1章

(桐生side)




「会長ーーーッ!!」


静寂をぶち破るような大音量と共に、保健室の引き戸が激しくスライドした。


なだれ込んできたのは、息を荒くした生徒会役員の面々――水無瀬、早乙女、九重、朝比奈の4人だ。


「おい、静かにしろ。寝てんだよ」


俺はベッドの横に立ったまま、呆れた声をかける。
乱入してきた奴らは、ベッドの上で丸くなっている竜胆の姿に気づくと、一瞬で声を飲み込んだ。


「あ……」
「会長、寝てる……?」


4人が恐る恐るベッドを覗き込む。
食堂での例の水ぶっかけ事件を見て、ボイコットどころじゃなくなって飛んできたんだろう。全員が目に見えて思い思いの後悔の表情を浮かべている。


だが、俺から言わせればこれは竜胆の自業自得だ。


「……お前らな。ボイコットだか何だか知らねえが、やるならあいつが倒れる前にちゃんとカタつけとけよ」
「う……、それは……」
「水無瀬。あいつの頑固さは中等部からだろ。こうなることくらい予想しとけ。元はと言えば全部自分で抱え込むあいつが悪いんだから、お前らがそんな顔することねえよ」


俺の言葉に、副会長の水無瀬は痛むように眉を歪め、小さく頷いた。


「……委員長の言う通りですね。作戦失敗です。ここまで会長を運んでくれてありがとうございました」
「風紀の仕事の範疇だ」


これ以上、俺たち風紀が首を突っ込む話じゃない。
身内の拗れは身内で解決しろ、それが一番早い。


「相川、戻るぞ。生徒会の連中も揃ったことだしな」
「うんうん。みんなちゃんと仲直りしてねー」

 
相川と共に保健室を後にする。

本当に荒療治だなこれは。
妙なことに巻き込まれたものだと内心で苦笑した。






(竜胆side)



「……ん……」


ゆっくりと目を開けると、視界に飛び込んできたのは、見慣れない保健室の白い天井だった。


どうやら眠っていたらしい。
あれほど眠れない夜を重ね、睡眠など不要だとさえ思い込んでいた俺が、意識を失うように眠りに落ちた。

皮肉なものだ。
結局、身体は限界だったということだろう。

一人で抱え込んで、一人で処理できると思っていた。
だが、結果はこの有様だ。


頭痛は嘘のように消え去っていて、脳が驚くほど軽い。エアコンの効いた室内で、乾いたシャツの感触がひどく心地よかった。
起き上がろうと、ふと横に視線を動かした、その瞬間。


「あ……会長……!」
「りんりんが起きたー!?」


ベッドの周囲を囲むように座り込んでいた水無瀬、早乙女、朝比奈が一斉に身を乗り出してきた。九重は立ち上がりつつ一歩引いたままだが。

泣き出しそうな、それでいて酷く張り詰めた顔が三つとやや呆れたような表情が俺を見つめている。


それだけで十分だった。
自分は最後まで立っていられなかった。
完璧であるはずが、人前で倒れ、眠り込み、心配までかけた。
無様だ。


「お前ら……なんでここに……」


まだ眠気で上手く回らない舌で、辛うじてそれだけを絞り出す。
いつもなら、すぐに冷酷な仮面を被って「ボイコット中じゃなかったのか」と突き放すところだ。
しかし、今の俺は心が弛緩しきって、上手く自分を取り繕えない。


「会長、すみませんでした。私たちがボイコットなんて浅はかなことをしたせいで、会長に無理させて、倒れるまで追い詰めてしまって」

苦しそうに謝りながら水無瀬が頭を下げてくる。


「……やめろ」


俺は、小さく首を振った。
役員達の真っ直ぐな、後悔に満ちた視線が、俺には眩しすぎて、直視できなかった。


「元はと言えば、俺が……お前たちを、必要ないと言ったからだろうが」
「もー、そうだよ。俺結構腹立ってたんだからね? なんで頼ってくれねーのって」


ふてくされたような表情をしながら早乙女が呟く。


「ねえ、りんりん。僕達は会長に頼ってほしかっただけなんだよ。一人で頑張るの、かっこいいけどちょっと寂しかった。気持ち、伝わるかな」


朝比奈のゆっくりと諭すような声に、胸の奥のずっと蓋をしていた痛みが疼いた。

頼る。任せる。
俺がずっとやってこなかったこと。


――人を信用するな。

幼い頃から何度も聞かされた言葉が、頭をよぎった。


「……俺一人じゃ限界がある。それは認める」


言い淀みながら、拙く言葉を紡ごうとする。

初めて、その言葉を認めた。
悔しさと情けなさで心がぐちゃぐちゃでも、否定はできなかった。

そこで言葉を切る。


「だが、どうやって、人を頼ればいいのか……分からない」


ぽろりと、自分でも驚くほど弱々しい声が、唇から零れ落ちる。
いつも完璧で、冷酷で、誰も寄せ付けなかったはずの俺の、初めて見せる剥き出しの弱音だった。

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