鮫、帰らず

「やあ、先日ぶりだね、諸君」
「チェッカーフェイスが、何でここに!!」

貼り付けたような笑いを浮かべたチェッカーフェイスは、おもむろに右手を顔の高さまで持ち上げた。

「っ!!」
「そう警戒しないでくれたまえよ」

身構えた彼らに冷笑を送り、チェッカーフェイスはパキンと指を鳴らす。
ボムッ、と間の抜けた音が彼らの後ろから聞こえる。
振り向いてみると、先程までいた兎が姿を消していた。

「もう案内役は必要ないからね」
「何でお前がここにいるんだチェッカーフェイス?お前はアルコバレーノの世代交代の時以外は現れないんじゃなかったのか?」
「ああ、だが今回の事態は、その世代交代にも、我々一族のことにも関わることなのさ」
「なに?」

今度は、顔の横でヒラリと手を振る。
重厚な木の扉が、ゆっくりと閉まった。
閉じ込められた、そう思い、彼らの間に緊張が走る。
そんな彼らを愉快そうに見物しながら、チェッカーフェイスは更にもう一度指を鳴らす。
かちりと部屋の電気が付いた。
ベッドに横たわる人影の、顔が明らかになった。

「スクアーロ!!」
「……カスザメ」

紙のような真っ白な顔。
ビスクドールのようによく整った顔立ちは、瞬き一つする様子はなく、まるで……

「まるで死んでいるようだろう?」
「うそっ!?」
「安心しなさい、まだ死んではいないよ」
「まだ……だと?」

クツリと喉を鳴らして笑ったチェッカーフェイスは、スクアーロに近寄ると、毛布の上に乗った彼女の左腕を掴み上げた。

「その、手……」
「ちょっ、ちょっと待って!!なんでスクアーロ服着てないのー!!?」
「うるさいよ沢田綱吉!今大事なのはそこじゃなくて……!!」
「傷だ。傷がなくなってる」
「え?」

真っ白な腕。
そこら中に傷跡があるが、復讐者との戦いで負ったはずの火傷の痕は、綺麗さっぱりなくなっていた。
指摘したディーノの固い声に、ようやく全員がそれに気付いた。

「なんで……、私の晴れの炎でも治せなかった傷なのに!!」
「その様子だと、内臓の方も治っているのではないですか?」
「その通り……。原因さえ取り除いてやれば、体の傷を治すことなんて他愛もないことさ」
「原因……?」
「そう、原因。……そう言えば、『歪み』についての説明が途中だったな。続きを話そうか」

チェッカーフェイスの話は、あっちへフラフラこっちへフラフラと、先が見えない。
何が言いたいのか、一向にわからない話に、既に何人かが苛立ちを表し始めていることを察したチェッカーフェイスは、歯を見せて苦笑した。

「さて、今のこの時代、この世界における歪みとは?歪みに成り代わった者が果たさなければならない役割とは?既に、その答えに気付いている者も、いるのではないかな?そう、その歪みとは……」

チェッカーフェイスの手がスクアーロの頬を掠めた。

「もうわかるだろう。この世界における歪みとは、『スペルビ・スクアーロ』。そして彼が果たすはずだった役割とは、トゥリニセッテを正しい運行へ導くこと。特に、アルコバレーノの世代交代の手助けをすることだった。そして今、その役目は果たされ、歪みを埋める必要はなくなった。この子の傷が治らなかったのは、治す必要がなかったからさ。この子の意識が戻らなかったのは、この子の魂の核をなしている彼女……転生者の彼女が、もうこの世界に用がなくなったからさ」

チェッカーフェイスが顔の横に広げた掌の上に、デジタル表示の数字が浮かんだ。
0、1、コロンを挟んで、2、6。
今、6が5に入れ替わった。

「残された時間は少ない。後1時間と25分。手遅れになる前に、君達には、彼女の中身を探してもらいたいんだ」
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