入学式
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どうやら、しげるはカイジくんのことを相当に気に入ってしまったらしい。
ことあるごとに声をかけては、わざと核心を突くような質問を投げ、あからさまに困らせる。その様子を眺めていると、まるで新しい玩具を見つけた子どものようで、少し呆れ、少しだけ羨ましくもなる。しげるとカイジくんが一緒にいる時間が増えれば、当然のように私もその輪の中に組み込まれていった。三人でいるのが、いつのまにか当たり前になる。
そして私はというと。気づけば、コンビニに立ち寄る回数が目に見えて増えていた。用事がなくても、喉が渇いていなくても、足は自然とあの自動ドアの前に向かう。今日もまた、カイジくんの働くコンビニへ。
「らっしゃい」
相変わらず気のない声。それでも、私にはもう冷たくは聞こえない。
「来ちゃった」
「早く帰れよ」
「お客さんなのにー」
いつものやり取り。言葉は刺々しいのに、どこか決まりきった安心感がある。
私は軽口を返しながらスマホに目を落とした。
今日は親が仕事で外泊する日だ。昔、一人で夜を過ごすのがどうしても怖くて、しげるに泊まりに来てもらったことがある。その名残で、いまでも時折こうして家に来ることになっている。
集合場所は、このコンビニ。
お菓子とジュースを買い込んで、映画の視聴会をする予定だ。画面の向こうの物語よりも、きっと私たちのくだらないおしゃべりのほうが賑やかになる。
ちょうどそのとき、しげるから『もうすぐ着く』とメッセージが届いた。
私はしゃがんで棚にポテトチップスを補充しているカイジくんに声をかける。
「ねえ、今日暇?」
「見てわかるだろ。バイトだよ」
面倒くさそうに言いながらも、手は止まらない。棚に並べられる袋が、几帳面に揃えられていく。
「夜通し?」
「……二十一時まで」
わずかな間のあと、低い声が落ちる。
「なら、今日うち来ない?」
「なっ、は……え?」
その一言で、彼ははっきりとこちらを振り向いた。
いつもは伏せがちな目が、真っ直ぐ私を射抜く。驚きと戸惑いが、そのまま瞳に浮かんでいた。
「今日、親いなくって」
「だ、ダメだろ!……それは」
みるみるうちに耳まで赤くなっていく。握っていたポテチの袋が、ぐしゃり、と情けない音を立てた。 その音が妙におかしくて、私は首を傾げる。
「何がダメなの?」
背後から、聞き慣れた声が落ちてきた。振り返ると、しげるが立っている。
「しげる、遅い」
「いや、早いでしょ。で、なんの話?」
「カイジくんがね、バイト二十一時までだって言うから、家来ないか誘ったの」
一瞬だけ、しげるの目が細くなる。温度のない光が、すっと差し込む。
「……カイジさん、誘ったの?」
「うん。だって、しげるってカイジくんのこと気に入ってんじゃん」
「それとこれとは別」
即答だった。
しげるはカイジくんが握りつぶしたポテチをひょいと奪い取ると、カゴを手に追加でスナック菓子を無造作に放り込んでいく。円筒のじゃがいものお菓子、止まらないエビのお菓子などなど。遠慮という言葉を知らない手つき。
「飲み物、何にする?」
「スプライト!」
言ったそばから、私は冷蔵ケースへ小走りになる。
ずらりと並んだペットボトル。蛍光灯の光を反射して、透明な炭酸がきらきらと揺れている。映画のお供は、やっぱり炭酸だ。喉を刺すあの刺激が、夜更かしの特別感を連れてくる。
「ねえねえ、しげる。ポップコーンも買う?」
「いいんじゃない」
素っ気ない返事を背中で受け流しながら、私は棚から棚へと視線を泳がせる。さっきまでのやり取りは、もう頭の端に追いやられていた。カゴの中身がどんどん賑やかになる。色とりどりの袋が重なり合い、これから始まる夜を先取りしているみたいだ。満足して振り返ると、しげるが顎でレジを示した。
「カイジさん、会計してもらえる?」
「あ、ああ」
カイジくんは、どこかぎこちないまま商品を受け取る。ピッ、ピッ、とバーコードを読み取る音だけが、規則正しく店内に響く。その横顔は真剣で、けれどほんの少しだけ硬い。
――あれ。
いつもなら、ここでしげるがカイジくんをからかう何か言うはずなのに。妙に静かだ。不思議に思って顔を覗き込んだ瞬間、ぐしゃり、と頭をかき回された。
「ちょっと! なにすんの」
しげるは鼻で笑い、視線だけを会計表示へ落とす。
「金、払いな」
――こいつ!。
文句を飲み込み、私は財布から五千円札を一枚差し出した。レジを通して触れたカイジくんの指先が、ほんの一瞬だけ震えた気がしたのは、気のせいだろうか。会計が終わると、レジ袋をしげるがひょいと掴む。
「じゃ、カイジさん。また学校で」
「バイト頑張ってね」
踵を返しかけた、そのとき。
「あのさ」
私たちは同時に振り向いた。
「どうしたの?」
カイジくんは、何かを飲み込むように喉を鳴らし、覚悟を決めた顔で声を張る。
「オレも……行く! いいだろ、赤木」
一拍の間。店内の空気が、わずかに張りつめる。
「……好きにすれば」
あっさりとした返事。けれどその声音の奥に、何かが沈んでいる気がして、私は胸の奥がざわざわした。ふと先ほどの会話を思い浮かべるとあることに気が付く。私の家に行くのにしげるに許可を取ったのだ。
「あの……私の家なんですけど……」
二人の顔を交互に見比べても二人の表情からは読み取れない。完全無視されている。
小さな抗議は、二人の空気に霧散する。しげるはもう歩き出していた。その背中を追うように、私は小走りで駆け寄る。自動ドアが開き、夕暮れの風が頬を撫でた。いつもはただの帰り道が、今は少しだけ違って見える。幼馴染と過ごすはずだった夜に、もう一人が加わる。そのことが、なぜだか胸の奥を静かにざわつかせていた。
ことあるごとに声をかけては、わざと核心を突くような質問を投げ、あからさまに困らせる。その様子を眺めていると、まるで新しい玩具を見つけた子どものようで、少し呆れ、少しだけ羨ましくもなる。しげるとカイジくんが一緒にいる時間が増えれば、当然のように私もその輪の中に組み込まれていった。三人でいるのが、いつのまにか当たり前になる。
そして私はというと。気づけば、コンビニに立ち寄る回数が目に見えて増えていた。用事がなくても、喉が渇いていなくても、足は自然とあの自動ドアの前に向かう。今日もまた、カイジくんの働くコンビニへ。
「らっしゃい」
相変わらず気のない声。それでも、私にはもう冷たくは聞こえない。
「来ちゃった」
「早く帰れよ」
「お客さんなのにー」
いつものやり取り。言葉は刺々しいのに、どこか決まりきった安心感がある。
私は軽口を返しながらスマホに目を落とした。
今日は親が仕事で外泊する日だ。昔、一人で夜を過ごすのがどうしても怖くて、しげるに泊まりに来てもらったことがある。その名残で、いまでも時折こうして家に来ることになっている。
集合場所は、このコンビニ。
お菓子とジュースを買い込んで、映画の視聴会をする予定だ。画面の向こうの物語よりも、きっと私たちのくだらないおしゃべりのほうが賑やかになる。
ちょうどそのとき、しげるから『もうすぐ着く』とメッセージが届いた。
私はしゃがんで棚にポテトチップスを補充しているカイジくんに声をかける。
「ねえ、今日暇?」
「見てわかるだろ。バイトだよ」
面倒くさそうに言いながらも、手は止まらない。棚に並べられる袋が、几帳面に揃えられていく。
「夜通し?」
「……二十一時まで」
わずかな間のあと、低い声が落ちる。
「なら、今日うち来ない?」
「なっ、は……え?」
その一言で、彼ははっきりとこちらを振り向いた。
いつもは伏せがちな目が、真っ直ぐ私を射抜く。驚きと戸惑いが、そのまま瞳に浮かんでいた。
「今日、親いなくって」
「だ、ダメだろ!……それは」
みるみるうちに耳まで赤くなっていく。握っていたポテチの袋が、ぐしゃり、と情けない音を立てた。 その音が妙におかしくて、私は首を傾げる。
「何がダメなの?」
背後から、聞き慣れた声が落ちてきた。振り返ると、しげるが立っている。
「しげる、遅い」
「いや、早いでしょ。で、なんの話?」
「カイジくんがね、バイト二十一時までだって言うから、家来ないか誘ったの」
一瞬だけ、しげるの目が細くなる。温度のない光が、すっと差し込む。
「……カイジさん、誘ったの?」
「うん。だって、しげるってカイジくんのこと気に入ってんじゃん」
「それとこれとは別」
即答だった。
しげるはカイジくんが握りつぶしたポテチをひょいと奪い取ると、カゴを手に追加でスナック菓子を無造作に放り込んでいく。円筒のじゃがいものお菓子、止まらないエビのお菓子などなど。遠慮という言葉を知らない手つき。
「飲み物、何にする?」
「スプライト!」
言ったそばから、私は冷蔵ケースへ小走りになる。
ずらりと並んだペットボトル。蛍光灯の光を反射して、透明な炭酸がきらきらと揺れている。映画のお供は、やっぱり炭酸だ。喉を刺すあの刺激が、夜更かしの特別感を連れてくる。
「ねえねえ、しげる。ポップコーンも買う?」
「いいんじゃない」
素っ気ない返事を背中で受け流しながら、私は棚から棚へと視線を泳がせる。さっきまでのやり取りは、もう頭の端に追いやられていた。カゴの中身がどんどん賑やかになる。色とりどりの袋が重なり合い、これから始まる夜を先取りしているみたいだ。満足して振り返ると、しげるが顎でレジを示した。
「カイジさん、会計してもらえる?」
「あ、ああ」
カイジくんは、どこかぎこちないまま商品を受け取る。ピッ、ピッ、とバーコードを読み取る音だけが、規則正しく店内に響く。その横顔は真剣で、けれどほんの少しだけ硬い。
――あれ。
いつもなら、ここでしげるがカイジくんをからかう何か言うはずなのに。妙に静かだ。不思議に思って顔を覗き込んだ瞬間、ぐしゃり、と頭をかき回された。
「ちょっと! なにすんの」
しげるは鼻で笑い、視線だけを会計表示へ落とす。
「金、払いな」
――こいつ!。
文句を飲み込み、私は財布から五千円札を一枚差し出した。レジを通して触れたカイジくんの指先が、ほんの一瞬だけ震えた気がしたのは、気のせいだろうか。会計が終わると、レジ袋をしげるがひょいと掴む。
「じゃ、カイジさん。また学校で」
「バイト頑張ってね」
踵を返しかけた、そのとき。
「あのさ」
私たちは同時に振り向いた。
「どうしたの?」
カイジくんは、何かを飲み込むように喉を鳴らし、覚悟を決めた顔で声を張る。
「オレも……行く! いいだろ、赤木」
一拍の間。店内の空気が、わずかに張りつめる。
「……好きにすれば」
あっさりとした返事。けれどその声音の奥に、何かが沈んでいる気がして、私は胸の奥がざわざわした。ふと先ほどの会話を思い浮かべるとあることに気が付く。私の家に行くのにしげるに許可を取ったのだ。
「あの……私の家なんですけど……」
二人の顔を交互に見比べても二人の表情からは読み取れない。完全無視されている。
小さな抗議は、二人の空気に霧散する。しげるはもう歩き出していた。その背中を追うように、私は小走りで駆け寄る。自動ドアが開き、夕暮れの風が頬を撫でた。いつもはただの帰り道が、今は少しだけ違って見える。幼馴染と過ごすはずだった夜に、もう一人が加わる。そのことが、なぜだか胸の奥を静かにざわつかせていた。
