旅行:後半
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お祭りは、思っていた以上に賑わっていた。
大通りでは、町内ごとのお神輿が、掛け声を合わせながらゆっくりと進んでいる。
「わっしょい、わっしょい」という声が、太鼓の音に乗って響き、道沿いの家々の軒先には提灯がずらりと吊るされていた。
少し離れた場所、長い石段の上にある神社の境内には、屋台がぎっしりと並んでいるのだそうだ。
焼きそば、綿菓子、りんご飴。甘い匂いと、油の匂いが混じり合って、風に乗って流れてきた。
送迎車を降ろされてから、数分歩き、うららとしげるは、お神輿が通る大通りへとやってきた。
人、人、人。立ち止まるのも難しいほどの人混みだ。
「すごいわね……」
思わずそう漏らすと、しげるが周囲を一度見回した。
「はぐれたら、面倒そうだ」
「そうね……」
そう言いながら歩き出したものの、すぐに流れに押される。少し立ち止まれば、後ろから肩が当たり、横からも人が割り込んでくる。
「……あ」
気づいたときには、しげるの姿が半歩ほど離れていた。
「しげるくん」
呼びかけると、しげるがすぐにこちらへ手を伸ばしてくる。
「ほら」
差し出された手を迷わず取った。
指先が触れ、ぎゅっと握る。
「離すなよ」
そう言い合いながら歩くが、それでも人の流れは容赦がない。横から割り込んだ誰かに押され、手が引っ張られる。
「……っ」
一瞬、力が抜けそうになった、そのとき。しげるが位置を変えた。手をぐっと引かれしげるの前までやってくる。背中越しにしげるの体温を感じた。しげるは肩に腕を乗せるようにして、背中から覆う。
「このほうがいい」
低い声が、すぐ後ろから聞こえる。驚く暇もなく、しげるの腕が前に回される。胸の前で握っていた左手と自然に、触れ合った。うららは、少しだけためらってから、その手を握る。
背中に、確かな体温。
人混みの中でも、押されないよう、しげるが無意識に踏ん張っているのがわかる。
「……平気?」
「うん」
そう答えながらも、胸の奥が少しだけ落ち着かない。
前には、お神輿。
横には、人の波。
後ろには、しげる。
「離れるなよ」
念を押すように言われて、うららは小さく頷き笑った。二人の足並みは、自然と揃っていた。
お神輿は、思ったよりもずっと近くを通った。太鼓が、腹の奥に響く。笛の高い音に、いくつもの掛け声が重なり合い、空気そのものが震えるようだった。
「わっしょい!」
「わっしょい!」
人の波が一斉に動き、周囲が押し寄せてくる。
「……!」
迫力満点ねと言おうとして口を開いたが、声は太鼓にかき消された。振り返ろうとした、その瞬間。
「何か言った?」
すぐ後ろから、しげるの声が届く。耳元だった。
「っ……」
驚いて言葉を失う間もなく、さらに続ける。
「何?」
低く、短い言葉。息が、耳にかかる。
「あっ……」
自分の声が聞こえない気がして、言葉を飲み込む。うららは首を振り、何でもないと伝えた。これ以上、耳元で話されるのはまずい。
「耳真っ赤」
そんなうららの状況を知ってか知らずか、しげるが、また囁く。
「どうしたの、うららさん」
太鼓が鳴るたびに二人の間の距離が、自然と縮まる。人混みの圧に押されるが、離れようにも離れられない。
「このまま、神輿が通り過ぎるまで動かないで」
また耳元。声は低く抑えられていて、ささやいているのにちゃんと聞こえる。うららは、言葉の代わりに小さく頷いた。心臓の音がうるさい。
ふう。しげるが耳に息を吹きかける。
「っ……」
自分の息が荒くなっているのが分かった。その直後、耳に、熱が触れた。しげるに噛まれたと理解するまで、そう時間はかからなかった。しげるの顔が近い。反応したくないのに体はビクッと大きくのけぞる。
しげるがわずかに肩を揺らして笑ったのが振動で伝わった。悔しくなって、握っていた手をつねる。
「痛いんだけど」
また耳元。同じようにつねって返すと、しげるが右手を肩から降ろした。ほっと息を吸おうとした、その瞬間。しげるは降ろした右手の指で腰をつん、と突く。
「ンッ…!!」
そして、ゆっくり下におろす。弱くなった腰はその刺激には耐えられない。声を抑えきれず、うららはとっさに、握っていたしげるの手の甲に口を当てた。
息を殺す。
しげるの腕に、わずかに力がこもった気がした。やがて、お神輿はゆっくりと遠ざかっていく。
太鼓の音も、掛け声も、少しずつ後ろへ流れていく。ざわめきが落ち着き、ようやく周囲の声が聞こえるようになる。
「誘ってる?」
しげるが、少しだけ距離を戻して言う。
「…バカ」
うららは恥ずかしくうつむきながら、答えた。
「耳が弱点なんだね」
いつもの調子。しげるはすこしからかうように意地悪い顔で笑った。人混みは相変わらずだが、さっきよりも、少しだけ歩きやすくなっていた。
お神輿が通り過ぎ、人の流れが少し落ち着いた。それでも大通りは相変わらず賑やかで、立ち止まればすぐ後ろから押される。しげるは隣にいるが腕はまだ、うららの肩に回ったままだ。
「……腹、減らない?」
耳元ではなく、いつもの距離でしげるが言う。何事もなかったようにうららも答える。
「そうね。歩いてたら、余計に」
屋台な並ぶと言わた境内に向かう。長い階段を上りきるころには息が上がり、足に乳酸がたまりプルプルと震えた。
「運動不足だな」
「反論できないわ…」
上がってすぐ、焼きとうもろこしの屋台が見えた。炭の匂いと、甘辛い醤油の香りが漂ってくる。
「あれ半分こしましょう」
「うん」
狭い通路で立ち止まると、後ろから誰かに押される。しげるが、うららをかばうように体勢を保つ。腕は離れない。
「おじちゃん、一本」
しげるが声を張る。
「はいよ」
焼き上がったとうもろこしを受け取りながら、しげるは財布を出す。うららは、その様子を横から見て、ふと気づいた。
手。
しげるの腕が肩に回ったまま、その手を、無意識に自分が握っている。急に、現実に引き戻された。
お祭りの喧騒も、太鼓の音も、少し遠くなった気がした。人混みの中だから、仕方ない。そう言い聞かせてきたのに、今はもう、立ち止まって話ができる程度には余裕がある。
いつまで、こうしてるのよ…
そう思った途端、指先にしげるの体温がはっきり伝わってくる。うららはしげるの手を離す。しげるの腕も、自然と肩から外れた。二人並んで、屋台の端へ移動する。
「はい」
しげるが、何事もなかったように言って、とうもろこしを半分に割り差し出した。
「熱いから、気をつけて」
「……ありがとう」
うららは、とうもろこしをかじる。甘さと醤油の香ばしさが口いっぱいに広がる。
「……おいしいわね」
「うん」
祭りの音は、まだ続いている。でも、二人の距離は、少しだけ元に戻っていた。
焼きとうもろこしを食べ終えるころには、人の流れも少し緩やかになっていた。
境内の奥へと続く通路には、屋台の並びが続いている。綿菓子の淡い色が風に揺れ、射的屋の前では、子どもたちが歓声を上げていた。
「射的、懐かし~」
「やったことあるの?」
「子供のころね。全然当たらなかったけど」
そう言うと、しげるが屋台を一度見てから言った。
「ほしいものある?」
「取ってくれるの!?」
しげるは答えず、射的屋の前に歩み寄る。
「一回」
店の親父が木の銃を渡す。並んでいる景品は、駄菓子や煙草、小さなぬいぐるみ。
「どれ狙う?」
しげるが聞くと、うららは少し考える素振りをしてから、一番端に置かれた、小さなひつじのぬいぐるみに視線を向けた。
「……あれ」
構えは静かで、無駄がない。引き金を引く瞬間も、息を詰める様子はなかった。
―ぱん。
軽い音。ひつじが、ころりと倒れる。
「……え」
一拍遅れて、店の親父が声を上げた。
「おお、当たりだ!」
周りから、小さなどよめきが起こる。
しげるは銃に新たなコルクを詰めながら、何でもない顔をしている。もう一度射的をすると、今度は駄菓子の詰め合わせ。さらにもう一回で、タバコを一箱。
「昔、やってたでしょ」
「さあな」
そう言いながら、店主から景品を受け取ると、ひつじと駄菓子をうららに差し出した。ひつじは思ったより軽くて、少し歪な形をしていた。
「ありがとう。こういうの得意なのね」
「狙えばだいたいね」
そう言って、タバコを懐にしまう。その後、たこ焼きやかき氷なども楽しみ、やがて送迎の時間が近づいた。
大通りでは、町内ごとのお神輿が、掛け声を合わせながらゆっくりと進んでいる。
「わっしょい、わっしょい」という声が、太鼓の音に乗って響き、道沿いの家々の軒先には提灯がずらりと吊るされていた。
少し離れた場所、長い石段の上にある神社の境内には、屋台がぎっしりと並んでいるのだそうだ。
焼きそば、綿菓子、りんご飴。甘い匂いと、油の匂いが混じり合って、風に乗って流れてきた。
送迎車を降ろされてから、数分歩き、うららとしげるは、お神輿が通る大通りへとやってきた。
人、人、人。立ち止まるのも難しいほどの人混みだ。
「すごいわね……」
思わずそう漏らすと、しげるが周囲を一度見回した。
「はぐれたら、面倒そうだ」
「そうね……」
そう言いながら歩き出したものの、すぐに流れに押される。少し立ち止まれば、後ろから肩が当たり、横からも人が割り込んでくる。
「……あ」
気づいたときには、しげるの姿が半歩ほど離れていた。
「しげるくん」
呼びかけると、しげるがすぐにこちらへ手を伸ばしてくる。
「ほら」
差し出された手を迷わず取った。
指先が触れ、ぎゅっと握る。
「離すなよ」
そう言い合いながら歩くが、それでも人の流れは容赦がない。横から割り込んだ誰かに押され、手が引っ張られる。
「……っ」
一瞬、力が抜けそうになった、そのとき。しげるが位置を変えた。手をぐっと引かれしげるの前までやってくる。背中越しにしげるの体温を感じた。しげるは肩に腕を乗せるようにして、背中から覆う。
「このほうがいい」
低い声が、すぐ後ろから聞こえる。驚く暇もなく、しげるの腕が前に回される。胸の前で握っていた左手と自然に、触れ合った。うららは、少しだけためらってから、その手を握る。
背中に、確かな体温。
人混みの中でも、押されないよう、しげるが無意識に踏ん張っているのがわかる。
「……平気?」
「うん」
そう答えながらも、胸の奥が少しだけ落ち着かない。
前には、お神輿。
横には、人の波。
後ろには、しげる。
「離れるなよ」
念を押すように言われて、うららは小さく頷き笑った。二人の足並みは、自然と揃っていた。
お神輿は、思ったよりもずっと近くを通った。太鼓が、腹の奥に響く。笛の高い音に、いくつもの掛け声が重なり合い、空気そのものが震えるようだった。
「わっしょい!」
「わっしょい!」
人の波が一斉に動き、周囲が押し寄せてくる。
「……!」
迫力満点ねと言おうとして口を開いたが、声は太鼓にかき消された。振り返ろうとした、その瞬間。
「何か言った?」
すぐ後ろから、しげるの声が届く。耳元だった。
「っ……」
驚いて言葉を失う間もなく、さらに続ける。
「何?」
低く、短い言葉。息が、耳にかかる。
「あっ……」
自分の声が聞こえない気がして、言葉を飲み込む。うららは首を振り、何でもないと伝えた。これ以上、耳元で話されるのはまずい。
「耳真っ赤」
そんなうららの状況を知ってか知らずか、しげるが、また囁く。
「どうしたの、うららさん」
太鼓が鳴るたびに二人の間の距離が、自然と縮まる。人混みの圧に押されるが、離れようにも離れられない。
「このまま、神輿が通り過ぎるまで動かないで」
また耳元。声は低く抑えられていて、ささやいているのにちゃんと聞こえる。うららは、言葉の代わりに小さく頷いた。心臓の音がうるさい。
ふう。しげるが耳に息を吹きかける。
「っ……」
自分の息が荒くなっているのが分かった。その直後、耳に、熱が触れた。しげるに噛まれたと理解するまで、そう時間はかからなかった。しげるの顔が近い。反応したくないのに体はビクッと大きくのけぞる。
しげるがわずかに肩を揺らして笑ったのが振動で伝わった。悔しくなって、握っていた手をつねる。
「痛いんだけど」
また耳元。同じようにつねって返すと、しげるが右手を肩から降ろした。ほっと息を吸おうとした、その瞬間。しげるは降ろした右手の指で腰をつん、と突く。
「ンッ…!!」
そして、ゆっくり下におろす。弱くなった腰はその刺激には耐えられない。声を抑えきれず、うららはとっさに、握っていたしげるの手の甲に口を当てた。
息を殺す。
しげるの腕に、わずかに力がこもった気がした。やがて、お神輿はゆっくりと遠ざかっていく。
太鼓の音も、掛け声も、少しずつ後ろへ流れていく。ざわめきが落ち着き、ようやく周囲の声が聞こえるようになる。
「誘ってる?」
しげるが、少しだけ距離を戻して言う。
「…バカ」
うららは恥ずかしくうつむきながら、答えた。
「耳が弱点なんだね」
いつもの調子。しげるはすこしからかうように意地悪い顔で笑った。人混みは相変わらずだが、さっきよりも、少しだけ歩きやすくなっていた。
お神輿が通り過ぎ、人の流れが少し落ち着いた。それでも大通りは相変わらず賑やかで、立ち止まればすぐ後ろから押される。しげるは隣にいるが腕はまだ、うららの肩に回ったままだ。
「……腹、減らない?」
耳元ではなく、いつもの距離でしげるが言う。何事もなかったようにうららも答える。
「そうね。歩いてたら、余計に」
屋台な並ぶと言わた境内に向かう。長い階段を上りきるころには息が上がり、足に乳酸がたまりプルプルと震えた。
「運動不足だな」
「反論できないわ…」
上がってすぐ、焼きとうもろこしの屋台が見えた。炭の匂いと、甘辛い醤油の香りが漂ってくる。
「あれ半分こしましょう」
「うん」
狭い通路で立ち止まると、後ろから誰かに押される。しげるが、うららをかばうように体勢を保つ。腕は離れない。
「おじちゃん、一本」
しげるが声を張る。
「はいよ」
焼き上がったとうもろこしを受け取りながら、しげるは財布を出す。うららは、その様子を横から見て、ふと気づいた。
手。
しげるの腕が肩に回ったまま、その手を、無意識に自分が握っている。急に、現実に引き戻された。
お祭りの喧騒も、太鼓の音も、少し遠くなった気がした。人混みの中だから、仕方ない。そう言い聞かせてきたのに、今はもう、立ち止まって話ができる程度には余裕がある。
いつまで、こうしてるのよ…
そう思った途端、指先にしげるの体温がはっきり伝わってくる。うららはしげるの手を離す。しげるの腕も、自然と肩から外れた。二人並んで、屋台の端へ移動する。
「はい」
しげるが、何事もなかったように言って、とうもろこしを半分に割り差し出した。
「熱いから、気をつけて」
「……ありがとう」
うららは、とうもろこしをかじる。甘さと醤油の香ばしさが口いっぱいに広がる。
「……おいしいわね」
「うん」
祭りの音は、まだ続いている。でも、二人の距離は、少しだけ元に戻っていた。
焼きとうもろこしを食べ終えるころには、人の流れも少し緩やかになっていた。
境内の奥へと続く通路には、屋台の並びが続いている。綿菓子の淡い色が風に揺れ、射的屋の前では、子どもたちが歓声を上げていた。
「射的、懐かし~」
「やったことあるの?」
「子供のころね。全然当たらなかったけど」
そう言うと、しげるが屋台を一度見てから言った。
「ほしいものある?」
「取ってくれるの!?」
しげるは答えず、射的屋の前に歩み寄る。
「一回」
店の親父が木の銃を渡す。並んでいる景品は、駄菓子や煙草、小さなぬいぐるみ。
「どれ狙う?」
しげるが聞くと、うららは少し考える素振りをしてから、一番端に置かれた、小さなひつじのぬいぐるみに視線を向けた。
「……あれ」
構えは静かで、無駄がない。引き金を引く瞬間も、息を詰める様子はなかった。
―ぱん。
軽い音。ひつじが、ころりと倒れる。
「……え」
一拍遅れて、店の親父が声を上げた。
「おお、当たりだ!」
周りから、小さなどよめきが起こる。
しげるは銃に新たなコルクを詰めながら、何でもない顔をしている。もう一度射的をすると、今度は駄菓子の詰め合わせ。さらにもう一回で、タバコを一箱。
「昔、やってたでしょ」
「さあな」
そう言いながら、店主から景品を受け取ると、ひつじと駄菓子をうららに差し出した。ひつじは思ったより軽くて、少し歪な形をしていた。
「ありがとう。こういうの得意なのね」
「狙えばだいたいね」
そう言って、タバコを懐にしまう。その後、たこ焼きやかき氷なども楽しみ、やがて送迎の時間が近づいた。
