入学式
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
自販機の白い光が、アスファルトの一角だけを妙に明るく照らしている。そのすぐ脇で、カイジくんがスマホをいじっていた。片足に体重を預けた、どこか所在なさげな立ち方。ひらひらと手を振ると、気づいたのかイヤホンを外す。
「カイジくん、お待たせ~」
「おお」
短い返事。そして視線は、私の後ろ―しげるの方へ一瞬だけ泳いだ。
「オレらめし食ったから、カイジさん食べるの買った方がいいかも」
しげるが、いつもの温度で言う。
「大丈夫、廃棄もらった」
カイジくんは背負っているリュックを、わざとらしく揺すった。中でコンビニ袋が、しゃり、と鳴る。
「ほら」
ほんの少しだけ得意げな顔。思わず、頬が緩んだ。昼間は鋭く見えた目も、夜の光の下ではどこかやわらいでいる。
「じゃ、行きますか」
私がそう言うと、三人並んで歩き出した。等間隔の足音が、静かな住宅街に溶けていく。夜の住宅街は、昼間よりずっと静かだ。遠くで犬が一度だけ吠え、すぐに静寂が戻る。街灯の下を通るたび、三人分の影が細長く伸び、重なり、またほどける。
しげるは前だけを見て、一定の歩幅で歩いている。迷いのない背中。カイジくんは、ほんの少しだけ後ろ気味に位置を取っていた。追いつきすぎず、離れすぎず、その曖昧な距離を守るみたいに。
なんか……部活帰りみたい。
そんな場違いなことを思いながら、私は振り返る。
「ねえねえ、これから映画見るんだけど、なにがいい?」
「映画?」
カイジくんは、少しだけ考えるそぶりをした。街灯の光が、その横顔をかすめる。
「……なんでもいい。結構いろんな映画見てるんだぜ、オレ」
少しだけ得意げな声音。私はそれをあえて拾わず、宣言する。
「なら、候補を出します」
指を二本、夜空に向けて立てる。
「……呪念か、リングゥ!」
「なんでホラー!!」
思ったより大きな声が夜道に響き、すぐに闇へ吸い込まれていく。
「え、だめ?」
「だめとかじゃなくて、なんでその二択なんだよ!」
「前回はノーマル・アクティビティ見たの。だから今回は和製ホラー!」
「お前らホラー好きなんだな……」
カイジくんは本気で嫌そうな顔をしている。さっきまでの得意げな空気は消え失せ、眉間にしわが寄っていた。
その横で、しげるが押し殺した笑い声を漏らす。
「カイジさんは怖いの好きじゃない?」
しげるは愉しそうに、ほんの少しだけ目を細める。
「それとも怖いの、苦手?」
「に、苦手とかじゃねえし!」
明らかに動揺している。――ちょっと、いや、かなり面白いかも。
夜風が三人のあいだをすり抜ける。さっきまでわずかにあった距離まで、まとめてさらっていくみたいだった。
*
家の前に着いたとき、カイジくんが素っ頓狂な声をあげた。
「家ってここ?」
静かな住宅街に、やけに響く。
「そうだけど、どうしたの?」
私は靴先を止めて振り返ると、カイジくんは少し気まずそうに頭をかいた。
「あ、いや……オレの家、隣なんだ」
指さされた先を見る。
二階建ての単身用アパート。外壁は少し色あせ、階段の手すりにはところどころ錆が浮いている。昔からそこにあるのに、意識したことはほとんどなかった建物。
――へえ。
胸の奥が、わずかに跳ねる。
「カイジさん一人暮らしなの?」
隣で、しげるが珍しく目を丸くした。
カイジくんは一拍置いてから、こくりと頷く。
「カイジくん家行ってみたい!」
思ったまま、口からこぼれた。
「オレも気になる」
しげるまで、さらりと乗る。
「だ、ダメだ! ダメダメ!」
カイジくんが一歩後ずさる。その反応がいちいち大きくて、可笑しい。
「いいじゃないの~」
「ネタが古いんだよ」
間髪入れずに、しげるが突っ込む。
「さすがしげる!」
「よくわかんないけど。……今日はダメ! すげえ散らかってんだ」
耳の先が、ほんのり赤い。
――ほんとに散らかってるんだろうな。
洗い物を溜め込んだ流し台とか、脱ぎっぱなしの服とか、コンビニの袋とか。勝手に想像してしまい、頬が緩む。
「ええー」
わざと口を尖らせてみせる。
「そんな口とがらせてもダメなもんはダメ!」
きっぱりとした拒絶。その必死さが、逆に愛嬌に変わっていることに、本人だけが気づいていない。
「まあいいじゃん、次の機会にしよう」
しげるがくすりと笑い、私の背中を軽く押した。促されるまま、自分の家の玄関へ向かう。
「仕方ないか」
そう言いながらも、隣のアパートが妙に近く感じられた。ほんの壁一枚向こうに、彼の日常がある。今まではただの景色だったその建物が、急に意味を持ちはじめる。
玄関の灯りをつけると、背後に二人の気配が並んだ。鍵を差し込み、回す。カチリ、と小さな音がして、日常の内側へ戻る扉が開く。
「どうぞー」
しげるはもう慣れた足取りで、さっさと上がり込んでくる。靴を揃えることすらせず、まっすぐリビングへ向かうその背中。その後ろで、ほんの少しだけ遠慮がちな足音が止まった。振り向くと、カイジくんが玄関のたたきで一瞬立ち尽くしている。
「……お邪魔します」
小さめの声。
――なんか、ちょっと新鮮かも。
当たり前のように出入りする幼なじみとは違う、ほんのわずかな緊張。それが、家の空気を少しだけよそゆきに変える。
リビングの電気をつけると、暗がりだった部屋にぱっと暖かな光が広がった。続けてテレビの電源を入れる。黒い画面が、静かに目を覚ます。
「しげる、お菓子の準備お願い」
「人使いが荒いな」
「いいから」
キッチンを指さして催促すると、しげるは肩をすくめながらも素直に動く。その視線の端で、カイジくんはリュックを下ろし、中からコンビニ弁当を取り出した。
「温めていいか」
「こっち」
キッチンのほうから、しげるが声をかける。
「この電子レンジ使って」
「おう。……。 なんかお前ん家みたいだな」
「まあ昔から出入りしてるからね」
電子レンジが回り始め、低い駆動音が部屋に溶けていく。
私はリモコンを操作し、いつものサブスク画面を開いた。ずらりと並ぶサムネイル。暗い色調のポスターが、こちらを見返してくる。
さて、どちらにするか。候補は決まっている。
呪念
リングゥ
どちらも昔に一度見たきりで、細かな筋は曖昧だ。ただ、じわじわと忍び寄る怖さだけが記憶に残っている。
「ホラー好きなの?」
温め終えた弁当を持ち、カイジくんがやってくる。私は少し横にずれて場所を空ける。その隙間に、彼は静かに腰を下ろした。さっきより距離が近い。
「んー……まあまあ、かな。昔は本気で怖かったんだけど、しげるに見せられすぎて慣れたの」
「鬼畜だな、あいつ」
「そうでしょ」
味方が増えた気がして、内心頬が緩む。
「何言ってんの。今だって悲鳴上げながら見てるじゃない」
おぼんを持って、しげるが戻ってくる。紙皿に盛られた色とりどりのお菓子、三つのコップ、抱えられたジュース。
「ホラーはそうやって楽しむものなの!」
そう言い張った瞬間、脇に抱えていたジュースが滑り落ちた。
「イテ!」
鈍い音とともに、カイジくんの足に直撃したらしい。
「悪い」
「お前、絶対わざとだろ!」
しげるはククッと喉で笑い、「まさか」としれっと言い放つ。そしてそのまま、強引に割って入る重み。気づけば、しげるが私とカイジくんの間にねじ込まれていた。
「しげる、狭い~」
「お前、もう少し考えて座れよ」
思わず抗議の声が出る。
「で?」
当人はどこ吹く風で、コップを一つずつ手渡しながら言う。
「結局、どっち見るの」
私は座りなおしながら答える。
「カイジくんが選んで」
そう言った瞬間、しげるの視線も同時にカイジくんへ向く。
「いや……オレもどっちでもいいんだけど」
「ならテキトーに選んでよ」
私もしげるに合わせて、うんうんと頷く。
ほんの一瞬の逡巡。
「……なら、呪念」
小さく決意したみたいな声。
「オッケー」
私はお気に入り欄に入れておいた『呪念』の再生ボタンを押した。画面が暗転し、三人分の視線が自然とテレビへ吸い寄せられる。部屋の灯りが、少しだけ眩しく感じる。
外は静かだ。ソファの上で、肩と肩がかすかに触れる。怖い映画が始まる前の、わずかな緊張が私たちに流れている気がした。
不穏な音楽。薄暗い画面。映画が始まってまだ数分しか経っていないのに、もう嫌な気配しかしない。湿った廊下。妙に長い静止画。“何か出る”とわかっているのに、いつ来るかわからない。そのじわじわした怖さが、一番心臓に悪い。
「……なあ」
しげるの隣から、カイジくんがぼそっと呟く。
「今からでも普通の映画にしねえ?」
「えー! 再生しちゃったんだから最後まで見ようよ」
「そうだぜ、カイジさん。もう止まれない」
私としげるの意見は合致している。
「なんでお前ら平気なんだよ……」
いや、正直平気ではない。普通に怖い。画面の奥から、何かがじわじわ近づいてくるような気配。私は無意識にクッションを抱きしめていた。
――びくっ。突然鳴り響いた効果音に、肩が跳ねる。
「っだァ!!」
ほとんど同時に、隣でもカイジくんが声を上げた。がた、とソファが揺れる。心臓に悪い。私は半ば反射的に、しげるの体へ身を寄せた。Tシャツ越しに伝わる体温が、妙に安心する。
「クク……」
すぐ頭上から、低い笑い声。しげるの肩が、小さく揺れている。
「いや笑うなよ!!」
カイジくんが即座に抗議した。そこで私は、しげるが笑った理由を理解する。カイジくんもまた、顔を手で覆いながら、私と同じようにしげるへぴったりくっついていたのだ。――完全に避難場所扱いである。
「だってカイジさん」
しげるは、いかにも愉快そうに目を細める。
「さっきまで余裕ぶってたのに」
「余裕なんかぶってねえだろ……」
「『結構いろんな映画見てるんだぜ、オレ』」
完全にカイジくんのモノマネだった。
「うるせえ!!」
怖いのに、ちょっと面白い。その感情がごちゃ混ぜになって、変な笑いが込み上げる。けれど映画は、そんな空気を待ってくれない。古い家。暗い廊下。長すぎる沈黙。そして、女の髪。嫌な演出が来るたび、私とカイジくんは揃って肩を震わせた。そのたびに。しげるの服を掴む力だけが、どんどん強くなっていく。
「……あんたら」
しげるが呆れたように言う。
「いい加減暑いんだけど。離れてよ」
「無理!」
「無理だ!」
今度は、私とカイジくんの声が重なった。しげるが喉の奥で笑う。
「クク……息ぴったり」
「うるせえ……」
カイジくんが顔を覆ったまま呻いた。私はというと、もう怖いのか楽しいのか、自分でもよくわからなくなっていた。ただ。真ん中で笑っているしげるだけが、妙に余裕で。その体温だけが、この部屋の中で唯一“安全”みたいに思えた。
「カイジくん、お待たせ~」
「おお」
短い返事。そして視線は、私の後ろ―しげるの方へ一瞬だけ泳いだ。
「オレらめし食ったから、カイジさん食べるの買った方がいいかも」
しげるが、いつもの温度で言う。
「大丈夫、廃棄もらった」
カイジくんは背負っているリュックを、わざとらしく揺すった。中でコンビニ袋が、しゃり、と鳴る。
「ほら」
ほんの少しだけ得意げな顔。思わず、頬が緩んだ。昼間は鋭く見えた目も、夜の光の下ではどこかやわらいでいる。
「じゃ、行きますか」
私がそう言うと、三人並んで歩き出した。等間隔の足音が、静かな住宅街に溶けていく。夜の住宅街は、昼間よりずっと静かだ。遠くで犬が一度だけ吠え、すぐに静寂が戻る。街灯の下を通るたび、三人分の影が細長く伸び、重なり、またほどける。
しげるは前だけを見て、一定の歩幅で歩いている。迷いのない背中。カイジくんは、ほんの少しだけ後ろ気味に位置を取っていた。追いつきすぎず、離れすぎず、その曖昧な距離を守るみたいに。
なんか……部活帰りみたい。
そんな場違いなことを思いながら、私は振り返る。
「ねえねえ、これから映画見るんだけど、なにがいい?」
「映画?」
カイジくんは、少しだけ考えるそぶりをした。街灯の光が、その横顔をかすめる。
「……なんでもいい。結構いろんな映画見てるんだぜ、オレ」
少しだけ得意げな声音。私はそれをあえて拾わず、宣言する。
「なら、候補を出します」
指を二本、夜空に向けて立てる。
「……呪念か、リングゥ!」
「なんでホラー!!」
思ったより大きな声が夜道に響き、すぐに闇へ吸い込まれていく。
「え、だめ?」
「だめとかじゃなくて、なんでその二択なんだよ!」
「前回はノーマル・アクティビティ見たの。だから今回は和製ホラー!」
「お前らホラー好きなんだな……」
カイジくんは本気で嫌そうな顔をしている。さっきまでの得意げな空気は消え失せ、眉間にしわが寄っていた。
その横で、しげるが押し殺した笑い声を漏らす。
「カイジさんは怖いの好きじゃない?」
しげるは愉しそうに、ほんの少しだけ目を細める。
「それとも怖いの、苦手?」
「に、苦手とかじゃねえし!」
明らかに動揺している。――ちょっと、いや、かなり面白いかも。
夜風が三人のあいだをすり抜ける。さっきまでわずかにあった距離まで、まとめてさらっていくみたいだった。
*
家の前に着いたとき、カイジくんが素っ頓狂な声をあげた。
「家ってここ?」
静かな住宅街に、やけに響く。
「そうだけど、どうしたの?」
私は靴先を止めて振り返ると、カイジくんは少し気まずそうに頭をかいた。
「あ、いや……オレの家、隣なんだ」
指さされた先を見る。
二階建ての単身用アパート。外壁は少し色あせ、階段の手すりにはところどころ錆が浮いている。昔からそこにあるのに、意識したことはほとんどなかった建物。
――へえ。
胸の奥が、わずかに跳ねる。
「カイジさん一人暮らしなの?」
隣で、しげるが珍しく目を丸くした。
カイジくんは一拍置いてから、こくりと頷く。
「カイジくん家行ってみたい!」
思ったまま、口からこぼれた。
「オレも気になる」
しげるまで、さらりと乗る。
「だ、ダメだ! ダメダメ!」
カイジくんが一歩後ずさる。その反応がいちいち大きくて、可笑しい。
「いいじゃないの~」
「ネタが古いんだよ」
間髪入れずに、しげるが突っ込む。
「さすがしげる!」
「よくわかんないけど。……今日はダメ! すげえ散らかってんだ」
耳の先が、ほんのり赤い。
――ほんとに散らかってるんだろうな。
洗い物を溜め込んだ流し台とか、脱ぎっぱなしの服とか、コンビニの袋とか。勝手に想像してしまい、頬が緩む。
「ええー」
わざと口を尖らせてみせる。
「そんな口とがらせてもダメなもんはダメ!」
きっぱりとした拒絶。その必死さが、逆に愛嬌に変わっていることに、本人だけが気づいていない。
「まあいいじゃん、次の機会にしよう」
しげるがくすりと笑い、私の背中を軽く押した。促されるまま、自分の家の玄関へ向かう。
「仕方ないか」
そう言いながらも、隣のアパートが妙に近く感じられた。ほんの壁一枚向こうに、彼の日常がある。今まではただの景色だったその建物が、急に意味を持ちはじめる。
玄関の灯りをつけると、背後に二人の気配が並んだ。鍵を差し込み、回す。カチリ、と小さな音がして、日常の内側へ戻る扉が開く。
「どうぞー」
しげるはもう慣れた足取りで、さっさと上がり込んでくる。靴を揃えることすらせず、まっすぐリビングへ向かうその背中。その後ろで、ほんの少しだけ遠慮がちな足音が止まった。振り向くと、カイジくんが玄関のたたきで一瞬立ち尽くしている。
「……お邪魔します」
小さめの声。
――なんか、ちょっと新鮮かも。
当たり前のように出入りする幼なじみとは違う、ほんのわずかな緊張。それが、家の空気を少しだけよそゆきに変える。
リビングの電気をつけると、暗がりだった部屋にぱっと暖かな光が広がった。続けてテレビの電源を入れる。黒い画面が、静かに目を覚ます。
「しげる、お菓子の準備お願い」
「人使いが荒いな」
「いいから」
キッチンを指さして催促すると、しげるは肩をすくめながらも素直に動く。その視線の端で、カイジくんはリュックを下ろし、中からコンビニ弁当を取り出した。
「温めていいか」
「こっち」
キッチンのほうから、しげるが声をかける。
「この電子レンジ使って」
「おう。……。 なんかお前ん家みたいだな」
「まあ昔から出入りしてるからね」
電子レンジが回り始め、低い駆動音が部屋に溶けていく。
私はリモコンを操作し、いつものサブスク画面を開いた。ずらりと並ぶサムネイル。暗い色調のポスターが、こちらを見返してくる。
さて、どちらにするか。候補は決まっている。
呪念
リングゥ
どちらも昔に一度見たきりで、細かな筋は曖昧だ。ただ、じわじわと忍び寄る怖さだけが記憶に残っている。
「ホラー好きなの?」
温め終えた弁当を持ち、カイジくんがやってくる。私は少し横にずれて場所を空ける。その隙間に、彼は静かに腰を下ろした。さっきより距離が近い。
「んー……まあまあ、かな。昔は本気で怖かったんだけど、しげるに見せられすぎて慣れたの」
「鬼畜だな、あいつ」
「そうでしょ」
味方が増えた気がして、内心頬が緩む。
「何言ってんの。今だって悲鳴上げながら見てるじゃない」
おぼんを持って、しげるが戻ってくる。紙皿に盛られた色とりどりのお菓子、三つのコップ、抱えられたジュース。
「ホラーはそうやって楽しむものなの!」
そう言い張った瞬間、脇に抱えていたジュースが滑り落ちた。
「イテ!」
鈍い音とともに、カイジくんの足に直撃したらしい。
「悪い」
「お前、絶対わざとだろ!」
しげるはククッと喉で笑い、「まさか」としれっと言い放つ。そしてそのまま、強引に割って入る重み。気づけば、しげるが私とカイジくんの間にねじ込まれていた。
「しげる、狭い~」
「お前、もう少し考えて座れよ」
思わず抗議の声が出る。
「で?」
当人はどこ吹く風で、コップを一つずつ手渡しながら言う。
「結局、どっち見るの」
私は座りなおしながら答える。
「カイジくんが選んで」
そう言った瞬間、しげるの視線も同時にカイジくんへ向く。
「いや……オレもどっちでもいいんだけど」
「ならテキトーに選んでよ」
私もしげるに合わせて、うんうんと頷く。
ほんの一瞬の逡巡。
「……なら、呪念」
小さく決意したみたいな声。
「オッケー」
私はお気に入り欄に入れておいた『呪念』の再生ボタンを押した。画面が暗転し、三人分の視線が自然とテレビへ吸い寄せられる。部屋の灯りが、少しだけ眩しく感じる。
外は静かだ。ソファの上で、肩と肩がかすかに触れる。怖い映画が始まる前の、わずかな緊張が私たちに流れている気がした。
不穏な音楽。薄暗い画面。映画が始まってまだ数分しか経っていないのに、もう嫌な気配しかしない。湿った廊下。妙に長い静止画。“何か出る”とわかっているのに、いつ来るかわからない。そのじわじわした怖さが、一番心臓に悪い。
「……なあ」
しげるの隣から、カイジくんがぼそっと呟く。
「今からでも普通の映画にしねえ?」
「えー! 再生しちゃったんだから最後まで見ようよ」
「そうだぜ、カイジさん。もう止まれない」
私としげるの意見は合致している。
「なんでお前ら平気なんだよ……」
いや、正直平気ではない。普通に怖い。画面の奥から、何かがじわじわ近づいてくるような気配。私は無意識にクッションを抱きしめていた。
――びくっ。突然鳴り響いた効果音に、肩が跳ねる。
「っだァ!!」
ほとんど同時に、隣でもカイジくんが声を上げた。がた、とソファが揺れる。心臓に悪い。私は半ば反射的に、しげるの体へ身を寄せた。Tシャツ越しに伝わる体温が、妙に安心する。
「クク……」
すぐ頭上から、低い笑い声。しげるの肩が、小さく揺れている。
「いや笑うなよ!!」
カイジくんが即座に抗議した。そこで私は、しげるが笑った理由を理解する。カイジくんもまた、顔を手で覆いながら、私と同じようにしげるへぴったりくっついていたのだ。――完全に避難場所扱いである。
「だってカイジさん」
しげるは、いかにも愉快そうに目を細める。
「さっきまで余裕ぶってたのに」
「余裕なんかぶってねえだろ……」
「『結構いろんな映画見てるんだぜ、オレ』」
完全にカイジくんのモノマネだった。
「うるせえ!!」
怖いのに、ちょっと面白い。その感情がごちゃ混ぜになって、変な笑いが込み上げる。けれど映画は、そんな空気を待ってくれない。古い家。暗い廊下。長すぎる沈黙。そして、女の髪。嫌な演出が来るたび、私とカイジくんは揃って肩を震わせた。そのたびに。しげるの服を掴む力だけが、どんどん強くなっていく。
「……あんたら」
しげるが呆れたように言う。
「いい加減暑いんだけど。離れてよ」
「無理!」
「無理だ!」
今度は、私とカイジくんの声が重なった。しげるが喉の奥で笑う。
「クク……息ぴったり」
「うるせえ……」
カイジくんが顔を覆ったまま呻いた。私はというと、もう怖いのか楽しいのか、自分でもよくわからなくなっていた。ただ。真ん中で笑っているしげるだけが、妙に余裕で。その体温だけが、この部屋の中で唯一“安全”みたいに思えた。
4/4ページ
