代理戦争編

オレはスクアーロを探して、スーパースイートルームに入った。
鍵が開いてるってことは、スクアーロはたぶん中にいるんだろう。
微かな物音が聞こえてくる。
幾つかの部屋に別れているスーパースイートで、じっと耳を澄ませて、スクアーロの居場所を探る。
音を頼りに目星をつけて、ドアを開けた。

「スクアー、ロ……え」
「……っ!!」

開けた途端、目の前にタオル1枚だけを持った裸のスクアーロがいて、オレは一時停止する。
スクアーロも、突然のことに一瞬固まった。
思わずオレは、こう、男としての本能というか、……ガン見してしまった。
残念ながら、スクアーロがすぐに動いて、オレの目を己の手で塞いだから、それは一瞬のことだったけれど。
ベチッと乾いた音がして、オレの視界は暗闇に覆われる。

「な、何してんだお前!!」
「スクアーロこそなんで脱いで……!!」
「ここはバスルームだぁ!!」
「えぇ!?」

それは確かに裸な訳だ!と、納得したオレだったが、すぐにこの状況を理解して顔を青くさせた。
今度はうっかり押し倒したどころの騒ぎじゃない。

「その……、見た、か?」
「へっ!?何を!?」
「な、何ってその!は、裸を……」
「みみ、み、み見てないっ!!」

咄嗟に嘘をついてしまって、自己嫌悪。
本当はガッツリ見ました……!
有り得ねーくらい肌が白くて……じゃなくて!謝らねぇと!!

「あ、いや!ゴメン!!本当はちょっと見た……!!」
「なっ!!」
「ご、ゴメン!!」
「うわっ、動くなぁ!!」
「ゴメン!!」

頭を下げようとしてしまって、スゴい力で止められる。
そ、そうだよな!
頭下げて手の覆い外れちまったら、また見えちゃうからな!!
つか、改めて思うと、すぐ側にスクアーロが、裸で、いるんだよ、な。
オレ今絶対顔赤い……!
この状況だけで、顔から火が出そうなくらい恥ずかしい……。
とにかく、早くどうにかしないと!!

「ど、どうすれば良い?」
「とりあえず、動くな」
「お、おすっ」
「目ぇ閉じて、絶対開くなよぉっ!」
「おう!!」

なんだか無駄に力の入った返事になってしまったけど、とにかく目を閉じてると、ゆっくり目の上の手が離れていった。
そのままじっとしてると、カチャッと音がして、少し籠った声が聞こえた。

「……目、開けて良いぞ」
「あ、おう」

パッと開けると、そこには誰もおらず、奥にある扉……たぶんバスルームの灯りがついていた。
たぶん、あの中にスクアーロがいる。
思った通り、そこからスクアーロの声が聞こえてきた。

「なんで、てめぇが来るんだよ」
「……スクアーロがイラついてたの、オレのせいかなー、と思って、よ」
「わかってんなら余計に来るなよ……!」
「う、うるさいな!!嫌われてんのかと思って、不安だったから聞こうと思ってきたんだよ。悪いかよ……!!」
「……っ」
「スクアーロこそ、なんで風呂なんて入ろうとしてんだよ……」
「頭冷えるかと思ったんだよ……。文句あんのかぁ?」
「ね、ねーけど!!せめて鍵掛けるとかしろよ!!」
「だ、誰か来るなんて思わなかったんだ!!なんで、よりによってお前なんだよ……!」

うあー、顔の熱がまだ冷めない。
スクアーロも、顔赤いんだろうか。
想像したら可愛く思えて、クスッと笑いが漏れてしまった。

「……何、笑ってやがる」
「スクアーロも、顔赤いのかなって思ったら、可笑しくなってきちまって……。ククッ!オレたち良い年した大人なのに、何やってんだろうなぁ」
「……本当だよなぁ」

一度笑いだすと、なんだか全部が可笑しくなってしまって、笑いが止まらない。
風呂場からも、忍び笑いが聞こえてきて、二人でしばらく笑っていた。
そうだよなぁ、オレたち成人してて、それなりに社会の汚いもの見てきてる大人なのに、まるで初恋かってくらいに、ぎこちなく近付いていって。
バカみてー、だけど、そのぎこちなさが、妙に心地良いんだよな。
新鮮なんだけど、スゴい、懐かしくて、オレのこの気持ちを、スクアーロも感じてくれてたら、嬉しいのになぁ。
ドアの向こうから聞こえていた忍び笑いはいつの間にか止んでいて、ちゃぷっと水音が聞こえた。

「……オレさ、初恋は幼稚園のセンセーだった」
「なんだよ、いきなり」
「良いから聞けって!髪の長い、優しいセンセーで、オレの名前呼んでくれる声が大好きだった。スクアーロと話してるとさ、その時みたいな、優しい気持ちになれる」
「……」
「あの時言ったこと、好きってこと、本当だからな」
「……」
「スクアーロの頑張ってる姿が好きだ。不器用で分かりづらい優しさが好きだ。様子が変だなって時は、オレが側にいてやりたいと思うし、オレに出来ることがあるなら、なんでもしてあげたい。スクアーロに触りたいし、触られたい。笑う顔が見たい、泣くときはオレの側で泣いてほしい、そんで楽しいことは二人で分け合って、悲しいことは二人で背負っていきたい」
「……なんで、……っ、恥ずかしげもなく、くそ……」
「?どうかしたか?」
「何でもねえよっ!」

ここ最近は、驚くことがたくさん起きた。
未来の記憶もそうだけど、リング争奪戦だって、ついこの間のことだったんだ。
スクアーロが女の子だってわかったのもこの間、……好きだって気付いたのはつい数日前。
あまりに物事が慌ただしく進んで行くから、オレはきっと焦ってたんだ。
あの時は感情のままに動いてしまったけれど、オレ達は、オレ達のペースで歩み寄っていくべきだった。
……スクアーロが歩み寄ってきてくれるかは、また別なんだけどもな。

「……オレは、やっぱりわかんねぇよ」

ポツンと落とされた言葉は、いつもよりもずっと頼りなくてか細い声で。
ちゃぷちゃぷと揺れる水の音より小さく聞こえた。

「初恋も、何もねぇんだよ。自分がスペルビ・スクアーロであることに精一杯だった。自分が女だって、わかってるからこそ、認めたくなくて、迷走だってたくさんして、結局今、オレは記憶の中にあった白蘭の言葉に、揺らがされてる」
「うん」
「恋愛なんて知らねぇよ。だから、いきなり、好きとか言われても、困る……」
「だよなぁ……」
「で、も……」
「でも?」
「お前と話すのが、嫌な訳じゃねぇ」
「え……!」
「未来のオレは、確かにお前を認めてたし、今のお前だって、……青臭いけど、……素直に気持ちを、伝えようとしてくれるとことか、嫌いじゃ、ねぇよ」
「……へへ、なんか照れるな」
「お前のことどう思ってるのかなんて、まだハッキリわかんねぇ。だから、もう少し、待ってくれねぇか?少しで済むか、わかんねぇけど……」

途切れ途切れに伝えられた、スクアーロなりの真剣な言葉に、オレは大きく頷いた。
答えはYES。
当たり前だぜ。

「好きな子のためならいつまでも待つぜ!!」
「……お前、そんな臭いこと言ってて、本当に恥ずかしくねぇのかぁ?」
「え?思ったこと言っただけだぜ?」
「……天然がぁ」

大きなため息。
スクアーロが頭抱えてる姿が容易に想像できて、またクスリと笑った。

「おら、もう出るからお前は外出てろよ。そろそろ他の奴らも戻ってくる頃だろぉ」
「おう、外で待ってんな」
「……帰らねぇのかよ」

バスルームから出て、ソファーに座ったオレは、エンツィオを懐から出して話し掛けた。

「エンツィオ、オレ、結構重症かも……。ぜってーダラシない顔してるよオレっ」

触った頬っぺたが、燃えるように熱かった。
7/32ページ
スキ