継承式編

頬を押さえて、肩を震わせている子供がいる。

(ああ……、オレだ。小さい頃の、オレだ……)

真っ赤に腫れた頬っぺたが、見ていて痛々しい。
声を抑えて、肩を震わせて、蹲って……泣いているのだろうか。
白い髪が、真っ赤な頬っぺたに張り付いている。
幽鬼のような、得体の知れない儚さを背負った小さいオレは、今にも消えていなくなってしまいそうだった。

(また、殴られたんだ……)
「ごめ……なさっ、い……。ごめん、なさい……。お父さん……ごめ……」

ボソボソと謝る声が聞こえてくる。
父は、狂ってた。
オレはあの人の思うがままに、兄であるスペルビ・スクアーロを演じて、でも、失敗する度に、無視されるか、殴られるかしてた。

「捨てないで……父さん……。良い子にする……から、ちゃんと、……スペルビ・スクアーロで、いるから……」
(そういや、昔……言われたっけ。お前なんて要らないって……)

誓うように、唱えるようにブツブツと呟き続ける子供に、少しずつ近寄る。

「捨てないで……、オレ、ヤダよ……。要らない、なんて……イヤだ……」

未来の記憶が落ちてきてから、思ってたんだ。
白蘭の言ってたこと。
君は誰?名無しの誰かさん。
君は、スペルビ・スクアーロじゃない。
未来のオレは、それでも自分はスペルビ・スクアーロだって答えたけれど、今のオレに、そんなことが言えるのか。
オレは誰だ。
オレは、オレは……

「オレは、生きてて、良いの?」
「……っ」
「本当のスペルビ・スクアーロの居場所奪って、のうのうと生きてて、良いと思っているの?」
「……」

小さなオレが、振り向いて問う。
紅葉のような小さな手が、オレの服を掴む。

「ザンザスが1度でも側に居てくれって言った?なあ、お前は、必要なのか?」

目の前に立っているのは、子供ではなくなっていた。
オレ……いや、オレとおんなじような顔だが、背が高くて、声が低くて。
あれは……本物の、スペルビ・スクアーロ?

「お前は、必要ねーよ」

耳元で囁かれて、オレはその体をおもいっきり突き飛ばした……。

「うわたっ!?」
「やめろっ……ぁぐっ!!」

フワリと体が持ち上がるような感覚、肩に走った激痛。
気付けばオレは白いベッドの上で、上半身だけ起こしていた。

「うっ……ここは?」

白い壁、白い天井、白い床、白い棚。
白ばかりの部屋は、多分病室だ。
確かオレは、シモンの奴らと戦って……それで?
何かたくさん怒鳴っていたような気もするが……、その後気絶して運ばれたのか。
左肩には白い包帯が巻かれている。
肩だけじゃなく、色んな場所に治療の跡があった。
包帯とガーゼまみれだ。
その包帯とガーゼの下に、じっとりと汗をかいているのがわかる。
さっきの夢のせいだろうか。
不快だ……。
そう言えば夢から覚めたときに、誰かの声が聞こえたような気が……。

「おーいて!ったく、いきなり突き飛ばすなよな……」
「跳ね馬……?」
「よっ!やっと起きたな、スクアーロ」

ベッドの横を見ると、そこに跳ね馬が座り込んでいた。
……なんで跳ね馬?

「さっき話し合いがあってな。ツナ達が、シモンの聖地に行くことになった。そんでスクアーロの治療終わったって聞いたし、見舞いがてら、目が覚めたら報告とかできたら良いなーって思って」
「だが、リングは……」
「ボンゴレリングはな、彫金師のタルボのじーさんのお陰でバージョンアップして、これまでより更に強くなったんだ!あれなら、シモンの奴らも倒せるかも知れねぇ」
「そう、か……。シモン討伐には、10代目ファミリーだけで、行くのか」
「……よくわかったな」
「……」

沢田は甘いから……、きっとまだ、シモンの奴らを止める気でいるんだろうな。
本当なら、ボンゴレの全戦力送り込みてぇが、ろくなリングもねーのに行ったって、きっと奴らの足引っ張るだけで役には立てねーだろうしな……。

「明日、ツナたちは乗り込む」
「……」
「お前が調べたんだってな、シモンの聖地が記されたI世の手紙」
「……1度、見に行った」
「え、そうなのか!?」
「その時は、島も何もなかったが、恐らく精巧な幻術で隠されてたんだろうな……」
「それ、9代目には?」
「全部報告した。任務だから、報告する、義務があるだろ」
「あ、そうだよな……。……オレ、未来の記憶でお前がガットネロとか呼ばれてんのは知ってたけど、ガットネロがなんだか知らなかったんだよな……」
「……」
「えーと、さ。ボンゴレの下で、ずっと働いてたのか?」
「……そうだな」
「……あ、のさ。スクアーロ、大丈夫か?」
「……ん」
「……大丈夫じゃねーだろ」

はあーっとでけーため息をついて、跳ね馬がベッドの端に座る。
ツンツンと毛布を引っ張られて、仕方なく跳ね馬の方を振り返る。
大丈夫だと言ってるのに、ウザったい。

「なあ、スクアーロ。お前さっきスゲー魘されてたぞ。なんか嫌な夢でも見たのか?」
「見てねえよ」
「嘘つけ!ったく……、本当お前って無理ばっかすんだな……」
「してねぇ」
「してるっつの!お前さ、背負い込みすぎてるんじゃねーか?ヴァリアーの奴らだって心配してたんだぞ?もっとこう……、周りを頼るとかしなさい!」
「オレの保護者かテメーは……!!良いからお前出てけ!明日討伐に出るのならそれまでに敵の能力をできるだけ分析しなけりゃなんねぇ」

跳ね馬が座ってる方とは反対から降りる。
左肩は少し痛むが、戦うわけでもないし、どうってこたぁねーだろ。

「ってお前、さっきまで寝込んでた奴が仕事する気かっ!?」
「当たり前だぁ。奴ら全員とまともに戦ったのはオレとベルにマーモンだけで……あ、マーモンはどうしたぁ!?」
「マーモンは奴らがボートに乗ったとこまではついてけたけど、そこで見つかって逃げ帰ってきたよ!!戦力分析すんならベルフェゴールとマーモンだけで大丈夫だから!お前は無理して行く必要ねーから大人しく寝てろ!!」
「……!」

後ろから腕を捕まれる。
一応怪我してる左腕は触られなかったが、代わりに腹に手を回される。
ぎしりとベッドがなった。

「離せっ!!」
「だーからっ!!無理に動いて傷が開いたらどうすんだよ!!大人しくしろっ!!」
「イヤだ……!オレは……、必要なくなんか……!!」
「は……?」

ふっと、さっきの夢が過った。
体の芯がすぅっと冷えていくような気がして、体が強張る。
行かなきゃならない。
行かなきゃ、ならない。
痛みを我慢して、ぐっと体に力を入れた。
……この時のオレは2つ忘れていた。
1つはこの部屋にはオレと跳ね馬の二人しかいないということ。
もう1つは、跳ね馬が部下の前でないと実力が発揮できずに、へなちょこに戻ってしまうということを。

「へっ!?」
「なっ!!」

フワッと体が浮く。
力が抜けたんだか、ベッドのシーツが滑ったんだかわかんねーが、跳ね馬がオレの腕を掴んだままスッテンと転んで背中にのし掛かってきた。
そしてオレたちは、オレが力を入れた方向に、つまり白いリノリウムの床に向けて、真っ逆さまに……。

「あぶなっ!?」
「うぉ"っ……!!」

咄嗟に、手をつこうとしたが痛みで逆に手を引っ込めてしまう。
右手は捕まれてるし、受け身をとることも出来ずに、床が迫ってくる。
目をつぶった瞬間に、腹に回された手に力が入ったのがわかった。
そして、予想していたよりも、ずっと軽い衝撃が来る。

「……い、たく、ない?」
「……いってー!」

跳ね馬の声が間近で聞こえる。
奴は痛いと言ってるが、何故かオレは痛くない。
ゆっくりと目を開けると、黒いスーツの生地。
後頭部にのところに手、腹のところに圧迫感があるから、たぶんまだ、腹に手は回されたままなんだと思う。
あとは、首筋に暖かいものが……生暖かい吐息がかかるのを感じて、ゾクリと背中が粟立った。

「っ……!!」
「ってー……。大丈夫かスクアーロ?
わりー!なんかシーツが滑って転んじまったみたいでさ!!」

ま、まままままさか!
跳ね馬に、庇われて床にぶつからずにすんだ!?
しかも抱きしめられてる!?
跳ね馬なんかに?跳ね馬なんかに!?
イヤだ!こんな屈辱的な体勢はスゴいやだ!!

「くっ……!!」
「うわっ!ちょっ、暴れるなよ!!」
「離せ!!」
「良いから大人しくしてろ!!じゃねーと傷が……、」

必死に暴れて脱け出そうとしていたとき、ふいにガチャリとドアの開く音が聞こえた。

「あ、スクアーロ起きてる……?さっきのことで話が……ん?」
「え、ツナ?」
「なにっ!?」

首を捻ってドア付近を見ると、沢田達守護者一行とヴァリアーの仲間達が入ってくる姿勢のまま固まっていた。
時が止まり、空気が凍りついたようだったと、後に沢田綱吉は語った。
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