クリスマスイブ
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12月24日——
世間は、どこもかしこもクリスマスという言葉に浮き足立ち、町全体が少しだけ落ち着きを失ったような空気に包まれていた。
アーケードなどない通りにも、色あせた提灯や裸電球がぽつぽつと吊るされ、普段よりほんの少しだけ賑やかに灯っている。それだけで、今日は特別な日なのだと分かる。
朝から出かける用事があるらしく、身支度を整えたしげるが戸口へ向かおうとしたところで、うららが声をかけた。
「しげるくん、ちょっと」
不思議そうに振り返ったしげるに、うららは小さく畳んだ包みを、両手で差し出す。
「……これ、クリスマスプレゼント」
「……俺に?開けて、いいですか?」
「もちろん!」
丁寧に包みを解くと、中から現れたのは、白とグレーの淡いまだら模様の毛糸で編まれたマフラーだった。ところどころ目の不揃いなところもあるが、手に取ると柔らかく、ぬくもりが伝わってくる。
「会社のお昼休みにね、少しずつ編んでたの。下手だけど……」
そう言いながら、うららは少し気恥ずかしそうに視線を逸らす。しげるは何も言わず、マフラーを受け取ると、静かに首に巻いてみた。
「……あったけえ」
ぽつりと落とされた一言と、わずかに緩んだ口元。その表情を見て、うららの胸がふっと軽くなる。
「ありがとうございます。大事にします」
その言葉に、うららは思わず頬を緩めた。しげるはもう一度だけ彼女の顔を見てから、戸を開ける。
「じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
戸が閉まってもしばらく、うららはその場に立ったまま、マフラーの先が揺れた記憶を胸に留めていた。
夕方。
夕食の支度がちょうど整いかけた頃、戸が開く音がする。
「ただいま」
振り返ると、しげるが小さな白い箱と、黒いケースを手に立っていた。朝渡したマフラーはきちんと巻かれているが、鼻先と耳は赤く、外の冷え込みが想像できた。
「おかえり。もう少しでご飯できるよ」
「手伝います」
そう言って、しげるは手早く茶碗を用意しながら、ふと口を開く。
「実は、うららさんにクリスマスプレゼントがあるんだ」
「え、ほんと? 嬉しい」
「白い箱、開けてみて」
にやりと浮かべた笑みに、嫌な予感と期待が入り混じる。うららはちゃぶ台の上に置かれた、この長屋には似つかわしくない白い箱を、そっと開けた。
その瞬間、部屋に甘い匂いがふわりと広がる。
鎮座するような神々しさを醸し出していたのは、きれいな円を描くショートケーキだった。真っ白な生クリームに、鮮やかな赤のいちご。見慣れないほど整った姿に、思わず息を呑む。
「し、しげるくん……これ、って」
恐る恐る尋ねると、しげるは少しも表情を変えず言った。
「今日の麻雀の勝ち分。市川さんを抱えてるヤーさんに、連れてってもらったんだ」
その言葉を聞いた瞬間、うららは思わず目を閉じ、天を仰ぐ。
”ケーキ”
それは、この時代では特別な日にしか口にできない、贅沢品中の贅沢。それも、こんな真っ白で、いちごまで乗ったものが、ホールで。しかも、裏の人間を足に使ってまで買ってきたという事実。
ありがたい、という気持ちより先に、戸惑いが胸を占める。こんな高価なものを、受け取ってしまっていいのだろうか。
お礼は? お返しは? そもそも、私は大丈夫なの?生きていられる??
考えはまとまらないまま、頭の中をぐるぐると巡る。そして、空気を壊すような言葉が口をついて出た。
「……しげるくん、そんなお金、持ってたの?」
「いや、全然。麻雀の勝ち分で買っただけ。ヤーさんからしたら、菓子で済んだんだ。嬉しいだろうね」
無理に笑おうとしたうららの声は、わずかに震えていた。しげるはそれを見逃さず、少しだけ声を落として言う。
「……うららさん、嬉しくない?」
「う、嬉し、い……。そうよ、せっかくのケーキだもの。楽しまなきゃ、損よね」
一度、深く息を吐く。
「しげるくん、ありがとう。とっても、嬉しいわ」
「そうこなくっちゃ」
「じゃあ、まずはご飯を食べちゃいましょう」
ちゃぶ台を挟んで向かい合う二人。裸電球の明かりの下で、ささやかな二人だけのクリスマスが、静かに始まった。
世間は、どこもかしこもクリスマスという言葉に浮き足立ち、町全体が少しだけ落ち着きを失ったような空気に包まれていた。
アーケードなどない通りにも、色あせた提灯や裸電球がぽつぽつと吊るされ、普段よりほんの少しだけ賑やかに灯っている。それだけで、今日は特別な日なのだと分かる。
朝から出かける用事があるらしく、身支度を整えたしげるが戸口へ向かおうとしたところで、うららが声をかけた。
「しげるくん、ちょっと」
不思議そうに振り返ったしげるに、うららは小さく畳んだ包みを、両手で差し出す。
「……これ、クリスマスプレゼント」
「……俺に?開けて、いいですか?」
「もちろん!」
丁寧に包みを解くと、中から現れたのは、白とグレーの淡いまだら模様の毛糸で編まれたマフラーだった。ところどころ目の不揃いなところもあるが、手に取ると柔らかく、ぬくもりが伝わってくる。
「会社のお昼休みにね、少しずつ編んでたの。下手だけど……」
そう言いながら、うららは少し気恥ずかしそうに視線を逸らす。しげるは何も言わず、マフラーを受け取ると、静かに首に巻いてみた。
「……あったけえ」
ぽつりと落とされた一言と、わずかに緩んだ口元。その表情を見て、うららの胸がふっと軽くなる。
「ありがとうございます。大事にします」
その言葉に、うららは思わず頬を緩めた。しげるはもう一度だけ彼女の顔を見てから、戸を開ける。
「じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
戸が閉まってもしばらく、うららはその場に立ったまま、マフラーの先が揺れた記憶を胸に留めていた。
夕方。
夕食の支度がちょうど整いかけた頃、戸が開く音がする。
「ただいま」
振り返ると、しげるが小さな白い箱と、黒いケースを手に立っていた。朝渡したマフラーはきちんと巻かれているが、鼻先と耳は赤く、外の冷え込みが想像できた。
「おかえり。もう少しでご飯できるよ」
「手伝います」
そう言って、しげるは手早く茶碗を用意しながら、ふと口を開く。
「実は、うららさんにクリスマスプレゼントがあるんだ」
「え、ほんと? 嬉しい」
「白い箱、開けてみて」
にやりと浮かべた笑みに、嫌な予感と期待が入り混じる。うららはちゃぶ台の上に置かれた、この長屋には似つかわしくない白い箱を、そっと開けた。
その瞬間、部屋に甘い匂いがふわりと広がる。
鎮座するような神々しさを醸し出していたのは、きれいな円を描くショートケーキだった。真っ白な生クリームに、鮮やかな赤のいちご。見慣れないほど整った姿に、思わず息を呑む。
「し、しげるくん……これ、って」
恐る恐る尋ねると、しげるは少しも表情を変えず言った。
「今日の麻雀の勝ち分。市川さんを抱えてるヤーさんに、連れてってもらったんだ」
その言葉を聞いた瞬間、うららは思わず目を閉じ、天を仰ぐ。
”ケーキ”
それは、この時代では特別な日にしか口にできない、贅沢品中の贅沢。それも、こんな真っ白で、いちごまで乗ったものが、ホールで。しかも、裏の人間を足に使ってまで買ってきたという事実。
ありがたい、という気持ちより先に、戸惑いが胸を占める。こんな高価なものを、受け取ってしまっていいのだろうか。
お礼は? お返しは? そもそも、私は大丈夫なの?生きていられる??
考えはまとまらないまま、頭の中をぐるぐると巡る。そして、空気を壊すような言葉が口をついて出た。
「……しげるくん、そんなお金、持ってたの?」
「いや、全然。麻雀の勝ち分で買っただけ。ヤーさんからしたら、菓子で済んだんだ。嬉しいだろうね」
無理に笑おうとしたうららの声は、わずかに震えていた。しげるはそれを見逃さず、少しだけ声を落として言う。
「……うららさん、嬉しくない?」
「う、嬉し、い……。そうよ、せっかくのケーキだもの。楽しまなきゃ、損よね」
一度、深く息を吐く。
「しげるくん、ありがとう。とっても、嬉しいわ」
「そうこなくっちゃ」
「じゃあ、まずはご飯を食べちゃいましょう」
ちゃぶ台を挟んで向かい合う二人。裸電球の明かりの下で、ささやかな二人だけのクリスマスが、静かに始まった。
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