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この公園は、健太が小さい頃から夏になるたび遊んでいる場所だった。父親に連れてきてもらったこともあるし、祖父と一緒に蝉を追いかけたこともある。
目をつぶったって歩ける。そう思えるくらい、ここは健太にとって見慣れた場所だった。
――だからこそ。健太は足を止めた。いつもと変わらないはずの公園のベンチに、見知らぬ少年が寝転がっていたからだ。
大きめの白いシャツに黒い学生ズボン。汚れたスニーカー。体つきは中学生くらいの兄ちゃんだった。だが一番目に入るのは白い髪。
暑い日差しを受け、その白い髪がキラキラと輝いて健太の目の奥を刺激した。
最初は昼寝でもしているのかと思った。だが通り過ぎかけて、もう一度振り返る。
どうも様子がおかしかった。この炎天下だというのに、木陰ではなく陽の当たるベンチに天を仰ぐように寝転がっているからだ。
蝉の大合唱、陽炎が揺れている。それなのに兄ちゃんは身じろぎひとつしなかった。まるで暑さなど感じていないようだった。夏の風景の中に、そこだけ別の時間が流れている気がした。
健太はおそるおそる近づいて寝ている顔を覗き込んでみる。
白髪の兄ちゃんは顔色が悪い。 唇は乾ききり、瞑っている目の下には濃い影が落ちている。 まるで死人のような――。そんなことを思って首を振る。健太は勇気を振り絞り声をかけた。
「ねえ、兄ちゃん……大丈夫?」
その声に、少年の睫毛がわずかに揺れた。ゆっくりと瞼が開く。薄茶色の瞳が健太を映した。けれど焦点はどこか曖昧で、まだ夢の続きを見ているようだった。兄ちゃんは口を開く。
「……水、くれ」
掠れた声だった。健太は慌てて肩から水筒を外した。蓋を開けると、冷えた麦茶の匂いがふわりと立った。蓋に注ぐと、琥珀色の液体が陽射しを受けて小さく光る。
差し出された蓋を受け取った。そして一息に飲み干した。喉が鳴り、ごく、ごく、と音がする。飲み終えると、ようやく息を吐いた。
「さんきゅ」
そう言って返された蓋は、少しだけ冷たかった。健太が受け取ると、兄ちゃんは右手で前髪をかき上げる。額に張り付いていた白髪が持ち上がり、細かな汗がぱっと陽の中に散った。まるでガラスの粉みたいに、一瞬だけきらきらと光った。
兄ちゃんはしばらく空を眺めていた。蝉の声は相変わらずだった。遠くで草刈り機の音もしている。真夏の午後は、何もかもが暑さに溶けていた。
「兄ちゃん」
健太が声をかける。
「ん?」
「今って暇?」
兄ちゃんは少し考えるような顔をした。それから肩をすくめる。
「ああ」
「じゃあさ、山行こうよ」
「山?」
「クワガタ取れる秘密の場所を教えてあげる!」
兄ちゃんはまた空を見上げた。興味があるのかないのか分からない顔だった。
「ふうん」
とだけ言って立ち上がる。健太は少し嬉しくなった。
祖母の家の近所には同じ年頃の友達もいるが、今日はみんな習い事だの家の手伝いだので捕まらなかったのだ。知らない兄ちゃんでも、一人よりはいい。
「こっちこっち」
健太は先に立って歩き出す。兄ちゃんは後ろからついてきた。
目をつぶったって歩ける。そう思えるくらい、ここは健太にとって見慣れた場所だった。
――だからこそ。健太は足を止めた。いつもと変わらないはずの公園のベンチに、見知らぬ少年が寝転がっていたからだ。
大きめの白いシャツに黒い学生ズボン。汚れたスニーカー。体つきは中学生くらいの兄ちゃんだった。だが一番目に入るのは白い髪。
暑い日差しを受け、その白い髪がキラキラと輝いて健太の目の奥を刺激した。
最初は昼寝でもしているのかと思った。だが通り過ぎかけて、もう一度振り返る。
どうも様子がおかしかった。この炎天下だというのに、木陰ではなく陽の当たるベンチに天を仰ぐように寝転がっているからだ。
蝉の大合唱、陽炎が揺れている。それなのに兄ちゃんは身じろぎひとつしなかった。まるで暑さなど感じていないようだった。夏の風景の中に、そこだけ別の時間が流れている気がした。
健太はおそるおそる近づいて寝ている顔を覗き込んでみる。
白髪の兄ちゃんは顔色が悪い。 唇は乾ききり、瞑っている目の下には濃い影が落ちている。 まるで死人のような――。そんなことを思って首を振る。健太は勇気を振り絞り声をかけた。
「ねえ、兄ちゃん……大丈夫?」
その声に、少年の睫毛がわずかに揺れた。ゆっくりと瞼が開く。薄茶色の瞳が健太を映した。けれど焦点はどこか曖昧で、まだ夢の続きを見ているようだった。兄ちゃんは口を開く。
「……水、くれ」
掠れた声だった。健太は慌てて肩から水筒を外した。蓋を開けると、冷えた麦茶の匂いがふわりと立った。蓋に注ぐと、琥珀色の液体が陽射しを受けて小さく光る。
差し出された蓋を受け取った。そして一息に飲み干した。喉が鳴り、ごく、ごく、と音がする。飲み終えると、ようやく息を吐いた。
「さんきゅ」
そう言って返された蓋は、少しだけ冷たかった。健太が受け取ると、兄ちゃんは右手で前髪をかき上げる。額に張り付いていた白髪が持ち上がり、細かな汗がぱっと陽の中に散った。まるでガラスの粉みたいに、一瞬だけきらきらと光った。
兄ちゃんはしばらく空を眺めていた。蝉の声は相変わらずだった。遠くで草刈り機の音もしている。真夏の午後は、何もかもが暑さに溶けていた。
「兄ちゃん」
健太が声をかける。
「ん?」
「今って暇?」
兄ちゃんは少し考えるような顔をした。それから肩をすくめる。
「ああ」
「じゃあさ、山行こうよ」
「山?」
「クワガタ取れる秘密の場所を教えてあげる!」
兄ちゃんはまた空を見上げた。興味があるのかないのか分からない顔だった。
「ふうん」
とだけ言って立ち上がる。健太は少し嬉しくなった。
祖母の家の近所には同じ年頃の友達もいるが、今日はみんな習い事だの家の手伝いだので捕まらなかったのだ。知らない兄ちゃんでも、一人よりはいい。
「こっちこっち」
健太は先に立って歩き出す。兄ちゃんは後ろからついてきた。
