入学式
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結局、家に戻ってからは、いつもの調子だった。
玄関のドアが閉まるや否や、しげるは靴を脱ぎ捨てるようにしてリビングへ直行する。勝手知ったる様子でソファに身体を沈め、そのまま我が物顔でくつろぎはじめた。
私はキッチンに回り、グラスに氷を落とすと、からん、と澄んだ音がした。買ってきたジュースを注ぐ。
両手にグラスを持ち、しげるに差し出す。
「サンキュ」
しげるはすぐさま体を起こしグラスを手に取る。私はしげるが家に来た時恒例のものを用意した。
「しげるさん、オセロしますよ」
「いいよ」
気のない返事。けれどその目の奥が、わずかに光ったのを私は知っている。
幼いころから何度も挑んできた勝負だ。一度も勝てたことはない。それでも、せめて一勝という小さな目標を掲げて、私は何度も盤面に向かってきた。
窓の外はまだかすかに明るく、部屋の中だけが時間から切り離されたように静かだった。ぱち、ぱち、と石を置く音が続く。白と黒がせめぎ合い、盤面は徐々に狭まっていく。そして――当然のように、負けた。角はすべて奪われ、気づけば盤面はほとんど黒に染まっている。
「……また負けた」
「考えが丸わかりなんだよ」
腹立たしいほどの答え。
「手加減とかないわけ?」
「してほしいの?」
しげるは盤面から目も上げない。さらさらと石を回収する指先には、ためらいがなかった。
その後は、漫画を読んだり、スマホをいじったり、とりとめのない話をだらだらと続けたり。笑い声と沈黙が交互に訪れて、気づけば時計の針は十九時を回っていた。
「お腹すいた」
「行く?」
それだけで話は決まる。しげると私はいつものファミレスへと向かうのだった。
持ってきたドリンクバーのグラスに、氷がからんと鳴る。向かいの席で、しげるはメニューを一度閉じると、もう興味を失ったみたいに窓の外を眺めていた。
「決まったの?」
「いつものステーキ。ご飯大盛りで」
私はタブレットを操作しながら、リブステーキのページを開く。細身のくせに、驚くほどよく食べる人だ。
「フライドポテトも頼んでいい?」
「うん」
他愛ない話をして、スマホをいじって、また少し沈黙が落ちる。その沈黙さえも気まずくはなくて、夜はゆるやかに深まっていった。
*
食後、そのまま近くの夜でもやけに明るい、あのごちゃついた店へと流れ込む。蛍光灯の強い光。ぎゅうぎゅうに詰め込まれた商品棚。足を踏み入れた瞬間、現実がほんの少しだけ歪むような感覚がある。
「ちょっと化粧品見ていい?」
「ああ」
案の定、しげるは早々に壁際へ避難した。だるそうにスマホを眺めながら、壁にもたれかかっている。いくつか手に取って、迷って、棚に戻す。その流れでアクセサリーコーナーに目が留まった。小さなピアスが、ライトを受けてきらきらと光っている。
「ねえ、しげる」
「ん?」
「これと、これ、どっちがいい?」
少し大ぶりの淡いピンクの花のピアスと、しずく型の青いピアス。それぞれ耳元に当てて見せる。面倒そうに近づいてきたしげるは、一瞥しただけで、ほとんど迷わず一つを指さした。
「こっち」
それだけ言って、もう視線は外れている。彼が選んだのは、しずく型の青いピアス。
「やっぱり~。さすがしげる、わかってる~」
肩をすくめるだけで、何も言わない。だるそうにしているくせに、なんだかんだで答えてくれる。優しいんだよな、この人。そんなことを、ほんの少しだけ思った。
*
店を出るころには、夜はすっかり深くなっていた。スマホで時間を確認する。
二十時五十分。
「そろそろ行く?」
「うん」
短い返事。二人並んで、夜道を歩く。向かう先は、あのコンビニ。カイジくんのバイトが終わる時間まで、あと少し。夜風が、昼よりわずかに冷たかった。
玄関のドアが閉まるや否や、しげるは靴を脱ぎ捨てるようにしてリビングへ直行する。勝手知ったる様子でソファに身体を沈め、そのまま我が物顔でくつろぎはじめた。
私はキッチンに回り、グラスに氷を落とすと、からん、と澄んだ音がした。買ってきたジュースを注ぐ。
両手にグラスを持ち、しげるに差し出す。
「サンキュ」
しげるはすぐさま体を起こしグラスを手に取る。私はしげるが家に来た時恒例のものを用意した。
「しげるさん、オセロしますよ」
「いいよ」
気のない返事。けれどその目の奥が、わずかに光ったのを私は知っている。
幼いころから何度も挑んできた勝負だ。一度も勝てたことはない。それでも、せめて一勝という小さな目標を掲げて、私は何度も盤面に向かってきた。
窓の外はまだかすかに明るく、部屋の中だけが時間から切り離されたように静かだった。ぱち、ぱち、と石を置く音が続く。白と黒がせめぎ合い、盤面は徐々に狭まっていく。そして――当然のように、負けた。角はすべて奪われ、気づけば盤面はほとんど黒に染まっている。
「……また負けた」
「考えが丸わかりなんだよ」
腹立たしいほどの答え。
「手加減とかないわけ?」
「してほしいの?」
しげるは盤面から目も上げない。さらさらと石を回収する指先には、ためらいがなかった。
その後は、漫画を読んだり、スマホをいじったり、とりとめのない話をだらだらと続けたり。笑い声と沈黙が交互に訪れて、気づけば時計の針は十九時を回っていた。
「お腹すいた」
「行く?」
それだけで話は決まる。しげると私はいつものファミレスへと向かうのだった。
持ってきたドリンクバーのグラスに、氷がからんと鳴る。向かいの席で、しげるはメニューを一度閉じると、もう興味を失ったみたいに窓の外を眺めていた。
「決まったの?」
「いつものステーキ。ご飯大盛りで」
私はタブレットを操作しながら、リブステーキのページを開く。細身のくせに、驚くほどよく食べる人だ。
「フライドポテトも頼んでいい?」
「うん」
他愛ない話をして、スマホをいじって、また少し沈黙が落ちる。その沈黙さえも気まずくはなくて、夜はゆるやかに深まっていった。
*
食後、そのまま近くの夜でもやけに明るい、あのごちゃついた店へと流れ込む。蛍光灯の強い光。ぎゅうぎゅうに詰め込まれた商品棚。足を踏み入れた瞬間、現実がほんの少しだけ歪むような感覚がある。
「ちょっと化粧品見ていい?」
「ああ」
案の定、しげるは早々に壁際へ避難した。だるそうにスマホを眺めながら、壁にもたれかかっている。いくつか手に取って、迷って、棚に戻す。その流れでアクセサリーコーナーに目が留まった。小さなピアスが、ライトを受けてきらきらと光っている。
「ねえ、しげる」
「ん?」
「これと、これ、どっちがいい?」
少し大ぶりの淡いピンクの花のピアスと、しずく型の青いピアス。それぞれ耳元に当てて見せる。面倒そうに近づいてきたしげるは、一瞥しただけで、ほとんど迷わず一つを指さした。
「こっち」
それだけ言って、もう視線は外れている。彼が選んだのは、しずく型の青いピアス。
「やっぱり~。さすがしげる、わかってる~」
肩をすくめるだけで、何も言わない。だるそうにしているくせに、なんだかんだで答えてくれる。優しいんだよな、この人。そんなことを、ほんの少しだけ思った。
*
店を出るころには、夜はすっかり深くなっていた。スマホで時間を確認する。
二十時五十分。
「そろそろ行く?」
「うん」
短い返事。二人並んで、夜道を歩く。向かう先は、あのコンビニ。カイジくんのバイトが終わる時間まで、あと少し。夜風が、昼よりわずかに冷たかった。
