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今日は夕方から嵐になるらしい
窓に叩きつけ始めた雨を横目にパソコンに向かう
津軽さん、百瀬さんと内偵から帰るとデスク作業があり今日も残業だ
じっとりとした空気に爽やかな声が響いた
「高臣~!来たよ、会いたかった?」
(な、何事!?)
「ちょっとユカ、空気読んでよ」
「あははっ、つれないな~、私と高臣の仲じゃない、ねっ?」
"ユカ"と呼ばれた女性は一直線に津軽さんのデスクに行く
肩に手を置き顔をグイッと近づけた
(だ、大接近!距離感が!)
「はいはい。で?今日から合流ってこと?連絡してよ」
身体を離して空いてた隣の椅子に座った
「サプライズ好きでしょ?高臣の驚く顔見たかった女心分かってよ」
「ま、いいけど」
親しげに話をする二人に
胸が少しだけざわついた
こういう時は…
隣のデスクの先輩、百瀬さんに小声で話しかける
「百瀬さんっ、百瀬さんっ、あの方は一体どなたですか?」
「あー…なんで俺がお前に説明しなきゃいけねーんだよ」
「そう言わないで。津軽班の安泰のためですよ」
「チッ…彼女は津軽さんの同期。神奈川県警の公安一課」
「そうなんですか…」
「なんか、言いたげだな」
「いえいえ、仲良いなーって」
「…あの二人はずっとあんな感じだ」
「べ、べつに私は…」
「チッ!お前に関わりとろくなことねえ」
「あぁ、怒らないでくださいー」
その後、会議で改めて紹介された
大河内ユカさん
今、うちが内偵している過激派組織と、彼女たちがマークしている人物が接触していることから、情報共有のため、しばらく合流することになった
外の嵐は激しくなり、窓に激しく雨が打ち付けられていた
書類に埋もれながら残業をしていると
「私は終わったんだけど高臣は?」
「ん?終わるけど」
「ねえ、この嵐だからウチまで送ってよ」
「えー…」
「お願い。雨風に濡れて風邪引いちゃうよ」
「タクシー」
「捕まらなかった」
「電車」
「止まってる」
「ホテル」
「節約中」
「じゃあ知らない」
「高臣冷たい!」
「はあ。仕方ないな」
(津軽さん、今日車で来てるんだよね…だって朝、こっそり車で一緒に通勤してきたから)
「やった!ありがと 」
「じゃあ、ちょっと待ってて」
(……。二人で帰っちゃうんだ…)
「ウサ、それ15分で終わらせて。後は明日で間に合うでしょ」
「えっ」
「帰るよ」
「っ……はい!」
「へーウサちゃんって言うんだ~可愛いコードネームだね」
警察庁の駐車場を歩きながら大河内さんと雑談を交わす
ニコっと向けられた笑顔に女の私でさえ、ドキドキする美貌。
「コードネームって言うか…鼻がひくひくするからウサギのウサなんだと思います…」
「高臣のお気に入りなんだね」
「お前変わんないなー、本当よく喋る」
「あはっ 仕事柄?」
「あの、お二人は同期と聞いたんですが、大河内さんと津軽さんって、長い付き合いなんですか?」
「私のことはユカでいいよ。大河内って長いでしょ」
「じゃあ、ユカさんで」
「…ユカとは最初に配属された班が同じだっただけだし」
「そーだね、5年くらい…かな」
車に着き、ユカさんは自然に助手席に座った
もちろん私は後部座席
(…まあ、これが自然だけど…)
嵐の街を走る車
運転席と助手席でお喋りをする二人に、なんとく…入っていけない
視線を街に移せば、叩きつける豪雨が景色を白く染めていた
水飛沫にボヤけて揺れる視界
なんだか
(……雨の中ひとりぼっちみたい)
(そういえば…ユカさん、住所言ってないのに)
迷うことなく車はユカさんのマンション前に到着した
「ありがとね。じゃあ高臣、ウサちゃんバイバイ」
「お疲れさまでした」
ユカさんと別れ、今度は私たちのマンションに向かう
「今日ウチくる?」
「あ、…いえ、明日も早いし、すぐ寝ようかなって」
「そ?じゃ また今度ね?」
「はい」
聞きたいけど
聞けなかった
なんでユカさんの家を知ってるのかな
息ピッタリで会話する二人
当たり前みたいに迷わず着いたこと
私の席だと思ってた助手席に座った彼女
モヤモヤが少しずつ蓄積されていたのだった
翌日
お昼を食べに食堂で一人ご飯
「えっ津軽さんの?」
斜め後ろから 聞こえた声に思わず耳をそばだてた
「そうなの。大河内さんが今来てるんだって」
「有名なカップルだったもんね。再熱しちゃうのかな」
「だよね、でも大河内さん完璧だし仕方ないよね」
「分かる~勝ち目ないよ。美男美女だしさ」
女性職員たちの噂話は、必ずしも真実じゃない
ありもしない所から尾びれがつき、勝手に話が出来上がる
(でも…付き合っててもおかしくない雰囲気だった)
過去に津軽さんに付き合ってた人がいたっておかしくない
寧ろ、だいぶ遊んでたらしいし、一人の人とちゃんと付き合ってたなら、好ましいことなんだろう
急に食欲がなくなり箸が止まる
(過去は、過去。割り切らなきゃ)
この後は、無心で掻き込むようにご飯を口に運び昼食を終わらせたのだった
数日後
捜査は情報共有が行われたこともあり、進捗が早かった
科学爆弾の研究と製造の疑いが強まり、ガサ入れとなった
爆発物処理班と共に、潜伏先のビル近くで突入の時間を待った
潜伏先の雑居ビルを見上げる
周囲には規制線が張られ、緊張感が漂っていた
飛び交う無線に私たちが乗るワンボックスカーの中も殺伐としていた
私は百瀬さんと共に後方支援の配置
津軽さんとユカさんは爆発物がある部屋を確定しようと話し合っていた
「対象は五名。爆発物の存在はほぼ確実」
ユカさんがタブレットを見ながら説明する
警察庁では、爽やかに話しかけてくれたけど、そんなさっきまでの明るい雰囲気はどこにもない
声は落ち着き、視線は鋭かった
「西側非常階段は使われた形跡なし。逃走経路にするなら東側だわ」
「同意見」
津軽さんが即答する
「ただ三階の窓が気になるわね」
「あー、あそこね」
ユカさんは苦笑した
「高臣も気付いた?」
「不自然すぎる」
「だよね」
二人の会話についていけない
けれど百瀬さんは当然のように頷いていた
「えっと三階…ですか?」
「カーテンの閉め方」
私が恐る恐る聞くと津軽さんが短く答えた
「あの組織の連中にしては神経質すぎる」
「人を隠してるか、物を隠してるか」
ユカさんが続ける
「どっちにしろ当たりだと思う」
一瞬の沈黙
そして津軽さんが笑った
「相変わらず勘が鋭い。気持ち悪いね」
「あははっ、高臣ったら、あんまり褒めないで~」
軽口を叩いているのに
二人の予測はぴたりと噛み合っていた
五年。
同じ班にいた時間の長さを感じる
胸の奥が少しだけざわついた
その時だった
ユカさんがこちらを向く
「ウサちゃん」
「はい?」
「高臣は無茶するから」
突然の言葉に目を瞬かせる
「もし突っ込んで行ったら止めてね」
「おい」
津軽さんが眉をひそめた
「人を問題児みたいに言わないで」
「違うの?」
「違わないですね」
百瀬さんが即答した
「ふざけてないで。さて、突入30秒前…」
静かな津軽さんの声が車の中に響く
「爆弾も気になるけど犯人はだいぶ無鉄砲な奴らだから、全員集中していくように」
頷く私たちも神経を全身に張り巡らせた
警察庁
「申し訳ありませんでした」
「本当に分かってる?今頃 死んでたかもよ?」
「はい…でも…はい、すみません」
「でもって何…?」
「いえ、なんでも」
何故、私が津軽さんに詰め寄られているかと言うと
爆弾を見つけ、犯人4名を確保してた津軽さんとユカさんに合流するため3階まで来た
百瀬さんは逃げている1名を警戒し物音がした少し後ろにいた、その時
(えっ!?津軽さん!)
犯人に手錠をかけている津軽さんの背後にナイフを持った男が飛びかかるところだった
無意識だった
男に体当たりしコンクリートの地面に二人で倒れこむ
ナイフが私の首近くをかすめるが気にしてられない
押さえ込もうとした時、津軽さんが男の腕を強く捻りあげ確保となった
…そんなことがあり、津軽さんはずっと機嫌が悪い
お叱りを受けるのはいいのだが、任務自体を失敗したわけではない。と少しの反発心もあった
「よし、じゃあ私は上がるね。また明日よろしく」
仕事の疲れも見せずに相変わらず爽やかにユカさんは公安課を出ていく
「ウサ、俺らも帰るよ」
「あ、はい」
まだ ちらほら人がいるのに、そんな堂々と一緒に帰っていいのか戸惑うが
「反省会だよ」
「うっ、そういう…」
会話も少なめに一緒に帰宅するのは津軽さんの部屋
「コーヒー飲む?」
「いりません」
「そう」
静かだ
怖いくらい静かで
二人とも黙ったままリビングに入ると
「座って」
気まずい空気のまま素直にソファへ座る
津軽さんは立ったまま
「あのさ、何考えてたの」
(またその話…)
「だから謝りました」
「質問に答えて」
「津軽さんを助けようと思いました」
「違う」
低い声。かなり怒ってるのは分かるけど私にだって言い分はある
「俺は何で勝手な行動したのか聞いてる」
(百瀬さんだったら、そんなに怒った?)
正直イラッとする
「だって百瀬さんは遠かったし、咄嗟に…」
「待てた」
「待てません」
「待てたよ」
「待てませんでした!」
声を荒げてしまい、だんだんブレーキが効かなくなってくる
「だって目の前で津軽さんが刺されそうだったんです!」
「………」
「黙って見てたら良かったんですか!?」
「そうじゃない」
「じゃあ何ですか!」
「俺は公安だよ」
「そういう危険込みで班長して、仕事してる」
「だから優衣が勝手な判断する必要はない」
(なにそれ…まるで私はいらなかったみたいに聞こえる)
「そうですよね」
「なに」
「ユカさんなら邪魔にならなかったでしょうね」
「は?今、ユカ関係ある?」
「あります」
「ないでしょ」
「あります!」
「息ぴったりだし、家知ってるし、付き合ってたって噂あるし」
「や、ちょっと待ってよ」
「私なんかいなくても…」
「それ今、関係ないだろ」
「あります!」
「ない」
「あります!」
「優衣」
低い声が空気の流れを止めた
「俺が言いたいのは、刺されそうになった時、本当に心配だった」
「……」
「俺じゃなくて優衣が刺されたらって」
(!!そ、れは…そうかも知れないけど!)
「…でも助かりましたよね」
「……」
「……」
「そんなに分からないなら…」
見つめ合う私たちの間にあるものは、いつもの甘いものじゃない
「じゃあ別れる?」
(わか…れる?)
空気が……凍った
ーーーーーーー ー ー
Side津軽
優衣に鋭いナイフがかすめた時、本当にギリギリで頸動脈だった
死んでたかもしれない
犯人を取り押さえながら
最初に見たのは犯人じゃない
優衣が無事か、だった
コンクリートの地面に座り込む優衣は、自覚があったか分からないが、顔が真っ白だった
血が出てないか、怪我してないか
そればかり気にして…
公安課に戻ってからも機嫌が悪かったんじゃない
怖かったんだ
「俺が言いたいのは、刺されそうになった時、本当に心配だった」
「……」
「俺じゃなくて優衣が刺されたらって」
「…でも助かりましたよね」
「……」
「……」
ユカなら
あそこで飛び出さない
助けたくても飛び出さない
冷静に援護する
それが公安だ
でも
優衣は公安としてじゃなく、恋人として飛び出した
だから本気で怒れない
だから許せない
「そんなに分からないなら」
何かを警戒したかのように、優衣は身体を僅かに強張らせた
「じゃあ別れる?」
(え、俺…今なんて)
しまった…
最低最悪な言葉を口にしてしまった
流れる沈黙
俺は自分の言ったことが信じられなく、凍ってしまったかのように、固まった
優衣の見開かれた瞳が、一つ瞬きをした
「…分かりました。帰ります」
バッグを手に持ち立ち上がって玄関へ向かう
(やばい、違うから)
(分かりましたってなに!だめでしょ!)
(あぁ、まずいって 本当に帰る!?)
リビングのドアノブに手をかけ、廊下に出てしまった優衣の後ろを付いて歩く
(謝んなきゃ、いや、まず引き止めて)
(待って、帰らないで)
靴を履こうとする後ろ姿
万が一、ここで別れて仲直りできなかったら
最悪な事態が容易に想像できた
捨てられる?
なりふり構っていられなかった
「えっ、つ、津軽さん?」
子供みたいな俺の行動に優衣は目を白黒させた
靴も履かず、玄関の扉の前に立ち塞がったから
「…ちゃんと話、したい…」
恥ずかしかった。うん、めちゃくちゃ…
でもその行動を目の当たりにした優衣は引き返してくれ、再びソファーに座った
いつもなら、すぐに触れられる距離に座るのに、今は妙に遠い
「………」
「………」
時計の秒針の音だけが聞こえる
「ごめん」
先に口を開いたのは俺だった
「別れるなんて本気じゃないから」
優衣は俯いたまま
「……はい」
(絶対に…はい、と思ってないし!)
全然、許してない。優衣はこっちを見てもくれない
「あと、ユカとは何もない」
その言葉に優衣はパッと顔を上げた
「べつに、聞いてませんけど」
「いや聞いたじゃん」
「聞いてません」
「とにかく、一切、男女の関係はないし、ありえない。噂されてたのは知ってたけど、わざわざ面倒だから否定しなかった」
「家は…行ってたんですか?」
「何人かで飲みにね。モモもいたよ」
「そうですか…」
小さく頷く
「……安心した?」
「っ!?」
図星だった顔
「別に」
「嘘だ」
「……ちょっとだけです。ほんのちょっとだけ」
その表情が少しほっとした表情になり、俺もほっとした
でも
これで仲直り。にはならない
本当に話したいことはまだ残っていた
「優衣」
名前を呼ぶと小さく肩が揺れる。
「俺さ」
言葉を探す
こういうのは苦手だ
潜入も尋問も得意だけど、こういうのは本当に苦手
「怒ってたんじゃない」
「……え?」
「怖かった」
優衣が目をパチパチと瞬かせ、見つめてきた
「刺されそうになった時も」
「帰ってからも」
「今だって、ずっと」
情けない…視線を落とす
でも今さら格好つけても仕方ない
優衣と別れるようなことになるなら、女々しくても、ちゃんと話さなきゃならない
「優衣に何かあったらって考えたら」
「頭に血が上った」
「だから怒った」
「津軽さん……」
「ごめん」
静かな沈黙
やがて優衣が小さく呟いた
「私も」
「ん?」
「私も怖かったんです」
「……」
「津軽さんが刺されると思ったから」
そう言って苦笑する
「だから身体が勝手に動いちゃったんです」
「公安として失格なのは分かってます」
「でも恋人としては無理でした」
胸がぎゅっと痛くなる
それを聞いたらもう責められない
責める資格なんかない
だって俺だって同じだから
もし優衣が刺されそうになったら
俺も飛び出す
絶対に
「……失格じゃないよ」
「え?」
「俺も多分同じことするし」
優衣が驚いた顔をした
「津軽さんが?」
「する」
即答すると優衣が少し吹き出した
「ダメじゃないですか」
「うん」
「班長なのに」
「うん」
「問題児ですね」
「モモとユカが聞いたら喜ぶね」
「うわ~、目に浮かびます」
空気が柔らかいものになり、二人で笑った
「まだ怒ってる?」
「ちょっと」
「困ったな」
「別れるなんて言ったこと、反省してください」
反省して、なんて言うわりに穏やかな笑みだった
(……可愛いにもほどがある)
軽く夕飯を食べて、片付けと風呂の準備をする
「お湯溜まったから、入って来ちゃいなよ」
「え、いいんですか」
「うん、ちょっと早いけど、入っちゃってベッド行こう?」
すると、優衣の頬がポッと赤くなる
「な、なに考えてるんですか…そうやって絆そうとして!」
「はっ?なに想像してんの」
(すみません、想像してました)
「そんな簡単な女じゃないんですからね!」
(すみません、仲直りえっちしようと思って)
別に簡単な女なんて思ってない。むしろ、優衣みたいな子に出会ったことがないから
寝室
「ちょっと…離れすぎじゃない?」
「今夜はこの距離感で」
「ねー でもさぁ…」
キスくらいしたいんだけどな~
「お休みなさい」
「…お休み」
仕方ない、今夜は諦めよう
仲直りして、こうして一緒に寝られるだけで十分、十分…
数分後
すぅーすぅーと小さく寝息をたてながら、隣の彼女は眠っている
(………。)
(…ほんとに寝るかね。久しぶりだったのに)
健康な男子な自分が恨めしい
(でもさ、この寝顔を見られるのは幸せってやつなんだよな)
腕を伸ばし、健やかな寝顔をしてる優衣の頭を撫でる
その時
ゴロンッと大きな寝返りをして
ぎゅー
(っ……このタイミングで抱きついてくる!?)
実は起きてる?とか、よく観察するがぐっすり寝ていて
(結局、俺の腕の中だし)
いつもの収まりのいい体勢に抱き締める
(君がいないと生きていけない。なんて一生心の中にしまっておこう)
愛しい恋人を抱き締めながら眠りについた
翌朝
何か視線を感じて意識が覚醒する
パチッと目を開けると至近距離で優衣と目が合う
「…おはよ」
「おはようございます」
「もう起きる時間?」
「いえ、まだ早いです。それより」
「ん?」
「なんで、くっついてるんですか」
「君からくっついてきた」
「えぇ…そ、そうなんですか」
「潜在意識からは抗えないんじゃない」
「く、悔しいけど、そうかも」
「ねっ?もっと、こっちおいで」
更に抱き寄せ、不意打ちにキスをする
「……。おかわり、アリですか?」
(ぐっ!昨日からあざとい!だけど可愛い!)
「お望みのままに?」
ベッドのスプリングが揺れる
優衣の身体の上に覆い被り、見つめ合う
昨日、ケンカした時のピリピリした居心地の悪さはない
唇を合わせにいったのは、二人同時だった
公安課
「ねえ、ねえ、仲直りした?」
「してない」
「嘘。高臣の声が幸せ駄々漏れだよ」
「……」
「だから言ったじゃん。ウサちゃんに惚れすぎだって」
「いーから仕事しなよ」
「あ、やっぱり付き合ってるって認めた」
「勝手に言ってな」
「ふふっ、良かった。幸せなんだね」
ユカはそう言って微笑んだ
「何が」
「高臣がさ」
「だから何が」
「昔は誰かのために、そこまで必死になる人じゃなかったから」
キーボードを打つ手が一瞬止まる。
「……仕事中」
「あ、照れた」
「照れてない」
「はいはい」
ーーーーーーー ー ー
Side優衣
(また、なにを楽しそうに話してるのかな?)
少し離れたデスクで資料を整理していた私は、ヒソヒソと話をしている二人に小さく息を吐く
最初はユカさんのこと、ちょっと苦手だった
嫉妬もした
津軽さんとの長い時間も
だけど今は分かる
私の知らない津軽さんを知っている人
けど、それだけで
津軽さんの大事な同僚だった
そして
今の津軽さんを一番近くで見ているのは私だ
そう思うと、不思議と胸の中は穏やかだった
「ウサ」
顔を上げると津軽さんが書類を差し出していた
「これ確認お願い」
「はい」
指先が少しだけ触れる
ほんの一瞬
だけど津軽さんは満足そうに笑った
その顔に思わず頬が熱くなる。
「ずるい…」
「何が?」
「何でもありません」
「そ?今日中にお願いね」
(指が触れただけ、でもそれがお互い幸せとか)
緩む口元を我慢しながら
窓の外を見る
あの日の嵐はもうどこにもない
差し込む陽射しが、静かに公安課を照らしていた
ふと視線を感じて顔を上げる
津軽さんがこちらを見ていた
目が合うと何事もなかったように仕事へ戻る
──本当にずるい。
窓に叩きつけ始めた雨を横目にパソコンに向かう
津軽さん、百瀬さんと内偵から帰るとデスク作業があり今日も残業だ
じっとりとした空気に爽やかな声が響いた
「高臣~!来たよ、会いたかった?」
(な、何事!?)
「ちょっとユカ、空気読んでよ」
「あははっ、つれないな~、私と高臣の仲じゃない、ねっ?」
"ユカ"と呼ばれた女性は一直線に津軽さんのデスクに行く
肩に手を置き顔をグイッと近づけた
(だ、大接近!距離感が!)
「はいはい。で?今日から合流ってこと?連絡してよ」
身体を離して空いてた隣の椅子に座った
「サプライズ好きでしょ?高臣の驚く顔見たかった女心分かってよ」
「ま、いいけど」
親しげに話をする二人に
胸が少しだけざわついた
こういう時は…
隣のデスクの先輩、百瀬さんに小声で話しかける
「百瀬さんっ、百瀬さんっ、あの方は一体どなたですか?」
「あー…なんで俺がお前に説明しなきゃいけねーんだよ」
「そう言わないで。津軽班の安泰のためですよ」
「チッ…彼女は津軽さんの同期。神奈川県警の公安一課」
「そうなんですか…」
「なんか、言いたげだな」
「いえいえ、仲良いなーって」
「…あの二人はずっとあんな感じだ」
「べ、べつに私は…」
「チッ!お前に関わりとろくなことねえ」
「あぁ、怒らないでくださいー」
その後、会議で改めて紹介された
大河内ユカさん
今、うちが内偵している過激派組織と、彼女たちがマークしている人物が接触していることから、情報共有のため、しばらく合流することになった
外の嵐は激しくなり、窓に激しく雨が打ち付けられていた
書類に埋もれながら残業をしていると
「私は終わったんだけど高臣は?」
「ん?終わるけど」
「ねえ、この嵐だからウチまで送ってよ」
「えー…」
「お願い。雨風に濡れて風邪引いちゃうよ」
「タクシー」
「捕まらなかった」
「電車」
「止まってる」
「ホテル」
「節約中」
「じゃあ知らない」
「高臣冷たい!」
「はあ。仕方ないな」
(津軽さん、今日車で来てるんだよね…だって朝、こっそり車で一緒に通勤してきたから)
「やった!ありがと 」
「じゃあ、ちょっと待ってて」
(……。二人で帰っちゃうんだ…)
「ウサ、それ15分で終わらせて。後は明日で間に合うでしょ」
「えっ」
「帰るよ」
「っ……はい!」
「へーウサちゃんって言うんだ~可愛いコードネームだね」
警察庁の駐車場を歩きながら大河内さんと雑談を交わす
ニコっと向けられた笑顔に女の私でさえ、ドキドキする美貌。
「コードネームって言うか…鼻がひくひくするからウサギのウサなんだと思います…」
「高臣のお気に入りなんだね」
「お前変わんないなー、本当よく喋る」
「あはっ 仕事柄?」
「あの、お二人は同期と聞いたんですが、大河内さんと津軽さんって、長い付き合いなんですか?」
「私のことはユカでいいよ。大河内って長いでしょ」
「じゃあ、ユカさんで」
「…ユカとは最初に配属された班が同じだっただけだし」
「そーだね、5年くらい…かな」
車に着き、ユカさんは自然に助手席に座った
もちろん私は後部座席
(…まあ、これが自然だけど…)
嵐の街を走る車
運転席と助手席でお喋りをする二人に、なんとく…入っていけない
視線を街に移せば、叩きつける豪雨が景色を白く染めていた
水飛沫にボヤけて揺れる視界
なんだか
(……雨の中ひとりぼっちみたい)
(そういえば…ユカさん、住所言ってないのに)
迷うことなく車はユカさんのマンション前に到着した
「ありがとね。じゃあ高臣、ウサちゃんバイバイ」
「お疲れさまでした」
ユカさんと別れ、今度は私たちのマンションに向かう
「今日ウチくる?」
「あ、…いえ、明日も早いし、すぐ寝ようかなって」
「そ?じゃ また今度ね?」
「はい」
聞きたいけど
聞けなかった
なんでユカさんの家を知ってるのかな
息ピッタリで会話する二人
当たり前みたいに迷わず着いたこと
私の席だと思ってた助手席に座った彼女
モヤモヤが少しずつ蓄積されていたのだった
翌日
お昼を食べに食堂で一人ご飯
「えっ津軽さんの?」
斜め後ろから 聞こえた声に思わず耳をそばだてた
「そうなの。大河内さんが今来てるんだって」
「有名なカップルだったもんね。再熱しちゃうのかな」
「だよね、でも大河内さん完璧だし仕方ないよね」
「分かる~勝ち目ないよ。美男美女だしさ」
女性職員たちの噂話は、必ずしも真実じゃない
ありもしない所から尾びれがつき、勝手に話が出来上がる
(でも…付き合っててもおかしくない雰囲気だった)
過去に津軽さんに付き合ってた人がいたっておかしくない
寧ろ、だいぶ遊んでたらしいし、一人の人とちゃんと付き合ってたなら、好ましいことなんだろう
急に食欲がなくなり箸が止まる
(過去は、過去。割り切らなきゃ)
この後は、無心で掻き込むようにご飯を口に運び昼食を終わらせたのだった
数日後
捜査は情報共有が行われたこともあり、進捗が早かった
科学爆弾の研究と製造の疑いが強まり、ガサ入れとなった
爆発物処理班と共に、潜伏先のビル近くで突入の時間を待った
潜伏先の雑居ビルを見上げる
周囲には規制線が張られ、緊張感が漂っていた
飛び交う無線に私たちが乗るワンボックスカーの中も殺伐としていた
私は百瀬さんと共に後方支援の配置
津軽さんとユカさんは爆発物がある部屋を確定しようと話し合っていた
「対象は五名。爆発物の存在はほぼ確実」
ユカさんがタブレットを見ながら説明する
警察庁では、爽やかに話しかけてくれたけど、そんなさっきまでの明るい雰囲気はどこにもない
声は落ち着き、視線は鋭かった
「西側非常階段は使われた形跡なし。逃走経路にするなら東側だわ」
「同意見」
津軽さんが即答する
「ただ三階の窓が気になるわね」
「あー、あそこね」
ユカさんは苦笑した
「高臣も気付いた?」
「不自然すぎる」
「だよね」
二人の会話についていけない
けれど百瀬さんは当然のように頷いていた
「えっと三階…ですか?」
「カーテンの閉め方」
私が恐る恐る聞くと津軽さんが短く答えた
「あの組織の連中にしては神経質すぎる」
「人を隠してるか、物を隠してるか」
ユカさんが続ける
「どっちにしろ当たりだと思う」
一瞬の沈黙
そして津軽さんが笑った
「相変わらず勘が鋭い。気持ち悪いね」
「あははっ、高臣ったら、あんまり褒めないで~」
軽口を叩いているのに
二人の予測はぴたりと噛み合っていた
五年。
同じ班にいた時間の長さを感じる
胸の奥が少しだけざわついた
その時だった
ユカさんがこちらを向く
「ウサちゃん」
「はい?」
「高臣は無茶するから」
突然の言葉に目を瞬かせる
「もし突っ込んで行ったら止めてね」
「おい」
津軽さんが眉をひそめた
「人を問題児みたいに言わないで」
「違うの?」
「違わないですね」
百瀬さんが即答した
「ふざけてないで。さて、突入30秒前…」
静かな津軽さんの声が車の中に響く
「爆弾も気になるけど犯人はだいぶ無鉄砲な奴らだから、全員集中していくように」
頷く私たちも神経を全身に張り巡らせた
警察庁
「申し訳ありませんでした」
「本当に分かってる?今頃 死んでたかもよ?」
「はい…でも…はい、すみません」
「でもって何…?」
「いえ、なんでも」
何故、私が津軽さんに詰め寄られているかと言うと
爆弾を見つけ、犯人4名を確保してた津軽さんとユカさんに合流するため3階まで来た
百瀬さんは逃げている1名を警戒し物音がした少し後ろにいた、その時
(えっ!?津軽さん!)
犯人に手錠をかけている津軽さんの背後にナイフを持った男が飛びかかるところだった
無意識だった
男に体当たりしコンクリートの地面に二人で倒れこむ
ナイフが私の首近くをかすめるが気にしてられない
押さえ込もうとした時、津軽さんが男の腕を強く捻りあげ確保となった
…そんなことがあり、津軽さんはずっと機嫌が悪い
お叱りを受けるのはいいのだが、任務自体を失敗したわけではない。と少しの反発心もあった
「よし、じゃあ私は上がるね。また明日よろしく」
仕事の疲れも見せずに相変わらず爽やかにユカさんは公安課を出ていく
「ウサ、俺らも帰るよ」
「あ、はい」
まだ ちらほら人がいるのに、そんな堂々と一緒に帰っていいのか戸惑うが
「反省会だよ」
「うっ、そういう…」
会話も少なめに一緒に帰宅するのは津軽さんの部屋
「コーヒー飲む?」
「いりません」
「そう」
静かだ
怖いくらい静かで
二人とも黙ったままリビングに入ると
「座って」
気まずい空気のまま素直にソファへ座る
津軽さんは立ったまま
「あのさ、何考えてたの」
(またその話…)
「だから謝りました」
「質問に答えて」
「津軽さんを助けようと思いました」
「違う」
低い声。かなり怒ってるのは分かるけど私にだって言い分はある
「俺は何で勝手な行動したのか聞いてる」
(百瀬さんだったら、そんなに怒った?)
正直イラッとする
「だって百瀬さんは遠かったし、咄嗟に…」
「待てた」
「待てません」
「待てたよ」
「待てませんでした!」
声を荒げてしまい、だんだんブレーキが効かなくなってくる
「だって目の前で津軽さんが刺されそうだったんです!」
「………」
「黙って見てたら良かったんですか!?」
「そうじゃない」
「じゃあ何ですか!」
「俺は公安だよ」
「そういう危険込みで班長して、仕事してる」
「だから優衣が勝手な判断する必要はない」
(なにそれ…まるで私はいらなかったみたいに聞こえる)
「そうですよね」
「なに」
「ユカさんなら邪魔にならなかったでしょうね」
「は?今、ユカ関係ある?」
「あります」
「ないでしょ」
「あります!」
「息ぴったりだし、家知ってるし、付き合ってたって噂あるし」
「や、ちょっと待ってよ」
「私なんかいなくても…」
「それ今、関係ないだろ」
「あります!」
「ない」
「あります!」
「優衣」
低い声が空気の流れを止めた
「俺が言いたいのは、刺されそうになった時、本当に心配だった」
「……」
「俺じゃなくて優衣が刺されたらって」
(!!そ、れは…そうかも知れないけど!)
「…でも助かりましたよね」
「……」
「……」
「そんなに分からないなら…」
見つめ合う私たちの間にあるものは、いつもの甘いものじゃない
「じゃあ別れる?」
(わか…れる?)
空気が……凍った
ーーーーーーー ー ー
Side津軽
優衣に鋭いナイフがかすめた時、本当にギリギリで頸動脈だった
死んでたかもしれない
犯人を取り押さえながら
最初に見たのは犯人じゃない
優衣が無事か、だった
コンクリートの地面に座り込む優衣は、自覚があったか分からないが、顔が真っ白だった
血が出てないか、怪我してないか
そればかり気にして…
公安課に戻ってからも機嫌が悪かったんじゃない
怖かったんだ
「俺が言いたいのは、刺されそうになった時、本当に心配だった」
「……」
「俺じゃなくて優衣が刺されたらって」
「…でも助かりましたよね」
「……」
「……」
ユカなら
あそこで飛び出さない
助けたくても飛び出さない
冷静に援護する
それが公安だ
でも
優衣は公安としてじゃなく、恋人として飛び出した
だから本気で怒れない
だから許せない
「そんなに分からないなら」
何かを警戒したかのように、優衣は身体を僅かに強張らせた
「じゃあ別れる?」
(え、俺…今なんて)
しまった…
最低最悪な言葉を口にしてしまった
流れる沈黙
俺は自分の言ったことが信じられなく、凍ってしまったかのように、固まった
優衣の見開かれた瞳が、一つ瞬きをした
「…分かりました。帰ります」
バッグを手に持ち立ち上がって玄関へ向かう
(やばい、違うから)
(分かりましたってなに!だめでしょ!)
(あぁ、まずいって 本当に帰る!?)
リビングのドアノブに手をかけ、廊下に出てしまった優衣の後ろを付いて歩く
(謝んなきゃ、いや、まず引き止めて)
(待って、帰らないで)
靴を履こうとする後ろ姿
万が一、ここで別れて仲直りできなかったら
最悪な事態が容易に想像できた
捨てられる?
なりふり構っていられなかった
「えっ、つ、津軽さん?」
子供みたいな俺の行動に優衣は目を白黒させた
靴も履かず、玄関の扉の前に立ち塞がったから
「…ちゃんと話、したい…」
恥ずかしかった。うん、めちゃくちゃ…
でもその行動を目の当たりにした優衣は引き返してくれ、再びソファーに座った
いつもなら、すぐに触れられる距離に座るのに、今は妙に遠い
「………」
「………」
時計の秒針の音だけが聞こえる
「ごめん」
先に口を開いたのは俺だった
「別れるなんて本気じゃないから」
優衣は俯いたまま
「……はい」
(絶対に…はい、と思ってないし!)
全然、許してない。優衣はこっちを見てもくれない
「あと、ユカとは何もない」
その言葉に優衣はパッと顔を上げた
「べつに、聞いてませんけど」
「いや聞いたじゃん」
「聞いてません」
「とにかく、一切、男女の関係はないし、ありえない。噂されてたのは知ってたけど、わざわざ面倒だから否定しなかった」
「家は…行ってたんですか?」
「何人かで飲みにね。モモもいたよ」
「そうですか…」
小さく頷く
「……安心した?」
「っ!?」
図星だった顔
「別に」
「嘘だ」
「……ちょっとだけです。ほんのちょっとだけ」
その表情が少しほっとした表情になり、俺もほっとした
でも
これで仲直り。にはならない
本当に話したいことはまだ残っていた
「優衣」
名前を呼ぶと小さく肩が揺れる。
「俺さ」
言葉を探す
こういうのは苦手だ
潜入も尋問も得意だけど、こういうのは本当に苦手
「怒ってたんじゃない」
「……え?」
「怖かった」
優衣が目をパチパチと瞬かせ、見つめてきた
「刺されそうになった時も」
「帰ってからも」
「今だって、ずっと」
情けない…視線を落とす
でも今さら格好つけても仕方ない
優衣と別れるようなことになるなら、女々しくても、ちゃんと話さなきゃならない
「優衣に何かあったらって考えたら」
「頭に血が上った」
「だから怒った」
「津軽さん……」
「ごめん」
静かな沈黙
やがて優衣が小さく呟いた
「私も」
「ん?」
「私も怖かったんです」
「……」
「津軽さんが刺されると思ったから」
そう言って苦笑する
「だから身体が勝手に動いちゃったんです」
「公安として失格なのは分かってます」
「でも恋人としては無理でした」
胸がぎゅっと痛くなる
それを聞いたらもう責められない
責める資格なんかない
だって俺だって同じだから
もし優衣が刺されそうになったら
俺も飛び出す
絶対に
「……失格じゃないよ」
「え?」
「俺も多分同じことするし」
優衣が驚いた顔をした
「津軽さんが?」
「する」
即答すると優衣が少し吹き出した
「ダメじゃないですか」
「うん」
「班長なのに」
「うん」
「問題児ですね」
「モモとユカが聞いたら喜ぶね」
「うわ~、目に浮かびます」
空気が柔らかいものになり、二人で笑った
「まだ怒ってる?」
「ちょっと」
「困ったな」
「別れるなんて言ったこと、反省してください」
反省して、なんて言うわりに穏やかな笑みだった
(……可愛いにもほどがある)
軽く夕飯を食べて、片付けと風呂の準備をする
「お湯溜まったから、入って来ちゃいなよ」
「え、いいんですか」
「うん、ちょっと早いけど、入っちゃってベッド行こう?」
すると、優衣の頬がポッと赤くなる
「な、なに考えてるんですか…そうやって絆そうとして!」
「はっ?なに想像してんの」
(すみません、想像してました)
「そんな簡単な女じゃないんですからね!」
(すみません、仲直りえっちしようと思って)
別に簡単な女なんて思ってない。むしろ、優衣みたいな子に出会ったことがないから
寝室
「ちょっと…離れすぎじゃない?」
「今夜はこの距離感で」
「ねー でもさぁ…」
キスくらいしたいんだけどな~
「お休みなさい」
「…お休み」
仕方ない、今夜は諦めよう
仲直りして、こうして一緒に寝られるだけで十分、十分…
数分後
すぅーすぅーと小さく寝息をたてながら、隣の彼女は眠っている
(………。)
(…ほんとに寝るかね。久しぶりだったのに)
健康な男子な自分が恨めしい
(でもさ、この寝顔を見られるのは幸せってやつなんだよな)
腕を伸ばし、健やかな寝顔をしてる優衣の頭を撫でる
その時
ゴロンッと大きな寝返りをして
ぎゅー
(っ……このタイミングで抱きついてくる!?)
実は起きてる?とか、よく観察するがぐっすり寝ていて
(結局、俺の腕の中だし)
いつもの収まりのいい体勢に抱き締める
(君がいないと生きていけない。なんて一生心の中にしまっておこう)
愛しい恋人を抱き締めながら眠りについた
翌朝
何か視線を感じて意識が覚醒する
パチッと目を開けると至近距離で優衣と目が合う
「…おはよ」
「おはようございます」
「もう起きる時間?」
「いえ、まだ早いです。それより」
「ん?」
「なんで、くっついてるんですか」
「君からくっついてきた」
「えぇ…そ、そうなんですか」
「潜在意識からは抗えないんじゃない」
「く、悔しいけど、そうかも」
「ねっ?もっと、こっちおいで」
更に抱き寄せ、不意打ちにキスをする
「……。おかわり、アリですか?」
(ぐっ!昨日からあざとい!だけど可愛い!)
「お望みのままに?」
ベッドのスプリングが揺れる
優衣の身体の上に覆い被り、見つめ合う
昨日、ケンカした時のピリピリした居心地の悪さはない
唇を合わせにいったのは、二人同時だった
公安課
「ねえ、ねえ、仲直りした?」
「してない」
「嘘。高臣の声が幸せ駄々漏れだよ」
「……」
「だから言ったじゃん。ウサちゃんに惚れすぎだって」
「いーから仕事しなよ」
「あ、やっぱり付き合ってるって認めた」
「勝手に言ってな」
「ふふっ、良かった。幸せなんだね」
ユカはそう言って微笑んだ
「何が」
「高臣がさ」
「だから何が」
「昔は誰かのために、そこまで必死になる人じゃなかったから」
キーボードを打つ手が一瞬止まる。
「……仕事中」
「あ、照れた」
「照れてない」
「はいはい」
ーーーーーーー ー ー
Side優衣
(また、なにを楽しそうに話してるのかな?)
少し離れたデスクで資料を整理していた私は、ヒソヒソと話をしている二人に小さく息を吐く
最初はユカさんのこと、ちょっと苦手だった
嫉妬もした
津軽さんとの長い時間も
だけど今は分かる
私の知らない津軽さんを知っている人
けど、それだけで
津軽さんの大事な同僚だった
そして
今の津軽さんを一番近くで見ているのは私だ
そう思うと、不思議と胸の中は穏やかだった
「ウサ」
顔を上げると津軽さんが書類を差し出していた
「これ確認お願い」
「はい」
指先が少しだけ触れる
ほんの一瞬
だけど津軽さんは満足そうに笑った
その顔に思わず頬が熱くなる。
「ずるい…」
「何が?」
「何でもありません」
「そ?今日中にお願いね」
(指が触れただけ、でもそれがお互い幸せとか)
緩む口元を我慢しながら
窓の外を見る
あの日の嵐はもうどこにもない
差し込む陽射しが、静かに公安課を照らしていた
ふと視線を感じて顔を上げる
津軽さんがこちらを見ていた
目が合うと何事もなかったように仕事へ戻る
──本当にずるい。
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