鮫、帰らず

「ここが……スクアーロの家!?」
「おっきい……!」
「お伽噺のお城みたいです!!ファンタスティックです!!」
「古風で綺麗なお城だね~!」

思っていた以上に大きかった屋敷に、綱吉が絶句する傍ら、女の子達は口々にその屋敷……いや、城と言った方がしっくり来るその建物を褒め称えていた。

「ラルもああいうの好きなのか?」
「……オレは別に」
「将来はああいう城に住むか、コラ!!」
「だから別に良いと言ってるだろ!!」

その後ろでバカップルが喧嘩を始め……。

「γ、素敵なお城ですね!!」
「姫によくお似合いの、ね」
「もうっ!!」

その横では更にいちゃつくカップル。

「っひょ~!広いれすね骸さん!!」
「骸ちゃん私ここに住みたい!!」
「クフフ、こんなに広いとどこかのおバカさん達は迷子になるのではないですか?」
「誰のことれすか?」
「フランのことじゃないの?」
「バカってお得ですよねー」

最後尾を歩いている黒曜グループ達は、馬鹿話に花を咲かせている。
そして一番に綱吉が門をくぐった時だった。

「……え?」

周りの音が、フツリと途切れた。
屋敷を囲む景色が、ほんのり霞む。
そして綱吉の体を藍色の霧が囲む。
その霧は少しずつ、綱吉の目の前に寄り集まり、やがて1つの形を成した。

「……兎?」
『不思議の国に迷い込んだ者を誘うのは、兎と相場が決まっているだろう?』
「し、喋ったー!!?」

鼻をヒクリと動かした兎は、人間の……それも低い男の声で喋り出した。

『ほら、後ろの子達も早く呼びなさい。今は1分1秒の時間すらも、惜しいんだからね』
「え……?」
『ほら、言われた通りに呼ぶ』
「は、はい!」

なぜ、自分は兎に命令されているんだろう。
混乱と理不尽さを抱えながら、綱吉は門からひょこりと顔を出した。
薄い膜を突き破るような感覚と共に、音と景色が元に戻る。
門を越えることであの不思議な空間に入るのか、と納得しつつ、綱吉は門の前で固まっている人々を呼んだ。

「あの、中に入ってくれって、言われたんだけど……」
「ツナ君大丈夫!?」
「首だけ浮いてます!!神隠しですー!!」

首だけ浮いてるってそんなわけないだろう。
でも誰もハルの言葉に突っ込まない所を見ると、どうやらみんなにも首だけ浮いているように見えてるらしい。
つまり、あの藍色の霧に満たされた空間に入ると、外からは見えなくなるということらしい。

「オレは大丈夫だから、早く来て!なんか時間がないらしくて……!!」
「!取り合えず中に入ってみるぞ」
「な、待てよリボーン!!本当にこの門の中に入るつもりかコラ!?」
「ツナの様子に変わったとこはねーしな。中に何かがあることは確からしい。さっさと入るぞ!」

リボーンの先導で、ようやく全員が動き出す。
やっと来てくれたことに胸を撫で下ろした綱吉が、首を引っ込めてもう一度藍色の兎に向き直る。

『やっと全員が揃ったな』
「う、ウサギさんがしゃべってます!!」
「ほう、これは面妖な……」
「クフフ、強力ですが、ただの幻術です。本体は別にいる」
「ム、この館の奥、かな?」

術士たちにそう言われた兎は、雰囲気だけで苦笑しながら、マイペースに話を切り出した。

『私の居場所なら、着いてくればわかるさ。時間がないからね、歩きながら話そうか』
「は、はい」

トコトコと走り出した兎を追い、綱吉達は屋敷に向けて走り出した。
屋敷の玄関をくぐったとき、彼らの首筋を冷たい風が撫で上げた。


 * * *


「で、お前は何者だ?」
『君達は私の正体を知っているはずだよ』
「……え?」

広い屋敷の石造りの廊下。
赤いカーペットの上を走りながら、最初に話を切り出したのはリボーンだった。
何から話そうか、切り出しあぐめていたらしい兎は、フフンと鼻で笑ってから話を進めた。

『まずは、世界の歪み(ヒズミ)のことから説明しようか』
「世界の、歪み……?」
『白蘭、君は平行世界の全ての自分の知識を共有する能力があったね』
「そうだよ。よく知ってるね?」
『私に知らないことなどないのさ』

得意気に言った兎に、今度は骸が、話の続きを促した。

「で、その平行世界がどう関係してくるのです?」
『ああ、その平行世界の中にね、時折欠けが出るんだよ』
「欠け、ってどういうことだコラ!?」
『欠けは欠けさ。世界に必要な、何か一部の部品が欠けてしまうことがある。そしてその欠けは、いつだって人に現れるのだ』
「人が……?」
『世界に必要な人間が欠ける……まあ、簡単に言うと産まれなかったり、役目を果たす前に死んでしまう事があるのさ。もちろん、ごくごく稀にだがね。そしてその欠けた人物のことを、我々は、古くから「世界の歪み」と呼んでいた』
「その歪みが現れたら、どうするんだ?」
『昔はね、歪みの現れた世界を、数多ある平行世界の全てから切り離すことで、他の世界に悪影響を及ぼさないようにしていた』
「切り離す!?」
「そんなことが出来るわけが……!!」
『出来るのさ。だが切り離した世界は、必ずその歪みのせいで破滅した』
「そんなっ!!」
『だがいつの頃か、我々の同族のとある女性が立ち上がった。彼女は自らがその歪みに成り代わることで、世界の破滅を防ごうとしたんだ』
「その彼女、どうなっちゃったんだい?」
『役目を終えると同時に死んだ』
「死んだ……って!!」
『正確には、肉体だけが死んだ。その魂は生き残り、そして世界に再び歪みが現れたとき、また、その歪みに成り代わった』
「え!?」
『彼女は自身の命を対価に、世界の歪みを埋めることだけを至上の目的とする存在になったのだよ。彼女は何度も生まれ、その役割を終えると、死んだ。今も彼女は、歪みに成り代わり生きている。その歪みとは、役割とは何か。君たちには、教えてあげよう。さあ、この部屋に入りなさい』

長い長い廊下の果て、辿り着いた重厚な木の扉を持つ部屋の前で、ようやく兎は、足を止めた。
部屋の中へと誘うように、勝手に扉が開く。
恐る恐る部屋に踏み入った綱吉達の目に移ったのは、真っ白なベッドに横たわる人影、そして……

「お前は……チェッカーフェイス!?」
「やあ、先日ぶりだね、諸君」

小さな丸眼鏡に鶯色の和服。
チェッカーフェイス……いや、川平という男の姿をした彼は、柔らかな微笑みを浮かべて彼らを迎え入れたのであった。
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