クリスマスイブ
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「そういえば、そっちの黒いケースはどうしたの?」
甘いショートケーキを一口頬張りながら、うららはふと思い出したように問いかけた。しげるはケーキを頬張りながら、ちらりとその黒いケースに視線を向ける。
「ああ、市川さんから俺へのクリスマスプレゼント」
「あら、何をいただいたの?」
「麻雀牌」
淡々と答えてから、しげるはフォークを置きおもむろにケースを引き寄せた。留め金を外し、蓋を開く。中には、きれいに磨かれた麻雀牌が、寸分の狂いもなく並んでいた。白地に刻まれた模様が、裸電球の光を受けて、静かに艶を放つ。
「まあ……」
うららは思わず声を漏らす。
「しげるくん、ほんとに麻雀牌が好きなのね」
「…そうでもない」
そっけなく返すが、否定の言葉とは裏腹に、しげるの指先は自然と牌に触れていた。一つひとつを確かめるように撫でる仕草は、どこか大切なものを扱うようで。
——好きだと思うけどな。
そう思ったが、うららは口には出さなかった。麻雀牌を見つめるしげるの瞳が、ほんのりと光を帯びているのを見てしまったからだ。
「麻雀って……楽しいの?」
恐る恐る尋ねると、しげるは少し考えるように間を置いた。
「普通」
そう前置きしてから、言葉を選ぶように続ける。
「ただ、相手がどんな人間か、とか。何を考えてるか、っていうのが、打ち方に出たりする」
「ふうん……」
「まあ……ギャンブルを通して、生きるとか死ぬとか、そういうのを感じられるってだけです」
淡々と呟く静かな声だった。
うららには、その感覚は正直よく分からなかった。
けれど——
「そっか。よく分からないけど……」
そう前置きして、にこりと笑う。
「夢中になれるものがあるのは、いいことだと思うわ」
しげるは一瞬きょとんとした顔をしてから、くくっと小さく笑った。
「……そうですね」
それだけ呟いて、再び牌を触る。
「ねえ、しげるくん」
ちゃぶ台の向こうで牌を片づけていたしげるが、目だけを上げてこちらを見る。
「私も……麻雀、できるかな?」
自分でも少し無謀なことを言っている気がして、うららは思わず笑ってごまかした。しげるは再び牌に視線を落とし、指先で一つを転がす。少しの沈黙のあと、ぽつりと口を開いた。
「……教えましょうか?」
「……いいの?」
うららが身を乗り出すと、しげるは小さくうなずいた。
「最初は、難しいことはやらなくていいです。形だけ、触ってみる感じで…」
そう言って、しげるは黒いケースを開き、牌を取り出した。ちゃぶ台の中央に置かれた牌が、灯りを受けて小さく艶を帯びる。
冬の夜の長屋は静かで、遠くから人の話し声がかすかに聞こえるだけ。その中で、牌が触れ合う乾いた音だけが、やけにくっきりと響いた。
「麻雀は、四面子一雀頭を作るゲームなんです」
淡々とした口調だが、どこかいつもより丁寧だ。
「一面子が三牌、雀頭が二牌。合わせて十四牌で役を作って、上がります」
しげるは三つの牌を選び、うららの前に差し出す。
一二三
「こういう形……一二三、みたいに連続した牌」
並べられた数字を、うららは思わず指でなぞる。
「それから」
さらに三牌。
東東東
「東東東、みたいに同じ牌を三つ揃える形も一面子です」
「ふむふむ……」
理解できているようで、まだ掴みきれない。それでも、話を聞いているうちに、少し楽しくなってきている自分に気づく。
しげるは今度は二牌を差し出した。
南南
「雀頭は、同じ牌を二つ。このほかに五牌を集めたら…」
そう言うが早いか、カチカチ、と軽快な音を立てながら牌を拾い始める。迷いのない手つきで十三牌が一気に揃えられていく。
一二三 四五六 七八九 東東 南南
「……おお」
あまりの早さに、うららは思わず声を上げる。
「こういう形ができたら、待ちは……」
しげるは指先で牌を軽く叩いた。
「東と南です」
「自分で引くか、誰かが捨てたら、上がれます」
「な、なるほど……?」
首を傾げるうららを見て、しげるは少し考えるように牌を組み替えた。
「じゃあ、こうしたら?」
一二三 四五六 七八九 東 南南南
「……何待ちだと思います?」
「えっと……東?」
「正解」
そう言って、しげるはほんの少し口元を緩め、また素早い手つきで牌を組み替えた。
「なら、これは?」
一二三 五六 七八九 東東 南南南
一瞬、頭が真っ白になる。けれど、さっきの説明を思い出し、必死に牌を見る。
「えっと……よ、よん、と、なな?」
くくっ、と小さな笑い。
「正解。……意外と、向いてるかもしれませんね」
その言葉に、うららは照れくさくなって、肩をすくめる。
「ほんと?じゃあ、もう一回やってみようかしら」
ちゃぶ台の上で、再び牌が並ぶ。勝ち負けとは無縁の、小さな夜の遊びが、ゆっくりと深まっていった。
