幸せを心よりお祈りしています・前編
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それは浮かれて、酔っ払った私の
" 過ち "
雷に打たれたような衝撃は、決して恋じゃなかった…はず
ーーーーーー ー ー
「はい、月の兎スペシャル」
「わあ 綺麗な黄色のカクテル」
「ウサちゃんにぴったりだと思って。特別だよ?」
「…うんっ、美味しい」
公安課に配属して程なく、津軽班で私の歓迎会が開かれていた
人権が完全に無かったはずが、私に運気が向いている気がする
相変わらず私の本名なんて覚えていないんだろうけど、ウサ、と呼ばれて 捜査にも出してもらえるようになった
やっぱり こうして優しくされたら気持ちが絆されてしまう単純な自分
この夜 私はだいぶ呑みすぎてしまい…
「ウサちゃん大丈夫~?苦しくない?」
近くで声がし、ふっと意識が浮上した
身体に重力を感じていて、心地がよい
「あ、やっと起きた。歩ける?」
「はあ、うーん、歩けないぃー」
「はいはい、じゃあ、 しっかりつかまっててね」
ガチャン、何処かのドアの鍵が開く音がした
けど深くは考えられない
なんだか、意識も身体もフワフワしていて足をバタバタさせてみる
「あ~もう、酒癖わるいな~」
「……久しぶり」
「なに、泥酔したこと?」
「……男の人に こんなに密着するの」
(きもちい)
私の体温が高くなっているし、津軽さんの背中も意外と広くて…固いけど、人の体温って、こんなに心地いいんだっけ
ほんと、この人は 人タラシだ
配属して大して経ってないのに、津軽さんの雰囲気や言葉に心を開いてきていて、上司にも関わらず おんぶされた背中にギュッとしがみついている
「……。そう。終生 感謝しなよ 今夜の事」
「…津軽さんって…いい匂いだったんですね…」
首もとの髪に鼻を埋めると、更になんとも言えない、脳がクラッとするいい匂いがした
「君って案外…変態かもね、はい、到着」
「んんっ」
ゴロンと柔らかくも弾力のある場所に横にされる
「水持ってくるね、待ってて」
「津軽さん…」
ギュッとワイシャツを掴んでしまった。離れた身体に寂しさを感じて無意識だった
「ウサ?」
「あの…ここは?」
「俺の部屋。今日は このベット貸してあげるから、明日は早起きだよ」
「津軽さんも… 一緒に?」
「ご希望なら?」
!!
(それって…そういう、意味!?)
プライベートで男の人の部屋に来たのは、だいぶ前。
同じマンションなのに、津軽さんの部屋に連れられて来た理由
さすがの私も意味が分からないほど、子どもじゃない
(あれ?…わたし嫌じゃない…かも?)
「 あのっ、わ、わたし…久しぶりで、だから、変だったら ごめんなさい...」
「え」
ーーーーーーー ー ー
side津軽
それは、酔っぱらって寝てしまい、歩けないウサを仕方なく自室に連れ帰った夜だった
ドアの前で ウサは目を覚ましたが、もう めんどくさくて俺のベッドに転がす
突然ワイシャツを掴まれ。振り向いた先にいたのは
なぜか、カワイイ女の子がいた
(あー…やっぱ失敗したかも)
小動物みたいに身体を縮こまらせながらも、潤んだ瞳から目を離せなくなってしまった
プライベート空間の自室に、初めて連れて来たウサに愛着を持ってしまったようだ
どうせ反発してくるだろう、そう思ったのに
そこは俺の想像を越えてくるウサは、酔っぱらっていても健在で
「!! あのっ、わ、わたし…久しぶりで、だから、変だったら ごめんなさい...」
(……。はっ?ヤル気かよ!!!)
度肝を抜かれるとはこのこと。まさか過ぎるウサの言葉に雷が落ちたような衝撃が走った
気持ちは、傾いた
……そうだ。この先、銀室から追い出す計画は、無くなった訳でなく実行中
どうせ部下じゃなくなるし、据え膳食わぬをしてきたのはウサからだ
この子は口は固いし、素直でガッツがあり反応も普通の女の子と違って面白い
抱いてみたい。
好奇心。
真面目なウサが性に乱れる姿が見たい。
ほろ酔いからくる単なる性欲。
あれこれ言い訳したが、気持ちは決まってしまった
「抱かれたいの?」
「きっと…フェロモンのせいです…」
「? あぁ、ずっと俺の匂い嗅いでたもんね」
ベットに腰掛けウサの横に座る
手を繋ぎ指を絡ませれば、酒で赤かった顔が耳まで赤くなる
「津軽さん…わたし…」
「心配しないで。気持ちいいだけだから」
抱きしめた身体は柔らかくて、嗅いだことの無い、いい匂いがした
(なんだろう?この匂い。俺もウサのこと変態とか言ってらんないな…)
この夜、罪悪感からウサの唇にキスはしなかった
そんな罪悪感を抱えながらのセックスは、俺の人生の中で一番、気持ちの良いものとなり
その意味をこの時は知らなかった
ーーーーーー ー ー
side優衣
「……う、んん…ん、?…ふあっ!ここどこ!」
カーテンの隙間から入る朝日に目が覚めたのか、知らないベットの上にいた
(お、おち、落ち着いて…)
辺りを見渡すが知らない部屋だ
ぼやっとした昨日の記憶をなんとか呼び起こす
(………うっ、アレって夢じゃないの!!?)
やたら肌触りの良い、薄手の毛布を掛けてる私は素っ裸だ
(やだやだ!なんて事しちゃったの!私のバカ!上司と寝るなんて)
後悔、後悔、後悔、最悪、最悪、最悪!
「はあ~~~…」
大きなため息とともにドアが開いた
ガチャ
「おはよ。ウサ」
「ひい!」
「はぁ?なにその反応」
「すみません!すみません!この事は忘れて頂けませんか?」
「ふっ、忘れるかどうかは別にして…すごく良かったでしょ?あんなにイキまくっ─」
「デリカシー!」
「ちょ、あぶなっ、 枕投げつけないで」
「だってぇ…」
恥ずかし過ぎて涙が目に浮かび出した
だって、
津軽さんの顔を見てパッと昨夜の記憶が甦り、その行為は意外とびっくりするくらい
優しくて、でもちょっと意地悪で
(…って…思い出さない!思い出さない!ううっ…)
過去、時に痛ささえ感じることもあった行為なのに、そんなの一切なくて
ひたすら気持ちよくて、津軽さんの匂いと密着する肌がしっとり馴染んで
(……津軽さんって、上手すぎて…ちょっとムカつく)
目尻に溜まった涙を拭い、これからどうしたら良いのか…頭を悩ませる
「あははははっ、ウサ~泣かないでよ。はい、Tシャツ。朝食 食べよう?」
「う、はい…」
あっけらかんとした津軽さんは昨日の事は気にして無い様子だ
(ムカつく~この人にとっては 大したこと無い出来事ってこと!?)
胸元を隠しつつTシャツを受けとるのだった
「うわー リビング広いですね」
「そーなの?今度ウサちゃんの部屋みせてね」
「え、いや遠慮しておきます!来ないで下さい」
「今度、家庭訪問に行くね、それよかパン焼くけど何つける?」
「私の分も良いんですか?」
(こういう所が普通というか、常識的な…)
「うん、オススメは塩辛か、もずくだよ」
(前言撤回…津軽さんは津軽さん)
「甘い系ありませんか?」
「えーまあ、あるけど つまんないな。あ、甘納豆がいいよ。ちょっと待っててね」
甘納豆…ま、まあ食べられない味ではないだろう
淹れてもらった不思議な味のレモンコーヒーを飲む
辺りを見れば広いリビングは生活感はあまり無く綺麗に片付けられていた
そうえば寝室もシンプルにまとめられていて、おしゃれだったし
(へ~、意外と家はちゃんとしてるんだ)
そして一緒に朝食を頂く
隣から塩辛の匂いがするのは さておき…
津軽さんと二人だけの空間は嫌な感じはしなかった
最初はあんなに苦手だったし…イヤな上司で どうしようと思ったのに
静かで、ゆっくりしたこの時間が悪くないと思う
これって身体の関係を持ったからなのだろうか
横を見ると、黙ってパンを食べてる津軽さんは、いつもと違う印象
普通の男性。
昨日の夜も、言い出しっぺは…私だし、変な事はしてこなかった
そんな普通の一面に親近感を覚え、気になってたことを聞いてみる
「そうえば」
「んー?」
「津軽さん、恋人とかいない…ですよね?」
「気になっちゃう?」
「そりゃ、いたらマズイですから」
なんとなく、この部屋や、さっき借りた洗面台を見ると女性の気配はしなかったけど、一応確認しておきたかった
「候補なら、ごまんといるけど」
「ですよねー」
「あっ、もしかしてなりたいの!?」
「全く思ってませんから、ご安心を」
「あははっ 素直じゃないなー」
そんな話をしつつ食べ終わり、洗い物はしてくれると言う津軽さんに、やはり普通ないい人の一面を感じてしまったのだった
ーーーーーー ー ー
自室に帰って出勤の支度をしてても考えるのは…やっぱり津軽さんのこと。
通勤鞄には無理やり持たされた、ボトルに入れられたレモンコーヒーに目をやる
(嫌がらせなのか、優しさなのか…ふう、ほんと津軽さんが分からない)
実は、さっき ふと想像してしまった
付き合うと、こんな感じなんだって。
寝癖が、枝毛が、と言いながら ふざけてお互いの髪の毛を触りあって、笑いあって
(なんか、楽しかったな…)
嫌いだったはずの、その笑顔が悪くないなって思った
知らない人が見ればカップルのじゃれ合い
すごく自然体で一緒にいられた…が、冷静に考えれば一夜限りの関係で、相手は上司。恋はしていない。
そう、きっと今日のような朝は最初で最後
一人になって感じる…寂しさは
(恋じゃない、久しぶりの男性との…ソレに気持ちが引っ張れただけ。恋してない)
身体の関係を持った故の一時的な気の迷い
誰に言い訳してるんだろうと苦笑して、玄関のドアを開けた
ーーーーーー ー ー
あれから2週間が経ち、研究所から連れ帰ったノアを預かり今日も銭湯に連れてきていた
夜道を歩くのは、ノアと津軽さんと。
ノアを真ん中に手を繋いで歩けば、他人から見れば家族に見えるのかな
私はノアといる時の津軽さんが好きだ
だって普通の男性に感じるから
でも今日は違和感を感じる
(なんだろう?津軽さん落ち込んで…る?うーん疲れてる?)
女湯から出て、待合室にいる二人を見た時に、津軽さんが、心ここにあらず、だったのは気のせいでない
こんなにも津軽さんの心情が気になって仕方ないのには訳がある
数日前、近所のお祭りで
『殺されちゃうからな~』
…あんなこと、言うから
どういう意味なんだろう。
私みたいな下っ端が心配したところで、何も話してくれないんだろうし
(あ~!もう!悩むなら行動する!)
「ノア、津軽さんの手しっかり繋いでいてね?」
「お姉ちゃん?」
ノアを真ん中に手を繋ぎ歩いていたが、私は一旦ノアの手を離して津軽さんの横に回り込む
「はーい、今度は津軽さんが子ども役です」
「は?なんで急に」
「いーから、いーから、いつも上司役なんだからたまには、譲ってあげますよ」
「わーい おじさんから子どもになった~」
津軽さんを真ん中に三人で歩く夜道。
何を考えてるのか分からないけど、気持ちを切り替えて また明日、津軽さんが頑張れるように。
余計なお世話かもしれない。見当違いかもしれない。
それでも、何か行動せずにいられなかった
「…意味わかんね~」
「あははっ」
「おじさん照れてる」
私には、こんなおふざけしか思い付かず、
(元気になって欲しいな…)
握った手は、お風呂上がりなのに冷たかった
ーーーーーー ー ー
side津軽
ウサの部屋に泊まりに来たノアを銭湯に入れるため俺も付いてきた
今日は残業する気になれなかったのもある
昼間の捜査会議で、俺は自分の個人的な感情から捜査をリスクのある方に決めた
銀さんにはバレてるが、何も言われなかった訳だが…
(あんな遺伝子の新説…世間に絶対出させねぇ)
銭湯帰り、夜道をノアとウサと歩きながらも、俺の心は…
「はーい、今度は津軽さんが子どもの役です」
ウサは変わってる子だった。
両手を握るウサの手もノアの手も、あたたかい
両手からくる温かさが、心臓まで ゆっくりと流れ込んで、カラダを巡るようだった
「なんで俺が囚われの宇宙人役~?」
「子ども役です!わがまま言っても良いですよ」
「言っちゃえ、言っちゃえー」
「じゃあウサちゃん月まで行って餅ついてきて」
「物事には出来る事と、出来ない事があるんですよ」
「えー、子どもだから分かんなーい」
ウサ、変な子だけどイイコだな…
この子に、こんな風に気を使われるなんて思わなかった
温かくて柔らかい手
なんか俺、絆されてる?
心が穏やかになった気がした
女の子の手。こんなに意識したのは初めてだ
なんで?
(…ウサって特殊なハンドクリームでも付けてる?)
ひとつの可能性に見て見ぬふりをする
そんなわけないから。…絶対に。
ーーーーー ー ー
数日後
ウサを連れて研究所に潜入した後、気絶したウサは病院のベットで寝ている
もうすぐ目を覚ますだろうとのことだ
(まさか俺の所に戻ってくるなんて)
ふにゃっとした寝顔を見ると、やはり刑事には見えず、普通の女の子だ。
いや、普通ではないかも。
女の子にグイグイ来られるのは日常だけど、この子のグイグイは、その類いの物でない
自然に内側に入ってきている
一度抱いたが 彼女づらする事もなければ 甘えた態度も取らない
媚びてこないし、俺の見た目に惹かれてる訳じゃない。俺の事が恋愛の意味で好きって訳じゃない
でも何故かこの子は、自然に
入ってきている
不思議な子
『津軽さんの心 ほんとは すんなり死ねるほど整頓されてませんよね?』
いやー、…あれには ぎょっとしたな。案外、刑事として物事しっかり見ている
班長として、この捜査のウサへの評価は、新人にしては悪くないものだ
荒削りだが、公安学校を首席で卒業したのも、なんとなく分かった気がした
妙に運を持っているのも実力の内
(ふあぁぁぁ…はぁ、この子 見てると眠くなる…)
ベットの横の椅子でうとうと...と眠ってしまった
(!!!)
「…ウサちゃん起きた?」
「うわあっ」
(やば。寝てた…)
冷静を装いウサの様子を観察するが、うん、元気そうだ
またマシンガンの様に話すウサを、この調子なら入院なしで一緒に帰れるな、なんて思っていると
「津軽さんは もっと自分を大切にしてください!」
(えっ…)
活火山のように噴火して、失礼なことを言いながら俺に説教してくる
「だって津軽さんがっ……」
(ウサ…)
目に涙を溜めて鼻をすするウサが一瞬だけ、愛おしい、と思った
バカ…俺のことで泣かなくていいよ。
身体を寄せあったのは、どちらともなく…
背中に回す手をどうしていいか分からない
そんな戸惑い、女の子をどう抱き締めたらいいか分からないなんて初めてだった
(あれ、なんで?俺が緊張してる?)
優しくて背中をトントンしたらいいのに、何故か三三七拍子になる
(だ、ダサすぎる…)
その時テレビのニュースが始まり、さっきの研究所の事件の速報が流れる
「はっ!私たちは何を……!」
焦るウサと身体を離す
ニュースで五ノ井の遺伝子研究中の新説は発表されないと知る
「……はぁ…」
(良かった)
これで俺の目的は達成された
俺に流れる血をこれ以上憎むのは
息が苦しいんだ
ーーーーーー ー ー
side優衣
津軽さんは警察庁に戻ったが、私は自宅に帰された
『優衣…?』
津軽さんが私の名前を覚えてくれた
(うー、もー嬉しすぎる!)
新人とは言え班員の名前を覚えるのは当たり前だけど、あの津軽さん。
余計な事は覚えないおじいちゃんみたいな所がある津軽さん。
(よし!明日からまた、頑張ろう!)
あの班に自分の居場所が出来てきている気がして、やる気が溢れてくる
少し遅くなったが夕食の支度をしようと、準備をしていると
ピンポーン
(ん?直接ドアのチャイムがなるってことは…)
「津軽さんどうされたんですか?」
「様子見に。遅延型の反応起こして倒れてると悪いじゃん」
「こ、怖いこと言わないでくださいよ、お陰様でゆっくり休んでました」
「ってことで、ウチおいで。夕食買ってきたから」
手にはデパ地下の袋がぶら下げられていた
(一緒に?どういう風の吹きまわし?だいたい津軽さんの買ってくる物を信じられない…いや、デパ地下に津軽さんが好む怪しいお惣菜がある?)
「なぁーに変な顔して。行くよ」
「うわっ、ちょっと待って電気消してきますから」
結局、津軽さんに手を引かれ最上階に移動するのであった
なんの因果か、私はまた津軽さんの部屋を訪れてテレビを見ながら一緒に夕飯を食べている
「ほら、この海老おいしいよ?あーん」
「いりません。その赤い粉なんですか?私の口が死ぬので」
「俺からのあーんを断る女の子はいないよ」
「ここにいますよ」
攻防を繰り返しながら買ってもらったデパ地下のお惣菜と、私の部屋で炊いてあったご飯を食べる
意外なのは食べ物の好みは合うこと
ナゾ調味料をかけてしまったおかずは、合うと言えないかもだが、テーブルに広がるおかずは、全部私の好きなものだった
そしてテレビを見ていて分かったのは、好きな番組や映画の趣味も合うこと
私には分からない嫌な上司!
そんな風に思ってたのが嘘みたい
まあ…意外と気を遣う所もある人と知ったから、合わせてくれただけかも知れないけど
会話は尽きず、時間はあっという間に過ぎていき、後片付けをし終わった私は ここに居る理由もなくなり…
「じゃあ、私もどりますね」
(楽しかったから、名残惜しいけど)
立ち上がりながらソファーにもたれ掛かる津軽さんを見ると
(あれ?)
気のせい?今、焦った顔した?
「ビール」
「はい?」
「ビール一杯付き合ってよ」
(津軽さんも名残惜しいって思ってくれてたらいいな…なんてね)
もちろん断る理由はなく、
寝室の横のベランダに出ると、満月が見えた
缶ビール片手に静かな時間が流れる
お喋りするのも楽しいけど、こういう時間も、なぜか居心地がいい
上司と部下。
それも、ど新人の私が班長と、しかも自宅で二人きりで缶ビールを呑む
普通だったらあり得ないけど、
「月が…綺麗ですね」
「それって誘ってる?」
「え?何がですか?」
言ってる意味が分からずに、聞き返すが軽く笑って、彼もまた月を見上げる
だから私も月を見た
「俺さ、月を見ると…いつも思い出す事があるんだけど、最近はウサちゃんの事を思い出すんだよね」
「ふふっ、ウサギが餅をついてるって連想ですね」
また横を見ると…
津軽さんの横顔が月明かりに照らされて、隣にいるのに、遠く感じたのは、なんでだろう
ふっと、消えそうな儚さ
抱き締めてココに居るって感じたい
(あぁ、そうなんだ。私 津軽さんのこと知りたいって思ってる)
「…ねえ、どうする?」
たぶんお互いのビールはもうすぐ無くなる
「どう、…します?」
「月は、俺も綺麗だと思うよ」
さっき津軽さんに引き留められた時に、こうなるかもって、思ってた
この色気に抗える女性はいないんじゃないだろうか
「…もう少し…ここにいて良いですか?」
私の答えに月を見たまま、少し笑ったように見えた
グイっと最後の一口を流し込むと動く喉仏が、色気を更に増す
「肌寒くなってきたし、中入ろ?」
「…はい」
お互いベッドに腰かけると抱きしめられていた
何するわけでなく、ギュッと抱きしめられるだけ
恥ずかしすぎで津軽さんを見られない
だんだんと夜風で少し冷えた身体が暖まってきて
(うぅ~、こういう時どうするの??)
「ねぇ、優衣、脱がすよ?」
名前、忘れないでくれている。そんなことが嬉しくてたまらない
「…ズルい」
「はいはい、ごめんね」
スルスル部屋着のパーカーを脱がされ中に着ていたTシャツも脱がされる
「わ、わたしばっかり…津軽さんも脱いでください」
ど~ぞ?と脱がす手を止めてくれたので、ワイシャツのボタンを少し震える手で外し、なんとか上は裸にできた
ぎゅっ
無意識に目の前の逞しい胸板に抱きついていた
(ココにいる)
意外と体温はそこそこあって、初めて抱かれたあの日の肌はこれだと思い出す
着痩せして見えても筋肉質な身体に男を感じて私の女の顔を簡単には出してしまう
好きになった訳ではなかった。恋じゃなかった
はずなのに。
この気持ちは…
私が彼にこれから抱かれる理由は、なんだろう
抱かれたい理由はなんだろう
ほぼお互い素面で、もうアルコールのせいには出来ない
お互いに恋人はいないんだから、ちょうど近くにいる性欲発散?
セフレと言うワードが頭を過るが、大きな手が背中に回され下着のホックを外し、押し倒される
「んんっ、ちょっ…はずかし…」
「女の顔、もっと見せてよ?優衣」
「!!」
もう " 余計な事 " は、考えられなくなった
ただ一つ、やはり津軽さんは唇にキスはしてくれなかった
きっと、それが津軽さんなりの線引きなんだと
寂しく思った
ーーーーーー ー ー
side津軽
独特の気だるい空気の中、俺はウサのあらわになった背中を見ていた
隣の体温は、熱くて、モゾモゾ動いて気まずそうにしている
(さっきまでは、あんなに喘いで抱きついてきたのに)
背中を人差し指でスッと撫でる。ちょっとしたイタズラ心
「ひゃあっ」
「顔見せてくれないの?」
薄暗いからよく見えないが、首以外に、赤い跡が あちこちに散りばめられている
キスはしない。
せめてキスは好きな相手としたいんじゃないか?そう思って初めて抱いた日もしなかった
できないと思うと、したくなるもの
フラストレーションがたまって、背中、胸、太ももを吸いつきキスマークを付けてしまったわけで。
(ウサから せがめばキスするんだけどな~)
「あの、自分の部屋に戻ろうかな…と」
身体が落ち着いたのか、背中を向けていたウサが振り向いた
「泊まってきなよ。シャワーならウチの使えばいいし」
「う、うーん…」
「抱き枕ないと、よく寝られないんだよね。明日寝不足になったらウサのせいだよ」
「抱き枕にはなりません…他の人に頼んだらいいじゃないですか…」
「あらら、ウサ~、女の影に妬いてんの?」
「べ、べつに妬いてません」
「素直にココに居たいって言いなよ、ほら、汗でベトベトでしょ、バスルームまで連れてってあげる」
「ああっ、引っ張らないでくださいよっ!ふ、服を!」
「はい、俺のTシャツ」
「…ありがとうございます」
スポンっと頭から被せ着せてあげる
「なんか…手慣れてる…」
「ヤキモチウサ」
「そーじゃないです!」
素直に認めないウサの手を引きバスルームに案内した
リビングの片付けをしようと思ったが、ふと…現実に引き戻される
「はあ…」
片付けが面倒になりソファーに座る
(明日から新しい捜査が始まる)
今回の捜査ではウサはノアを連れ帰り、情報を聞き出した事で手柄を立ててしまった
本当なら使い潰して、雑用のみさせるつもりだったが…
まだ銀さんとは打ち合わせてないが、次こそウサを嵌めることになるはず。
分かってるなら、こうやってウサに近づかなきゃいい。
それなのに
今日だって────
計画通りに捜査を解決できて、心に ゆとりができ、なんせ今日は気分がいい
俺はスマホを見ながら女のアドレスを吟味していた。跡腐れなく一晩、付き合える女。
(おかしい…)
カラダだけの関係の女は いくらでもいるのに
頭に浮かぶのはウサだけだった
(家にいるだろうし、デパ地下で好きそうなお惣菜でも買って行ってあげよ)
ぱっとスマホを閉じると、さっきより気分がいい
別に この時点で抱こうと思ってた訳じゃない。
ただあの子の喜ぶ笑顔を思い浮かべると───
結局連れ帰り、一緒に夕食を食べ、抱いた。
(何やってんだろ、俺は...)
ソファーで頭を抱える。
とっ散らかっている頭と、心と、現実と。
ウサは、とっくに俺に懐いてて、抱くことで、気持ちを絆して確実に嵌め立ち上がれないくらいにする…と言う理論は通用しない。
俺がどうしてもウサを構ってしまう理由
(えー…。なんだろ。わかんねぇ)
この夜は結局、バスルームから出てきたウサと交代でシャワーを浴び、二人でベットに戻った
抱きしめるってほどでもない
寄り添いながら、目を閉じると深く熟睡したのだった
(ウサって安眠効果あるんだよな)
ーーーーーー ー ー
赤の徒の動きが活発になり、新たな捜査が始まっていた
今日の芹香とのデートで、やはり星は監督助手の方だと確信した
「収穫ありでしたか?」
車内。帰り道にモモの運転で家に向かっていた
ウサはコンビニに行きたいからと、ついさっき下ろしたばかり
「ま~ね、あっさり芹香から聞き出せたし」
「順調ですね」
(今日は直帰だし、こういう気分のいい日は…)
スマホを手に取り 前に誘われてた女に電話をかけようとするが指が止まる
まただ。
華やかな女の子はいくらでもいるのに
ウサの顔が浮かぶのだ
(…ま、ウサを誘うのも悪くない)
「モモ、この辺で止めて、降りるわ」
「はい」
うちのマンション近くのコンビニで合流したウサに、今一番オススメの炭酸おしるこや、弁当を買う
店の外で待つウサは、じっと俺を見ているので手を振ると、目を細め穏やかな微笑みで手を振りかえしてきた
(客観的に見るとカワイイ方かもな。小動物っぽい所が良いし)
会計を済ませウサに炭酸おしるこを見せるとなぜか不満そうだった
「津軽さんの好みで買いましたよね?」
不満げなウサをアレコレ言いくるめ、手を繋いで ぶんぶん振りながら家路を歩く
「うわぁ、もう、なんでこんなことにっ」
「楽しいでしょー」
「………。」
「んー?どうしたの?ウサちゃん」
「あの、もし良かったらウチで、この炭酸おしるこ飲みませんか?」
(……はい?)
うっすら暗いこの夜道だかウサの顔は、さっきとは打って変わりトキメキを胸に秘めてる女の顔で見上げてくる
(ウサってまさか俺のこと…。いや無いよな。うん…無いって)
「じゃあさ、うちで映画見ながら食べよう」
「はい!お邪魔します」
ウサの笑顔が弾けて、不覚にも ドキっとした
ウサの部屋には行けない
自分のテリトリーじゃないと、また余計な考えに のみ込まれそうだったから
だって困るだろ
今回の捜査で確実にウサを嵌める。
銀さんとは、モモとウサと合流前に電話で話して打ち合わせ済みだ
この俺が…確実にウサに絆されていて、ウサが俺を好きかも知れないなんて。
あってはならない事なのに、この近すぎる 上司と部下のカンケイを止められない
俺たちは、終わりに向かって歩きだしたのに、この小さく 柔らかい手を離せないでいた
「ひっ、あー…そこ開けたらダメだって…」
コンビニ飯を食べ終えたウサとホラー映画を見ていた
ソファーでは、初めは離れて座ってたはずなのに、いつの間にか くっついて座って いる
恋人って暫く作らなかったから、なんか懐かしいし、くすぐったい気持ちになる
ウサはくっついてる事を気にしてないのかホラー映画に夢中だ
(ちょっとくらい意識しろよ。君が誘ったんだろ )
映画を見つつ、ウサの横顔を盗み見る
我慢できずに腕を伸ばし、隣の小さい肩を抱き寄せた
一瞬、驚いた顔をしたウサだが、すぐにトキメキを混ぜた瞳で見上げてくる
(やっぱり、俺のこと…いや、俺のこの " 顔" に、ときめいてるだけだろ。うん…)
ウサみたいな真っ直ぐな子が 俺なんかを好きになるわけない
ちょっと人恋しくて、完璧な容姿の俺に興味があるだけだ
そうに違いない
「映画の続きは今度にして、先シャワー浴びてしまう?」
もう、勝手に泊める前提で話を進める
「……津軽さんお先にどうぞ」
「いーよ、女の子が先で。歯ブラシはこの間の置いたままだし、シャツ貸してあげる」
とろんとした瞳と、赤い頬がこの後の時間を期待しているのが分かりホッとする
ウサも嫌じゃない。同じ気持ちだ
(同じ…気持ち…?…ダメダメ考えない)
ほんの数秒見つめ合う。ウサが新人の部下じゃなく、女だなって感じる瞬間は好きだ
「ありがとうございます、じゃあ、お先に借ります」
照れ臭そうにバスルームに消えてくウサに妙に色気を感じた
(なんだよ、この落ち着かない気持ち)
女を抱くのに不自由したことはない、特定の誰かを…こんなに求める気分は初めてだった
ーーーーーー ー ー
side優衣
津軽さんの家のシャワーを浴びながら、よーく身体を洗う
とはいえ、貸してもらってるから時間は かけられない
自分の気持ちを認めてしまえば、今までの夜とは、私の中では違う夜になる
(好き…)
そう確信してしまった。いつの間にか恋してた
津軽さんにとってはセフレ扱いなんだろうか
結構、楽しく過ごせてるんだけど それだけじゃ都合の良いセフレから抜け出せない
だったら身体の関係を持つのは止めて、たくさん話をしてお互いを知る事から始めるべきなんだと思う
きっと このあと、身体を許すのは…
津軽高臣って男を繋ぎ止めたいから。
そうしないと、津軽さんのプライベートを一緒に過ごせなくなるんじゃないか?
遠ざけられるのが怖かった
さっき映画を見てる時、少しづつ津軽さんに近づいてソファーで身体をくっつけた
たぶん、女性に慣れっこな人だから、私と身体が触れてることなんて意識してなかっただろう
それでも好きだから...近づきたいって思ってしまう
恋する女心は右へ左へ揺れていた
乱れるベッドのシーツ
恋してる、好きだと意識してしまえば、与えられる甘い刺激も首筋に落とされる唇も、お互いの湿った吐息も、前よりも もっと感じてしまう
(好きって……伝えたいっ…)
恋心が熱くさせた身体を溶け合わせてる今、この瞬間は確かに…
二人だけの世界だった
ーーーーーー ー ー
数日後
「はああああぁ ……」
盛大なため息をつき、いつもと違うベットにダイブする
ここは警察庁近くのビジネスホテル
暫く残業してからチェックインし、すぐにシャワーを浴びた
(最近…色々ありすぎて疲れたな…)
そう、大きな事件中で神経が張り詰めてる。
昨日、部屋が荒らされたのは特に…キツかった
後藤さんがいてくれなかったら、悪い方にばかり考え込んでたと思う
サイドテーブルに目をやると津軽さんが貸してくれた腕時計
(私の考えすぎ…?嫉妬した…なんて。本当に色々と ありすぎて考えが纏まらない)
公安学校の卒業生が捜査から外されてるのは銀室長が絡んでるらしいこと
津軽さんは銀室長に育てられて、銀室長のために白を黒くすると話してくれたこと
でも私にいつも通り接してくれてること
そして…花巻邸で私が得た証拠のデータのこと
なんか…おかしいと思う。
でも銀室長も津軽さんも取り合ってくれない
(…イス蹴飛ばしてくるしっ…。私の考えが間違ってる?あぁ、言っちゃいけない事言ったのかな…はぁぁ…)
明日の試写会パーティーで花巻監督を捕らえることになる
いくら上司に食って掛かっても、寝付けなくても明日はやってくるのだ
横のサイドテーブルに再び目をやる
津軽さんの時計。明日も借りて、仕事をやりきるしかない
(津軽さんを…やっぱり信じてみようかな。うん。そうしよう)
決めたなら、少し心は前を向き、楽になる
部屋の照明を落とし眠りにつくのだった
ーーーーーーー ー ー
試写会パーティー
ADとして働いたことで、パーティーに参加できた
津軽さんとは、特に話はしていない
今、どこにいるのかも分からないし
(…って、津軽さん!?いたんだ…)
芹香さんをエスコートしていた
会場の照明が少し落とされ花巻監督が壇上に上がる
暗がりの中、唐突に物陰に行った津軽さんと芹香さんは──
キスする体勢になり二人の顔はぐっと近づいた
(えっ…!キス…してる?)
耐えられず ばっと身体の向きを変えた
頭が真っ白になりかけるが、刑事のプライドに助けられる
冷静に…とにかく冷静になろうと、会場の角から見渡して警備をしようと移動すると
ガンっ…と頭が鈍く重い感覚に襲われ意識を失った
ーーーーーー ー ー
(…ん、死んだ…?この状況は…)
ズキズキする頭を擦る力もでない
辺りを見渡すと冷蔵倉庫の中で、身体が冷たくなっていて、ここに居たら体温が死に至る直前まで下がると分かった
ヨロヨロ立ち上がり、扉を開けようと試行錯誤するが 体力が奪われただけで、その場に座り込む
「最低…キスシーン見せられるし…閉じこめられるし…死ぬとか…勘弁して」
寒さを紛らわせようとポケットに手を入れると
津軽さんから貰ったチンジャオロースチョコ
元気をもらおうと、口に入れるが、それがもう不味くて。
なのに、チョコをくれた時の屈託ない笑顔が可愛かったな…とか思いだし、それがまた泣けてくる
(津軽さん、ムカつくけど…大好きでした)
死ぬ前に心の中で告白しておく
「だいたい…わたしとはキスしないくせに、なんで…芹香さんと…腹立つ~…」
(仕事だと分かってるけど…私だって…キス…してみたかった…)
腹立つけど、好きなんたから、ほんと この期に及んで、どうしようもない
「まあ…私なんて…嫌われてるし…私は津軽さんが…す──だ──のに」
意識が朦朧としてきていて…無意識で喋っていた言葉も、途切れ途切れに、小さくなっていた
口に残るチンジャオロースチョコの味
「嫌われた…んだし」
いよいよ、意識を保つのがヤバイかも…
死ぬ直前にそれまでの人生が走馬灯のように流れるという
でも私の走馬灯は津軽さんとの思い出ばかりだった
焼きウサギの起きあがりこぼし…
『君みたいだよね、何度でも立ち上がる所が』
(津軽さんの笑顔、もう一回見たいな)
津軽さんが例え私を嫌いになっても、諦めたくない、笑ってる顔が見たい
「ころ…でも…立ち上が…る」
ガクガク震える足で立ち上がると、倉庫の死角になってた場所まで移動してみる
(あれ…?窓?)
ーーーーーー ー ー
side津軽
関係者と挨拶に行った芹香を見送るとモモからインカムに連絡が入った
『探してるんですが吉川がいません』
「ちっ…」
赤の徒が、矢面に立ち現場に潜入しデータを取ったウサを狙ってるのは分かっていたが連れ去るとは…
捜査の方針だったし、新人とはいえ、まさか捕まるとは思わなかったが…大きな責任を感じた
位置は把握できるはず
アプリを立ち上げると近くの冷蔵倉庫の中にいることが分かる
「モモ、ちょっと行って来るから、暫く指揮して」
『…はい。アイツ戻ってきたら回し蹴りです』
本来なら俺は現場から離れず、班員に救出させるべきだろうが、罪悪感と別の気持ちがあったから。
(余計な事を聞かないモモには旨い焼き肉奢んなきゃな…)
外に出て走りながらアプリの盗聴機能からウサの様子を伺うと
『最低…キスシーン見せられるし…閉じこめられるし…死ぬとか…勘弁して』
なにやらゴニョゴニョ喋ってるウサは思ったより元気だとホッとする
『だいたい…わたしとはキスしないくせに、なんで…芹香さんと…腹立つ~…』
芹香とキス?ギリギリまで唇を近づけて口説いたけど、見ていたのか
腹立つってどんな感情??
こんな状況なのに浮き足だつ気持ちになる
『まあ…私なんて…嫌われてるし…私は津軽さんが…す──だ──のに』
寒さで体力がだいぶ落ちているのだろう、意識を失わなきゃいいんだが…
(声が出なくなっているし…やばいな)
(…って言うか、俺が…なに!?気になるんだけど)
『嫌われた…んだし』
(嫌ってねーよ、バカ)
早く助けないとマズイって気持ちの他に、ソワソワした妙な気持ちになる
『ころ…でも…立ち上が…る』
諦めないウサ。
ガサゴソ音が入り、動き出したウサの根性は、普通にすごい子だと思った
冷蔵倉庫に到着し、辺りを見渡せば屋根から落ちそうになってるウサを発見した
俺の上着を着せて、会場まで戻る道
背中におぶったウサに言っておきたかった
「嫌ってないから」
「えっ」
「俺は…嫌ってないから」
この期に及んで俺はまだ、躊躇っている
最後かも知れない。
ウサとこんな風に話をできるのは
この後、待っているのは犯人の確保とウサを…嵌める計画
でも
俺は嫌ってないから…って伝えたかった
我ながら…女々しすぎる
冷たくなっていたウサの足が少しずつ、体温を取り戻し始めていた
(ずっと会場に着かなきゃいいのに)
そんな思いはモモの時限爆弾が設置されてるとの報告で吹き飛んでいった
そして、時間がない中、爆弾を見つけたのは、ウサで、改めて諦めない心と冷静さと強運を持った子だと思った
もうこの子は公安刑事だった
ーーーーーーー ー ー
side優衣
「………。」
(…嵌められそうになった)
自宅に帰りベットで放心状態になる
涙なんて出てこない
泣いてたまるか!って気持ちがあるけど
今までのことは なんだったのか。全て嵌めるための計算だったのか?
不思議なんだけど、計算ずくでここまで来たんじゃないと思う
こういう結果が訪れたのに、津軽さんを嫌いになれない
ビンタした右手を見つめる
(叩いてしまった…もう、私の居場所は…ない。津軽さんもフォローしてくれない。ひとりぼっちだ…)
あのキツイ公安学校の時さえ、こんなに絶望した気持ちになったことはない
銀室長は、そこまでして私を公安課から排除したかったんだ
(私って、それまでの存在でしかなかった。…そうだ、百瀬さんに報告書を作るためなのか資料押し付けられた)
最後の仕事になるかも知れないから資料に目を通していると
「あれ?………これって、もしかして」
人の優しさ。
人が人を想う時の行動。
目に見えるものが全てじゃないこと。
それは私が、いつの間にか津軽班で教えられた教訓
私を救ってくれたのは、苦手だったはずの津軽班だった
ーーーーーーー ー ー
side津軽
ウサに顔も見たくないと言われた
だから
あれから数日、マスクで過ごしている
唯一無二の仕事道具の顔。
でも、ウサに言われたから…見たくないって
裏切った俺を許してはくれないのだろうか
銀さんへの報告後、公安学校生への対応は変化し、ウサも…このまま津軽班でやっていくことになった
午後
昼食をとりに食堂に入るとウサと鳴子ちゃんの姿
鳴子ちゃんに呼ばれるが、ウサはあからさまに気まずい顔をする
「……津軽さん、時間も無いですし座りますか?また吉川のトンカツ奪いましょう」
意外だった…。モモならわざわざウサの居るテーブルに行かないだろう
でも行こうと言うのは…俺のため。
仲直りのきっかけを作ろうとしてくれてる
モモは こういう奴。だからカワイイし大事にしている
「じゃ、女の子と食べよっか」
この日、久しぶりにウサと仕事以外の話をした
嬉しい。すごく恋しい感覚で...やっぱりウサに許しては欲しいんだと強く思った
そして──
その日の深夜、ウサも連れてバイクでツーリングをして海に到着した
「朝日が昇る…」
「俺と朝を迎えられるなんて幸せでしょ?」
「そーですねぇ、うれしいなあ」
「ちょっと、棒読み過ぎない?」
ウサは水平線の向こうを目をしょぼしょぼさせながら見ている
海辺でコースケ達が騒ぐ中、俺たちは近くに座り、海を見ていた
ウサはこうして、いつも俺に付き合って合わせてくれる。それは上司だからなのか、それとも…。
ほんの少し手をずらせば触れる指先が、動かせない
軽口叩けるようになった、とは言え肝心なことを言えてない
高校の頃を話を自然にできたのは、コースケ達がいてリラックスできてたから
「金髪とかだったんですか?」
「いつか…教えてあげるよ。君がまだ俺と話気があるのなら」
許してほしい。こんな、俺を
「今、話してるじゃないですか」
「うん、あのさ…ごめん」
こんな素直な自分は久しぶりに過ぎて恥ずかしさもあったけど、ウサなら受け入れてくれる
ウサを信じてる自分がいた
「私、怒ってたんですよ…それは津軽さんを信用させられなかった自分に対して」
(!!…信じてたよ。…ただ俺は…)
ウサは俺の立場を分かった上で、自分のせいでもあると話してくれた
(あ~もう…俺はやっぱ、この子が)
肩を抱き寄せウサに触れた
せっかく打ち解けたこの瞬間を、明日無かったことにならないように、
忘れさせてやらないように抱き寄せた
お節介で、お人好しで、苦労性で、融通聞かなくて
「君はそのままでいいんだって。そういうとこに...」
惹かれたんだから。君が、好きだよ。
海で言われた『ウチで炭酸おしるこ飲みませんか?』 ウサのお誘いが頭の中をぐるぐる回る
ウサをバイクに乗せ自宅マンションに帰って来たが…
(理性で断ったけど。後悔してる。やっぱ…まだ一緒に居たいんだけど~)
だなんて言えず、ウサを部屋の前まで送った
朝だけど おやすみを言いエレベーター前まで来たが
(…折角、もっと近づけるチャンスなんじゃないか?ウサをもっと知りたい…)
走り出していた
「ちょ、ちょっと待って!」
「!?津軽さん?」
「や、やっぱ上がらせて」
「…どうぞ」
こっぱずかしくて…目も合わせられない…!
女の部屋に来るだけで、こんな恥ずかしい経験をしたことはない
ウサの匂いがする こじんまりした部屋
ギョウザの形のクッション??
ウサらしくてカワイイ
見渡しても男の気配は全くない部屋でホッとする
炭酸おしるこのタブを開けてお茶を入れに行ったウサを待つ
(炭酸おしるこ…ウサずっと持ち歩いてたな)
会社のデスクに置いたり、家に持ち帰るのに鞄に入れたり。
そんなことを繰り返すウサに…
俺が買ってあげたから大切にしてる??
なんて…いつも見ていた。
ボーッと炭酸おしるこを見てたら、意識がふわ~としてきて目蓋がズシンと重くなり──
ーーーーーー ー ー
side優衣
パッと目を覚ますとベットにもたれ掛かりながら、隣に眠っている津軽さんがいた
(寝顔、初めて見た…)
一枚の毛布を二人で使っていて、きっと途中で起きた津軽さんが、私にもかけてくれたんだと思うと温かい気持ちになる
(無防備な寝顔しちゃって…)
ずっと見てられる綺麗な寝顔に、心を囚われてしまう
(キス…したいな。……いやいや、勝手にしたら犯罪だし)
そう思いながらも、もっとよく見たくて顔を少しずつ近づけて…
パチッ
突然開く津軽さんの目
「………」
「………」
「ちかっ!!」
「わっ」
「…なにしてたの?」
「いや、ものすごく穏やかに寝てるので、息してるのかなって」
「生きてるよ~、堪能した?ウサちゃん」
伸ばされた手で、頬をむにゅむにゅと揉まれれば
(寝顔見てたってバレてる…!)
恥ずかしくて、けれど拒絶されないことで 気持ちは熱くなる
(好きでいても…いいんだよね?)
私たちの間にあるしがらみは、気持ちを口に出させてくれないけど、好きでいる分には良いよと伝えられた気がした
" 過ち "
雷に打たれたような衝撃は、決して恋じゃなかった…はず
ーーーーーー ー ー
「はい、月の兎スペシャル」
「わあ 綺麗な黄色のカクテル」
「ウサちゃんにぴったりだと思って。特別だよ?」
「…うんっ、美味しい」
公安課に配属して程なく、津軽班で私の歓迎会が開かれていた
人権が完全に無かったはずが、私に運気が向いている気がする
相変わらず私の本名なんて覚えていないんだろうけど、ウサ、と呼ばれて 捜査にも出してもらえるようになった
やっぱり こうして優しくされたら気持ちが絆されてしまう単純な自分
この夜 私はだいぶ呑みすぎてしまい…
「ウサちゃん大丈夫~?苦しくない?」
近くで声がし、ふっと意識が浮上した
身体に重力を感じていて、心地がよい
「あ、やっと起きた。歩ける?」
「はあ、うーん、歩けないぃー」
「はいはい、じゃあ、 しっかりつかまっててね」
ガチャン、何処かのドアの鍵が開く音がした
けど深くは考えられない
なんだか、意識も身体もフワフワしていて足をバタバタさせてみる
「あ~もう、酒癖わるいな~」
「……久しぶり」
「なに、泥酔したこと?」
「……男の人に こんなに密着するの」
(きもちい)
私の体温が高くなっているし、津軽さんの背中も意外と広くて…固いけど、人の体温って、こんなに心地いいんだっけ
ほんと、この人は 人タラシだ
配属して大して経ってないのに、津軽さんの雰囲気や言葉に心を開いてきていて、上司にも関わらず おんぶされた背中にギュッとしがみついている
「……。そう。終生 感謝しなよ 今夜の事」
「…津軽さんって…いい匂いだったんですね…」
首もとの髪に鼻を埋めると、更になんとも言えない、脳がクラッとするいい匂いがした
「君って案外…変態かもね、はい、到着」
「んんっ」
ゴロンと柔らかくも弾力のある場所に横にされる
「水持ってくるね、待ってて」
「津軽さん…」
ギュッとワイシャツを掴んでしまった。離れた身体に寂しさを感じて無意識だった
「ウサ?」
「あの…ここは?」
「俺の部屋。今日は このベット貸してあげるから、明日は早起きだよ」
「津軽さんも… 一緒に?」
「ご希望なら?」
!!
(それって…そういう、意味!?)
プライベートで男の人の部屋に来たのは、だいぶ前。
同じマンションなのに、津軽さんの部屋に連れられて来た理由
さすがの私も意味が分からないほど、子どもじゃない
(あれ?…わたし嫌じゃない…かも?)
「 あのっ、わ、わたし…久しぶりで、だから、変だったら ごめんなさい...」
「え」
ーーーーーーー ー ー
side津軽
それは、酔っぱらって寝てしまい、歩けないウサを仕方なく自室に連れ帰った夜だった
ドアの前で ウサは目を覚ましたが、もう めんどくさくて俺のベッドに転がす
突然ワイシャツを掴まれ。振り向いた先にいたのは
なぜか、カワイイ女の子がいた
(あー…やっぱ失敗したかも)
小動物みたいに身体を縮こまらせながらも、潤んだ瞳から目を離せなくなってしまった
プライベート空間の自室に、初めて連れて来たウサに愛着を持ってしまったようだ
どうせ反発してくるだろう、そう思ったのに
そこは俺の想像を越えてくるウサは、酔っぱらっていても健在で
「!! あのっ、わ、わたし…久しぶりで、だから、変だったら ごめんなさい...」
(……。はっ?ヤル気かよ!!!)
度肝を抜かれるとはこのこと。まさか過ぎるウサの言葉に雷が落ちたような衝撃が走った
気持ちは、傾いた
……そうだ。この先、銀室から追い出す計画は、無くなった訳でなく実行中
どうせ部下じゃなくなるし、据え膳食わぬをしてきたのはウサからだ
この子は口は固いし、素直でガッツがあり反応も普通の女の子と違って面白い
抱いてみたい。
好奇心。
真面目なウサが性に乱れる姿が見たい。
ほろ酔いからくる単なる性欲。
あれこれ言い訳したが、気持ちは決まってしまった
「抱かれたいの?」
「きっと…フェロモンのせいです…」
「? あぁ、ずっと俺の匂い嗅いでたもんね」
ベットに腰掛けウサの横に座る
手を繋ぎ指を絡ませれば、酒で赤かった顔が耳まで赤くなる
「津軽さん…わたし…」
「心配しないで。気持ちいいだけだから」
抱きしめた身体は柔らかくて、嗅いだことの無い、いい匂いがした
(なんだろう?この匂い。俺もウサのこと変態とか言ってらんないな…)
この夜、罪悪感からウサの唇にキスはしなかった
そんな罪悪感を抱えながらのセックスは、俺の人生の中で一番、気持ちの良いものとなり
その意味をこの時は知らなかった
ーーーーーー ー ー
side優衣
「……う、んん…ん、?…ふあっ!ここどこ!」
カーテンの隙間から入る朝日に目が覚めたのか、知らないベットの上にいた
(お、おち、落ち着いて…)
辺りを見渡すが知らない部屋だ
ぼやっとした昨日の記憶をなんとか呼び起こす
(………うっ、アレって夢じゃないの!!?)
やたら肌触りの良い、薄手の毛布を掛けてる私は素っ裸だ
(やだやだ!なんて事しちゃったの!私のバカ!上司と寝るなんて)
後悔、後悔、後悔、最悪、最悪、最悪!
「はあ~~~…」
大きなため息とともにドアが開いた
ガチャ
「おはよ。ウサ」
「ひい!」
「はぁ?なにその反応」
「すみません!すみません!この事は忘れて頂けませんか?」
「ふっ、忘れるかどうかは別にして…すごく良かったでしょ?あんなにイキまくっ─」
「デリカシー!」
「ちょ、あぶなっ、 枕投げつけないで」
「だってぇ…」
恥ずかし過ぎて涙が目に浮かび出した
だって、
津軽さんの顔を見てパッと昨夜の記憶が甦り、その行為は意外とびっくりするくらい
優しくて、でもちょっと意地悪で
(…って…思い出さない!思い出さない!ううっ…)
過去、時に痛ささえ感じることもあった行為なのに、そんなの一切なくて
ひたすら気持ちよくて、津軽さんの匂いと密着する肌がしっとり馴染んで
(……津軽さんって、上手すぎて…ちょっとムカつく)
目尻に溜まった涙を拭い、これからどうしたら良いのか…頭を悩ませる
「あははははっ、ウサ~泣かないでよ。はい、Tシャツ。朝食 食べよう?」
「う、はい…」
あっけらかんとした津軽さんは昨日の事は気にして無い様子だ
(ムカつく~この人にとっては 大したこと無い出来事ってこと!?)
胸元を隠しつつTシャツを受けとるのだった
「うわー リビング広いですね」
「そーなの?今度ウサちゃんの部屋みせてね」
「え、いや遠慮しておきます!来ないで下さい」
「今度、家庭訪問に行くね、それよかパン焼くけど何つける?」
「私の分も良いんですか?」
(こういう所が普通というか、常識的な…)
「うん、オススメは塩辛か、もずくだよ」
(前言撤回…津軽さんは津軽さん)
「甘い系ありませんか?」
「えーまあ、あるけど つまんないな。あ、甘納豆がいいよ。ちょっと待っててね」
甘納豆…ま、まあ食べられない味ではないだろう
淹れてもらった不思議な味のレモンコーヒーを飲む
辺りを見れば広いリビングは生活感はあまり無く綺麗に片付けられていた
そうえば寝室もシンプルにまとめられていて、おしゃれだったし
(へ~、意外と家はちゃんとしてるんだ)
そして一緒に朝食を頂く
隣から塩辛の匂いがするのは さておき…
津軽さんと二人だけの空間は嫌な感じはしなかった
最初はあんなに苦手だったし…イヤな上司で どうしようと思ったのに
静かで、ゆっくりしたこの時間が悪くないと思う
これって身体の関係を持ったからなのだろうか
横を見ると、黙ってパンを食べてる津軽さんは、いつもと違う印象
普通の男性。
昨日の夜も、言い出しっぺは…私だし、変な事はしてこなかった
そんな普通の一面に親近感を覚え、気になってたことを聞いてみる
「そうえば」
「んー?」
「津軽さん、恋人とかいない…ですよね?」
「気になっちゃう?」
「そりゃ、いたらマズイですから」
なんとなく、この部屋や、さっき借りた洗面台を見ると女性の気配はしなかったけど、一応確認しておきたかった
「候補なら、ごまんといるけど」
「ですよねー」
「あっ、もしかしてなりたいの!?」
「全く思ってませんから、ご安心を」
「あははっ 素直じゃないなー」
そんな話をしつつ食べ終わり、洗い物はしてくれると言う津軽さんに、やはり普通ないい人の一面を感じてしまったのだった
ーーーーーー ー ー
自室に帰って出勤の支度をしてても考えるのは…やっぱり津軽さんのこと。
通勤鞄には無理やり持たされた、ボトルに入れられたレモンコーヒーに目をやる
(嫌がらせなのか、優しさなのか…ふう、ほんと津軽さんが分からない)
実は、さっき ふと想像してしまった
付き合うと、こんな感じなんだって。
寝癖が、枝毛が、と言いながら ふざけてお互いの髪の毛を触りあって、笑いあって
(なんか、楽しかったな…)
嫌いだったはずの、その笑顔が悪くないなって思った
知らない人が見ればカップルのじゃれ合い
すごく自然体で一緒にいられた…が、冷静に考えれば一夜限りの関係で、相手は上司。恋はしていない。
そう、きっと今日のような朝は最初で最後
一人になって感じる…寂しさは
(恋じゃない、久しぶりの男性との…ソレに気持ちが引っ張れただけ。恋してない)
身体の関係を持った故の一時的な気の迷い
誰に言い訳してるんだろうと苦笑して、玄関のドアを開けた
ーーーーーー ー ー
あれから2週間が経ち、研究所から連れ帰ったノアを預かり今日も銭湯に連れてきていた
夜道を歩くのは、ノアと津軽さんと。
ノアを真ん中に手を繋いで歩けば、他人から見れば家族に見えるのかな
私はノアといる時の津軽さんが好きだ
だって普通の男性に感じるから
でも今日は違和感を感じる
(なんだろう?津軽さん落ち込んで…る?うーん疲れてる?)
女湯から出て、待合室にいる二人を見た時に、津軽さんが、心ここにあらず、だったのは気のせいでない
こんなにも津軽さんの心情が気になって仕方ないのには訳がある
数日前、近所のお祭りで
『殺されちゃうからな~』
…あんなこと、言うから
どういう意味なんだろう。
私みたいな下っ端が心配したところで、何も話してくれないんだろうし
(あ~!もう!悩むなら行動する!)
「ノア、津軽さんの手しっかり繋いでいてね?」
「お姉ちゃん?」
ノアを真ん中に手を繋ぎ歩いていたが、私は一旦ノアの手を離して津軽さんの横に回り込む
「はーい、今度は津軽さんが子ども役です」
「は?なんで急に」
「いーから、いーから、いつも上司役なんだからたまには、譲ってあげますよ」
「わーい おじさんから子どもになった~」
津軽さんを真ん中に三人で歩く夜道。
何を考えてるのか分からないけど、気持ちを切り替えて また明日、津軽さんが頑張れるように。
余計なお世話かもしれない。見当違いかもしれない。
それでも、何か行動せずにいられなかった
「…意味わかんね~」
「あははっ」
「おじさん照れてる」
私には、こんなおふざけしか思い付かず、
(元気になって欲しいな…)
握った手は、お風呂上がりなのに冷たかった
ーーーーーー ー ー
side津軽
ウサの部屋に泊まりに来たノアを銭湯に入れるため俺も付いてきた
今日は残業する気になれなかったのもある
昼間の捜査会議で、俺は自分の個人的な感情から捜査をリスクのある方に決めた
銀さんにはバレてるが、何も言われなかった訳だが…
(あんな遺伝子の新説…世間に絶対出させねぇ)
銭湯帰り、夜道をノアとウサと歩きながらも、俺の心は…
「はーい、今度は津軽さんが子どもの役です」
ウサは変わってる子だった。
両手を握るウサの手もノアの手も、あたたかい
両手からくる温かさが、心臓まで ゆっくりと流れ込んで、カラダを巡るようだった
「なんで俺が囚われの宇宙人役~?」
「子ども役です!わがまま言っても良いですよ」
「言っちゃえ、言っちゃえー」
「じゃあウサちゃん月まで行って餅ついてきて」
「物事には出来る事と、出来ない事があるんですよ」
「えー、子どもだから分かんなーい」
ウサ、変な子だけどイイコだな…
この子に、こんな風に気を使われるなんて思わなかった
温かくて柔らかい手
なんか俺、絆されてる?
心が穏やかになった気がした
女の子の手。こんなに意識したのは初めてだ
なんで?
(…ウサって特殊なハンドクリームでも付けてる?)
ひとつの可能性に見て見ぬふりをする
そんなわけないから。…絶対に。
ーーーーー ー ー
数日後
ウサを連れて研究所に潜入した後、気絶したウサは病院のベットで寝ている
もうすぐ目を覚ますだろうとのことだ
(まさか俺の所に戻ってくるなんて)
ふにゃっとした寝顔を見ると、やはり刑事には見えず、普通の女の子だ。
いや、普通ではないかも。
女の子にグイグイ来られるのは日常だけど、この子のグイグイは、その類いの物でない
自然に内側に入ってきている
一度抱いたが 彼女づらする事もなければ 甘えた態度も取らない
媚びてこないし、俺の見た目に惹かれてる訳じゃない。俺の事が恋愛の意味で好きって訳じゃない
でも何故かこの子は、自然に
入ってきている
不思議な子
『津軽さんの心 ほんとは すんなり死ねるほど整頓されてませんよね?』
いやー、…あれには ぎょっとしたな。案外、刑事として物事しっかり見ている
班長として、この捜査のウサへの評価は、新人にしては悪くないものだ
荒削りだが、公安学校を首席で卒業したのも、なんとなく分かった気がした
妙に運を持っているのも実力の内
(ふあぁぁぁ…はぁ、この子 見てると眠くなる…)
ベットの横の椅子でうとうと...と眠ってしまった
(!!!)
「…ウサちゃん起きた?」
「うわあっ」
(やば。寝てた…)
冷静を装いウサの様子を観察するが、うん、元気そうだ
またマシンガンの様に話すウサを、この調子なら入院なしで一緒に帰れるな、なんて思っていると
「津軽さんは もっと自分を大切にしてください!」
(えっ…)
活火山のように噴火して、失礼なことを言いながら俺に説教してくる
「だって津軽さんがっ……」
(ウサ…)
目に涙を溜めて鼻をすするウサが一瞬だけ、愛おしい、と思った
バカ…俺のことで泣かなくていいよ。
身体を寄せあったのは、どちらともなく…
背中に回す手をどうしていいか分からない
そんな戸惑い、女の子をどう抱き締めたらいいか分からないなんて初めてだった
(あれ、なんで?俺が緊張してる?)
優しくて背中をトントンしたらいいのに、何故か三三七拍子になる
(だ、ダサすぎる…)
その時テレビのニュースが始まり、さっきの研究所の事件の速報が流れる
「はっ!私たちは何を……!」
焦るウサと身体を離す
ニュースで五ノ井の遺伝子研究中の新説は発表されないと知る
「……はぁ…」
(良かった)
これで俺の目的は達成された
俺に流れる血をこれ以上憎むのは
息が苦しいんだ
ーーーーーー ー ー
side優衣
津軽さんは警察庁に戻ったが、私は自宅に帰された
『優衣…?』
津軽さんが私の名前を覚えてくれた
(うー、もー嬉しすぎる!)
新人とは言え班員の名前を覚えるのは当たり前だけど、あの津軽さん。
余計な事は覚えないおじいちゃんみたいな所がある津軽さん。
(よし!明日からまた、頑張ろう!)
あの班に自分の居場所が出来てきている気がして、やる気が溢れてくる
少し遅くなったが夕食の支度をしようと、準備をしていると
ピンポーン
(ん?直接ドアのチャイムがなるってことは…)
「津軽さんどうされたんですか?」
「様子見に。遅延型の反応起こして倒れてると悪いじゃん」
「こ、怖いこと言わないでくださいよ、お陰様でゆっくり休んでました」
「ってことで、ウチおいで。夕食買ってきたから」
手にはデパ地下の袋がぶら下げられていた
(一緒に?どういう風の吹きまわし?だいたい津軽さんの買ってくる物を信じられない…いや、デパ地下に津軽さんが好む怪しいお惣菜がある?)
「なぁーに変な顔して。行くよ」
「うわっ、ちょっと待って電気消してきますから」
結局、津軽さんに手を引かれ最上階に移動するのであった
なんの因果か、私はまた津軽さんの部屋を訪れてテレビを見ながら一緒に夕飯を食べている
「ほら、この海老おいしいよ?あーん」
「いりません。その赤い粉なんですか?私の口が死ぬので」
「俺からのあーんを断る女の子はいないよ」
「ここにいますよ」
攻防を繰り返しながら買ってもらったデパ地下のお惣菜と、私の部屋で炊いてあったご飯を食べる
意外なのは食べ物の好みは合うこと
ナゾ調味料をかけてしまったおかずは、合うと言えないかもだが、テーブルに広がるおかずは、全部私の好きなものだった
そしてテレビを見ていて分かったのは、好きな番組や映画の趣味も合うこと
私には分からない嫌な上司!
そんな風に思ってたのが嘘みたい
まあ…意外と気を遣う所もある人と知ったから、合わせてくれただけかも知れないけど
会話は尽きず、時間はあっという間に過ぎていき、後片付けをし終わった私は ここに居る理由もなくなり…
「じゃあ、私もどりますね」
(楽しかったから、名残惜しいけど)
立ち上がりながらソファーにもたれ掛かる津軽さんを見ると
(あれ?)
気のせい?今、焦った顔した?
「ビール」
「はい?」
「ビール一杯付き合ってよ」
(津軽さんも名残惜しいって思ってくれてたらいいな…なんてね)
もちろん断る理由はなく、
寝室の横のベランダに出ると、満月が見えた
缶ビール片手に静かな時間が流れる
お喋りするのも楽しいけど、こういう時間も、なぜか居心地がいい
上司と部下。
それも、ど新人の私が班長と、しかも自宅で二人きりで缶ビールを呑む
普通だったらあり得ないけど、
「月が…綺麗ですね」
「それって誘ってる?」
「え?何がですか?」
言ってる意味が分からずに、聞き返すが軽く笑って、彼もまた月を見上げる
だから私も月を見た
「俺さ、月を見ると…いつも思い出す事があるんだけど、最近はウサちゃんの事を思い出すんだよね」
「ふふっ、ウサギが餅をついてるって連想ですね」
また横を見ると…
津軽さんの横顔が月明かりに照らされて、隣にいるのに、遠く感じたのは、なんでだろう
ふっと、消えそうな儚さ
抱き締めてココに居るって感じたい
(あぁ、そうなんだ。私 津軽さんのこと知りたいって思ってる)
「…ねえ、どうする?」
たぶんお互いのビールはもうすぐ無くなる
「どう、…します?」
「月は、俺も綺麗だと思うよ」
さっき津軽さんに引き留められた時に、こうなるかもって、思ってた
この色気に抗える女性はいないんじゃないだろうか
「…もう少し…ここにいて良いですか?」
私の答えに月を見たまま、少し笑ったように見えた
グイっと最後の一口を流し込むと動く喉仏が、色気を更に増す
「肌寒くなってきたし、中入ろ?」
「…はい」
お互いベッドに腰かけると抱きしめられていた
何するわけでなく、ギュッと抱きしめられるだけ
恥ずかしすぎで津軽さんを見られない
だんだんと夜風で少し冷えた身体が暖まってきて
(うぅ~、こういう時どうするの??)
「ねぇ、優衣、脱がすよ?」
名前、忘れないでくれている。そんなことが嬉しくてたまらない
「…ズルい」
「はいはい、ごめんね」
スルスル部屋着のパーカーを脱がされ中に着ていたTシャツも脱がされる
「わ、わたしばっかり…津軽さんも脱いでください」
ど~ぞ?と脱がす手を止めてくれたので、ワイシャツのボタンを少し震える手で外し、なんとか上は裸にできた
ぎゅっ
無意識に目の前の逞しい胸板に抱きついていた
(ココにいる)
意外と体温はそこそこあって、初めて抱かれたあの日の肌はこれだと思い出す
着痩せして見えても筋肉質な身体に男を感じて私の女の顔を簡単には出してしまう
好きになった訳ではなかった。恋じゃなかった
はずなのに。
この気持ちは…
私が彼にこれから抱かれる理由は、なんだろう
抱かれたい理由はなんだろう
ほぼお互い素面で、もうアルコールのせいには出来ない
お互いに恋人はいないんだから、ちょうど近くにいる性欲発散?
セフレと言うワードが頭を過るが、大きな手が背中に回され下着のホックを外し、押し倒される
「んんっ、ちょっ…はずかし…」
「女の顔、もっと見せてよ?優衣」
「!!」
もう " 余計な事 " は、考えられなくなった
ただ一つ、やはり津軽さんは唇にキスはしてくれなかった
きっと、それが津軽さんなりの線引きなんだと
寂しく思った
ーーーーーー ー ー
side津軽
独特の気だるい空気の中、俺はウサのあらわになった背中を見ていた
隣の体温は、熱くて、モゾモゾ動いて気まずそうにしている
(さっきまでは、あんなに喘いで抱きついてきたのに)
背中を人差し指でスッと撫でる。ちょっとしたイタズラ心
「ひゃあっ」
「顔見せてくれないの?」
薄暗いからよく見えないが、首以外に、赤い跡が あちこちに散りばめられている
キスはしない。
せめてキスは好きな相手としたいんじゃないか?そう思って初めて抱いた日もしなかった
できないと思うと、したくなるもの
フラストレーションがたまって、背中、胸、太ももを吸いつきキスマークを付けてしまったわけで。
(ウサから せがめばキスするんだけどな~)
「あの、自分の部屋に戻ろうかな…と」
身体が落ち着いたのか、背中を向けていたウサが振り向いた
「泊まってきなよ。シャワーならウチの使えばいいし」
「う、うーん…」
「抱き枕ないと、よく寝られないんだよね。明日寝不足になったらウサのせいだよ」
「抱き枕にはなりません…他の人に頼んだらいいじゃないですか…」
「あらら、ウサ~、女の影に妬いてんの?」
「べ、べつに妬いてません」
「素直にココに居たいって言いなよ、ほら、汗でベトベトでしょ、バスルームまで連れてってあげる」
「ああっ、引っ張らないでくださいよっ!ふ、服を!」
「はい、俺のTシャツ」
「…ありがとうございます」
スポンっと頭から被せ着せてあげる
「なんか…手慣れてる…」
「ヤキモチウサ」
「そーじゃないです!」
素直に認めないウサの手を引きバスルームに案内した
リビングの片付けをしようと思ったが、ふと…現実に引き戻される
「はあ…」
片付けが面倒になりソファーに座る
(明日から新しい捜査が始まる)
今回の捜査ではウサはノアを連れ帰り、情報を聞き出した事で手柄を立ててしまった
本当なら使い潰して、雑用のみさせるつもりだったが…
まだ銀さんとは打ち合わせてないが、次こそウサを嵌めることになるはず。
分かってるなら、こうやってウサに近づかなきゃいい。
それなのに
今日だって────
計画通りに捜査を解決できて、心に ゆとりができ、なんせ今日は気分がいい
俺はスマホを見ながら女のアドレスを吟味していた。跡腐れなく一晩、付き合える女。
(おかしい…)
カラダだけの関係の女は いくらでもいるのに
頭に浮かぶのはウサだけだった
(家にいるだろうし、デパ地下で好きそうなお惣菜でも買って行ってあげよ)
ぱっとスマホを閉じると、さっきより気分がいい
別に この時点で抱こうと思ってた訳じゃない。
ただあの子の喜ぶ笑顔を思い浮かべると───
結局連れ帰り、一緒に夕食を食べ、抱いた。
(何やってんだろ、俺は...)
ソファーで頭を抱える。
とっ散らかっている頭と、心と、現実と。
ウサは、とっくに俺に懐いてて、抱くことで、気持ちを絆して確実に嵌め立ち上がれないくらいにする…と言う理論は通用しない。
俺がどうしてもウサを構ってしまう理由
(えー…。なんだろ。わかんねぇ)
この夜は結局、バスルームから出てきたウサと交代でシャワーを浴び、二人でベットに戻った
抱きしめるってほどでもない
寄り添いながら、目を閉じると深く熟睡したのだった
(ウサって安眠効果あるんだよな)
ーーーーーー ー ー
赤の徒の動きが活発になり、新たな捜査が始まっていた
今日の芹香とのデートで、やはり星は監督助手の方だと確信した
「収穫ありでしたか?」
車内。帰り道にモモの運転で家に向かっていた
ウサはコンビニに行きたいからと、ついさっき下ろしたばかり
「ま~ね、あっさり芹香から聞き出せたし」
「順調ですね」
(今日は直帰だし、こういう気分のいい日は…)
スマホを手に取り 前に誘われてた女に電話をかけようとするが指が止まる
まただ。
華やかな女の子はいくらでもいるのに
ウサの顔が浮かぶのだ
(…ま、ウサを誘うのも悪くない)
「モモ、この辺で止めて、降りるわ」
「はい」
うちのマンション近くのコンビニで合流したウサに、今一番オススメの炭酸おしるこや、弁当を買う
店の外で待つウサは、じっと俺を見ているので手を振ると、目を細め穏やかな微笑みで手を振りかえしてきた
(客観的に見るとカワイイ方かもな。小動物っぽい所が良いし)
会計を済ませウサに炭酸おしるこを見せるとなぜか不満そうだった
「津軽さんの好みで買いましたよね?」
不満げなウサをアレコレ言いくるめ、手を繋いで ぶんぶん振りながら家路を歩く
「うわぁ、もう、なんでこんなことにっ」
「楽しいでしょー」
「………。」
「んー?どうしたの?ウサちゃん」
「あの、もし良かったらウチで、この炭酸おしるこ飲みませんか?」
(……はい?)
うっすら暗いこの夜道だかウサの顔は、さっきとは打って変わりトキメキを胸に秘めてる女の顔で見上げてくる
(ウサってまさか俺のこと…。いや無いよな。うん…無いって)
「じゃあさ、うちで映画見ながら食べよう」
「はい!お邪魔します」
ウサの笑顔が弾けて、不覚にも ドキっとした
ウサの部屋には行けない
自分のテリトリーじゃないと、また余計な考えに のみ込まれそうだったから
だって困るだろ
今回の捜査で確実にウサを嵌める。
銀さんとは、モモとウサと合流前に電話で話して打ち合わせ済みだ
この俺が…確実にウサに絆されていて、ウサが俺を好きかも知れないなんて。
あってはならない事なのに、この近すぎる 上司と部下のカンケイを止められない
俺たちは、終わりに向かって歩きだしたのに、この小さく 柔らかい手を離せないでいた
「ひっ、あー…そこ開けたらダメだって…」
コンビニ飯を食べ終えたウサとホラー映画を見ていた
ソファーでは、初めは離れて座ってたはずなのに、いつの間にか くっついて座って いる
恋人って暫く作らなかったから、なんか懐かしいし、くすぐったい気持ちになる
ウサはくっついてる事を気にしてないのかホラー映画に夢中だ
(ちょっとくらい意識しろよ。君が誘ったんだろ )
映画を見つつ、ウサの横顔を盗み見る
我慢できずに腕を伸ばし、隣の小さい肩を抱き寄せた
一瞬、驚いた顔をしたウサだが、すぐにトキメキを混ぜた瞳で見上げてくる
(やっぱり、俺のこと…いや、俺のこの " 顔" に、ときめいてるだけだろ。うん…)
ウサみたいな真っ直ぐな子が 俺なんかを好きになるわけない
ちょっと人恋しくて、完璧な容姿の俺に興味があるだけだ
そうに違いない
「映画の続きは今度にして、先シャワー浴びてしまう?」
もう、勝手に泊める前提で話を進める
「……津軽さんお先にどうぞ」
「いーよ、女の子が先で。歯ブラシはこの間の置いたままだし、シャツ貸してあげる」
とろんとした瞳と、赤い頬がこの後の時間を期待しているのが分かりホッとする
ウサも嫌じゃない。同じ気持ちだ
(同じ…気持ち…?…ダメダメ考えない)
ほんの数秒見つめ合う。ウサが新人の部下じゃなく、女だなって感じる瞬間は好きだ
「ありがとうございます、じゃあ、お先に借ります」
照れ臭そうにバスルームに消えてくウサに妙に色気を感じた
(なんだよ、この落ち着かない気持ち)
女を抱くのに不自由したことはない、特定の誰かを…こんなに求める気分は初めてだった
ーーーーーー ー ー
side優衣
津軽さんの家のシャワーを浴びながら、よーく身体を洗う
とはいえ、貸してもらってるから時間は かけられない
自分の気持ちを認めてしまえば、今までの夜とは、私の中では違う夜になる
(好き…)
そう確信してしまった。いつの間にか恋してた
津軽さんにとってはセフレ扱いなんだろうか
結構、楽しく過ごせてるんだけど それだけじゃ都合の良いセフレから抜け出せない
だったら身体の関係を持つのは止めて、たくさん話をしてお互いを知る事から始めるべきなんだと思う
きっと このあと、身体を許すのは…
津軽高臣って男を繋ぎ止めたいから。
そうしないと、津軽さんのプライベートを一緒に過ごせなくなるんじゃないか?
遠ざけられるのが怖かった
さっき映画を見てる時、少しづつ津軽さんに近づいてソファーで身体をくっつけた
たぶん、女性に慣れっこな人だから、私と身体が触れてることなんて意識してなかっただろう
それでも好きだから...近づきたいって思ってしまう
恋する女心は右へ左へ揺れていた
乱れるベッドのシーツ
恋してる、好きだと意識してしまえば、与えられる甘い刺激も首筋に落とされる唇も、お互いの湿った吐息も、前よりも もっと感じてしまう
(好きって……伝えたいっ…)
恋心が熱くさせた身体を溶け合わせてる今、この瞬間は確かに…
二人だけの世界だった
ーーーーーー ー ー
数日後
「はああああぁ ……」
盛大なため息をつき、いつもと違うベットにダイブする
ここは警察庁近くのビジネスホテル
暫く残業してからチェックインし、すぐにシャワーを浴びた
(最近…色々ありすぎて疲れたな…)
そう、大きな事件中で神経が張り詰めてる。
昨日、部屋が荒らされたのは特に…キツかった
後藤さんがいてくれなかったら、悪い方にばかり考え込んでたと思う
サイドテーブルに目をやると津軽さんが貸してくれた腕時計
(私の考えすぎ…?嫉妬した…なんて。本当に色々と ありすぎて考えが纏まらない)
公安学校の卒業生が捜査から外されてるのは銀室長が絡んでるらしいこと
津軽さんは銀室長に育てられて、銀室長のために白を黒くすると話してくれたこと
でも私にいつも通り接してくれてること
そして…花巻邸で私が得た証拠のデータのこと
なんか…おかしいと思う。
でも銀室長も津軽さんも取り合ってくれない
(…イス蹴飛ばしてくるしっ…。私の考えが間違ってる?あぁ、言っちゃいけない事言ったのかな…はぁぁ…)
明日の試写会パーティーで花巻監督を捕らえることになる
いくら上司に食って掛かっても、寝付けなくても明日はやってくるのだ
横のサイドテーブルに再び目をやる
津軽さんの時計。明日も借りて、仕事をやりきるしかない
(津軽さんを…やっぱり信じてみようかな。うん。そうしよう)
決めたなら、少し心は前を向き、楽になる
部屋の照明を落とし眠りにつくのだった
ーーーーーーー ー ー
試写会パーティー
ADとして働いたことで、パーティーに参加できた
津軽さんとは、特に話はしていない
今、どこにいるのかも分からないし
(…って、津軽さん!?いたんだ…)
芹香さんをエスコートしていた
会場の照明が少し落とされ花巻監督が壇上に上がる
暗がりの中、唐突に物陰に行った津軽さんと芹香さんは──
キスする体勢になり二人の顔はぐっと近づいた
(えっ…!キス…してる?)
耐えられず ばっと身体の向きを変えた
頭が真っ白になりかけるが、刑事のプライドに助けられる
冷静に…とにかく冷静になろうと、会場の角から見渡して警備をしようと移動すると
ガンっ…と頭が鈍く重い感覚に襲われ意識を失った
ーーーーーー ー ー
(…ん、死んだ…?この状況は…)
ズキズキする頭を擦る力もでない
辺りを見渡すと冷蔵倉庫の中で、身体が冷たくなっていて、ここに居たら体温が死に至る直前まで下がると分かった
ヨロヨロ立ち上がり、扉を開けようと試行錯誤するが 体力が奪われただけで、その場に座り込む
「最低…キスシーン見せられるし…閉じこめられるし…死ぬとか…勘弁して」
寒さを紛らわせようとポケットに手を入れると
津軽さんから貰ったチンジャオロースチョコ
元気をもらおうと、口に入れるが、それがもう不味くて。
なのに、チョコをくれた時の屈託ない笑顔が可愛かったな…とか思いだし、それがまた泣けてくる
(津軽さん、ムカつくけど…大好きでした)
死ぬ前に心の中で告白しておく
「だいたい…わたしとはキスしないくせに、なんで…芹香さんと…腹立つ~…」
(仕事だと分かってるけど…私だって…キス…してみたかった…)
腹立つけど、好きなんたから、ほんと この期に及んで、どうしようもない
「まあ…私なんて…嫌われてるし…私は津軽さんが…す──だ──のに」
意識が朦朧としてきていて…無意識で喋っていた言葉も、途切れ途切れに、小さくなっていた
口に残るチンジャオロースチョコの味
「嫌われた…んだし」
いよいよ、意識を保つのがヤバイかも…
死ぬ直前にそれまでの人生が走馬灯のように流れるという
でも私の走馬灯は津軽さんとの思い出ばかりだった
焼きウサギの起きあがりこぼし…
『君みたいだよね、何度でも立ち上がる所が』
(津軽さんの笑顔、もう一回見たいな)
津軽さんが例え私を嫌いになっても、諦めたくない、笑ってる顔が見たい
「ころ…でも…立ち上が…る」
ガクガク震える足で立ち上がると、倉庫の死角になってた場所まで移動してみる
(あれ…?窓?)
ーーーーーー ー ー
side津軽
関係者と挨拶に行った芹香を見送るとモモからインカムに連絡が入った
『探してるんですが吉川がいません』
「ちっ…」
赤の徒が、矢面に立ち現場に潜入しデータを取ったウサを狙ってるのは分かっていたが連れ去るとは…
捜査の方針だったし、新人とはいえ、まさか捕まるとは思わなかったが…大きな責任を感じた
位置は把握できるはず
アプリを立ち上げると近くの冷蔵倉庫の中にいることが分かる
「モモ、ちょっと行って来るから、暫く指揮して」
『…はい。アイツ戻ってきたら回し蹴りです』
本来なら俺は現場から離れず、班員に救出させるべきだろうが、罪悪感と別の気持ちがあったから。
(余計な事を聞かないモモには旨い焼き肉奢んなきゃな…)
外に出て走りながらアプリの盗聴機能からウサの様子を伺うと
『最低…キスシーン見せられるし…閉じこめられるし…死ぬとか…勘弁して』
なにやらゴニョゴニョ喋ってるウサは思ったより元気だとホッとする
『だいたい…わたしとはキスしないくせに、なんで…芹香さんと…腹立つ~…』
芹香とキス?ギリギリまで唇を近づけて口説いたけど、見ていたのか
腹立つってどんな感情??
こんな状況なのに浮き足だつ気持ちになる
『まあ…私なんて…嫌われてるし…私は津軽さんが…す──だ──のに』
寒さで体力がだいぶ落ちているのだろう、意識を失わなきゃいいんだが…
(声が出なくなっているし…やばいな)
(…って言うか、俺が…なに!?気になるんだけど)
『嫌われた…んだし』
(嫌ってねーよ、バカ)
早く助けないとマズイって気持ちの他に、ソワソワした妙な気持ちになる
『ころ…でも…立ち上が…る』
諦めないウサ。
ガサゴソ音が入り、動き出したウサの根性は、普通にすごい子だと思った
冷蔵倉庫に到着し、辺りを見渡せば屋根から落ちそうになってるウサを発見した
俺の上着を着せて、会場まで戻る道
背中におぶったウサに言っておきたかった
「嫌ってないから」
「えっ」
「俺は…嫌ってないから」
この期に及んで俺はまだ、躊躇っている
最後かも知れない。
ウサとこんな風に話をできるのは
この後、待っているのは犯人の確保とウサを…嵌める計画
でも
俺は嫌ってないから…って伝えたかった
我ながら…女々しすぎる
冷たくなっていたウサの足が少しずつ、体温を取り戻し始めていた
(ずっと会場に着かなきゃいいのに)
そんな思いはモモの時限爆弾が設置されてるとの報告で吹き飛んでいった
そして、時間がない中、爆弾を見つけたのは、ウサで、改めて諦めない心と冷静さと強運を持った子だと思った
もうこの子は公安刑事だった
ーーーーーーー ー ー
side優衣
「………。」
(…嵌められそうになった)
自宅に帰りベットで放心状態になる
涙なんて出てこない
泣いてたまるか!って気持ちがあるけど
今までのことは なんだったのか。全て嵌めるための計算だったのか?
不思議なんだけど、計算ずくでここまで来たんじゃないと思う
こういう結果が訪れたのに、津軽さんを嫌いになれない
ビンタした右手を見つめる
(叩いてしまった…もう、私の居場所は…ない。津軽さんもフォローしてくれない。ひとりぼっちだ…)
あのキツイ公安学校の時さえ、こんなに絶望した気持ちになったことはない
銀室長は、そこまでして私を公安課から排除したかったんだ
(私って、それまでの存在でしかなかった。…そうだ、百瀬さんに報告書を作るためなのか資料押し付けられた)
最後の仕事になるかも知れないから資料に目を通していると
「あれ?………これって、もしかして」
人の優しさ。
人が人を想う時の行動。
目に見えるものが全てじゃないこと。
それは私が、いつの間にか津軽班で教えられた教訓
私を救ってくれたのは、苦手だったはずの津軽班だった
ーーーーーーー ー ー
side津軽
ウサに顔も見たくないと言われた
だから
あれから数日、マスクで過ごしている
唯一無二の仕事道具の顔。
でも、ウサに言われたから…見たくないって
裏切った俺を許してはくれないのだろうか
銀さんへの報告後、公安学校生への対応は変化し、ウサも…このまま津軽班でやっていくことになった
午後
昼食をとりに食堂に入るとウサと鳴子ちゃんの姿
鳴子ちゃんに呼ばれるが、ウサはあからさまに気まずい顔をする
「……津軽さん、時間も無いですし座りますか?また吉川のトンカツ奪いましょう」
意外だった…。モモならわざわざウサの居るテーブルに行かないだろう
でも行こうと言うのは…俺のため。
仲直りのきっかけを作ろうとしてくれてる
モモは こういう奴。だからカワイイし大事にしている
「じゃ、女の子と食べよっか」
この日、久しぶりにウサと仕事以外の話をした
嬉しい。すごく恋しい感覚で...やっぱりウサに許しては欲しいんだと強く思った
そして──
その日の深夜、ウサも連れてバイクでツーリングをして海に到着した
「朝日が昇る…」
「俺と朝を迎えられるなんて幸せでしょ?」
「そーですねぇ、うれしいなあ」
「ちょっと、棒読み過ぎない?」
ウサは水平線の向こうを目をしょぼしょぼさせながら見ている
海辺でコースケ達が騒ぐ中、俺たちは近くに座り、海を見ていた
ウサはこうして、いつも俺に付き合って合わせてくれる。それは上司だからなのか、それとも…。
ほんの少し手をずらせば触れる指先が、動かせない
軽口叩けるようになった、とは言え肝心なことを言えてない
高校の頃を話を自然にできたのは、コースケ達がいてリラックスできてたから
「金髪とかだったんですか?」
「いつか…教えてあげるよ。君がまだ俺と話気があるのなら」
許してほしい。こんな、俺を
「今、話してるじゃないですか」
「うん、あのさ…ごめん」
こんな素直な自分は久しぶりに過ぎて恥ずかしさもあったけど、ウサなら受け入れてくれる
ウサを信じてる自分がいた
「私、怒ってたんですよ…それは津軽さんを信用させられなかった自分に対して」
(!!…信じてたよ。…ただ俺は…)
ウサは俺の立場を分かった上で、自分のせいでもあると話してくれた
(あ~もう…俺はやっぱ、この子が)
肩を抱き寄せウサに触れた
せっかく打ち解けたこの瞬間を、明日無かったことにならないように、
忘れさせてやらないように抱き寄せた
お節介で、お人好しで、苦労性で、融通聞かなくて
「君はそのままでいいんだって。そういうとこに...」
惹かれたんだから。君が、好きだよ。
海で言われた『ウチで炭酸おしるこ飲みませんか?』 ウサのお誘いが頭の中をぐるぐる回る
ウサをバイクに乗せ自宅マンションに帰って来たが…
(理性で断ったけど。後悔してる。やっぱ…まだ一緒に居たいんだけど~)
だなんて言えず、ウサを部屋の前まで送った
朝だけど おやすみを言いエレベーター前まで来たが
(…折角、もっと近づけるチャンスなんじゃないか?ウサをもっと知りたい…)
走り出していた
「ちょ、ちょっと待って!」
「!?津軽さん?」
「や、やっぱ上がらせて」
「…どうぞ」
こっぱずかしくて…目も合わせられない…!
女の部屋に来るだけで、こんな恥ずかしい経験をしたことはない
ウサの匂いがする こじんまりした部屋
ギョウザの形のクッション??
ウサらしくてカワイイ
見渡しても男の気配は全くない部屋でホッとする
炭酸おしるこのタブを開けてお茶を入れに行ったウサを待つ
(炭酸おしるこ…ウサずっと持ち歩いてたな)
会社のデスクに置いたり、家に持ち帰るのに鞄に入れたり。
そんなことを繰り返すウサに…
俺が買ってあげたから大切にしてる??
なんて…いつも見ていた。
ボーッと炭酸おしるこを見てたら、意識がふわ~としてきて目蓋がズシンと重くなり──
ーーーーーー ー ー
side優衣
パッと目を覚ますとベットにもたれ掛かりながら、隣に眠っている津軽さんがいた
(寝顔、初めて見た…)
一枚の毛布を二人で使っていて、きっと途中で起きた津軽さんが、私にもかけてくれたんだと思うと温かい気持ちになる
(無防備な寝顔しちゃって…)
ずっと見てられる綺麗な寝顔に、心を囚われてしまう
(キス…したいな。……いやいや、勝手にしたら犯罪だし)
そう思いながらも、もっとよく見たくて顔を少しずつ近づけて…
パチッ
突然開く津軽さんの目
「………」
「………」
「ちかっ!!」
「わっ」
「…なにしてたの?」
「いや、ものすごく穏やかに寝てるので、息してるのかなって」
「生きてるよ~、堪能した?ウサちゃん」
伸ばされた手で、頬をむにゅむにゅと揉まれれば
(寝顔見てたってバレてる…!)
恥ずかしくて、けれど拒絶されないことで 気持ちは熱くなる
(好きでいても…いいんだよね?)
私たちの間にあるしがらみは、気持ちを口に出させてくれないけど、好きでいる分には良いよと伝えられた気がした
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