再会
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家に帰っても、何も手につかない。気づけば足は駅とは反対の方へ向いていた。
そして開いている古びた大衆食堂に足を踏み入れる。ガラリと戸を開けると、油と出汁の混じった匂いが鼻をくすぐる。
「いらっしゃい! 好きなところ座って」
恰幅のいい女将がにこやかな笑顔で出迎えてくれた。すみれは小さく会釈をしてカウンターの一番端の席に腰を下ろす。メニューの一番上、おすすめと大きく書かれたハンバーク定食を頼む。料理が運ばれてくるまでの間、すみれは卓上の傷だらけの天板をぼんやりと見つめていた。
六年。長いようで、短い年月。
会いたい。
声を聞きたい。
もっと顔を見たい。
でも彼は、会わないと決めた。
あのときの、何も言わずに去っていった、覚悟の固さ。それを、自分の気持ちだけで壊していいはずがない。今までも何度も考え、何度も同じ回答へと導かれている。まるで自分で自分に暗示をかけているように。
「お待ちどうさま」
「ありがとうございます」
運ばれてきたハンバーグ定食を、すみれはしばらく黙って眺めていた。湯気の立つ鉄皿。艶のあるソース。添えられた鮮やかな人参とハッシュドポテト。——六年前。喫茶店の奥の席で、しげるもハンバーグを頼んでいた。
頬張る顔。
「うまい」と言う声。
そして優しい目線。思い出してはいけない、とわかっているのに、思い出は勝手に浮かんでくる。
「……」
箸を持つ手が、止まったままになる。
「ねえ」
ハンバーグを運んできた女将さんが横から顔を覗き込むように声をかけた。
「大丈夫?」
「え……?」
「あなた、さっきからずっと、辛そうな顔してるわよ」
その一言で、確信した。
……ああ、やっぱり。私は、会いたかったんだ。会って、話がしたかった。逃げる理由を、正しいことをしたと思いたかっただけで。本当はわかっていたはずなのに。意地を張っていたんだ。
そう確信した瞬間、堪えていたものが一気に溢れた。ぽとり、と膝の上に落ちる涙。
「ちょ、ちょっと……ヤダ!」
女将さんが慌てて振り返る。
「お父さん、チリ紙!」
奥から戸棚を漁る音がしたと思ったらキッチンから大将がチリ紙を束ごと差し出してきた。すみれは礼を言いその束から一枚だけ受け取るとすみれは目元を押さえた。
「……何か、あったの?」
詮索するというより、心配するような声だった。
「話せば、少しは楽になるかもしれないわよ」
言葉が、勝手にこぼれ落ちた。
「……私、ずっと会いたかった人がいたんです」
声は、途切れ途切れだった。
「六年前に……何も言わずに、去っていった人で」
喉が詰まる。
「今日、その人に……会えるかもしれなかったのに」
箸を握る指に、力が入る。
「……私、逃げました」
女将さんは、何も言わずに聞いている。
「その人が……私から離れた理由が、なんとなくわかってて」
一緒にいない方がいい。それが、しげるくんの覚悟だから。
「会わない方がいいって……それが、あの子のためだって……」
言い訳みたいな言葉。
「……それでも」
声が震える。
「……それでも、会いたかった」
支離滅裂な言葉を、女将さんは「うん、うん」と、ただ受け止めた。しばらくして女将さんはふっと笑う。
「なら、会いに行けばいいじゃない」
「……いいんでしょうか」
自分でも驚くほど、弱い声。
「いいのよ」
即答だった。
「覚悟とか、立派な理由とか……そういうのは、後からついてくるもんよ」
女将さんは、すみれの背中を軽く叩く。ぱしん、と少し強めに。じんじんと背中が熱くなる。
「とりあえず、ハンバーグ食べて力つけなさい!」
「は、はい……!」
涙で濡れた頬のまま、すみれは箸を取った。一口食べる。前に食べた味とは違う。和風の、少し甘い味付け。
それでも、その一口は、確かにあの時の記憶を連れてきた。六年前、しげると一緒に食べたあの味。逃げても、気持ちは消えなかった。
だったら、もう一度、向き合うしかない。
そして開いている古びた大衆食堂に足を踏み入れる。ガラリと戸を開けると、油と出汁の混じった匂いが鼻をくすぐる。
「いらっしゃい! 好きなところ座って」
恰幅のいい女将がにこやかな笑顔で出迎えてくれた。すみれは小さく会釈をしてカウンターの一番端の席に腰を下ろす。メニューの一番上、おすすめと大きく書かれたハンバーク定食を頼む。料理が運ばれてくるまでの間、すみれは卓上の傷だらけの天板をぼんやりと見つめていた。
六年。長いようで、短い年月。
会いたい。
声を聞きたい。
もっと顔を見たい。
でも彼は、会わないと決めた。
あのときの、何も言わずに去っていった、覚悟の固さ。それを、自分の気持ちだけで壊していいはずがない。今までも何度も考え、何度も同じ回答へと導かれている。まるで自分で自分に暗示をかけているように。
「お待ちどうさま」
「ありがとうございます」
運ばれてきたハンバーグ定食を、すみれはしばらく黙って眺めていた。湯気の立つ鉄皿。艶のあるソース。添えられた鮮やかな人参とハッシュドポテト。——六年前。喫茶店の奥の席で、しげるもハンバーグを頼んでいた。
頬張る顔。
「うまい」と言う声。
そして優しい目線。思い出してはいけない、とわかっているのに、思い出は勝手に浮かんでくる。
「……」
箸を持つ手が、止まったままになる。
「ねえ」
ハンバーグを運んできた女将さんが横から顔を覗き込むように声をかけた。
「大丈夫?」
「え……?」
「あなた、さっきからずっと、辛そうな顔してるわよ」
その一言で、確信した。
……ああ、やっぱり。私は、会いたかったんだ。会って、話がしたかった。逃げる理由を、正しいことをしたと思いたかっただけで。本当はわかっていたはずなのに。意地を張っていたんだ。
そう確信した瞬間、堪えていたものが一気に溢れた。ぽとり、と膝の上に落ちる涙。
「ちょ、ちょっと……ヤダ!」
女将さんが慌てて振り返る。
「お父さん、チリ紙!」
奥から戸棚を漁る音がしたと思ったらキッチンから大将がチリ紙を束ごと差し出してきた。すみれは礼を言いその束から一枚だけ受け取るとすみれは目元を押さえた。
「……何か、あったの?」
詮索するというより、心配するような声だった。
「話せば、少しは楽になるかもしれないわよ」
言葉が、勝手にこぼれ落ちた。
「……私、ずっと会いたかった人がいたんです」
声は、途切れ途切れだった。
「六年前に……何も言わずに、去っていった人で」
喉が詰まる。
「今日、その人に……会えるかもしれなかったのに」
箸を握る指に、力が入る。
「……私、逃げました」
女将さんは、何も言わずに聞いている。
「その人が……私から離れた理由が、なんとなくわかってて」
一緒にいない方がいい。それが、しげるくんの覚悟だから。
「会わない方がいいって……それが、あの子のためだって……」
言い訳みたいな言葉。
「……それでも」
声が震える。
「……それでも、会いたかった」
支離滅裂な言葉を、女将さんは「うん、うん」と、ただ受け止めた。しばらくして女将さんはふっと笑う。
「なら、会いに行けばいいじゃない」
「……いいんでしょうか」
自分でも驚くほど、弱い声。
「いいのよ」
即答だった。
「覚悟とか、立派な理由とか……そういうのは、後からついてくるもんよ」
女将さんは、すみれの背中を軽く叩く。ぱしん、と少し強めに。じんじんと背中が熱くなる。
「とりあえず、ハンバーグ食べて力つけなさい!」
「は、はい……!」
涙で濡れた頬のまま、すみれは箸を取った。一口食べる。前に食べた味とは違う。和風の、少し甘い味付け。
それでも、その一口は、確かにあの時の記憶を連れてきた。六年前、しげると一緒に食べたあの味。逃げても、気持ちは消えなかった。
だったら、もう一度、向き合うしかない。
