陽だまりのデュエット

タルタロスでは拘束されることもなく椅子へと座らせられた。随分と侮られているなとは思ったが、そちらの方がありがたいので黙っておいた。やはりルーク様の御髪の色を見てキムラスカの王家筋だと気付かれたらしく、私達は不正入国の容疑で捕縛された。
ジェイドがルーク様の身分を確認するためフルネームを尋ねる。それにルーク様は嫌味っぽくお答えなさる。
「ルーク・フォン・ファブレ。お前らが誘拐に失敗したルーク様だよ」
「何故マルクト帝国へ?それに誘拐など...。穏やかではありませんね」
ジェイドにはマルクトのルーク様誘拐事件について心当たりがないらしい。7年前の出来事であるしマルクトの軍人であるからといって、皆がみんな知っているわけでは無いのだろう。ましてや王族の誘拐など即戦争に繋がる話だ。箝口令が出されていても可笑しくはない。
ルーク様がマルクトに飛ばされた経緯を話そうと口を開く前に、女が慌てて口を開いた。
「誘拐の件はともかく、今回の件は私の第七音素とルークの第七音素が超振動を引き起こしただけです!ファブレ公爵家によるマルクトへの敵対行動ではありません」
そもそもあなたが公爵家を襲撃しなければ起こらなかった事件でしょうに、何故他人事のように語ることができるのだろう。自身の過失を隠し説明する女に沸々と怒りが沸いた。
女の説明に納得したのか、導師がジェイドに協力をお願いしてはと何事かを提案する。その言葉を受けて、ジェイドは私達に口を開いた。
「我々はマルクト帝国皇帝ピオニー九世陛下の勅命によってキムラスカ王国に向かっています」
皇帝の勅命で敵国に向かうなどかなり重大な任務に違いない。その上導師も同行しているのだから只事では無い筈だ。
「まさか、宣戦布告...?」
女が戸惑いながら声に出すが、あなたのしでかした事の方が余程宣戦布告ですよと言ってやりたい。導師の隣に立つ少女(アニスというらしい)がその逆ですよぉと女の言葉を否定する。
ジェイドは私達を解放するので、まずは自分達のことを知ってほしいと言う。アニスの言葉や導師の存在から、恐らくキムラスカとの和平条約の締結がマルクト皇帝の勅命なのだろうが、それならば素直に和平を結ぶため協力してほしいと申し出れば良いのに。
「協力して欲しいんなら詳しい話をしてくれればいいだろ?」
ルーク様も私と同じことを思ったのかジェイドに問う。
「説明してなおご協力いただけない場合、あなた方を軟禁しなければなりません」
軟禁という言葉に私とルーク様は顔を顰める。
「ことは国家機密です。ですからその前に決心を促しているのですよ。どうかよろしくお願いします」
そう言うとジェイドはルーク様が意見する間もなくさっさと部屋を出て行ってしまった。
「詳しい説明はあなたの協力を取り付けてからになるでしょう。待っています」
導師もジェイドの後を追うように退室してしまった。一方的な二人の言い分に呆れ果てたルーク様は深く溜息を吐きながら項垂れていた。

艦内を案内しようかというアニスの提案を断り、私達はジェイドのお願いと言う名の脅迫について話し合う。話し合いに邪魔が入らないようアニスには女を部屋の外に連れ出してもらった。女もアニスも不満そうだったがルーク様が強く命令すると、最終的にはアニスが折れて女を引きずって行った。彼女は権力に媚びるタイプのようなので扱いやすそうだが、ルーク様は人の感情の機微に無頓着なので気づいてはいらっしゃらないだろう。アニスが余り執拗くルーク様に媚び入ろうとする様なら注意しなければと気を引き締める。
「なぁマリア。あいつらの事、どう思う?」
ルーク様が私に意見を求める。
「彼等の言い分では、マルクト皇帝の勅命を受けて和平の使者として行動しているそうですが…。正直本気で和平を結ぶ気が有るのか甚だ疑問ですね…」
私の言葉にルーク様が「だよなぁ…」と頭を抱える。
「俺の身分を理解した上で脅迫してくるんだもんなぁ…。和平を望んでるんなら保護を申し出るところだろ普通?大体マルクトに飛ばされたのもあの女のせいだし、あの女はローレライ教団の人間なんだろ?そんな所の一番偉い奴が敵国の軍人と一緒に誘拐された公爵子息を拘束して和平の使者としてやって来たらどう思う?」
「ダアトとマルクトが手を組んで宣戦布告、でしょうか?」
「だよな!」
顔を見合わせ揃って溜息を着く。彼等のあまりの言動不一致に此方もどう対処するべきか分からない。
「和平を結びたいって言うんなら、俺も戦争なんか起きてほしくねぇから協力してやっても良いと思うんだけどよ…。あいつらの言ってる事とやってる事が矛盾しすぎてイマイチ信用できねぇんだよなぁ。俺たちの言い分も何も聞こうとしねぇし」
ルーク様の仰る通り、彼等は私達の現状を何も理解していない。マルクトに飛ばされてきた理由も女の罪を誤魔化したもので、女だけでなく私とルーク様にも落ち度があったような説明だった。
「彼等に一度、きちんと私達がマルクトに飛ばされるまでの経緯を説明いたしませんか?それで彼等が態度を改めて詳しい説明をするのなら、和平に協力しても宜しいのではないでしょうか?もし態度が改められなければその時は...」
協力すべきか否か。言葉を濁らせるとルーク様は私の言葉を引き継ぎ仰った。
「その時はその時だ!どっちにしろ今のあいつらは信用するに値いしねぇ!俺たちの話を聞いても変わらなければその程度の輩だったっつー事だ!」
そう言うとルーク様は、部屋の外に控えていたマルクト兵に、ジェイドへ取り次ぐよう命令した。

全員が部屋に戻ると、ジェイドが眼鏡を押し上げながらルーク様に協力する気になったかと問う。それに答える前に、まずは自分達の話を聞けとルーク様が仰る。「何ですか?此方は無駄話をしている様な暇はないのですが」とジェイドが嫌味を言うがルーク様が黙って聞けと言うと、ジェイドは大人しく口を閉じ眼鏡の奥で眼を竦める。
「俺たちがマルクトに飛ばされた経緯を話す」
「それは先程ティアから説明されたのでは?」
ジェイドの言葉に女が「そうよ!」と同調する。それを無視してルーク様は仰る。
「俺とマリアはそこの神託の盾兵に誘拐されたんだ」
女を指差しながらルーク様が仰ると、女はまたキーキーと喚き始めた。
「だから!それは誤解だって言ってるじゃない!!私はただヴァンを...」
「黙りなさい!ルーク様がお話しされている最中です!」
喚く女を一喝すると、女はキッと私を睨みつけてくる。それに負けじと私も女を見つめ返す。唯ならぬ私達の雰囲気に導師が「一体どういう事ですか?」と問う。
「そこの神託の盾兵が突然屋敷に襲撃してきたんだ。俺たちはそいつに襲われて攻撃を防ごうとしたら擬似超振動が起こったんだよ。つまり、俺たちがマルクトに飛ばされたのは、全部そこの神託の盾兵のせいって事だ!」
そうルーク様が仰ると、女は「違うわ!私はヴァンを狙っただけで、あなた達を巻き込むつもりはなかったわ!」と叫んだ。机の向こう側では導師が「公爵家を襲撃...?」と青い顔で呟き、その隣ではアニスが「大丈夫ですかイオン様!?」と導師を案じている。ジェイドは一つ息を吐き出すと、「そこの神託の盾兵を捕らえなさい!」と部下に指示を出した。直ぐにマルクト兵達がやって来て女を拘束する。「どうして私が!」と未だに自分の罪を理解していない女は激しく抵抗していたが、複数の兵に取り押さえられ牢へと連れていかれた。
ジェイドはルーク様の前に進み出ると膝をつき頭を下げた。
「ルーク様、これまでの数々の非礼謹んで謝罪申し上げます。誠に申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げるジェイドの隣に導師とアニスも慌てて並び頭を下げる。
「ルーク、我がしもべが大変ご迷惑をおかけいたしました。誠に申し訳ございません、どうか許してください…」
青を通り越して白い顔をしながら身体を震わせ謝罪している導師の姿は、傍目から見ても哀れだった。あの女が余りにも堂々と私達に付き纏っていたため、導師も私達が親しい間柄だと勘違いでもしていたのであろう。可哀想なほど身体を震わせ頭を下げ続ける導師の姿に、ルーク様も哀れんで三人に頭を上げるよう告げる。
「イオン、俺たちはお前があの女と共謀しているとは思っていない。この件に関してローレライ教団は関与していないと伯父上にも説明する。だからきちんと俺たちに何を協力してほしいのか話してくれ。でないとお前たちに協力するどころか信用する事すら難しい」

困ったような顔で仰るルーク様に、導師はそうですね...と未だ暗い表情でマルクト皇帝の勅命について話し始めた。予想通り、マルクト皇帝の勅命とはキムラスカとの和平条約の締結であった。どうやら昨今、両国は国境沿いでの小競り合いが頻発し、緊張状態が続いていたらしい。
私もルーク様も十数年前に大きな戦争があったことは知識として知ってはいたが、現在の世界情勢については疎い所があった。マルクトを嫌っている旦那様のいらっしゃる公爵家ではマルクトの話題は御法度であり、マルクトの話など休暇で街に下りた時に人々がしている噂話を流し聞く程度であった。
私でさえその程度なのだから、ルーク様が現在のマルクトとの関係をご存知の筈がない。唯でさえあの碌でもない家庭教師のせいで、まともな教育を受けていらっしゃらないのだ。ルーク様も私と同様に本で得た程度の知識しか持ち合わせていらっしゃらない。本来なら王位継承権をお持ちであるルーク様は知っていなければならない知識なのだろうが、旦那様はルーク様に無関心で苦言を呈することさえなさらない。もっと国勢についても勉強するべきだったかと密かに反省した。
導師がマルクト軍に同行しているのは、仲介役としてマルクト皇帝から依頼されたからであった。しかしルーク様がバチカルでお聞きになった話では導師イオンは行方不明だと言われていた。それは一体どういう事なのかとルーク様がお尋ねなさると、導師はそれにはローレライ教団の内部事情が影響しているのだと答えた。
現在のローレライ教団は、導師イオンを中心とした預言に対して改革的な導師派と、大詠師モースを中心とした保守的な大詠師派で派閥争いが繰り広げられているらしい。加えてモースはキムラスカとマルクトが戦争を起こす事を望んでいるらしい。保守派のモースが戦争を望んでいるという事は、預言には2カ国間の戦争が詠まれているのかもしれない。モースは戦争開戦の障害となり得る導師を軟禁していたが、導師はマルクトの協力を得て脱出に成功、戦争回避の為キムラスカとマルクトの和平条約締結を目指しているそうだ。
しかし和平の使者とはいえ、敵国の兵士が易々と国境を越えるのを許してくれるとは思えない。グズグズしていては大詠師派の邪魔が入るかもしれない。そこでルーク様にキムラスカとの和平の執り成しをしてほしいとの事だった。

導師、ジェイド、アニスが揃ってルーク様に頭を下げる。その真摯な様子から、彼等が嘘をついているとは思えなかった。ルーク様はどうなさるおつもりなのだろうかと様子を伺う。しばらくの間、ルーク様は頭を下げる三人をジッと見つめていたが、やがて「顔をあげろ」と静かに告げた。三人が顔を上げると、ルーク様は頭をガシガシ掻きながらふぅーと息を吐き出すと、「仕方ねぇから協力してやるよ」と仰った。「本当ですか!」と導師が喜色を浮かべながらルーク様に尋ねると、「お、俺も戦争は嫌だからな!」と照れを隠すようぶっきらぼうにお答えなさる。
ルーク様から色良い返事を貰い、先程まで重苦しかった部屋の空気は霧散していた。ジェイドは仕事が有るからと部屋を辞し、導師も外の空気を吸いたいと部屋を出ていった。導師守護役であるアニスは部屋に残り「ルーク様と一緒に旅ができて嬉しいですぅ♡」と媚を売るのに夢中のようだ。いくら安全な戦艦の中とはいえ、護衛対象をほっぽって他国の貴族に取り入ろうとしているのは如何なものなのか。ルーク様からアニスを引き剥がし、私達も外の空気でも吸いに行きましょうと船室を出たのだった。



船室を出るとジェイドが廊下の先に立っているのを見つけた。こちらに気づいたジェイドが声を掛けようとした瞬間、けたたましい警報音が艦内に鳴り響いた。
「艦橋、何事だ」
ジェイドが伝声管で艦橋に居るマルクト兵に問う。艦橋からの応答では、どうやら前方からグリフィンの群れが接近してきているようだ。艦橋からジェイドに迎撃の許可を求められ、ジェイドは艦長に一任すると返答する。そして私達に船室に戻るよう促した。イマイチ状況の深刻さが理解できず、「なんだ?魔物が襲ってきたくらいで...」とルーク様が疑問を口になさる。
「グリフィンは本来単独行動をとる種族です。本来と違う行動をとっている魔物は危険です」
そうジェイドが答えてからすぐ、突然戦艦に何かがぶつかった様な衝撃があり大きな揺れに襲われた。再びジェイドが伝声管で艦橋に何事かと問うと、先程報告されたグリフィンの群れから大量のライガが戦艦に飛び降りて来たと報告が入った。普通種族の違う魔物同士が共に行動することは滅多にない。報告を続けていた艦橋からの声が悲鳴に変わる。
明らかに非常事態だ。戦艦に乗っていれば安全に国境まで辿り着けると思っていたのに、早計だったかもしれない。私達が考えていた以上に、和平を結ぶという事は危険を伴うものだったようだ。戦艦の中に居ては魔物に襲われれば逃げ場がない。
「冗談じゃねぇっ!こんな陸艦に乗ってたら死んじまう!俺は降りるからな!」
錯乱したルーク様はそう仰ると、私の手を引き長い廊下を走り出した。後ろから「待ちなさい!今外に出るのは危険です!」と言うジェイドの言葉を無視してルーク様は走り続けようとしたが、廊下の角から突然現れた巨体にぶつかり、ルーク様は後ろに吹き飛ばされた。それに巻き込まれた私も後ろに飛ばされたが、黒い影が身に迫るのを感じて慌てて壁に張り付いた。
黒い影の正体はルーク様がぶつかった巨漢の持つ大鎌だった。私の首のすぐ数センチ隣に刃先が壁に突き立てられていた。私もルーク様も二人並んで巨漢の鎌の人質とされてしまった。
「ルーク様ぁ!」
「ご主人様!マリアさん!」
敵に捕まった私達を見てアニスとミュウが声をあげる。私とルーク様は大鎌に捉えられ身動きが取れなくなってしまった。

張り詰めた空気の中、大鎌を持つ男が口を開く。
「大人しくしてもらおうか。マルクト帝国軍第三師団師団長ジェイド・カーティス大佐。いや、死霊使いジェイド」
「これはこれは。私もずいぶんと有名になったものですね」
男の言葉にジェイドは軽口を返す。どちらも世間話をするかのように会話を交わしていたが、状況とのギャップがより場の空気を張り詰めさせた。
「戦乱の度に骸を漁るおまえの噂、世界に遍く轟いているようだな」
「貴方ほどではありませんよ。信託の盾騎士団六神将『黒獅子ラルゴ』」
「フ......。いづれ手合わせしたいと思っていたが、残念ながら今はイオン様を貰い受けるのが先だ」
やはり男は信託の盾騎士団の者だった。導師を連れ戻しに来たという事は、この男は大詠師派なのだろう。
「イオン様を渡す訳にはいきませんね」
「おっと!この二人の首を飛ばされたくなかったら動くなよ」
そう言いながらラルゴは大鎌の刃を私の首元に更に近付ける。私に人質の価値はないが、ルーク様にはある。ここでルーク様が殺されたりすれば、マルクトとキムラスカの溝は更に深まるだろう。
「死霊使いジェイド。おまえを自由にすると色々と面倒なのでな」
「あなた一人で私を殺せるとでも?」
ジェイドの挑発に乗ることなく、ラルゴはニヒルに笑った。
「おまえの譜術を封じればな」
そう言うとラルゴは手のひらサイズの四角い箱のような物をジェイドの頭上に放り投げた。宙に浮いた箱が作動を始めると、ジェイドは重りでも付けられたかのように地に膝を付き、苦しそうな表情をして見せた。
「導師の譜術を封じるために持ってきたが、まさかこんな所で使う羽目になるとはな」
膝を付くジェイドを仕留めようとラルゴが大鎌を抜き振りかぶる。しかしラルゴの攻撃をジェイドは躱し、ラルゴとジェイドの立ち位置は逆になった。
「ミュウ!第五音素を天井に!早く!」
そうジェイドが鋭くミュウに指示を出す。「は、はいですの!」と焦りながらもミュウは天井に炎を吐き出す。吐き出された炎は音素灯に当たり、艦内は眩い光に包まれた。
「今です、アニス!イオン様を!」
「はい!」
目の眩んだラルゴの傍を走り抜け、アニスは導師の保護に向かった。アニスを追おうとしたラルゴの僅かな隙を見逃さず、ジェイドは何処からか取り出した槍でラルゴの胸を貫いた。思わず悲鳴をあげそうになるのを口を抑えて押し留める。目の前で人が殺されるところなんて初めて目にした。体の震えが止まらず泣き出したいのを必死に堪える。ルーク様は大丈夫だろうかとお顔を覗き見る。ルーク様も目の前のショッキングな出来事に放心されていた。

「イオン様はアニスに任せて我々は艦橋を奪還しましょう」
未だ心が乱れている私達にジェイドが声をかける。
「...私達だけで艦橋の奪還などできるのでしょうか?」
私もルーク様もまだ今起きたばかりの現実を受け止めきれていない。ジェイドは私の譜術とルーク様の剣術があれば可能だろうと言う。腕を買ってくれるのは嬉しいが、私達は戦場になど立ったことの無い一般人なのだ。軍人扱いされても困る。しかし戦場経験のない私達には、現状ジェイドの判断に従う他なかった。行きますよ、と背を向けてジェイドが歩き出す。私は未だ放心状態のルーク様の手を握り、その後を追うしかなかった。



魔物や信託の盾兵から隠れながら私達一行は、なんとか艦橋にまで辿り着いた。道中、先程ジェイドが食らったアンチフォンスロットの説明を受けた。なんでも全身のフォンスロットが閉じられ、譜術を使うどころか普通の動作すらも全身重りを付けられ水中歩行をしている感じなのだそうだ。掛けられた本人はいつもと変わらぬ表情だが、実際はかなりしんどいのだろう。下級譜術程度なら問題なく使えるそうだが、アンチフォンスロットを完全に解くには数ヶ月はかかるらしい。元はと言えば私達が敵に捕まったせいなので申し訳ないのだが、頼りの綱であるジェイドの戦力ダウンは心細かった。
艦橋の入口を見張っていた信託の盾兵をジェイドが譜術で攻撃すると、信託の盾兵は呆気なく倒れた。
「ルークはここで見張りを、マリアは私と共に艦橋の奪還を手伝ってください」
未だ気もそぞろなルーク様のご様子を気遣ってか、それとも単に足手まといになる事を懸念してかジェイドがそう告げる。私としてはルーク様をお一人にするのは心配なので極力お傍を離れたくないのだが、かといって戦闘の恐れがある危険な艦橋にもお連れしたくはなかった。「なんだよ...。俺は邪魔だってか」と不貞腐れているルーク様に後ろ髪を引かれながらも、私はジェイドの後を追い艦橋に入った。
中に入ってルーク様をお連れしなくて良かったと心底思った。艦橋内は無惨に殺されたマルクト兵の遺体と噎せ返るような血の臭いで溢れていた。吐き気を抑えながらジェイドの後を追いかける。数人の信託の盾兵が艦橋内には居たが、見つからないよう姿を隠し遠くから譜術を放つ。なんとか敵に気配を気取られずに倒すことができ安堵していたのも束の間、ルーク様を残した扉の先から剣戟の音が聞こえてきた。慌てて艦橋の扉を開くと、目の前には驚きの光景が広がっていた。大量の血を流し倒れ伏す信託の盾兵と、血に濡れた剣を握りしめそれを呆然と見つめるルーク様のお姿。何が起こったのかは明白だった。
「さ...刺した……。俺が...殺した………?」
血の気の無い顔で呆然と呟くルーク様に、私は何と声をかければ良いのか分からなかった。喉の奥が張り付いたように声を出すことができず、目の前の情報を呑み込むことも頭が拒否していた。只々ルーク様のお傍に佇むことしかできなかった。
そんな霧がかった思考を引き裂く声が上から降ってきた。
「人を殺すことが恐いなら剣なんて棄てちまいな。この出来損ないが!」
その言葉と共に頭上から氷の礫が降り注ぎ、咄嗟に防ぐこともできなかった私とルーク様は意識を失ってしまうのだった。
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