嵐が明けたら
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戸口の閉まる音で、しげるは目を覚ました。深く沈んでいた意識が、ゆっくりと浮かび上がる。体が重い。無防備に眠っていた証拠だ。うまく開かない瞼を擦り、一度大きく息を吸う。
――眠い。
次の手を考えるでもなく、物音に耳を澄ますでもなく、ただ眠るなどいつ以来だろう。思い出せない。身を起こし、あたりを見渡すが部屋には誰もいない。
柱時計は十六時を少し回り、傾いた光が畳を淡く照らしている。遠くで子どもが笑う声と時計の秒針を刻む音しか聞こえない。その静けさに、体が馴染みかけている。肩にかかった薄いタオルケットに触れた。いつの間にか掛けられていたのだろう。
そんなことにも気づかなかったのかと、わずかに眉を寄せる。余計なことをする人だ。そう思いながら、指先はその布を離さなかった。
得体の知れない少年を家に上げ、飯を食わせ、銭湯にやり、こうして眠らせる。それなのに、深くは聞かない。どこから来たのかも、何を抱えているのかも、無理にこじ開けようとはしない。
――なぜだ。
疑問が浮かぶ。警戒しないのか。怖くないのか。それとも、見て見ぬふりをしているだけか。探られないことに安堵している自分に気づき、少し苛立ちを覚えた。踏み込まれれば、切ればいい。疑われれば、演じればいい。だが、何も求められないと、こちらの腹の内まで静かにされてしまう。ここにいれば、嘘をつかなくて済む瞬間がある。それがまずい。でもほんの一瞬、思う。
――この距離のままなら、ここにいてもいいのではないか。
すぐに否定する。
情は重い。重いものは、沈む。沈めば、這い上がるのにそれだけ力がいる。居心地のよさは、感覚を鈍らせる。追ってくる連中も、察も、いなくなったわけじゃない。ここはただの避難場所。それ以上でも、それ以下でもない。
それなのに。目が覚めて最初に探したのは、逃げ道ではなく、あの人の姿だった。いないと分かったとき、胸の奥にできたわずかな空白を、認めたくない。
握っていた指がタオルケットで遊んでいると気が付いて、指が止まる。自分の、温もりが移っている。それを振り払えない自分が、少しだけ怖い。
欲しがるな。
そう言い聞かせながらも、胸のどこかで、小さく芽吹いた感情が消えない。あの人のそばにいれば、何かが足りる気がした。ただの興味なのか、気まぐれなのかはわからない。しかし、それを危険だと察する自分がいる。しげるはまた畳に体を戻す。タオルを頭まで被ると静かに目を閉じた。
――もう少しの間だけ。
その言葉が、先ほどより少しだけ弱くなっていることを、しげる本人ですら知る由もなかった。
――眠い。
次の手を考えるでもなく、物音に耳を澄ますでもなく、ただ眠るなどいつ以来だろう。思い出せない。身を起こし、あたりを見渡すが部屋には誰もいない。
柱時計は十六時を少し回り、傾いた光が畳を淡く照らしている。遠くで子どもが笑う声と時計の秒針を刻む音しか聞こえない。その静けさに、体が馴染みかけている。肩にかかった薄いタオルケットに触れた。いつの間にか掛けられていたのだろう。
そんなことにも気づかなかったのかと、わずかに眉を寄せる。余計なことをする人だ。そう思いながら、指先はその布を離さなかった。
得体の知れない少年を家に上げ、飯を食わせ、銭湯にやり、こうして眠らせる。それなのに、深くは聞かない。どこから来たのかも、何を抱えているのかも、無理にこじ開けようとはしない。
――なぜだ。
疑問が浮かぶ。警戒しないのか。怖くないのか。それとも、見て見ぬふりをしているだけか。探られないことに安堵している自分に気づき、少し苛立ちを覚えた。踏み込まれれば、切ればいい。疑われれば、演じればいい。だが、何も求められないと、こちらの腹の内まで静かにされてしまう。ここにいれば、嘘をつかなくて済む瞬間がある。それがまずい。でもほんの一瞬、思う。
――この距離のままなら、ここにいてもいいのではないか。
すぐに否定する。
情は重い。重いものは、沈む。沈めば、這い上がるのにそれだけ力がいる。居心地のよさは、感覚を鈍らせる。追ってくる連中も、察も、いなくなったわけじゃない。ここはただの避難場所。それ以上でも、それ以下でもない。
それなのに。目が覚めて最初に探したのは、逃げ道ではなく、あの人の姿だった。いないと分かったとき、胸の奥にできたわずかな空白を、認めたくない。
握っていた指がタオルケットで遊んでいると気が付いて、指が止まる。自分の、温もりが移っている。それを振り払えない自分が、少しだけ怖い。
欲しがるな。
そう言い聞かせながらも、胸のどこかで、小さく芽吹いた感情が消えない。あの人のそばにいれば、何かが足りる気がした。ただの興味なのか、気まぐれなのかはわからない。しかし、それを危険だと察する自分がいる。しげるはまた畳に体を戻す。タオルを頭まで被ると静かに目を閉じた。
――もう少しの間だけ。
その言葉が、先ほどより少しだけ弱くなっていることを、しげる本人ですら知る由もなかった。
