旅行:前半
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海近くの売店で水道を借り、うららはしゃがみ込んで足についた砂と塩を丁寧に洗い流す。コンクリートの流し台に当たる水の音が、やけに大きく聞こえた。
冷たい水が足首を伝い、さっきまでまとわりついていたべたつきが、少しずつ取れていく。指でくるぶしのあたりをなぞると、砂が流れていくのがはっきりわかった。
手ぬぐいで足を拭きながら立ち上がる。潮風にさらされて、濡れた裾が、ゆっくりと乾き始めていた。少し重たいけれど、不快というほどではない。海辺なら、こんなものだ。
ふと、しげるのほうを見る。ズボンの裾は、思った以上に濡れたままだ。生地が水を含み、鈍く光っている。
「……それ、なかなか乾かなそうね」
「うん」
しげるは気にした様子もなく、売店の軒先に寄りかかって煙草を吸っている。その横顔を見て、うららは一瞬だけ迷ってから、口を開いた。
「売店でズボン、買いましょうよ」
「いい」
即答。
「……宿に戻れば浴衣に着替えるから」
「絶対気持ち悪いって。べたべたしてるでしょ~」
そう言って、指先でしげるの裾をちょんとつつく。指に伝わる、ざらっとした感触。
「……」
しげるは、ほんの少しだけ眉を寄せた。
「あんなすごい宿に、塩まみれで入れないでしょ」
追い打ちをかけるように言うと、しげるは一拍置いてから煙草の火を消した。
「……じゃあ、あんたが選んで」
それだけ言って、売店の中へ足を向ける。
木造の小さな売店には、浮き輪や手ぬぐい、麦わら帽子が無造作に並び、奥には簡単なTシャツやズボンが掛けられていた。どれも実用本位で、海辺らしい。
「これはどう?」
うららが手に取ったのは、生成り色の、シンプルな綿の半ズボン。
しげるは一度だけそれを見て、こくりとうなずいた。会計に向かおうとした、そのとき。
「あら、そっちのお嬢さんも、濡れてるじゃない」
店のおばさんが、うららの足元を見て言った。
「え?」
見下ろすと、ワンピースの裾は、まだ少し湿っている。乾きかけではあるが、確かに水を含んでいた。
「 これ、軽くていいよ」
差し出されたのは、真っ白で、装飾のない簡素なワンピース。
「い、いえ、私は……」
断りかけた、その言葉より先に。
「それもください」
しげるが、淡々と言った。思わず顔を見る。
「いい宿に、塩まみれで入るんですか?」
「うっ…」
先ほどの言葉が返ってくる。にやりと意地悪な笑みを浮かべ視線を売店の奥へ戻す。ぐうの音もでず大人しくする。
おばさんの好意で着替えさせてもらった二人は、すっかり地元の人間みたいな格好になった。しげるのズボンも、うららのワンピースも、どちらも海辺によく馴染む色だ。
宿へ戻る道。海水に濡れた服が入った紙袋を、しげるが手に下げて歩く。
さっきよりも足取りは軽い。しげるのズボンはさらりとしていて、歩くたびに、先ほどまでの不快感はもうなかった。うららの新しいワンピースが風をはらんで揺れるのを感じながら、小さく息をつく。
特別なことは何も起きていない、はず。ただ濡れて、着替えて、宿へ戻るだけだ。
波打ち際に並んだ二人の足跡は、しばらくのあいだ残っていたが、宿へ着くころには、もうきれいに消えているだろう。
それでいい。今日のことも、明日のことも、ちゃんと生活の中に収まっていく。
冷たい水が足首を伝い、さっきまでまとわりついていたべたつきが、少しずつ取れていく。指でくるぶしのあたりをなぞると、砂が流れていくのがはっきりわかった。
手ぬぐいで足を拭きながら立ち上がる。潮風にさらされて、濡れた裾が、ゆっくりと乾き始めていた。少し重たいけれど、不快というほどではない。海辺なら、こんなものだ。
ふと、しげるのほうを見る。ズボンの裾は、思った以上に濡れたままだ。生地が水を含み、鈍く光っている。
「……それ、なかなか乾かなそうね」
「うん」
しげるは気にした様子もなく、売店の軒先に寄りかかって煙草を吸っている。その横顔を見て、うららは一瞬だけ迷ってから、口を開いた。
「売店でズボン、買いましょうよ」
「いい」
即答。
「……宿に戻れば浴衣に着替えるから」
「絶対気持ち悪いって。べたべたしてるでしょ~」
そう言って、指先でしげるの裾をちょんとつつく。指に伝わる、ざらっとした感触。
「……」
しげるは、ほんの少しだけ眉を寄せた。
「あんなすごい宿に、塩まみれで入れないでしょ」
追い打ちをかけるように言うと、しげるは一拍置いてから煙草の火を消した。
「……じゃあ、あんたが選んで」
それだけ言って、売店の中へ足を向ける。
木造の小さな売店には、浮き輪や手ぬぐい、麦わら帽子が無造作に並び、奥には簡単なTシャツやズボンが掛けられていた。どれも実用本位で、海辺らしい。
「これはどう?」
うららが手に取ったのは、生成り色の、シンプルな綿の半ズボン。
しげるは一度だけそれを見て、こくりとうなずいた。会計に向かおうとした、そのとき。
「あら、そっちのお嬢さんも、濡れてるじゃない」
店のおばさんが、うららの足元を見て言った。
「え?」
見下ろすと、ワンピースの裾は、まだ少し湿っている。乾きかけではあるが、確かに水を含んでいた。
「 これ、軽くていいよ」
差し出されたのは、真っ白で、装飾のない簡素なワンピース。
「い、いえ、私は……」
断りかけた、その言葉より先に。
「それもください」
しげるが、淡々と言った。思わず顔を見る。
「いい宿に、塩まみれで入るんですか?」
「うっ…」
先ほどの言葉が返ってくる。にやりと意地悪な笑みを浮かべ視線を売店の奥へ戻す。ぐうの音もでず大人しくする。
おばさんの好意で着替えさせてもらった二人は、すっかり地元の人間みたいな格好になった。しげるのズボンも、うららのワンピースも、どちらも海辺によく馴染む色だ。
宿へ戻る道。海水に濡れた服が入った紙袋を、しげるが手に下げて歩く。
さっきよりも足取りは軽い。しげるのズボンはさらりとしていて、歩くたびに、先ほどまでの不快感はもうなかった。うららの新しいワンピースが風をはらんで揺れるのを感じながら、小さく息をつく。
特別なことは何も起きていない、はず。ただ濡れて、着替えて、宿へ戻るだけだ。
波打ち際に並んだ二人の足跡は、しばらくのあいだ残っていたが、宿へ着くころには、もうきれいに消えているだろう。
それでいい。今日のことも、明日のことも、ちゃんと生活の中に収まっていく。
