私の太子様


太子が、[#dn=1#]と婚約をしたという話は、直ぐに国中に広まった。
太子の事を知らない平民達は、祝福しながらも、自分達と異なる上流階級の話だと
どこか他人事として捉えていた。
だが、太子の事をよく知る朝廷の人間達は違った。

「何でお前なんだよー!」
「馬鹿太子が!カレー臭ジジイは引っ込め!!!」
「さっさと仕事しろクソアワビ!!!!」  
「ちょ、痛い!酷いじゃない!!私、摂政なのに!!!」

太子は、宮廷の庭に頭だけ出されて埋められた状態で、官吏達から罵声と共に石を投げつけられていた。

「妹子さん、やっぱり止めた方が…」
「大丈夫ですよ、普段の太子の行いが悪いせいですから」

その様子を、[#dn=1#]と妹子は縁側から眺めていた。
唯一太子の実を案ずる[#dn=1#]の横顔を妹子は見つめる。
何故、こんな可憐で無垢な心を持った方があの馬鹿の婚約者なのだ、と。
それと同時に、太子にも驚かされた。先程の中央での大胆な宣言。
ヘタレのくせに、いざという時はやる男というのを見せつけられたようで、
少し悔しかった。

「さて、そろそろ仕事の時間なので僕は先に行きますね、[#dn=1#]様」
「様なんて…やめてくださいよ」
「ははっ、それじゃあまた後で…[#dn=1#]さん」

妹子を始めとした官吏達は、それぞれ仕事をする為にその場を立ち去って行った。
[#dn=1#]は、未だ地面に埋まる太子の元へ駆け寄った。

「太子様!大丈…夫じゃないですよね。
待っててください、今掘り起こすので!」
「うう…[#dn=1#]!やはり、私にはお前だけだ!!」

[#dn=1#]のお陰で、何とか地面から脱出した太子。泥まみれの状態で[#dn=1#]に抱き着いた。

「た、太子様…!」
「あ!す、すまない!」

つい、勢いで抱きしめてしまった太子は
慌てて[#dn=1#]の身体から手を離した。
柔らかい、女の子の…いや、[#dn=1#]の身体はこんなにも柔らかいのか、と。
出来ることなら、もう少し触れていたかったと考えていると、
トス、と小さな衝撃を感じ目線を下に向けると顔を赤くした[#dn=1#]と目があった。

「お返し…です」
「…っ![#dn=1#]!」

えへへ、と照れ臭そうに微笑む[#dn=1#]に 
太子は、彼女をもう一度抱き締め、そして
噛みつくようにキスをした

…はずだった。

突然、太子が馬に蹴られ、その勢いのまま遠くへ飛んでいってしまった。

「太子様!?」

[#dn=1#]が、太子の元へ駆け寄ろうとした時、[#dn=1#]の身体が浮いた。
突然の浮遊感に驚きながらも見上げると、
そこには見覚えのある壮年の男性が
馬に跨った状態で自分を脇に抱えていた。

「お、お父様!」
「[#dn=1#]!貴様、何をしている!?」
「何って、太子様に…その、お勉強を教えて頂いていました!」
「嘘つけ!!!これから接吻をしようとしていただろうが!!!」

儂の目は誤魔化せんわい!とドン!!という効果音付きで
仁王立ちしたこの男こそ、僅か1代で中央豪族の地位を得た剛腕の持ち主であり、[#dn=1#]の父親である。

「[#dn=1#]、儂と共に国に帰るぞ」
「何故ですか!?」
「官吏共から聞いたぞ、あの馬鹿と婚約をしたそうじゃな。全く勝手な真似をしおって!」
「そ、それは…時機を見てお話しようと思って…」
「言い訳は聞かん。さあ、行くぞ」

父親は、[#dn=1#]の身体を馬の背に乗せた
抵抗しようと暴れる[#dn=1#]の身体を片手で押さえつけながら、馬を走らせようとした時だった。

「[#dn=1#]を連れて行くな!せ、摂政命令だぞ!」

太子が、馬の前に立ち塞がった。

「太子様!」
「ちっ、もう少し寝ていれば良いものを」
「私は、本気で[#dn=1#]が大好きだ!お前が何と言おうと私は[#dn=1#]と結婚する」

太子は、震えながらも父親相手に見事な啖呵を切ってみせた。
それに父親はほんの少しばかり感心した。
摂政というこの国を担う立場でありながら、仕事をサボり、意味のわからないジャージを着て、
カレーの匂いをさせている癖に、と。

父親が不敵な笑みを浮かべる。

「…ならば、儂が出す条件を達成してみせろ。さすれば、お前達の婚姻を認める」
「本当か!?条件とはなんだ!」
「随に行き、始皇帝と和睦を結んでこい」

太子は気づいていなかった。
これが、父親を始めとした官吏達による
朝廷から太子を追い出す為の策謀であることに。
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