落乱の男主攻め
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昔、ある1人の女性に対して恋慕の念を抱いた事がある。その相手というのは小さな国のお姫様だった。彼女はとても美しく忍務で数多の女性を相手にした私ですら目を奪われる程の美貌を持つ女性であった。彼女と出会ったきっかけは…うーん、確か私が忍務で負った怪我が原因で森の中で動けなくなっていた所を偶然出先から帰城する途中で見つけてくれた事だったなぁ。彼女ってば見ず知らずの私に対して怪我の手当てをしてくれたんだ。
「はい、これでもう大丈夫ですよ」
別にその国に対して何か事を起こすつもりはなかったけど、明らかに他国の忍だと分かる男に対して「怪我をしていたから」という理由だけで躊躇せず自分の着物の裾を破って包帯代わりに巻いて治療するとか警戒心なさすぎでしょと呆れてたけど、治療が終わってから私の事を見て微笑んだその姿と慈悲の精神が南蛮の書物に描かれていた聖母まりあ様のように見えたんだ。
それから私は何かと理由をつけて彼女の元へ足繁く通った。いつ命を落とすか分からない私にとって彼女との時間は幸福そのものであったんだけど、それは長くは続かなかった。私が忍務で大火傷を負い療養を余儀なくされた時、勿論彼女に会いに行くことも便りの1つを送る事も出来なかった。寝たきりの日々が続く中怪我の具合が良くなったら必ず会いに行こうと決めていたんだけどさ、これが中々長引いちゃってね…。漸く火傷の具合も良くなってきた頃、殿の御正室が決まったと聞かされた。政略結婚ではあるけど殿曰く生涯でただ一人の正室として迎え入れるつもりの女性なのだとという。あの殿にそこまで言わせるとは一体どの様な女性なのだろうかと気になっていると、数日後に殿によって御正室お披露目の場が設けられた。そこで御正室の姿を見た時流石の私も動揺したよ。
「皆に紹介しよう、この者が此度より我が正室となった者だ」
「…それはないでしょう」
殿の隣にいた女性は私の愛しの君その人あった。美しい着物に化粧を施された彼女の美貌に周囲から感嘆のため息が漏れていた。何故彼女なのかと考えてみて直ぐに理由が分かった。彼女の国は小国ではあるが我が国と隣接している上に資源も豊富である為タソガレドキ領地拡大の為に侵攻予定地であった。当然彼女の父である領主は徹底抗戦のつもりであったがそこで彼女が名乗りを上げたらしい。自分がタソガレドキに嫁入りをするのでどうか戦だけは止めてくれ、と。以前から殿は彼女に対してそれとなく嫁として迎え入れたい意思を伝えていたようなので殿はその提案を飲んだことで、タソガレドキと彼女の国の間に同盟関係が結ばれ無事に戦は回避された。彼女の身を挺したその判断自体間違いではないし、それを受けた殿は何も悪くない。悪いのは私だ。
「あの、もしかして…雑渡さん?」
彼女が御正室として黄昏城に迎え入れられてから、一度だけ私は彼女から声をかけられたことがある。驚くと同時に凄く嬉しかった。だって、火傷によって以前の面影がなくなってしまったにも関わらず彼女は私だと気付いてくれて声を掛けてくれたのだから。
「…ご無沙汰しております」
「ご無沙汰しております…って、それよりもどうされたんですか、そのお怪我は?」
「これは、数年前忍務で負ったものです」
「忍務で…もしかして、我が国にいらっしゃらなくなったのはそれが原因で?」
「…申し訳ございません、これより出なくてはならないので」
「あ、待ってください!」
私がタソガレドキ忍軍のの組頭なんて立場でなければ今すぐにでも彼女を自分のものとしてしてやりたかったけど、生憎私は分別のある大人だからね。自分が仕える主の奥方様を攫うなんて大層な事は出来る訳が無い。だから、これ以上余計な感情が生まれないようにそれ以降私は彼女を避けるようになった。まぁ、そもそも一介の忍がそう易易とお目見え出来る立場ではないけどね。それでもなるべく彼女の姿を見たくないから徹底的に避けた。だってさ、どこの世界にかつて想いを寄せた女性と自分の主が並ぶ姿を見て喜ぶ男がいるの?まぁ、唯一の救いは政略結婚ではあれども2人が仲睦まじい夫婦らしいと風の噂で聞いたことかな。
そして、彼女が御正室として殿の元に嫁いできてから暫く経った頃彼女は殿の嫡男となる男児を産んだ。黄昏ゆめおは彼女に似て玉の様に可愛い子どもであったが私にとっては彼は恨めしさ、憎らしさの塊であった。もし、彼が私と彼女との間に生まれた子どもであれば目に入れても痛くない存在だったのかもしれないけどね。でも、繰り返し言うけど私情と忍務は別だし将来自分が仕えるかもしれない若殿様に対して失礼な言動はしないよ。それに命の危機が訪れれば当然お守りだってするけど只管に苦しかった。こんな思いをするならばもう2度と誰かを好きになったりなんてしない。そう心に決めたぐらいにね。
…と、まぁ少し長くなってしまったけど、私が若様のお嫁さんになる前にはこういう悲しい事情があったってことを知った上でこの下の若様と私のお話を読むように。私からのお願いだよ。
********************
俺には長年想いを寄せている人がいる。そいつの名は雑渡昆奈門と言い、我が黄昏国が誇る最強の忍組の組頭であり俺の世話役である。その名から察せられるように俺と同じ男で、年齢も一回り程上で身体にはかつての戦で負った火傷の痕が深く刻まれている人物である。何故そんな人物に想いを寄せるのか、自分でもどうかしていると思うが別に男色自体珍しい事ではない上にそもそも男なら誰でも良いのではなく雑渡昆奈門だから想いを寄せているのだと自分に必死に言い聞かせている。まぁ、実際の所は想いが成就する等と考えていなかったのだが以前稽古をしている最中雑渡本人に「若様になら抱かれてもいいと思ったんです」という妙な発言をされた事がある。
言葉の意味をそのまま受け取ればあいつも少なからず俺に好意があると捉えられるが、如何せん相手は雑渡だ。俺はあいつに何度も辛酸を舐めさせ続けられてきた故に容易に発言を受け止める事は出来ない。だからこそ、まずはその発言の真意を確かめたいのだがここ最近雑渡を全く見かけなくなった。最初は遠征でもしているのかと思ったが案外そうでもないらしいと尊奈門から聞かせられて俺は声を上げた。
「尊奈門、雑渡はどこにいる」
「組頭なら、今休暇を取られていますよ」
「休暇だと?何故だ」
「いや、それは流石に僕も知りませんよ」
「…ならば、あいつの家を教えろ。これは命令だ」
「そんな事を命令しないでくださいよ、全く…」
俺自身、普段は立場を行使するなんて事はしたくないが今回は急を要するから仕方ない。俺は尊奈門から半ば強引に雑渡の住居を聞き出した後国1番の早馬の背に乗り雑渡の元へ向かった。
「ここか」
辿り着いたのは、山奥にある小さな小屋であった。組頭という立場であるからそれなりの給金を貰ってるだろうにアイツの家は想定していたより質素な様相であるので驚きつつも、まぁ場所は関係ないので早速俺は馬を繋いでから小屋の出入り口前で声をあげた。
「雑渡、いるか?」
「おや、若様。お早い到着で」
「…何だその含みのある言葉は」
「いえいえ、特に深い意味はありませんよ」
俺の呼び掛けから少し間を置いてから家の中から雑渡が現れた。まるで俺が来ることを想定していたかのような口ぶりが気になるもののひとまず雑渡の家に上がることにした。家の中も外観同様簡素で生活において必要な最低限度のものしか揃えていない様である。
「お前の家はやけに簡素だな。給金は十分渡しているはずだが」
「忍務で家を離れている事が多いので、これぐらいが丁度良いんですよ」
お茶出しますね、と俺に背を向けた時雑渡の服装が見慣れた忍び服ではなく着流しであることに気付いた。それに顔も包帯こそ巻かれているが普段の口布と頭巾もない。長らく雑渡と共にいるが、こうしてあいつの私服と素顔を見るのは俺の記憶違いでなければ初めてかもしれない。私服姿の雑渡とは、何とも言えない色気を感じるな等と考えていた時不意に振り返った雑渡と目が合った。
「あまり見つめられていると穴が空いちゃいますよ、若様」
「…すまん」
視線を向けていた事に気が付かれたことが後ろめたく感じた俺は雑渡から目線を逸らし、特に意味もなく囲炉裏に目線を向けて雑渡が戻って来るのを大人しく待つことにした。
「お待たせしました、どうぞ。粗茶ですが」
「悪いな」
「で、どうして若様は私の家に来たんですか?」
「…」
「黙ってちゃわかりませんよ」
「お前と最近顔を合わす機会がないから、顔を見にきてやった。大事はないか。」
俺の返答に対して雑渡は、わざわざ若様にご足労頂けるとは光栄ですなんて述べてみせたが表情から察するにそんな事微塵も考えていないというのは明白である。
「若様は、私に会えなくて寂しかったんですか?」
「…」
「あれ、図星でした?」
「…そんな些事はどうでもいいだろう。そんな事よりもお前に聞きたいことがある」
「はい、何でしょう」
「先日のお前のあの発言の真意を聞かせろ」
「あの発言、と申しますと若様になら抱かれてもいい〜ってやつですか?」
「そうだ」
どうしてこいつは俺の考えを全て読んでくるのか。念動力でも使えるのか?このままではマズイ。また、あいつの調子に乗せられてしまうと察知した為俺はやや無理矢理ではあるが本題を切り出した。それは、先日俺にならば抱かれてもいいと聞き捨てならない発言である。あれから俺は夜まともに眠れなくなった、雑渡の意味深な発言の神威について考えると同時に布団に入ると嫌でも雑渡の痴態が瞼の裏に浮かぶようになってしまったからだ。しかし、いざ問いただしてみたもののいざ答えを聞かされるとなると聞きたくないという反比例した想いが生まれるものだな。あの発言の意図が文字通りであるならば良いが、また雑渡の誂いだとしたら…。という考えが脳裏をよぎるが、日本男児たるもの自ら名乗りを上げた戦において逃げる事など許されぬ、その様な臆病者では次期黄昏国の領主に等到底不可能だ。亡き母も言っていたではないか、大切な人とは向き合いなさい、けして逃げてはいけませんと。
「若様」
「っ、な、なんだ?」
「…少しだけ私の話を聞いてもらえませんか?」
「…急に改まってどうした?」
「若様に聞いてほしい話があるんです」
「分かった、ならば話せ」
雑渡が口を開いた瞬間身構えた俺であったが、口をついて出たのは話を聞いて欲しいという願いであった。それも普段の調子ではなくやけに改まった表情を見せたので俺はそれを反故にする訳にもいかないので話すように命じると雑渡がゆっくり俺の亡き母の事を話し始めた。かつて雑渡が母に想いを寄せていたこと、そして俺に対して憎しみを抱いていた事があるのだと。
「私は確かに貴方の母君に想いを寄せていました。まぁ、その想いが叶う事はありませんでしたが」
「…」
「そんな時に貴方の世話役となるように命じられた時は、気が狂いそうになりましたよ」
「それは…すまなかった」
「いえ、若様が謝る事ではありませんよ」
雑渡はそう言って笑うが俺は到底笑う事等出来なかった。雑渡程の男が今も尚身を固めていない事に対して疑問を抱く事はあったが、叶わぬ想いを寄せていた相手がまさか俺の母君であるなんて。その上想い人の子である男の世話役として働かせられるだけでなく、忌むべき相手から想いを寄せられている等と御伽も裸足で逃げる程の出来事ではないか。顔を青褪める俺に対していつの間にか隣に移動していた雑渡が声を掛ける。
「でもね、若様と一緒にいる内に少しずつ私の中にあった何かも少しずつ消えていったんです」
「…何故だ?俺はお前にとって憎むべき相手であろう」
「うーん、何ででしょうね…若様が、私をずっと想ってくれたからかもしれませんね。」
「想…って?」
「はい、最初は鬱陶しくて仕方ない若様の純粋な想いが徐々に心地よく感じるようになってきたんですよね。しかも年々格好良くなっていくし。それで、あぁ若様になら手籠めにされてもいいかなーと思ったんです」
信じられないなら試してみますか?そう言って雑渡は自身の着流しの裾を少しだけたくし上げてみせた。破廉恥なと声を上げようとした俺の視界に雑渡の太腿が映った瞬間思わず生唾を飲んでしまった。
「こんな傷だらけの身体に欲情する訳ないですよね…と思いましたが、そんな事はありませんでしたね」
「…煩い」
「若様、どうせならもっと沢山見たくありませんか?」
俺の耳元で吐息混じりに誘い文句と共に雑渡が俺の掌の上に自身の手を重ねた。俺よりも一回り以上年上でガタイも良い男である筈なのにやたら艶めかしく見えてしまうのは何故なのか。こいつ何かしらの妖術でも使っているのではないか。
「若様、あちらに布団の用意は出来ていますよ」
再び耳元で囁かれた甘言に対して俺は頷いた後に雑渡と共に二人で寝室へと足を運んだ。事が終わったら、まずは母上の墓前に二人で挨拶をする必要があるなや父上に対してどの様に説明するか等あれこれ思案する必要はあるが、とりあえずは目の前の据えを食してから考えるかと思考することを放棄した俺は静かに襖の戸を閉めた。
「はい、これでもう大丈夫ですよ」
別にその国に対して何か事を起こすつもりはなかったけど、明らかに他国の忍だと分かる男に対して「怪我をしていたから」という理由だけで躊躇せず自分の着物の裾を破って包帯代わりに巻いて治療するとか警戒心なさすぎでしょと呆れてたけど、治療が終わってから私の事を見て微笑んだその姿と慈悲の精神が南蛮の書物に描かれていた聖母まりあ様のように見えたんだ。
それから私は何かと理由をつけて彼女の元へ足繁く通った。いつ命を落とすか分からない私にとって彼女との時間は幸福そのものであったんだけど、それは長くは続かなかった。私が忍務で大火傷を負い療養を余儀なくされた時、勿論彼女に会いに行くことも便りの1つを送る事も出来なかった。寝たきりの日々が続く中怪我の具合が良くなったら必ず会いに行こうと決めていたんだけどさ、これが中々長引いちゃってね…。漸く火傷の具合も良くなってきた頃、殿の御正室が決まったと聞かされた。政略結婚ではあるけど殿曰く生涯でただ一人の正室として迎え入れるつもりの女性なのだとという。あの殿にそこまで言わせるとは一体どの様な女性なのだろうかと気になっていると、数日後に殿によって御正室お披露目の場が設けられた。そこで御正室の姿を見た時流石の私も動揺したよ。
「皆に紹介しよう、この者が此度より我が正室となった者だ」
「…それはないでしょう」
殿の隣にいた女性は私の愛しの君その人あった。美しい着物に化粧を施された彼女の美貌に周囲から感嘆のため息が漏れていた。何故彼女なのかと考えてみて直ぐに理由が分かった。彼女の国は小国ではあるが我が国と隣接している上に資源も豊富である為タソガレドキ領地拡大の為に侵攻予定地であった。当然彼女の父である領主は徹底抗戦のつもりであったがそこで彼女が名乗りを上げたらしい。自分がタソガレドキに嫁入りをするのでどうか戦だけは止めてくれ、と。以前から殿は彼女に対してそれとなく嫁として迎え入れたい意思を伝えていたようなので殿はその提案を飲んだことで、タソガレドキと彼女の国の間に同盟関係が結ばれ無事に戦は回避された。彼女の身を挺したその判断自体間違いではないし、それを受けた殿は何も悪くない。悪いのは私だ。
「あの、もしかして…雑渡さん?」
彼女が御正室として黄昏城に迎え入れられてから、一度だけ私は彼女から声をかけられたことがある。驚くと同時に凄く嬉しかった。だって、火傷によって以前の面影がなくなってしまったにも関わらず彼女は私だと気付いてくれて声を掛けてくれたのだから。
「…ご無沙汰しております」
「ご無沙汰しております…って、それよりもどうされたんですか、そのお怪我は?」
「これは、数年前忍務で負ったものです」
「忍務で…もしかして、我が国にいらっしゃらなくなったのはそれが原因で?」
「…申し訳ございません、これより出なくてはならないので」
「あ、待ってください!」
私がタソガレドキ忍軍のの組頭なんて立場でなければ今すぐにでも彼女を自分のものとしてしてやりたかったけど、生憎私は分別のある大人だからね。自分が仕える主の奥方様を攫うなんて大層な事は出来る訳が無い。だから、これ以上余計な感情が生まれないようにそれ以降私は彼女を避けるようになった。まぁ、そもそも一介の忍がそう易易とお目見え出来る立場ではないけどね。それでもなるべく彼女の姿を見たくないから徹底的に避けた。だってさ、どこの世界にかつて想いを寄せた女性と自分の主が並ぶ姿を見て喜ぶ男がいるの?まぁ、唯一の救いは政略結婚ではあれども2人が仲睦まじい夫婦らしいと風の噂で聞いたことかな。
そして、彼女が御正室として殿の元に嫁いできてから暫く経った頃彼女は殿の嫡男となる男児を産んだ。黄昏ゆめおは彼女に似て玉の様に可愛い子どもであったが私にとっては彼は恨めしさ、憎らしさの塊であった。もし、彼が私と彼女との間に生まれた子どもであれば目に入れても痛くない存在だったのかもしれないけどね。でも、繰り返し言うけど私情と忍務は別だし将来自分が仕えるかもしれない若殿様に対して失礼な言動はしないよ。それに命の危機が訪れれば当然お守りだってするけど只管に苦しかった。こんな思いをするならばもう2度と誰かを好きになったりなんてしない。そう心に決めたぐらいにね。
…と、まぁ少し長くなってしまったけど、私が若様のお嫁さんになる前にはこういう悲しい事情があったってことを知った上でこの下の若様と私のお話を読むように。私からのお願いだよ。
********************
俺には長年想いを寄せている人がいる。そいつの名は雑渡昆奈門と言い、我が黄昏国が誇る最強の忍組の組頭であり俺の世話役である。その名から察せられるように俺と同じ男で、年齢も一回り程上で身体にはかつての戦で負った火傷の痕が深く刻まれている人物である。何故そんな人物に想いを寄せるのか、自分でもどうかしていると思うが別に男色自体珍しい事ではない上にそもそも男なら誰でも良いのではなく雑渡昆奈門だから想いを寄せているのだと自分に必死に言い聞かせている。まぁ、実際の所は想いが成就する等と考えていなかったのだが以前稽古をしている最中雑渡本人に「若様になら抱かれてもいいと思ったんです」という妙な発言をされた事がある。
言葉の意味をそのまま受け取ればあいつも少なからず俺に好意があると捉えられるが、如何せん相手は雑渡だ。俺はあいつに何度も辛酸を舐めさせ続けられてきた故に容易に発言を受け止める事は出来ない。だからこそ、まずはその発言の真意を確かめたいのだがここ最近雑渡を全く見かけなくなった。最初は遠征でもしているのかと思ったが案外そうでもないらしいと尊奈門から聞かせられて俺は声を上げた。
「尊奈門、雑渡はどこにいる」
「組頭なら、今休暇を取られていますよ」
「休暇だと?何故だ」
「いや、それは流石に僕も知りませんよ」
「…ならば、あいつの家を教えろ。これは命令だ」
「そんな事を命令しないでくださいよ、全く…」
俺自身、普段は立場を行使するなんて事はしたくないが今回は急を要するから仕方ない。俺は尊奈門から半ば強引に雑渡の住居を聞き出した後国1番の早馬の背に乗り雑渡の元へ向かった。
「ここか」
辿り着いたのは、山奥にある小さな小屋であった。組頭という立場であるからそれなりの給金を貰ってるだろうにアイツの家は想定していたより質素な様相であるので驚きつつも、まぁ場所は関係ないので早速俺は馬を繋いでから小屋の出入り口前で声をあげた。
「雑渡、いるか?」
「おや、若様。お早い到着で」
「…何だその含みのある言葉は」
「いえいえ、特に深い意味はありませんよ」
俺の呼び掛けから少し間を置いてから家の中から雑渡が現れた。まるで俺が来ることを想定していたかのような口ぶりが気になるもののひとまず雑渡の家に上がることにした。家の中も外観同様簡素で生活において必要な最低限度のものしか揃えていない様である。
「お前の家はやけに簡素だな。給金は十分渡しているはずだが」
「忍務で家を離れている事が多いので、これぐらいが丁度良いんですよ」
お茶出しますね、と俺に背を向けた時雑渡の服装が見慣れた忍び服ではなく着流しであることに気付いた。それに顔も包帯こそ巻かれているが普段の口布と頭巾もない。長らく雑渡と共にいるが、こうしてあいつの私服と素顔を見るのは俺の記憶違いでなければ初めてかもしれない。私服姿の雑渡とは、何とも言えない色気を感じるな等と考えていた時不意に振り返った雑渡と目が合った。
「あまり見つめられていると穴が空いちゃいますよ、若様」
「…すまん」
視線を向けていた事に気が付かれたことが後ろめたく感じた俺は雑渡から目線を逸らし、特に意味もなく囲炉裏に目線を向けて雑渡が戻って来るのを大人しく待つことにした。
「お待たせしました、どうぞ。粗茶ですが」
「悪いな」
「で、どうして若様は私の家に来たんですか?」
「…」
「黙ってちゃわかりませんよ」
「お前と最近顔を合わす機会がないから、顔を見にきてやった。大事はないか。」
俺の返答に対して雑渡は、わざわざ若様にご足労頂けるとは光栄ですなんて述べてみせたが表情から察するにそんな事微塵も考えていないというのは明白である。
「若様は、私に会えなくて寂しかったんですか?」
「…」
「あれ、図星でした?」
「…そんな些事はどうでもいいだろう。そんな事よりもお前に聞きたいことがある」
「はい、何でしょう」
「先日のお前のあの発言の真意を聞かせろ」
「あの発言、と申しますと若様になら抱かれてもいい〜ってやつですか?」
「そうだ」
どうしてこいつは俺の考えを全て読んでくるのか。念動力でも使えるのか?このままではマズイ。また、あいつの調子に乗せられてしまうと察知した為俺はやや無理矢理ではあるが本題を切り出した。それは、先日俺にならば抱かれてもいいと聞き捨てならない発言である。あれから俺は夜まともに眠れなくなった、雑渡の意味深な発言の神威について考えると同時に布団に入ると嫌でも雑渡の痴態が瞼の裏に浮かぶようになってしまったからだ。しかし、いざ問いただしてみたもののいざ答えを聞かされるとなると聞きたくないという反比例した想いが生まれるものだな。あの発言の意図が文字通りであるならば良いが、また雑渡の誂いだとしたら…。という考えが脳裏をよぎるが、日本男児たるもの自ら名乗りを上げた戦において逃げる事など許されぬ、その様な臆病者では次期黄昏国の領主に等到底不可能だ。亡き母も言っていたではないか、大切な人とは向き合いなさい、けして逃げてはいけませんと。
「若様」
「っ、な、なんだ?」
「…少しだけ私の話を聞いてもらえませんか?」
「…急に改まってどうした?」
「若様に聞いてほしい話があるんです」
「分かった、ならば話せ」
雑渡が口を開いた瞬間身構えた俺であったが、口をついて出たのは話を聞いて欲しいという願いであった。それも普段の調子ではなくやけに改まった表情を見せたので俺はそれを反故にする訳にもいかないので話すように命じると雑渡がゆっくり俺の亡き母の事を話し始めた。かつて雑渡が母に想いを寄せていたこと、そして俺に対して憎しみを抱いていた事があるのだと。
「私は確かに貴方の母君に想いを寄せていました。まぁ、その想いが叶う事はありませんでしたが」
「…」
「そんな時に貴方の世話役となるように命じられた時は、気が狂いそうになりましたよ」
「それは…すまなかった」
「いえ、若様が謝る事ではありませんよ」
雑渡はそう言って笑うが俺は到底笑う事等出来なかった。雑渡程の男が今も尚身を固めていない事に対して疑問を抱く事はあったが、叶わぬ想いを寄せていた相手がまさか俺の母君であるなんて。その上想い人の子である男の世話役として働かせられるだけでなく、忌むべき相手から想いを寄せられている等と御伽も裸足で逃げる程の出来事ではないか。顔を青褪める俺に対していつの間にか隣に移動していた雑渡が声を掛ける。
「でもね、若様と一緒にいる内に少しずつ私の中にあった何かも少しずつ消えていったんです」
「…何故だ?俺はお前にとって憎むべき相手であろう」
「うーん、何ででしょうね…若様が、私をずっと想ってくれたからかもしれませんね。」
「想…って?」
「はい、最初は鬱陶しくて仕方ない若様の純粋な想いが徐々に心地よく感じるようになってきたんですよね。しかも年々格好良くなっていくし。それで、あぁ若様になら手籠めにされてもいいかなーと思ったんです」
信じられないなら試してみますか?そう言って雑渡は自身の着流しの裾を少しだけたくし上げてみせた。破廉恥なと声を上げようとした俺の視界に雑渡の太腿が映った瞬間思わず生唾を飲んでしまった。
「こんな傷だらけの身体に欲情する訳ないですよね…と思いましたが、そんな事はありませんでしたね」
「…煩い」
「若様、どうせならもっと沢山見たくありませんか?」
俺の耳元で吐息混じりに誘い文句と共に雑渡が俺の掌の上に自身の手を重ねた。俺よりも一回り以上年上でガタイも良い男である筈なのにやたら艶めかしく見えてしまうのは何故なのか。こいつ何かしらの妖術でも使っているのではないか。
「若様、あちらに布団の用意は出来ていますよ」
再び耳元で囁かれた甘言に対して俺は頷いた後に雑渡と共に二人で寝室へと足を運んだ。事が終わったら、まずは母上の墓前に二人で挨拶をする必要があるなや父上に対してどの様に説明するか等あれこれ思案する必要はあるが、とりあえずは目の前の据えを食してから考えるかと思考することを放棄した俺は静かに襖の戸を閉めた。