呪術のまとめ


一目ぼれだった。

力こそが絶対であり、力なき者は弱者とされるこの家において、
俺のような落ちこぼれに対しても笑顔を向けて、
ククル隊に差し入れをくれたり、
怪我の手当てをしてくれるまるで天使を
彷彿させるような見た目とその高い精神性に。

彼女は、[#dn=1#]さんは俺達の憧れだ。
だから、俺のような男では不釣り合いだと分かっていたが、
玉砕覚悟で彼女に想いを告げた。
結果は、予想通り断られてしまった。
しかも「許嫁がいるから」という理由で。


「あ、そうだったんですね…」
「はい、あの、本当にごめんなさい…私…!」
「いえ、大丈夫です!そんなに謝らないでください!」


申し訳なさそうに俺に向けられる視線。
こんな時も、相手を気遣う優しさを兼ね備えているのか、
と密かに感動してしまった。
普通なら告白を断られた事に対して、
落ち込む筈だが、俺の心は不思議と晴れ晴れとしていた。


既に相手がいるというのは残念だったが、
彼女に想いを告げられただけでも良かった。
この悔しさは、明日から修行で思い切りぶつけてやろう。
そして、いつの日か強くなって
彼女のような素敵な女性と出会うんだ!


それにしても、彼女の許嫁とは、一体どんな人なのだろう。
きっと素晴らしい人に違いないだろうな。
強さも美しさも優しさも兼ね備えた人なのだろう。
もしかしたら、五条悟とかの可能性だってあるよな。
自分もそんな男になる為に、
また明日から、修行を頑張ろうと決意を胸に背を向けた時だった。
突然、背後から喉元に小刀を突き付けられた。


この屋敷では、蹴落としあい命の奪い合い等珍しい事ではない。
だが、それは権力を持つ者に対してのはず。
俺なんてその辺の雑兵にしがないはずなのに。
背後から向けられ
る明確な怒り、憎悪、殺意。
目の前の[#dn=1#]さんは顔面蒼白となっていた。

大丈夫ですよ、俺だって少しは鍛えているから…
と言いたいが、直ぐに相手が誰か分かった。
全身から冷や汗が止まらない。
己の命が、強者の掌の上にあるこの状況が怖い。
自分の一挙手一投足が死に繋がる恐怖で声も出ない。


「なぁ、お前。誰のモノにちょっかいかけとんねん」


密かに漏れ出る呪力と声で分かった。
俺に刀を突き付けてきたのは、
この禪院家の中でも準一級以上の術師で
構成された少数精鋭部隊の炳筆頭でもあり
次期禪院家当主と目される男。禪院直哉だ。

何で、このクズ野郎が俺なんかに刀突き付けているんだよ。
何だよ、いつもは俺達の事を雑魚呼ばわりして見下してくる癖に。
なんだよ、俺が何をしたっていうんだよ。
確かにお前のことは嫌いだが、直接お前に何かしてねぇよ。


「黙っとらんで、さっさと許しを請えや。雑魚が」

「も、申し訳ございません…!あの、俺!」

「うっさい、喋るな」


必死に弁明しようとするも、
俺にはそんな権利すらなかった。
理不尽だと感じても口を噤むしかない。
この禪院家では、強者にこそ価値はあれども弱者に価値なんてない。
弱者は強者の視界に入らぬように息を潜めることしか許されない。
それにしても理不尽すぎるだろ。


「直哉君、待って!私、その人とは何もないよ!」
「[#dn=1#]、黙っとき。こいつは、俺の女に手を出そうとしたんやで。こんな力も何もない雑魚が」


俺を挟んで、[#dn=1#]さんとクズが相対する。
[#dn=1#]さんは、俺を助けようとしてくれてるのか、クズに呼びかける。
「女は男の3歩後ろを歩け」と堂々と公言する
男尊女卑そのものであるクズ野郎が、
自分よりも一回り下の女の子である
[#dn=1#]さんの呼びかけには反応した。
しかも、こいつ彼女の事を「俺の女」って言いやがった。
嘘だろ、こんな天使の様な少女の許嫁がこのクズ野郎だなんて、
悪夢でしかない。


「私、ちゃんと断ったよ!だから、お願い、その人を許してあげて!」
「[#dn=1#]さん…」
「…おい、何気安くこいつの名前呼んでんねん。誰が許可した?」
「…え?」

クズ野郎に必死に呼びかける夢さんの姿が、
恐怖と嬉しさの涙で滲む。
だが、次の瞬間視界が反転した
遠のく意識の中、[#dn=1#]さんの叫び声が聞こえる。
あれ、俺、どうしたんだろう。


「おい、誰かおるか。はよぅ、このゴミを片付けといてぇや」

2/5ページ
スキ