継承式編

リボーンに無理矢理酒を流し込まれたスクアーロは、噎せて咳をしながら、ダンッと机にコップを叩き付ける。

「うわっ!?何やってんだよリボーン!!大丈夫スクアーロ!?」
「一気飲みしちゃったのな!?」

ツナと山本がその背を擦りながら声を掛ける。
奈々は口の端から溢れたビールを拭うため、ティッシュを取りに行ってしまった。

「リボーン!!」
「だってだって、酔わせた方が色々と聞きやすいと思ったんだもんっ!!」
「何可愛い子ぶってんだよ!!スクアーロ、本当にごめんなさい!!」
「…………」
「……スクアーロ?」

咳が止まったのに、俯いて何も言わないスクアーロを覗き込んだツナは驚いた。

「うわっ!顔真っ赤!?」
「けほっ」

元々が白いせいで、その赤さが余計に際立って見える。

「酒一杯で酔うのか。無茶苦茶弱いんだな」

黙ったままのスクアーロに向かって、いけしゃあしゃあと言ったリボーンは、ピョンっと飛んでスクアーロの膝の上に乗る。

「スクアーロ、お前今までガットネロ……アクーラとしてどんな仕事してきたんだ?」
「いきなり聞くの!?」

単刀直入、ズバリと聞いたリボーンだったが、すぐにスクアーロの様子がおかしいことに気付く。
ぼうっとリボーンの顔を見詰めるばかりで、なんの反応も示さない。
仕方なくぺちぺちと頬を叩いて見ると、叩いた手がガッと掴まれた。

「……!」
「……」

掴んだまま、無言で見つめ続けるスクアーロに、リボーンも居心地悪そうにしている。
だが自制が効いてないのか、結構な力で手を握られていて、振りほどくことができない。

「スクアーロ君、大丈夫?お洋服に溢したりとか……あら?」

ここでティッシュを片手に戻ってきた奈々が、スクアーロの顔を覗き込み、驚きを顔に表した。

「顔が真っ赤じゃない!!もしかしてお酒、苦手だった?」
「…………奈々、さん?」
「ん?」

スクアーロの顔を上に向かせた奈々に、ようやく黙りこくっていたスクアーロが反応した。
パッとリボーンを掴んでいた手を離す。
一堂がそれに安心した直後だった。

「奈々ー…………」
「あらっ!?」

奈々の腹に手を回して、スクアーロが抱き付いた。
驚いた奈々がオロオロする。
実際はスクアーロは女性であり、抱きついても特に問題はないのだが、周りには男として認知されている上に見た目も男と言われた方が納得できる容姿だ。
ビキッと空気が凍り付く音がする。
困惑した奈々はとりあえず、離れそうにないスクアーロの頭を撫でてみた。

「どうしたのかしら?」
「ん……、ご飯、美味しかった、ぞ」
「ふふ、嬉しいわ!」
「……温かい」

頭を撫でる奈々の手に擦り寄り、気持ち良さそうにしているスクアーロに、奈々はこの行動が正解だったのだと思い安心した。
が、安心したのは奈々だけである。
まず最初に我に返ったのはリボーンだった。

「……とりあえず証拠写真撮って家光に送るか」
「何言ってんのー!?そんな場合じゃないだろ!!」
「す、スクアーロ?どうしちゃったのな?」
「かんっぺきに酔っ払ってねーか?」

おチビたちは、ママンが取られたと思ったのか、口々に離れろと叫び出す。
ビアンキだけは、優雅に食後の緑茶を啜っている。
もしもスクアーロが本当に男だったなら、こうはいかなかっただろうが、女と知っているため、ママンに抱きついても特に問題とは思わなかったらしい。

「と、とりあえず引き離そう!!そうしよう……!!」
「スクアーロー。ツナのお袋さん迷惑しちゃうのなー。離れようぜー?」
「やだ……」
「駄々っ子みたいねぇ……」

グリグリと奈々のお腹に頭を押し付けるスクアーロに、離れる気はないらしい。

「スクアーロ君、どうかしたの?」
「…………」
「スクアーロ君?」

奈々が呼び掛けるが、また動かなくなる。
ツナの知る限り、シャマルや父親なんかは、酔っ払うと煩くなるものだが、スクアーロは真逆らしい。
どっちにしろ、迷惑であることに変わりはないが、今回スクアーロに酒を飲ませてしまったのはリボーンだし、無下にするわけにもいかない。

「スクアーロ……とりあえず離さない?このままだと母さん動けないよ」
「ん゙……」

返事はしたものの、彼女は動く様子はない。
困り果てるツナを見て、忠犬獄寺が動いた。

「おい鮫ヤロー!!10代目がお困りだぞ!さっさとお母様から離れろっ!!」
「……!!」

無理矢理手を引き剥がそうと掴む。
それに抵抗するように手の力を強めたせいで、獄寺の作戦は失敗に終わった。

「くそっ!どういうつもりだこのヤロー……!!」
「梃子でも離れなさそうだな」
「どうしよう……」
「ヴァリアーに連絡してみるか?」
「あ、それいいかも!!」
「ヴァリアー……って、スクアーロ君の会社のお名前かしら?」
「あ!?」

全員焦っているのかもしれない。
うっかり奈々の前でヴァリアーの名前を出してしまった。
あまり奈々は気にしていないようだが、さすがに奈々の目の前でマフィアと話すのはまずいかもしれない。
悩む一行だったが、幸運なことにヴァリアーの名前はスクアーロの耳にも入っていた。

「……ヴァリアー?」
「!そうそうヴァリアー!!みんなと話したくねーか?」
「話したいなら2階に来るといいぞ」

これ幸いと、ヴァリアーを餌にスクアーロの興味を引く。
しばらく迷う素振りをしていたが、やがて渋々と、奈々から手を離して立ち上がった。

「よしっ!スクアーロ、2階でちょっと休もう!!」
「……ヴァリアーは?」
「すぐに電話するから、ね!?」
「オレが支えるから、歩いていくぜ!!」

山本がふらつくスクアーロの肩を支え、なんとか2階への誘導に成功した。

「よ、よかったー!!」
「酔っ払いすぎて何も聞けねーな」
「まだ聞く気だったのかよ!?」

リボーンの言う通り、何かを聞き出すことは難しそうだ。
今度は自分を支えていた山本にしがみついている。

「ちょっ、スクアーロっ……!!苦し、の、な……!!」
「んー……」

今度は相手が男だからか、それとも力のリミッターが外れてしまったのか、容赦なく山本の腹を締め付けている。
慌てて全員で力を緩めにかかったが、結局山本から離れることはなかった。

「スクアーロ……酔うとこんなんになっちゃうんだなー」
「なんか意外だよね……。オレ、スクアーロはお酒とか強そうなイメージあったんだけど」

寝ているわけではないのだが、無言のまま反応のないスクアーロを二人して、覗き込む。
パチリと目が合った。

「……オレ、」
「うん?」
「オレ、……なんだ?」
「へ?」

山元の腹に顔を押し付けながらボソボソと話し始める。

「オレ、男なのか、女なのか、わかんねぇ……」
「え、そりゃあ…………どっちだ?」
「生物学的には間違いなく女だよな」
「精神的には……男、なのかな?」
「どっちでもいいだろーが鮫ヤロー。お前がオレの敵であることに変わりはねえ!!」
「獄寺君歪みねー!!」

獄寺はどっちでもいいと言うが、山本は真剣に考え込む。
確かに、自分の師匠が男だろうと女だろうと、山本にとってはスクアーロが師匠であることに変わりはなかったが、本人としては大問題なんだろう。
そこは、弟子としてちょっとでも良いから助けになりたいと思っているのだ。

「スクアーロは、どっちが良いのな?」
「…………わかんねぇ」
「わかんねぇのかー。どっちがいいんだろうなツナ?」
「オレ!?えーと……、好きなときに好きな方になればいいんじゃないかなぁ」
「都合が良いな。だがダメツナにしては良いこと言ったんじゃねーのか?」

確かに、都合良く男女が入れ替わったなら、某水を被ると性別変わっちゃう主人公の格闘ラブコメよろしく、楽しそうだが、本人は気に入らなかったらしい。
うんうん呻きながら、更に強くしがみつく。
山本が息苦しそうだ。

「オレは……何なんだろ、な」
「根が真面目な上に人に相談するような性格じゃなさそうだからな。ストレス溜まってそうだよな」
「大変なんだなー、スクアーロも」
「けっ!」
「やっぱり、無理にお酒飲ませちゃダメだったよね……」

この状況をヴァリアーに知られたらどうなるんだろう、と顔を青くしたツナだった。
なんだかんだで、スクアーロのことが大好きっぽいヴァリアーたち。
……サクッと殺されるかもしれない。
身震いをしたツナを横目に、リボーンは携帯電話を弄っている。

「……?何してんだリボーン?」
「ヴァリアーに連絡してるんだぞ」
「……はあ!?」

つい今殺されるかも、と思っていた相手に、まさか自分から電話をかけるなんて正気じゃない!!
慌てて止めようと掴みかかったツナだったが、難なく躱され、ヴァリアーに繋がってしまった電話を投げつけられた。
とんだ鬼である。

『もしも~し、どちら様かしらん?』
「ひっ!!あああ、ああの!間違い電話でしたごめんなさいぃ!!」
『ヴァリアーに間違い電話はかかってこないわよ~!!その声は沢田綱吉ね♡』
「バレてるー!!」

なんだか変な圧力を感じて、電話を切ることもできなくなってしまったツナは、渋々とどういう経緯で電話をかけることになったのか、しどろもどろに説明する。

『じゃあスクちゃん酔っ払っちゃったの?』
「ご、ごめんなさい……!!」
『あなたが謝る必要はないわよ!スクちゃんはしばらくすると寝ちゃうと思うけど、泊めてあげてもらえるかしらん?』
「あ、もちろんです!!」
『よかったわー♪……ただし、うちの子に変なことしたら、ヴァリアーの全勢力使って殺しに行くわよ~ん♡』
「ひぃぃいい!!」

ガチャンと切れた電話からは、もう誰の声も聞こえない。
ツナの顔色は蒼白である。
当のスクアーロは、何も知らずに不機嫌そうに呻いていた。

「なあ、ツナ」
「ひいぃ……って山本、どうしたの?」
「オレ、そろそろ吐きそう……」
「え、ウソ!?わー!待った待った!!」

スクアーロに締められ続けている山本も、そろそろ限界である。
グズグズと鼻をならしながらしがみつくスクアーロはまだまだ寝そうにないし。
どうしようと慌て出した一同の前に、天からの助けが舞い降りた。

「ツナー!スクアーロ君大丈夫ー?」
「か、母さん!!山本がぁー!!」
「あらまあ!!」

おっとりと驚きながら、現れた奈々は、スクアーロの手を解かせる。
素直に手を離したスクアーロは、また奈々に抱きついた。
相当気に入ったらしい。

「んー……」
「と、父さん以上に厄介……」
「困ったわねぇ」
「仕方ねぇな。ママン、そいつ一応女だし、頼んでもいいか?」
「女の子だったの?」

奈々に抱きついたまま、頭を撫でられてご機嫌のスクアーロは、今度こそ梃子でも離れなさそうだ。
まあ、奈々もご機嫌そうだし、問題はない、……のだろうか。

「スクアーロちゃーん、私の部屋で寝ましょうかー?」
「ん゙……」
「着替えましょうねー」
「ん゙……」

同じことしか答えなくなったスクアーロは、そろそろ眠りそうなのかもしれない。
奈々はスクアーロを引きずりながら階下に降りていく。

「さすが10代目のお母様……。パワフルですね……」
「うん、今、凄く頼もしく見えるよ」
「と、とりあえず、助かったのなー……」

スクアーロを奈々にたくし、ほっと一息つき、しばらく話した後、獄寺と山本は家に帰るために玄関を出た。

「スクアーロ、大丈夫かな?」
「んー、母さんがついてるから大丈夫だと思うけど」
「あんな奴、気にする必要ねーだろ」
「でも気になるよな。何で男女あべこべになっちまったんだろうな」
「気になるけど、……本人喋りたがらなそう」
「安心しろ、明日には何もかもが明らかになるからな」

スッと出したのは奈々に抱きつくスクアーロの写真である。

「お前脅す気か!?」
「取引だぞ」

明日行われるだろう、リボーンいわく、取引を考え、3人全員が心の中でスクアーロに向けて合掌した。
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