再会
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夜道を抜けると、急に視界が開けた。大通りだ。
街灯の光は白く、行き交う人の気配も増える。さっきまでの暗さが嘘のようで、現実に引き戻される場所。
そこで、男は立ち止まりうららの肩から、静かに手を離した。体温が、急に消える。男は何も言わず踵を返す。元来た道へ、迷いのない足取りで。
行かせてはいけない。頭より先に、心が叫んだ。
「待って」
声が、思ったよりも高く響く。けれど、男は止まらない。
「しげるくん、待って……お願い」
絡まれて怖かったこと。助けられて、ほっとしたこと。そして会えてしまったこと。全部が一気に押し寄せて、感情はぐちゃぐちゃに絡まっていた。
涙が溢れそうになるのを必死にこらえる。喉が詰まり、声は震えた。その声に、彼の足が止まる。
しばらくの沈黙のあと、彼は、静かに振り返った。街灯の下で見るその顔は、先ほど盗み見た時よりも大人びて見えた。
「俺のこと、覚えてたんだね」
穏やかな優しい声。
「……当たり前でしょ」
胸が苦しくなる。
「大きくなったのね」
それしか言えなかった。しげるは、にやりと笑う。
「あんたは……変わらないな」
「そんなことないわ……」
首を振る。
「六年、たったもの」
「いや」
即座に返ってきた。
「変わらない。前から泣き虫だった」
ばれてる。
一気に顔が熱くなる。涙をこらえているのをわかっている。
「そうやって」
しげるは、どこか懐かしそうに目を細める。
「すぐ顔が赤くなるのも、変わらないな」
街灯の白い光の下で、逃げ場はなかった。言葉も、時間も、もう戻らない。それでも彼は、立ち止まってくれている。
「助けてくれてありがとう」
うららは、胸の前で両手を重ねるようにして言った。声はまだ少し震えていたが、さっきよりも落ち着いている。
「ただの気まぐれだから」
しげるは視線を逸らし、素っ気なくそう返す。まるで、礼を受け取る資格などないと言うように。
「それでも、私は助かったの」
言い切るように言った。怖かったことも、心細かったことも、それ以上に会いたかった相手との再会、それでけで救われた。しげるは一瞬だけ黙り込み、軽く肩をすくめた。
「そう」
短い返事。それ以上は、踏み込まない。少しの沈黙が落ちる。遠くで車の走る音、電車の通過音が、夜の空気を切り裂く。
「……で、なんでこんなところにいるの?」
しげるが、間を埋めるように口を開く。
「たまたま……ね」
うららは、曖昧に笑って答える。本当のことを言えば、気持ち悪がられるかもしれない。それに今の自分は会いたくて、でも会わない選択をして、逃げるように去った結果なのだ。
「ふうん」
夜風が、二人の間をすり抜ける。
「……南郷さんって、覚えてる?」
唐突なその名前に、うららの肩がびくりと跳ねた。
「え……」
喉が鳴る。しげるは、うららの反応を見逃さない。小さく息を吐き、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「……やっぱり。そんなこったろうとは思った」
しげるは、喉の奥でククッと短く笑った。それは、昔とまったく同じ笑い方だった。
見透かされている。そう思った瞬間、胸の奥がひやりとする。言い返す言葉は浮かばず、うららはとっさに話題を逸らした。
「……元気、だった?」
「……それなりに」
間を置いて、しげるが聞き返す。
「あんたは?」
「私も……それなりに」
それきり、言葉が途切れた。
風が通り過ぎ、街灯の下で二人の影がわずかに揺れる。さっきまで耳に入っていた車の音や、人のざわめきが、遠くに押しやられていく。
今しかない。そう思った瞬間、口が動いていた。
「……どうして、あの日……出て行ったの?」
自分でも驚くほど、声は静かだった。けれど、心臓の音だけがやけに大きく響く。しげるは、少しだけ視線を落とし、間を置いてから答えた。
「あんたは、俺とは違いすぎる」
淡々とした声だった。
「日向で生きる人間と、狂気に身を置きたい人間は……一緒にいられない」
その言葉は、刃のように冷たく、まっすぐだった。
「……なら」
うららは、思わず一歩踏み出す。
「私も、狂気に身を置けば……一緒にいられたの?」
しげるは、即座に首を振った。
「あんただけは、そんなことしないでほしい」
低く、しかしはっきりとした声。
「あんたには、日の当たる…あったけえところで生きていてほしいんだよ」
胸が、きゅっと締めつけられる。
「……しげるくん」
名前を呼んだ声は、かすれていた。
「じゃ」
しげるは、それ以上何も言わず、踵を返す。
「元気で」
背中を向けたまま、歩き出そうとする。
また、行ってしまう。その光景が、昼間の自分と重なった。
「……逃げるの!?」
思わず、吐き出すように叫んでいた。自分を責めるような、縋るような、感情の行き場を失った言葉。路地にその声が少しだけ鋭く響く。
背後では大通りの喧騒が続いているのに、その瞬間だけ、世界がぴたりと止まったように感じられた。
しげるの足が、止まる。街灯の下、影が長く伸びている。振り返らないまま、彼は小さく息を吐いた。
「……逃げてるわけじゃない」
低く、抑えた声だった。
「終わらせようとしてるだけ」
その言い方が、あまりにも突き放すようでうららの胸がきしむ。
「終わってないわ」
声が、また震えそうになるのを必死で堪える。
「私は、何も終わってない」
しげるは、ゆっくりと振り返った。その表情は、先ほどまでの軽さが消えている。
「俺は、あんたを巻き込みたくない」
「もう、巻き込まれてるわ」
即座に返した。
「六年前も、今も」
しげるの眉が、わずかに動く。それが動揺なのか、それとも腹を立てたのかはわからない。
「私、ずっと思ってた」
うららは、一歩だけ前に出る。近づきすぎれば、また逃げられると分かっていながら。
「あなたがいなくなった理由、頭では分かってた。でも……」
言葉が、詰まる。
「気持ちは、置いていかれたままだった」
沈黙が落ちる。しげるは、しばらく何も言わなかった。ただ、うららを見つめている。
その視線は、優しくて、苦しそうで、そして、どこか決別を含んでいた。
「……俺は」
ようやく口を開く。
「前より、ずっとろくでもない生き方をしてる」
「でも…」
うららは、静かに答えた。
「それでも……あなたは、しげるくんでしょう」
しげるの肩が、わずかに揺れる。
「……ずるいな」
ぽつりと漏れた声。
「そうやって呼ぶの」
「ずっと、そう呼んでたもの」
視線を逸らしながら言う。
「変えられないわ」
「ほんとに、変わらない」
そして、観念したようにしげるの体の力が抜ける。ほんの少しだけ距離が縮まったような気がした。
「……うららさん」
名前を呼ばれただけで、胸の奥が熱くなる。昔と同じ呼び方。昔と同じ距離感を、無理やり保とうとする声。
「……今日は、帰る」
「……うん。またね」
一拍置いて。
「また」
その言葉は、約束ではない。しかし、しげるが言うとただの事実のように思えた。
「次は」
うららは、小さく笑って言う。
「逃げないでね」
しげるは一瞬、驚いたように目を瞬かせてから、いつものように、クククッと笑った。
「……努力は、するよ」
それだけ言って、今度こそ踵を返す。
背中は、六年前より大きくて。でも、あの日と同じように、夜に溶けていった。うららは、その背中が見えなくなるまで、動けなかった。
会えた。
それだけで、今日は十分だった。
街灯の光は白く、行き交う人の気配も増える。さっきまでの暗さが嘘のようで、現実に引き戻される場所。
そこで、男は立ち止まりうららの肩から、静かに手を離した。体温が、急に消える。男は何も言わず踵を返す。元来た道へ、迷いのない足取りで。
行かせてはいけない。頭より先に、心が叫んだ。
「待って」
声が、思ったよりも高く響く。けれど、男は止まらない。
「しげるくん、待って……お願い」
絡まれて怖かったこと。助けられて、ほっとしたこと。そして会えてしまったこと。全部が一気に押し寄せて、感情はぐちゃぐちゃに絡まっていた。
涙が溢れそうになるのを必死にこらえる。喉が詰まり、声は震えた。その声に、彼の足が止まる。
しばらくの沈黙のあと、彼は、静かに振り返った。街灯の下で見るその顔は、先ほど盗み見た時よりも大人びて見えた。
「俺のこと、覚えてたんだね」
穏やかな優しい声。
「……当たり前でしょ」
胸が苦しくなる。
「大きくなったのね」
それしか言えなかった。しげるは、にやりと笑う。
「あんたは……変わらないな」
「そんなことないわ……」
首を振る。
「六年、たったもの」
「いや」
即座に返ってきた。
「変わらない。前から泣き虫だった」
ばれてる。
一気に顔が熱くなる。涙をこらえているのをわかっている。
「そうやって」
しげるは、どこか懐かしそうに目を細める。
「すぐ顔が赤くなるのも、変わらないな」
街灯の白い光の下で、逃げ場はなかった。言葉も、時間も、もう戻らない。それでも彼は、立ち止まってくれている。
「助けてくれてありがとう」
うららは、胸の前で両手を重ねるようにして言った。声はまだ少し震えていたが、さっきよりも落ち着いている。
「ただの気まぐれだから」
しげるは視線を逸らし、素っ気なくそう返す。まるで、礼を受け取る資格などないと言うように。
「それでも、私は助かったの」
言い切るように言った。怖かったことも、心細かったことも、それ以上に会いたかった相手との再会、それでけで救われた。しげるは一瞬だけ黙り込み、軽く肩をすくめた。
「そう」
短い返事。それ以上は、踏み込まない。少しの沈黙が落ちる。遠くで車の走る音、電車の通過音が、夜の空気を切り裂く。
「……で、なんでこんなところにいるの?」
しげるが、間を埋めるように口を開く。
「たまたま……ね」
うららは、曖昧に笑って答える。本当のことを言えば、気持ち悪がられるかもしれない。それに今の自分は会いたくて、でも会わない選択をして、逃げるように去った結果なのだ。
「ふうん」
夜風が、二人の間をすり抜ける。
「……南郷さんって、覚えてる?」
唐突なその名前に、うららの肩がびくりと跳ねた。
「え……」
喉が鳴る。しげるは、うららの反応を見逃さない。小さく息を吐き、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「……やっぱり。そんなこったろうとは思った」
しげるは、喉の奥でククッと短く笑った。それは、昔とまったく同じ笑い方だった。
見透かされている。そう思った瞬間、胸の奥がひやりとする。言い返す言葉は浮かばず、うららはとっさに話題を逸らした。
「……元気、だった?」
「……それなりに」
間を置いて、しげるが聞き返す。
「あんたは?」
「私も……それなりに」
それきり、言葉が途切れた。
風が通り過ぎ、街灯の下で二人の影がわずかに揺れる。さっきまで耳に入っていた車の音や、人のざわめきが、遠くに押しやられていく。
今しかない。そう思った瞬間、口が動いていた。
「……どうして、あの日……出て行ったの?」
自分でも驚くほど、声は静かだった。けれど、心臓の音だけがやけに大きく響く。しげるは、少しだけ視線を落とし、間を置いてから答えた。
「あんたは、俺とは違いすぎる」
淡々とした声だった。
「日向で生きる人間と、狂気に身を置きたい人間は……一緒にいられない」
その言葉は、刃のように冷たく、まっすぐだった。
「……なら」
うららは、思わず一歩踏み出す。
「私も、狂気に身を置けば……一緒にいられたの?」
しげるは、即座に首を振った。
「あんただけは、そんなことしないでほしい」
低く、しかしはっきりとした声。
「あんたには、日の当たる…あったけえところで生きていてほしいんだよ」
胸が、きゅっと締めつけられる。
「……しげるくん」
名前を呼んだ声は、かすれていた。
「じゃ」
しげるは、それ以上何も言わず、踵を返す。
「元気で」
背中を向けたまま、歩き出そうとする。
また、行ってしまう。その光景が、昼間の自分と重なった。
「……逃げるの!?」
思わず、吐き出すように叫んでいた。自分を責めるような、縋るような、感情の行き場を失った言葉。路地にその声が少しだけ鋭く響く。
背後では大通りの喧騒が続いているのに、その瞬間だけ、世界がぴたりと止まったように感じられた。
しげるの足が、止まる。街灯の下、影が長く伸びている。振り返らないまま、彼は小さく息を吐いた。
「……逃げてるわけじゃない」
低く、抑えた声だった。
「終わらせようとしてるだけ」
その言い方が、あまりにも突き放すようでうららの胸がきしむ。
「終わってないわ」
声が、また震えそうになるのを必死で堪える。
「私は、何も終わってない」
しげるは、ゆっくりと振り返った。その表情は、先ほどまでの軽さが消えている。
「俺は、あんたを巻き込みたくない」
「もう、巻き込まれてるわ」
即座に返した。
「六年前も、今も」
しげるの眉が、わずかに動く。それが動揺なのか、それとも腹を立てたのかはわからない。
「私、ずっと思ってた」
うららは、一歩だけ前に出る。近づきすぎれば、また逃げられると分かっていながら。
「あなたがいなくなった理由、頭では分かってた。でも……」
言葉が、詰まる。
「気持ちは、置いていかれたままだった」
沈黙が落ちる。しげるは、しばらく何も言わなかった。ただ、うららを見つめている。
その視線は、優しくて、苦しそうで、そして、どこか決別を含んでいた。
「……俺は」
ようやく口を開く。
「前より、ずっとろくでもない生き方をしてる」
「でも…」
うららは、静かに答えた。
「それでも……あなたは、しげるくんでしょう」
しげるの肩が、わずかに揺れる。
「……ずるいな」
ぽつりと漏れた声。
「そうやって呼ぶの」
「ずっと、そう呼んでたもの」
視線を逸らしながら言う。
「変えられないわ」
「ほんとに、変わらない」
そして、観念したようにしげるの体の力が抜ける。ほんの少しだけ距離が縮まったような気がした。
「……うららさん」
名前を呼ばれただけで、胸の奥が熱くなる。昔と同じ呼び方。昔と同じ距離感を、無理やり保とうとする声。
「……今日は、帰る」
「……うん。またね」
一拍置いて。
「また」
その言葉は、約束ではない。しかし、しげるが言うとただの事実のように思えた。
「次は」
うららは、小さく笑って言う。
「逃げないでね」
しげるは一瞬、驚いたように目を瞬かせてから、いつものように、クククッと笑った。
「……努力は、するよ」
それだけ言って、今度こそ踵を返す。
背中は、六年前より大きくて。でも、あの日と同じように、夜に溶けていった。うららは、その背中が見えなくなるまで、動けなかった。
会えた。
それだけで、今日は十分だった。
