代理戦争編

――……尾道という男の説明によれば、この代理戦争に参加する者は、奴らから支給される時計をつけなければならないらしい。
アルコバレーノは小さな丸い腕時計、『アルコバレーノウォッチ』。
代理の中でリーダーとなる者は、『ボスウォッチ』という黒い時計。
他の代理は白い、バトラーウォッチ。
ルールは、ボスウォッチをつけたものが時計を壊されれば負け、という単純なもの。
ただし戦闘には制限時間つきで、時計はそれを知らせる機能がついているということだった。
そして今回、一番大事なことは、他のチームとの同盟が組めるという点。
だが自分以外の奴は全部ドカス、なザンザスが同盟なんぞ組むとは思えねぇな。

「ボス……、どうかな?同じボンゴレだし、最初だけでも同盟を……」
「るせぇ」
「!!」
「誰とも組まん!!かっ消す!!」

マーモンの提案は呆気なく却下され、予想通り、交渉は決裂した。

「……と、言うわけだぁ!敵チームはさっさと出てけ!!」
「しし、そうそう」
「早くしないとボスにかっ消されちゃうわよん♡」
「ひぃいっ!!」

沢田達が慌てて出ていって、やっと部屋が落ち着いた……。

「しかし、派手に壊したな」

壊れた天井のガラスが床に散らばっている。
天井から部屋を覗くのも非常識だが、壊して引きずり出すのも非常識だ。
弁償……しないとな。
目に見える大きな破片を片して、ここで飯を食うわけにもいかないのでホテルの従業員を呼んで、謝り倒したあと、レストランに案内してもらった。
ドレスコードがあるためスーツに着替えなければならなくなり、ザンザスの機嫌が悪化したことをここに記しておく……。


 * * *


「あら?スクちゃん、その亀どうしたの?」
「拾った」

本当は強奪したの方が正しい気がするが、スクアーロは気にすることなく、ご機嫌でスポンジスッポンのエンツィオを撫でている。
猫や犬も良いが亀も悪くない。
眠そうに目を細めるエンツィオを見ながら、スクアーロは頭の中でペットを飼って癒されよう計画を練っている。
そう、彼女には今、癒しが足りないのだ。
その後頭部には、ザンザスの投げた灰皿によってできたたんこぶがある。
料理が運ばれてくるのを待ちながら、エンツィオを撫でるスクアーロはご機嫌だった。
だが、世は常に移り変わるもの。
盛者必衰、山あれば谷あり、一寸先は闇。
レストランの入り口から入ってきた人々を見て、彼女の機嫌は急降下した。

「あらま、偶然ねえ!」
「!!」
「部屋が壊れたから私達もレストランで食べることにしたの!」
「うそおぉ!!」
「食ってる邪魔したらぶっ放してやるぞ」
「嫌な予感がするぜ……」

入ってきたのは跳ね馬ディーノに、彼が食事に誘った沢田綱吉とアルコバレーノリボーン。

「オレたちの席、ヴァリアーの隣だな」
「ええぇ!?」
「良い席だな」

リボーンが真っ先にヴァリアー達から一番遠い席に座る。
続いて沢田綱吉がその隣に。
そして彼らの向かい側に跳ね馬が座った。

「……」
「よっ、スクアーロ!さっきぶりだな!!」

跳ね馬が座ったのは、スクアーロの真後ろである。
立ち上がって帰りたくなる衝動を、きつく手を握ることで押さえ付けながら、跳ね馬の挨拶を黙殺する。
話したら最後、うっかり首を掻き切ってしまいそうだったのだ。
というか、さっきコーヒーぶっかけられたばかりの癖に、何を平気な顔して挨拶してきていやがる。

「あのさ、お前らの部屋にオレのペットの亀いなかったか?落としてきちまったみたいで……。って、それエンツィオじゃねーか!?」
「今頃気付いたのかへなちょこディーノ」
「う、うるさいなリボーン!!」

今頃気付いたのか!!
と、心の中は大荒れだが、顔はあくまで無表情で……いや、無表情を通り越して悟りの境地に達したのではないかと思うような無、である。

「スクアーロ拾ってくれてたのか。サンキューな!!」
「……」

無の表情、そして無言のままエンツィオを渡すスクアーロの頭の中には雑念を振り払うために数えている素数が入り乱れている。
素数だ……、落ち着いて素数を数えるんだオレ……。

「……なんで無言なんだ?」
「……――」
「……?」
「――13、17、19、23、29、31、37、41、43」
「こわっ!え!?なんで数字数えてんだ!?」

素数素数素数素数素数素数素数素数素数素数素数素数素数素数素数素数素数…………。
スクアーロの頭の中は割り切れない思い(素数)で一杯である。
しかも顔が無表情のために、尋常ではない恐ろしさを醸し出している。
ザンザスやリボーンを除く全員にもその空気は伝わり、その場を何とも言えない緊張感が包み込んだ。
関係のない周りの者達も不憫だが、最も不憫なのはそこに踏み込まねばならないウェイターである。

「ヒッ……!お、お待たせひま、しました!ぜ、ぜぜ前菜のっ、かにゃっ、カナッペでござっ、ございますぅっ!!」
「……ありがとうねん」

かろうじてルッスーリアが返事を返したが、皿をテーブルにおいたウェイターは転がるように逃げていってしまった。
そりゃあ、本業の暗殺者が無表情で殺気をばらまいていれば、大の大人だって尻尾を巻いて逃げ出すことだろう。
そして尚も無言を貫き続けるスクアーロに、いい加減頭に来たのか、ついにザンザスが動いた。

「うぜぇ」
「……えぇ!?」

ザンザスの一言に、やっとスクアーロの表情が動いた。
しかも驚いて出した声が『ゔお゙ぉい』でもなんでもなく普通に驚いた声である。
そして普通に傷付いたという顔をしてザンザスを凝視したスクアーロは、そのまま首根っこを掴まれてレストランの外に摘まみ出された。

「ゔお゙ぉい!!マジかぁぁ!?」
「帰って頭冷やせ」
「え゙ぇええっ!?」
「おい、肉」
「ヒッ!!め、メインディッシュを今すぐ持って参ります!!」
「ザンザスぅぅう!!」

ペイっと捨てられてドアを閉められたスクアーロが、ドンドンとドアを叩いているが、ザンザスはスッキリした顔で椅子に座った。
なんというか、惨めだな。
内心そんなことを思いながらも、ツナはXANXUS達を刺激しないよう、出来る限り小さな声で尋ねた。

「え、えーと、いつもあんな感じなの、かな……?」
「やぁねぇ。いつもはスクちゃんだって大人しいのよ?でも今日はちょっとピリピリしてたみたいねぇ……」
「……ツナ、オレちょっと様子見てくるな」
「え?なんでディーノさんが?」
「いや、うん、まあな……」

スクアーロが様子がおかしいことに心当たりのあったディーノは、断りを入れてから、コッソリと彼女の後を追った。
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