」
「こっちは何ともない!!平気だ……あれ?」

扉を叩いて外のロマーリオに呼び掛けながら、後ろを振り向いたディーノは、ハッと息を飲む。
今まで誰もいなかった場所に、子供が一人立ち尽くしていた。
それだけではない。
その子供の前には、その子の父親らしき男がいた。
ギシ、ギィ……と軋む音。
ゆらゆらと揺れる男の影。
見詰める子供の髪の色も、揺れる父親の髪の色も、どっちもキラキラと光る、銀色。
その2つの人影は、絵画のように神秘的にも見えたし、石像のように超然的な雰囲気を感じもした。
だが彼らは間違いなく、動き、意思を持っている。

「……スク、アーロ?」

ディーノの声には反応せず、少年はただぼんやりと立ち尽くしているだけだ。
だがすぐに、父親の方が口を開いた。

『……お前のせいだ』

この世の有りとあらゆる黒い感情を詰め込み煮詰めて固めたような、底冷えのする声だった。
暗い物置部屋に、軋む音が大きく鳴っている。
ギシ、キシ、キィ、ギシリ。

『お前がいたから、妻は、息子は、死んだんだ。私がここで、首を吊ったのも、全部、全部、お前の、せいだ……!』

怨嗟の言葉一つ一つが、心を抉って傷を残していく。
憎しみの炎が、傷付き血の噴き出す心を焼いて、ゆっくり、ゆっくりと殺していく。

『呪われろ……呪われろ……。お前なんか、呪われろ……』
『……』
『呪われろ、呪われろ……。もっと、もっともっともっともっともっともっと、呪われろっ……!!』

子供は微動だにせず、ただ父親の恨み節を聞いている。
父親を天井から吊るしているロープの、軋む音だけが矢鱈と大きくなって聞こえていた。


 * * *


「……全員が、欠片と遭遇したらしいね」

自身の張った結界の中で、異常を感じる場所が6つ。
地下、庭、食堂、遊戯室、書斎、物置部屋。

「地下深く埋まった魂は封印の記憶。大切な人を守れずに、今なお続く、後悔の記憶」

広げた掌の上に、ヴァリアーと対峙する短髪のスクアーロが映る。
まだ十代であろう彼女は、暗鬱な光を灯した瞳で、射貫くように睨んでいる。

「庭へと解き放たれた魂は、切望の記憶。切ないまでの望みが、具現化し、本体から離れ、一人歩きをする姿」

映像が切り替わる。
綱吉達と対峙するのは、スクアーロにとてもよく似た、男。
だがその口調も仕種も、この世界のスペルビ・スクアーロとはかけ離れていて、乱暴だ。

「食堂で暴れている魂は、己の空腹を満たさんともがく記憶。血の臭いを嗅ぎ付けて獲物を捉え、食い潰さんと吠え猛る餓鬼」

シモンファミリーと対峙しているのは、舌舐めずりして自慢の剣で壁を削る短い銀髪の子供の姿。
野生動物のような獰猛な笑みを浮かべて、吟味するようにシモンファミリーを眺めている。

「遊戯室に居座る魂は、思考を放棄しただ言われるがままに戦い続ける、血色の記憶。世界を奪われ、絶望の中でなお動きを止められない人形」

六道一味と対峙するのは、全身を黒で覆い、その喉だけに血の色を散らした人影。
そのヘルメットの向こう側の視線は伺えず、目の前の敵に、何を思っているのかはわからない。

「書斎に蔓延る魂は、帰る場所を見失った戸惑いの記憶。己のアイデンティティを砕かれて、行き場を失い放浪する迷い子」

白蘭達と対峙するのは長く伸びた髪を妖しく振り乱す女性。
虚空を漂う虚ろな視線が、今、ゆっくりとユニたちに向けられた。

「そして最上階に閉じ籠る魂は、幼き頃の呪われた記憶。呪われたが故に、全てを憎み恨み妬んだ心を圧し固めた、黒き想いの塊」

ディーノに背を向け、天井から吊り下がる父親の身体を見上げる子。
時折輪郭を揺らがせるその子は、ガクンと膝から崩れ落ちた。

「もう1時間もない……」

XANXUSの持つグラスの氷が、溶け落ちてカランと鳴った。
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