代理戦争編

胸を、右の胸を、貫かれている。

「ゔ……あ……」

声が上手く出ない。
息も、上手く吸えない、吐けない。
恐らく、右の肺が潰れているんだろう。
オレは奴の腕が胸を貫いたことに気付いたその瞬間から、出来る限りの力を胸に込めた。
筋肉の収縮、それにより、奴の腕が引き抜けなくなる。
長くは続けられない。
だから、力尽きるより前に、その左腕に、左腕の時計に、手を伸ばした。
あれを壊せば、勝負は終わる。
だが、オレの手は届かない。
奴の顔の横まで伸ばした手は、空を掴むばかりで、遠ざけられた左手は奴の遠く後ろにあった。

「……はっ、なら、こうだ……」

イェーガーの、バサバサに伸びた髪を掴む。
胸に刺さった腕を、左手で捕まえる。
ここまですれば、逃げられないだろう。
だから、頼む……頼むから、誰かこいつを、倒してくれ。

「カスザメ……!」
「スクアーロ!!」
「ガットネロ!!」

イェーガーの体に、蔦が巻き付く。
背後から服を引っ張られて、イェーガーから引き離された。
景色が目まぐるしく移り変わる。
途中赤い炎が辺りを照らすのを見た。
最後、青い空をバックに見たのは、泣きそうな顔で覗き込む跳ね馬。
敵がいるのに何をやってるんだ、と、言いたかったのに、口から出たのは生暖かい血の塊だった。

「折角スクアーロ君が身を呈してイェーガー君を捕まえたのに、勿体ないことをしたね。あのままXANXUS君が撃っていれば、彼の命を対価に、時計を壊すくらいは出来たんじゃないかい?」
「……」
「馬鹿を言わないでください。あれを殺すのは復讐者でも、ましてやXANXUSでもなく、僕ですよ」

骸……相変わらずひねくれた物言いをする。
素直に、助けたって言えば良いのに。
ああ、ザンザス、今どんな顔してるんだ?
もう、目がよく見えない。
跳ね馬、跳ね馬……。
バカな奴だ。
なんで、オレなんかを見て、泣きそうになってるんだよ。

「そら、もう一度行くよ」

遠くで、肉を断つ音が聞こえた。
聞き慣れた低い声が、苦しそうに呻いている。
空気が擦れる音、唸るような炎の音。
霞む視界の奥に、黒い影が見えた。
イェーガーだ。
殺さねぇと、殺される。
ほとんど反射的に、手を前に付き出した。

―― ドガァッ

イェーガーの姿が、赤い炎の先に消える。
手が、熱い。
だが、イェーガーを不意打つことには、成功しただろう。
手袋に、水晶仕込んどいて良かった。

「おい、スクアーロ!!返事しろっ!!オイ!!」

跳ね馬の声が聞こえる。
まだイェーガーが倒れたかどうか、確認してもいないのに。
敵に隙見せてんじゃねーよ。
早く、戦いに戻れよ、バカ野郎。

「まだ、終わっ……て、ねー……だろ、が……」

しゃんと、しろ。
最後まで言えないまま、オレは気絶した。


 * * *


「ボス、隊長!!」

マーモンが倒れた二人に駆け寄る。
XANXUSは顔中に濃い痣を浮かべてイェーガーを睨み付けていた。
その右の腕は肩から先がない。
両の太股も、切り裂かれていて、立つことも儘ならないようだった。
だが腕の傷口は炎で焼くことで止血しているし、足も、出血こそ酷かったが、今すぐ死ぬような傷ではない。
レヴィがXANXUSを場外に連れ出したのを見たマーモンは、ディーノに抱えられて身動きひとつしないスクアーロに駆け寄った。

「……頼んだぞマーモン!!」
「わかってるよ!」

マーモンにスクアーロの体を預けたディーノは、すぐに戦線へと戻る。
今、まともに戦えるのはディーノと骸、そして一時的に呪解したヴェルデだけだ。
スクアーロの体を、幻術の触手で抱えあげて移動させながら、マーモンは必死で損傷した臓器の回復を試みていた。

「酷い……、右の肺が完全に潰れているし、肋骨がバキバキだよ……!!おまけに最後の水晶を破裂させた時の嵐の炎で腕が焼けちゃってる」
「スクアーロ死んじゃうのかよマーモン!!」
「……死なせない。幻術士の誇りにかけて、必ず命を繋いでみせるよ」

スクアーロを、マーモンの藍色の炎が覆う。
彼らが怪我人を手当している、その横で、ヴェルデの操縦するマシン、グリーンモスカが、イェーガーの攻撃に屈し、噴水の中に沈んでいた。
骸を助けたディーノも、肩から腰までを切られて倒れる。
遅れて駆け付けたヒバリと、骸の攻撃も効かず、隙を突かれたヒバリにイェーガーの腕が迫る。

「恭弥!!」

結果的に言えば、イェーガーの腕は、ヒバリに届くことはなかった。
その前に横から唐突に放たれた拳に吹き飛ばされて、タイルを削って転がる。

「くっ……、よくも!!イェーガー!!」

ようやく、沢田綱吉が到着した。
希望の光は、まだ潰えてはいない。
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